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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十一章 ダワンイワヤ会戦 交渉
244/375

停戦協議 

 戦いが終わって三日後。

 シャラーフたちが待つブリターニャ軍陣地に王都からの使者がやってくる。

 そして、その使者を見た者たちは一瞬、我が目を疑い、それから記憶違いかと自身の頭を疑い、最後に驚愕する。


「……ア、アリスト殿下」


 そう。

 五人の男女とともに使者としてやってきたのはアリスト・ブリターニャ。

 現ブリターニャ王カーセル・ブリターニャの長子。

 つまり第一王子で現状を考えたら間違いなく王太子に叙せられる者である。


 ここである問題が起こる。


 その場にいる者のなかに爵位持ちの、いわゆる上級貴族はいない。

 そうなれば、現在代表となっているシャラーフがその相手をしなければならないのだが、公的な場で王族の頂点ともいえる者の相手をするだけのマナーなど持ち合わせていない。


「おい。バルハル。こういう場合にこそおまえの貴族趣味が生きる。代われ」

「いつ私がそのような趣味をいつ持つようになったのかは知らないが、できるわけがないだろう。そういうことで、タリーンコート、バラチナル。私は確信する。そのようなことの適任者はおまえたちのどちらかだということを」

「勝手にそんな役目を押し付けられても迷惑千万」

「同じく。だいたい先ほどまで威張り腐っていたのだ。ここはおまえがやるしかないだろう。シャラーフ」

「異議なし」


 一周回って結局お鉢が回ってきたシャラーフは戦場で強敵に相まみえる以上に緊張した面持ちでアリストのもとに歩み寄る。


「で、殿下……」

「シャラーフ将軍か」

「はい」

「今回の戦いご苦労だった。それから、大敗後の措置は極めて適切だった。感謝する。それで……」


「本題に入る前に、ジェレマイアの顔を見たいのだが……」

「は、はい」


 相手の緊張ぶりからこちらが主導的に動くべきと判断したアリストは次々と言葉を繰り出し、第一の目的に到達する。


「少し待っていてくれ。……ホリー」


 シャラーフたちだけではなく、護衛の四人も弟のテントの前で待たせると同行してきた妹とともに中に入る。

 そして、それから少しだけ時間を置いてテントから出てきたのはアリストひとり。


「ホリーにジェレマイアに面倒を見てもらっている間に本題を片付けようか」


 そう言って、見晴らしの良い場所に向かい、湿原の先にある丘に並ぶ虹色の旗を睨む。


 ……ジェレマイアの話はまちがいないようだな。

 ……まあ、これだけの魔力を垂れ流していられるのはグワラニーの部隊しかないのだがら確認する必要もないのだが。


 ……とにかく来てよかった。


 当然ながらアリストが現れたことは魔族軍陣地も知れ渡る。


「グワラニー殿。アリスト王子が現れた」

「ということは……」

「小娘も一緒。つまり、勇者一行だろう。まあ、今回はブリターニャの王子としてやってきたのだろうが」

「相手がアリスト王子なら大丈夫。と言いたいところですが、油断して一撃で消えるなどという恥ずかしい最期は迎えたくないです。最大級の防御をお願いします。魔術師長」

「承知した」


 転移してきた瞬間から、それまでから各段に上がった防御レベルは当然相手にも気づかれる。

 だが、それは予想外の事態にならぬためのものでもある。


「アリスト王子が乗り込んできたということは、交渉は王子がやるということなのかな?」

「そうでしょう」


 自らの問いにグワラニーがそう答えると老魔術師は鼻で笑う。


「公式には初めて顔を合わせるわけだ」

「そうなりますね」


「できれば部外者抜きで話したいものです」

「まあ、こうしてやって来たのだ。となれば乗り込んできくるのは王子本人。であれば、その場で交渉に参加する者を決めればいいだろう」


 アンガス・コルペリーアのその予想は当たる。

 ただし、それはあくまで本人の希望であって決定事項ではない。

 というより、本人がそれを口にした瞬間猛烈な反対が起こる。


 ブリターニャはすでに三人王子の死亡は確定し、ひとりが捕虜となっている。

 さらに現在行方不明である第二王子ダニエル・ブリターニャも生存は絶望しされていることから、王子四人を失っている。

 もちろんここまでは戦闘中のことであり、さらに自分たちも単なる前線指揮官であるから言い逃れはいくらでもできる。

 だが、敵陣に出向いた第一王子が囚われの身になる、それどころか殺されるような事態になれば、それを許した者の責任は免れない。

 よくて死罪。

 下手をすれば一族すべてが晒し首。

 ここまで生き延びたシャラーフたちがそのような危険になる行為を許すなどあり得ないことなのは当然といえば当然であろう。


 だが……。


 ……相手はあのグワラニー。正直者の彼らではあの男の相手にはならない。


 翻弄され、魔族側の要求を丸のみさせられるのがオチである。

 そうならないためにこうしてやってきた以上、自分がおこなわねばならないのだが、頑としてそれを拒否する彼らをどうやって説得するかが問題だった。

 相手の心情が理解できるだけに、さすがのアリストも簡単には名案が思い浮かばない。

 だが……。


「殿下。では、こういうのはどうでしょうか?」


 そう前置きしたバルハルが提案したもの。

 それは、魔族の司令官をこちらに呼ぶというもの。


 むろん提案したバルハルは大真面目であり、シャラーフたちも大きく頷き賛成するが、アリストはそれを聞いた瞬間、椅子から滑り落ちそうになった。


「……こちらが敵陣に出向くのは危険だからダメだと言いながら、相手に対してそれを要求するとは。しかも、こちらは敗者側。さすがにそれは……」


 だが、アリストが口にしたことくらいのことはバルハルもわかっている。

 当然その対策も用意されている。


「身代わりとして私が魔族側に出向けばよいかと」

「そうは言っても……」

「せっかくここまで生き残ったのですから私も簡単に死ぬ気はありませんので心配ご無用です」


 そう言って胸を張るバルハルをアリストは見やる。


 ……本人の意欲は買うがグワラニーとこの男では釣り合いが取れない。

 ……それに出向くことは魔術師としての利点もあるのだ。

 ……だが、その前提である彼らを納得させるだけの理由がない。

 ……やむを得ない。


「わかりました。まずはこれで協議してみましょうか」


 それから一セパと少しだけ時間が過ぎた魔族軍陣地。


「……すごいな。これは」


 カンタレーが持参したブリターニャからの手紙を読み、グワラニーは思わず声を漏らした。

 交渉をするにあたり、敗者が勝者を自らの陣に呼びつける。

 この世界にはもちろんそんなことは初めてであり、別の世界にだってこのような事例はあるのか怪しいものだ。


 ……まあ、こうなった事情はある程度想像はつくのだが。


 渋い顔をしているが、実をいえばグワラニーにとってこれは非常に望ましい形であった。

 その理由はもちろんアリストが魔術師であること。

 こちらに呼び寄せれば転移ポイントをただでくれてやることになる。

 そうならぬよう、最終的にはダワンイワヤ湿原の中間地点で交渉をおこなうことに提案するつもりであった。

 だが、この案を飲めばそれさえ不要になる。

 

 そうは言っても、ここで「はい。そうですか」とノコノコ出かけていくわけにはいかないのがグワラニーの立場。

 相手がアリストであるのだから安全上の問題はないのだが、これは私的な話し合いではなく、限定的なものであるとはいえ、公的な交渉。

 そのような場で立場が逆転したようなことを簡単に承知できないのだ。

 

「さて、どうしたらよいものか」


 アリシアから手渡された菓子をおいしそうに食べるカンタレーを眺めながらグワラニーは思考する。


「……とりあえず人質を格上げするように要求するか」


 色々考えたものの、結局名案は思い浮かばず、極めて穏便なものに落ち着いたところでグワラニーはカンタレーに声をかける。


「アリスト王子はどなたと一緒に来られたのかな?」


 むろんそれは勇者一行が全員揃ってやってきたのかを確認であり、どうしてもという場合は、もうひとりの王子ジェレマイアに勇者と兄弟剣士を加えた四人を人質にするための下準備であった。

 だが、カンタレーは想定していた四人以外のもうひとりの人物の名を加える。


「……それからホリー王女殿下」


 もちろんそれは数日前にグワラニーの人名録に名が加わった者である。

 その瞬間、グワラニーは閃く。


 ……これだな。


 グワラニーは呟いた。


「少年。では、こちらの返書だ」


 そう言ってグワラニーは羊皮紙をカンタレーに渡した。


 それから一セパ後。

 今度はアリストが唸る番だった。


 そう。

 その手紙にはそちらに出向く件は了解したが、その条件である人質は名もなき将軍ではなく王女ホリー・ブリターニャを希望すると書かれていたのだ。


「……相変わらずやってくれるな。グワラニーは」


 カンタレーが持ち帰った手紙に書かれた内容にアリストはそう呟くものの、それと同時にある疑問が浮かぶ。


 ……だが、どうやってホリーの存在を知ったのだ?


 当然すぎる疑問を持ちながらアリストはもう一度その手紙を読み直す。


 ……説得するのも時間がかかるだろうし王都から連れてくるのにも時間がかかることはこちらも承知している。とりあえず、三日間の猶予を与える。と書かれている。


 ……つまり、グワラニーはホリーが来ていることを知らないということなのか。

 ……ということは、ホリーが私の実の妹であることはどこかで知ったグワラニーは偶然彼女の名を出したということか。


 むろん事実は違うわけなのだが、さすがのアリストもグワラニーが伝令役の少年への配慮からそのような偽りを書いているなどとは想像もしなかった。

 だが、問題はホリーに関する情報の出どころではない。

 ホリーを人質として要求してきたということである。

 むろん、その要求を蹴り飛ばすことは簡単なのだが、そうなると次に来るのは「嫌ならこちらもそちらの要求を拒否する」ということになる。


 アリストは考えをまとめたところで、羊皮紙を置き、シャラーフたちを集める。


「実は……」


 当然ながら、全員が相手の要求に怒り狂う。

 特に自ら人質になると申し出たバルハルは。


「そのような小物は人質にもならないだと」


「しかも、その程度の小物なら千人でもお断りとは。無礼極まりない魔族だ」


 そして、彼らの結論は拒否。

 だが、そうなると、代替案を考えなければならないのだが、そのようなもの、あるはずがない。

 一同が黙りこくったところで、アリストが口を開く。


「王族の者とはいえ女性を差し出してまで自らの安全を買うというのはさすがに問題でしょう。ということで、ここはやはり……」

「待ってください」


 私が魔族のもとに出向くというアリストの言葉を遮ったのは若い女性の声だった。


「私が交渉中に魔族の陣地に出向けばよい。そういうことであれば、その役、引き受けましょう」


 その女性、というより少女はそう宣言したわけなのだが、驚いたのは彼女以外の者たちである。


「王女殿下を人質に出すなどあり得ぬことです」

「そのとおり。しかも、相手は魔族。何をされるかわかりません」


 口々に反対意見を並べ立てる。

 だが、当人は毅然と答える。


「ですが、将軍が先ほど危ないことはないと言っていたのが聞こえましたが」

「いやいや、それは……」

「バルハルはたしかにそう言いましたが、我々は武人。いざとなれば死ぬ覚悟はできていることを前提にしているのであって、王女殿下とは立場が違うのです」

「ということは、死ぬ覚悟があればいいわけですか」


 ああ言えばこう言う。


 どの世界でも口で女性に勝てる男は少ない。

 しかも、相手はアイゼイヤの言うところの「口がよく動く、小賢しい」という折り紙つき。

 多少気が利く程度では勝てるはずがない。


 少女に一瞬で圧倒された者たちは、彼女の兄に助けを求めるように情けない表情で視線を送る。

 だが、助けを求められた方にもこの状況で妹を納得させられる手札の持ち合わせはない。

 唯一、彼女が人質にならない方法は自分が魔族陣地に出向くことなのだが、シャラーフたちの立場でそれを許すことができないことが話の出発点である以上、ここでそれを持ちだせばさらに問題がややこしいものになる。


 ……さて、どうしたらよいものか。


 アリストが思案し始めたところで、あらたな提案を出したのは黒髪を靡かせた女性だった。


「本人の申し出があるのですから王女に行ってもらえばいいでしょう」

「ですが……」

「ただし、ひとりではなく、そこにいる頭の悪そう、ではなく、本当に頭の悪い三人をつければいいでしょう」


 そう言って指さす。

 もちろんその女性に示された頭の悪い三人とは、別名糞尿剣士であるファーブ、マロ、ブランの三人のことである。


「おい、フィーネ。王女の護衛をして魔族どもの陣地に乗り込むことと自体に異存はないが、頭の悪いという言葉はいらないだろう」

「そうだ。ファーブとブランはともかく俺はバカではない」

「何を言う。馬鹿なブランの兄であるマロが馬鹿でないはずがないだろう」

「ちょっと待て。なぜ俺が馬鹿確定なのだ。言っておくが、少なくても俺はファーブよりは馬鹿ではない」

「そんなことはありえない」

「あり得ないことがありえない」


 ということで、完璧な形で自ら女性の言葉の正しさを証明したところで、三人のうちのひとりが矛先を女性に向ける。


「それに……」


「なんで俺たちだけなのだ。フィーネも来るべきだろうが」

「まったくそのとおり」

「そうそう」


「だから、あなたたちは頭が悪いのです」


 一見すると楽をしたいためにそう言ったように聞こえる。

 だが、分が悪いと思われた女性は間髪入れずそう切り返す。


「少し考えれば、私がそこに入ることを相手が許すはずがないでしょうが」


 フィーネがその言葉を口にした瞬間、微妙な空気が流れる。

 もちろんその場にいる者の大部分はその意味がわからず、各々解釈をしたわけなのだが、つまり、その微妙な空気の発生源とはそれ以外の者ということになる。


 彼女はこの場で自身が魔術師であることを明かしている。


 そして、魔術師であれば、何かあれば王女を連れて転移して逃げるとことができる。

 もちろん転移避けを展開させれば簡単には逃げられないが、魔法攻撃もおこなうことも可能だ。

 さらにもう一歩話を進めれば、魔族の陣地に足をつけることができれば次回この場に来た時に転移は可能ということになる。

 そのような諸々の事情で魔術師を送り込まれることを魔族側が是というはずがない。


 それがフィーネの言葉の核になる。


「それに私が離れたら、アリスト王子を守る魔術師はどうするのかというさらに重要な問題が出てきます」


 アリストは薄く笑う。


「まあ、相手よりもこちらの問題こそが大きいということです」


「アリスト殿下。ですが、そうなると王女殿下の護衛の魔術師は?」

「先ほどフィーネが言ったとおり、魔族は魔術師の同行を絶対に許さない。不満足なものになってもやむを得ないでしょう」


 不安気な表情を浮かべながら問うたバラチナルの言葉にアリストはそう答えた。


 ……おそらくグワラニーは例の少女を同行させる。

 ……となれば、残るのは老人。あの男は分別がある。何も起こらない。起こるとすれば兵士たちだが、そうなった場合はファーブたちの力が生きる。

 ……問題ない。


「では、魔族軍に使者を出しましょう」


「こちらの準備は完了した。そちらの要望どおりホリー・ブリターニャを送る。確認が終わり次第こちらに来られたし」


「なお、ホリーは王族とはいえ女性。ひとりだけ送り出すわけにはいかないので私の護衛で腕の立つ三人の剣士をつけることを許可願いたい」


「すでに二アケト走った者に頼むは心苦しいが魔族軍の陣地に行ってもらえるかな」


 カンタレーに目を向けたアリストはそう言った。


 それからしばらく経った魔族軍陣地。


「……さすがアリスト王子。対応が早い。そして、ホリー・ブリターニャという妹もなかなか胆力があるようだな」


 アリストの伝言を聞いたグワラニーはそう呟いた。

 むろん、第一王子でまもなく王太子になる者の命であればたとえ王女であろうが断ることができない。

 だが、アリストに限ってそのようなことはしないことはわかっている。


「つまり、これは王女の意志。アイゼイヤ王子は『ホリーはアリスト王子の愛人』などと言っていたが、完全な見立て違い。アリスト王子はこの妹の側近として見ている。そして、王女もそれに見合うだけの才があるということなのだろう」


「そもそもこのような場にわざわざ王女を連れてきたことがおかしい。つまり、これはアリスト王子が将来彼女を重要な地位に就ける予定であることを示すもの。そのための準備と考えて間違いないだろう」


「……ということは、この機会に彼女の為人を知っておくべきだろう」


 そこまで考えたところでグワラニーはそれをおこなう人選を始める。


「……本来であれば私自身でおこないたいが、その時間はない。となれば、バイアかアリシアさんのどちらかに任せるしかないが……さすがに相手が少女であるのなら、バイアよりアリシアさんの方が適任だ」


「……ということは、交渉に同行するのはバイアと言いたいところだが、さすがに組織のナンバーワンとナンバーツーがともに敵陣に乗り込むのは危機管理上おこなうべきではない」

 

「……相手が相手だ。心配はないだろう。だが、用心のためだ」


 魔族とブリターニャの部分的休戦と捕虜返還の交渉。

 その第一回は明日と決まった。


 その手順。

 まずホリーが魔族軍の陣地に向かう、

 本人確認後、グワラニーたちがブリターニャ陣地にやってきて、交渉をおこなう。

 交渉はアリストとグワラニーの一対一。

 ただし、敵陣にやってきたグワラニー側が護衛を兼ねて魔術師ひとりを含むふたりが同席する。

 それから周辺に十人の完全武装の兵を置く。

 対して、ブリターニャ側は護衛をひとり同席させることが許された。

 そして、交渉成立後、グワラニーが魔族の陣地に戻ったところで、ホリーが解放される。


「まあ、こうやっておけばアリスト王子と一緒に交渉の席につくのはフィーネ嬢でしょう」

「茶番だな。それは」

「まったくです。ですが、必要なことではあります」


 グワラニーの言葉を鼻で笑った老魔術師が問う。


「それで、王子に何を要求するのだ?」


「もちろん目も飛び出るくらいの身代金です」


 老魔術師はさらに黒味を増した笑いを披露する。


「それで、実際に手にするものは?」

「アリストの王子の言い値でいいでしょう。今回は金が目的ではありませんから」

「というと?」

「最低でも軍人ではない者を捕えても処刑しない。また、軍人でも降伏した者は処刑しないという約束を取り付けたいと思います」

「飲むか?」

「それを承認するのはアリスト王子ではなくブリターニャ王となるわけですから……。ですが、少なくても形式上は認めるでしょう」


「もうひとつ」


「やってきた王女はどうする?」

「対応はアリシアさんに任せるつもりです」


「とりあえず、我々とアリスト王子は明日初めて顔を合わせるということになっていますので、やってきた三人の剣士を我々は初めて見るという風に装ってください」

「そういうことはその三人に言うべきだろう。もっとも、今頃三人はアリスト王子に念を押されているだろうが」

「間違いないですね。いつぞやのようなヘマをしたら大変ですから」

「奴らだけが恥を掻くなら構わないが、こちらにも影響が出る。しっかり躾をしてもらいたいものだ」


 グワラニーと老魔術師の笑いのネタにされていた三人の剣士であるが、ちょうどふたりがその話を話題にしている頃、まさにふたりが話していた状況が三人の剣士のもとに訪れていた。


「……くどい。アリスト。それは何度も聞いたし大丈夫だ」

「それに失敗したのはあの一回だけだろう。それ以外は失敗していない」

「そのとおり。言っておくが、俺たちは同じ失敗を繰り返すことはない」

「そうだ」


 アリストが念を押すように魔族の陣地についてからの注意事項を口にしたところで脳筋三剣士、別名糞尿三剣士の我慢の堰が切れ、次々とやってくる言葉を聞き終えたところでニヤリと笑ったのはアリストとは別の人物だった。


「……おもしろいことを言いますね。ブラン。それから、ファーブ」


「同じ失敗をしない人が何度も賭博場に有り金全部を寄付してくることはないでしょう」


「それとも、やったことを忘れたのですか?」


「まあ、そうであれば、同じ失敗を繰り返すことがないなどという戯言を言えるわけですが」


「ですが、困りました。自分のおこないさえ簡単に忘れるような輩が他人の言葉を覚えていられるとは思いませんから。重要事項を忘れるようなことがあっては困ります。まずはお仕置きをしながらもう一度教え込み、それから忘れた場合にはどのようなことになるかをもう一度お仕置きし、それから念のため再度お仕置きしておきましょうか」


「や、やめろ」


 もちろんこの毒舌以上のものを披露したのはフィーネ。

 当然三人が反論できるはずがなく、一瞬でおとなしくなったところで、ようやくアリストが登場する。


「とにかくファーブたちが失敗し、ホリーに私たちがグワラニーと面識があることが知られるのはまずい」


「もちろんいつかは話す時が来るでしょうが、少なくても今ではない。ですから、三人とも言動には十分注意し緊張感を持って行動してください」


 さて、その彼らとともに明日魔族たちの待つ陣地に向かうことになっているホリーであるが、実は非常に緊張していた。

 あれだけ言われても三人が緊張しているとはとうてい思えず、ブリターニャ側で唯一緊張しているのは彼女といってもいいのかもしれない。

 もちろんホリーは大好きな兄の役に立てることに喜びを感じているし、「おそらく何も起こらない」という兄の言葉も受け取っている。

 だが、真実を知らない彼女は兄のその言葉を自分に対する配慮から来たものと受け取った。


 つまり、安全ということはない。


 それが彼女の結論。

 もちろんこれが誰もが辿り着く結論であり、アリストが立っている場所、すなわち真実こそ間違っているのだが。


 ……間違っても魔族の交渉材料になることだけは避けねばなりません。

 ……もし、そのような事態になりそうになった時は……。


 見事な覚悟である。

 だが、それと同時に真実を知る者にとって彼女のこの覚悟は悲しいくらいに笑えるものでもある。


 そもそも、彼女は魔族側に出向くことになったのは、真実を知らぬ者たちに納得させねばならない彼女の兄であるアリスト・ブリターニャと、人質もとらずのこのこと敵陣に交渉に出向いてはかえって怪しまれるため形式上そう要求せざるを得ない交渉相手魔族の将アルディーシャ・グワラニーの妥協の産物。

 しかも、彼女が虜囚の辱めを心配する相手である魔族軍兵士に関していえば、アリストを含む勇者一行とは顔見知り、というより共通の敵と戦った間柄。

 彼女を取り押さえて交渉を有利に進めようとするどころか、どうやって顔見知りだということをバレないようにしようかと思案し、一番いいのは近づかないことだなどと結論づけているという、どこまでも彼女の思考とはかけ離れた存在なのである。


 つまり、彼女を除くその場にいるほぼ全員がグルになって彼女を笑いのネタにしている。


 彼女が置かれた立場を極端に表現すればそういうことになるのではないだろうか。


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