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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十一章 ダワンイワヤ会戦 交渉

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王都激震 

 ブリターニャ軍惨敗。

 さらに遠征に参加した六人の王子のうち三人が戦死、ひとりは行方不明。

 生存が確認された者のうちのひとりは魔族に捕えられている。


 その情報が伝わるとブリターニャの王都サイレンセストの王城内は大騒ぎとなる。


 その内容を考えれば当然そうなるわけなのだが、実をいえば、この情報が王都に届いたのは戦いが終わって二日後だった。

 つまり、魔族軍とブリターニャ軍残存部隊の仮代表バートランド・シャラーフが停戦協定を署名したのとほぼ同じ頃ということになるのだが、これだけの重要情報が王都に伝わるのにそれだけの時間を要した理由についてはやはり説明が必要であろう。


 むろんその理由のすべてが戦いの最初の段階でブリターニャ軍はすべての魔術師を失ったことにある。

 そして、この戦死した者のなかには北部方面軍司令官、正式には北部方面軍総監の肩書のあるアルバート・カーマ―ゼンが派遣した連絡要員も含まれていた。

 関与はしないとは言ったものの、遠征部隊の戦場も自身の管轄である以上、確認はすべき。

 その最低限の義務感により、カーマーゼンは戦況報告をおこなう監視要員と連絡のための魔術師を相当数送り込んでいた。

 だが、開戦の一報は届いたものの、その後は音沙汰なし。

 不審に思ったカーマ―ゼンは魔術師を送り出そうとしたものの、転移避けによって移動できない。

 そうこうしているうちに夜になる。

 そして、翌朝、シャラーフが送り出した伝令兵が到着したところでようやくカーマーゼンは遠征軍の惨状を知る。


「どうされますか?」

「どうもこうもない。遠征軍が陣を敷いていたのは我々の前線から見れば後方にあたる。そこを食い破られて大軍に回り込まれたら我々北部方面軍は包囲される。予備戦力を総動員して救援に向かうしかあるまい」


「だが、その前に斥候を送って状況を確認する」


 その内容はあまりにも衝撃的であり、確認もせず王都に報告はできない。

 まずは確認。

 それと並行して出撃の準備をする。


 側近のケープ・ネザーホールの問いに苦々しそうに答えたカーマーゼンの対応は間違っていない。


 そして、出撃の準備をしているカーマーゼンのもとにシャラーフからの伝令兵が次々とやってくる。

 カーマーゼンが概要が掴めたのはその日の遅く。


「やむを得ない」


「……王都へ伝令を出せ」


 信じたくなかった事実が確定したところでカーマーゼンはそう命じた。

 それがブリターニャ遠征軍の大敗が確定した二日後ということになる。


 そして、信じられない報が届いたブリターニャの王城内。


「報復のためにただちに掃討軍を送るべき」

「それよりもまずは大きく開いた穴を防ぐために援軍を」

「いやいや……」


 議論百出。

 もちろん多くの前例と同じ、それに続くのは結論は出ずという結果。

 そうなると、今度は責任の所在を問う声が上がる。


「いったい北部方面軍は何をしていたのだ?」

「だいたい、陛下の裁可もなしに魔族と休戦するとはどういうことだ。しかも、総司令官ならともかく木っ端将軍ごときが」


 だが、それも中途半端で終了する。

 それもこれも国王カーセルが沈黙を守っているからだ。

 そうなれば、臣下もそれに従わざるを得ない。


「とりあえず、増援軍の準備だけはしておこう」

「あとはアイゼイヤ殿下の救出案か」


 そこまで言ったところで、彼ら全員の声が小さくなる。


「それにしても……」


「こんなところでも迷惑をかけるとは……」

「まったくだ。どうせなら誰かの代わりに……」


「だが、死んでしまえとはさすがにいえないだろう。こうなってしまっては……」

「そうだな。だが、本当に情報は正しいのか。その……」


「王子四人の戦死というのは……」


 実際のところ、ブリターニャ軍は戦死を確認できたのは三男アールと七男レオナルドのみ。

 そして、五男アイゼイヤが捕虜になっていることは交渉のために魔族軍陣地を何度も訪れたディダール・カンタレーの証言から確定している。

 そのため、ダニエルやファーガスもまだ生きている可能性はなくはないともいえるのだが、これだけ時間が経っている状況で消息不明ということはよくて捕虜、悪ければ戦死と考えるのが普通であろう。

 特にダニエルに関していえば、湿地帯まで逃げてきたことは確認されているため、消息不明となれば、それはイコール戦死と考えるべき。


 もちろん父王の手前、口に出すわけにいかないのだが。


 そして、さらに小さくなった彼らの声は最後にこのような話を語り始める。


「だが、これで……」

「ああ。ダニエル、ファーガス両殿下の戦死が確定した場合、残っているのはアイゼイヤ殿下とジェレマイア殿下だが、ひとりは捕虜になり、もうひとりは出陣もせず後方で震えていたのだ。さすがに王太子に叙されることはないだろう。つまり……」

「遠回りしたがアリスト殿下が王太子に選ばれる」

「ああ。魔族に礼をいうつもりはないが、これで長年の問題は解決されたということになるだろう」


 さて、王宮に仕える者たちの噂通りになるのなら、棚から牡丹餅的に王太子の地位が転がり込んでくることになりそうな男アリスト・ブリターニャはその報が王都に入ったと直後、自身の領地であるラフギールから呼び戻される。


 そして、多くの息子を一度に失った傷心の父王のもとを訪れていた。

 

 アリストが指定された場所である王の書斎にやってくるとその部屋の主は窓から外を眺めていた。

 そして、振り向くことなく来訪者に言葉を投げかける。


「さて、アリスト。概要は聞いているな」


「はい。ここまで来る間に……」


 アリストの明るさがまったくない声がそこ答えたところで、ようやく振り返った王は呟くように言葉を続ける。


「おまえだけでも健在なのはありがたいことではあるのだが……」


「やはり、おまえを同行させるべきだった」


「そうすれば、相手の見え透いた誘いに乗ることはなかっただろうに」


「だが、結果が出てしまったのだ。いくら悔やんでも仕方がない。罰はいずれ受ける。だが、私が今考えることは……」


「北部戦線をどうするか?」


「それから捕虜になった者たちをどうするか?」


「それだけだ」


 敢えてアイゼイヤと言わなかったのが王の複雑な心境を現わしているのだ。

 アリストはそう理解した。


「捕らえられたのはアイゼイヤ以外にどれほどいるのですか?」

「魔族から具体的な数字は示されていないが、交渉の際に捕虜たちの様子を眺めた者の言葉を信じれば、千人は下らないと」

「なるほど」


 ……決まりだ。


 アイゼイヤが捕虜となり、その返還交渉をおこなってもよいという誘いをしてきた時点で、魔族軍の司令官が誰かはある程度想像していたが、交渉の際に捕虜の様子を確認させるのはノルディアと同じ。


 ……つまり、指揮官はグワラニー。


「ちなみに魔族の司令官は判明しているのでしょうか?」

「アルディーシャ・グワラニーと名乗ったそうだ」


「本物だと思うか?」

「間違いないでしょう」


「まあ、おまえがそう言うのならそうなのだろうな」


 そう言ったものの、実は父王も確信していた。


「魔族が捕虜を取り、しかもその捕虜を返してもよいと持ち掛けたのはノルディアで起こったことと同じであるからそうだろうなと思った」


「では、聞こう」


「ブリターニャはその誘いに応じるべきか?」


 ……さすが。


 その問いを聞いたアリストは心の中で呟く。


 ……そう言いながら、父上はすでにアイゼイヤを見捨てる気だ。


 ……もちろんノルディアの没落原因を知っている者が同じ状況になれば当然そう言うだろう。

 ……だが、それは対象になる者が他人の場合だ。

 ……そこに息子が含まれており、さらに多くの息子を失った直後に残った我が子を見捨てるという判断は簡単にはできない。

 ……それが国の未来を左右する重要な判断であったとしても。


 ……それが王というものなのか。

 ……だが……。


 ……その一方で父親の気持ちもある。それを止める答えを欲している。


 アリスト苦みを帯びた表情で口を開く。


「相手が出した条件を聞いてからでも対応を決めるのは遅くはないでしょう」


 父王はアリストに目をやる。


「ちなみに、魔族が提示する開放の条件とは何だと思う?」


 親である以上、助けたいのは山々であるが、それが国を傾けるようなものではあってはならない。


 言外にそのようなものが滲み出している父王の言葉にアリストは少しだけ考える。


「まず要求してくるのはノルディアと同じようない想像をはるかに超える身代金」


「最低ブリターニャ金貨一千億枚は要求してくるでしょうね」

「却下だな」

「私もそう思います」


「ですが、この時点で魔族は我々が交渉を下りられないような小細工をしてくるでしょう。ですから、交渉は最後までやることを前提にすべきでしょう」


「そのうえで大幅値引き。この辺を目標にすべきでしょう」

「そちらについてはわかった」


「では、もうひとつの方についてもおまえの意見を聞いておこうか」


 もちろんもうひとつとは今後の対策と魔族から出された部分的休戦の申し入れを受けるかどうかということである。


「そもそも魔族の申し出は本当なのかということだが……」

「ノルディアやアリターナ、それにフランベーニュでの様子を見るかぎり信用しても問題ないでしょう。相手がグワラニーであるのであれば」


 アリストにとっては当然過ぎる答えなのだが、そう言い切れる背景にあるものをアリストは父王にも話していない。

 当然ただ大丈夫と言ってもその言葉を怪しまれるだけだ。

 そこで、グワラニーの過去の業績を持ちだしたわけなのだが、さすがに国のためなら息子を見捨てるくらいの覚悟も持つ父王を納得させるには足りない。


「今回の戦いの詳細はわかりませんが、概要を聞くかぎり、我が軍は惨敗。逆にいえば、魔族軍は圧勝。その気になればそのまま残存兵を掃討し、後方に置く予備部隊を粉砕しながら北部方面軍を背後から急襲することも可能だったことでしょう。それをやらず、二日間も当地に留まるということは攻める気はないと思っていいでしょう。しかも、相手は『フランベーニュの英雄』の軍を一瞬で消し去った者。相手が言い出した休戦を蹴り飛ばし戦い続けるのはブリターニャにとって損はあっても得はないと思います。つまり……」


「現状を考えれば、これ以上進軍させないことこそブリターニャにとっての利」


「ここは素直に魔族の申し出を受けるべきでしょう」

「だが、そうなればグワラニーとやらは別の場所に移動するだけであろう。その時はどうする?」

「戦うしかありますまい。まあ、勝てるとは思いませんが」


 アリストの言葉に父王は苦笑いを浮かべる。


「あっさりと言ってくれるが、それはこの国の王として最も聞きたくもない言葉だな」


「私だって言いたくはありません。ですが、為政者とはそれが必要であるならば、言いたくはないことを言い、聞きたくないことを聞かねばならない。私はそう教わりました」

「全くもって小賢しいセリフだ。誰だ?そのようなつまらないことをおまえに教えたのは」

「私の目の前にいる人物ですね」


「……すぐに忘れればいいものを」


 父王はそう呟いて薄く笑い、それからもう一度アリストに目をやる。


「この件に関しての処理はおまえに任せる」




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