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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十九章 ダワンイワヤ会戦 序章

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天国に見える地獄

 もちろん情報がワイバーンを通じて魔族に流れているということはブリターニャ側も想定はしていた。

 だが、グワラニーに流れていた情報は彼らが想定していたものをはるかに超えており、実際のところブリターニャ軍の全容は戦う前にほぼ丸裸にされていたといっていいだろう。


 ブリターニャ軍にとって不幸だったことのひとつは彼らの侵攻方向に魔族と大海賊ワイバーンにとっての重要拠点ペルハイがあったことだろう。

 それによってワイバーンはいつも以上に魔族側へ肩入れし、魔族軍も絶対死守の決意のもとに自身の最強部隊の投入を決めたのだ。

 さらにブリターニャ軍の侵攻ルートの先に魔族軍の最強部隊の根拠地クアムートがあったこともブリターニャには不幸なことだった。

 むろんブリターニャはペルハイの位置など知るはずもなく、クアムートの重要性もまったく認識していなかったのだからすべてが偶然ではあったものの、彼ら踏んではいけない獅子の尾を踏んでいたのだ。

 つまり、その時点で敗北は避けられないものとなる。

 それを回避する唯一の方法はアリストが前線に出ることであったのだが、その目的が王子たちがアリスト超えのポイントを狙ったものである以上、それは絶対にありえない。

 ブリターニャ軍は自ら進んで敗亡への準備を整えていったのである。


 だが、自分たちの戦力や行動を完全に把握した魔族が完璧な準備をして戦場で待ち構えているなどとは爪の先ほども思っていない三人の王子を中心としたブリターニャの遠征軍は勝つ気満々であった。

 しかも、悪いことにこちらの場合はそれが気の緩みに繋がる。

 階級の上下に関わらず酒の勢いに任せてあることないことべらべらと喋り、それが回りまわって魔族の最新情報になっていく。

 そのような緩み切った状況で軍を編成しているのだ。

 当然のように準備は遅れる。

 もちろん自分たちが戦場に姿を現わし進軍を始めたところで魔族軍は迎撃の準備を始めることになっていたので、遅れることが問題になるとはブリターニャ軍の誰もが考えていなかった。


 一応、ブリターニャ軍の目算を語っておこう。

 ブリターニャの進撃が始まったところでようやく侵攻開始に気づく魔族軍は当然援軍はすぐにやって来ることはない。

 まずは、湿地帯を走破し、なんなく丘の上にある陣地を攻略する。

 ここまで定められた目的地。

 だが、内輪だけの作戦書にはさらなる侵攻が記されていた。

 そこでは丘の奪還にやってきたスマンドラの守備隊を軽く粉砕、続いてスマンドラを占領、魔族の国の王都への道をさらに増やすという、これから起こることから考えれば夢のようなことが記されていた。

 

 命令違反にはなるが、それを補ってあまりあるものを示せば、お咎めはあるまい。


 そのような甘い見通しのもとに。


 さらにそうなれば……。


 ライバルよりも一歩でも前に。

 そして、より多くのものを手に入れる。


 そのような状況になっては手綱を引く者がいない軍は負けないかぎり止まらない。

 これについてこの戦いの後にブリターニャ王カーセルはこう述懐している。


「やはり、アリストを軍監として同行させるべきだった」


「そうすれば、無理な進軍も敵の誘いに乗ることはなかったのだ」


 父王は三派の軍が平行進軍することが決まった時点で、このような形態の軍を動かすときに絶対に必要な手綱の引く者としてアリストを強い権限を持った軍監または総司令官として同行させようと考えた。

 だが、それはかえって弟たちのアリストに対する対抗意識を増長させ、命令違反が続出し組織が崩壊しかねないと取りやめにした。

 さらに戦闘には関わりを持たぬようアリストに領地に戻るよう指示をしたのも父王。


 結果としてそれが魔族軍に有利に働き、ブリターニャ軍には悲劇を生むことになる。

 父王として悔やんでも悔やみきれぬ失態であった。

 ただし、この点に関して当事者であるアリストは別の意見を持っていた。


「彼らが撤退という私の指示に従ったかは疑問だ。つまり、私がいたかどうかに関わりなく、彼らの運命は決まっていたと言っていいだろう」


 むろんそれはアリストとフィーネが力を振るわないという前提であるのだが。


 さて、悲惨な結末が待っている戦いに出陣するブリターニャ軍の準備が整ったのは当初予定していた出発日から数えて五日が過ぎた日となる。


 そして、その翌日。


 王都サイレンセスト。

 城塞都市であるため王都から外に出るには五つの門のどれかを利用しなければないのだが、その中のひとつで王族以外は利用できないとされる「王者の門」は完全な形で開いていた。

 理由はもちろん王子たちが率いる大軍勢が出陣するため。

 

 「王者の門」は大中小三つの扉が組み合わされて出来上がっているのだが、まず「大門」と呼ばれる、今日と同じフルオープンをするときは、国王がこの門を利用するときと今回のように王や王子が軍を率いるときだけとなる。

 続いて、「中門」と呼ばれる場合。

 この王子以外の王族が軍を率いる場合や王太子が公用で門を利用するときはふたつ目の扉までが解放される。

 最後に「小門」と呼ばれる形態。

 これは王と王太子以外の王族が公用で外出するときに最も小さな扉が開かれることを示す。


 もちろん他国の王族がやってきた場合もこの基準を適用される。


 ついでにいえば、王族が私用で利用する場合や諸々の事情で王族以外が利用する場合に使うのが「王者の門」に付属する「脇門」となり、当然ながらこの門の使用頻度が一番多い。


「久々にすべての門が解放されるのを見ました」

「肝心なときに動かないなどという恥ずかしい思いをしないようもう少し活用せねばならないかもしれない」


 他人にはあまり聞かせられない出来の悪い冗談を口にしていたのはもちろん王子たちの出陣を見送るアリストと父王カーセルである。

 さらに王子の家族もその列に加わる。


「弟たちには声をかけたのか?アリスト」


 父から問いにアリストは苦笑する。

 活躍してこいというのは簡単だ。

 だが、それは王位をくれてやると取られかねないため口にはできない。

 そうかと言って、痛い目を見て来いと言いづらい。


「とりあえずジェレマイアにはそれなりに声をかけましたが、他は時間がなかったので……」

「なるほど」


 歯切れの悪いアリストの言葉にそれが何を意味するか察した父王はすぐにその話から離れる。

 そして、次に持ち出したのは本題と言えるものだった。


「ところで、我々が大軍で侵攻し始めたら当然魔族は全力で迎撃してくるだろうが……」


「出てくると思うか?例の男は」


 もちろん例の男とは、「フランベーニュの英雄」をその配下四十万とともに葬ったという魔族の将のことである。


「たしか名前は……」

「アルディーシャ・グワラニー」

「そうだ。それで、そのグワラニーは出てくると思うか?」


 王も警戒している。

 アポロン・ボナールと彼の軍の強さは両国の国境での諍いで十分過ぎるくらいに知らされていた。

 そのボナールが簡単に破れるくらいの相手では王子たちが束になっても勝ち目はない。

 それどころか、ボナールと同じ運命を辿りかねないと。


「一応ダニエルとファーガスには、出陣したことだけの成果とし、スマンドラを手に入れるなどとは考えるなと言ってあるのだが」

「まあ、それなら大丈夫でしょう」


 アリストは父の心情を察してそう言った。

 だが……。


 ……もちろんこちらが大湿地帯に侵攻し始めたところで魔族がブリターニャ軍の侵攻を知ったのであれば、問題ない。

 ……だが、もっと早く我々の動きをグワラニーが知ったのであれば、絶対に罠を仕掛けてくる。

 ……そして、敵陣後方に続くという長く広い草原はそれをおこなうには打ってつけの場所。


 ……そうなった場合、弟たちの命運は尽きる。


 そこまで思考を進めたところでアリストは強制的に停止させる。


 ……先日現地を視察したときにはグワラニーはおらず、前線から連絡がないところからその後も変化はないようだ。それに、現地を見て初めてわかったが、あの湿地帯は天然の要害。その地を突破するのは相当厳しい。しかも、その行軍の様子は相手に丸見え。攻撃に晒されるのは避けられない。そうなれば、いくら大軍でも、というより大軍こそ行軍が難しい。魔族もその点は十分理解している。案外その地は守備側に有利な場所でありグワラニーを引っ張り出すまでもないと思っているかもしれない。

 

 兵士たちの激励と称したほんの少し前に前線視察をおこなった際に訪れた戦場となるべき場所の様子を思い返しながら、アリストはそう呟いていた。


 さて、アリストたちに見送られ、堂々たる陣容で王都を出陣した遠征軍であるが、その直後、トラブルに見舞われる。

 予定では王都から離れたところで転移魔法を使用して一挙に戦場に到着するはずだったのだがそれができなかったのである。

 原因は大軍に比して魔術師が圧倒的に少なかったこと。

 結局全軍が揃ったのは最初の部隊が姿を現わしてから六日後。

 疲労困憊の魔術師とともに。


「本当にあれで戦えるのでしょうか?」


 遠征軍のあまりの醜態ぶりに飽きれ、思わずそう口にした側近のケープ・ネザーホールの言葉に対し、ブルターニュ軍北部方面軍の司令官アルバート・カーマ―ゼンは吐き出すようにこう言った。


「魔族があの程度の軍に敗れるほど弱ければ、我々はこれほど苦労しない」


 もちろんこの言葉は真実であり、王子たちはその身をもってそれを知るのはまもなくのことである。




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