魔族の将は会議がお好き
もちろんこの世界でも会議というものは頻繁におこなわれていた。
だが、それまでは同等の地位にある者同士のものではないかぎり、討論というものは盛んではなく、上意下達、つまり命令を伝え理解させる場、もしくは意見聴取の場という色合いが濃かった。
会議が立場の上下は関係なく意見交換をする場にもなってきたのは最近のことである。
その理由はいくつかあるのだろうが、そのひとつが多くのことが複雑細分化し上位者がすべてのことに精通することが難しくなったことと、それに関連してこの時期に大量発生した一点豪華主義的な能力保有者の存在だろう。
だが、身分に関係なくその者の意見を聞き入れる度量を持つ上位者がいなければその特別な才も宝の持ち腐れになるのだから、上位者の変質こそ会議の性格を変えた大きな要因といえるかもしれない。
さて、前置きが長くなったが、魔族軍の将であるアルディーシャ・グワラニーの部隊は会議の多さと長さはこの世界に存在する組織の中でも群を抜いていた。
この時代に生きる者としては驚くくらいに多岐にわたった才を披露するこの男が指揮する部隊であれば、上意下達式に命令を伝達し、部下は忠実にそれをおこなえばすべてで滞りなく進むにもかかわらず、それだけ会議が多かった理由。
会議をおこなうことにより、全員に自分の意志を伝えその意義を理解させることができるうえ、多くの意見によってそれをよりよいものにできる。
それが会議を開くグワラニーの意図であるのだが、一部では冗談が多分に交じったこのような意見もある。
単純に会議が好きだから。
もちろんその言葉は本人の耳にも届く。
それに対し、グワラニーは苦笑いするだけで反論することはなかった。
必要があるからやっているのであって長時間拘束される会議自体が好きなどという変わった性癖は自分にはないと言いたいところなのだが、グワラニーにはこれを完全否定できない理由があった。
その場に供される、アリシア・タルファ特製菓子や軽食。
そして、特別な場合に登場する豪華な食事。
「会議の内容にはふさわしくないと思っても、あれなしの会議はもう想像できない」
グワラニーの実感の籠った言葉がそれを証明している。
ただし、この部分にはさらに上を行く者はいる。
ジルベルト・アライランジアの言葉。
「私が会議に参加するのは夫人が提供するものを食べるため。それだけである」
冗談半分ではあるが、これを会議を主催する上官の前で堂々と言ってのけるアライランジアはなかなかのツワモノではある。
だが、誰一人その言葉を非難しないのはこの言葉にある種の共感が存在する証左といえるだろう。
そして、この日もその長いことで有名な会議が開かれる。
クアムート。
魔族の国の北の要衝であるが、グワラニーがノルディア軍を粉砕し、その褒美として魔族の国の歴史上初めて周辺地域を領有してからこの地に初めて訪れた者は驚く。
その活況さに。
数万の軍人と五桁にもなる魔術師、さらに大規模な官僚組織が家族とともに移り住んだことから始まるそれは北方にある非公式交易所が開かれ国外から品物が流入し始めるとさらに加速する。
同じように外の世界との接点であったため、クアムートは一部で第二のペルハイと呼ばれることになるのだが、町自体を国が管理しその存在も秘匿事項になっているペルハイとは違い、ノルディアとの人間との交流はいわば公然の秘密どころか公的に認められたもの。
当然その商品は一般人の目にも留まる。
その中でも実用性一点張りのものしか見たことがなかった女性たちが狂喜したのは過剰ともいえる装飾がついた派手な色の衣服だった。
十日に一度、その町に住む者たちにも交易所が解放されるようになると、年齢を問わずそのために必死にノルディア語やブリターニャ語を覚えその日のために小遣いを貯める。
結果、クアムートはノルディアからの品々で溢れかえる。
さらに風の噂でクアムートの女性たちが繰り広げる歓喜の宴の様子を聞きつけた王都の商人たちが次々と支店を置き、取引額はさらに増える。
巻き上げられた自国の金貨奪還のため、女性に好まれるような品々をせっせとかき集めたノルディア側の涙ぐましい努力が報われた瞬間だと言っていいだろう。
ただし、例の小麦騒動の結果、奪われた金貨を取り返すどころか、小麦の代金の一部として自国の輸出品が軒並みここから魔族領に流れていくのがノルディアの悲しい現状ではあるのだが。
「噂には聞いていたが、すごいな。これは」
「私などクアムートに行くと言ったとたん、女房と娘から別れの挨拶よりも先にお土産として服を買ってくるように要求された。これから戦いに行く者に対するものとは思えない仕打ちだ」
「まったくだ。だから、女は……」
会議の開催時間よりもだいぶ早く到着し、クアムート城の主より勧められて町の散策に出た将軍たちの口から微妙な色合いをした言葉が漏れ出す。
もっとも、そう言う彼らも魔族の国では絶対に口にできない魚の燻製を肴にノルディア産の酒を楽しんでいたわけだし、そもそもそのようなことは本人たちにこそ言うべきものだのだから、ここでそのような情けないぼやきを呟いている時点で、家でそんなことを言えばどうなるのかは想像できるところではある。
そして、その夜。
その場の頂点に立つ者が口を開く。
「さて、全員が揃ったところで、今回の迎撃戦についての打ち合わせをおこなう」
正確な時計というものが存在しないこの世界に置いて全員が会議に遅刻せず勢ぞろいするのは、魔族という種族が基本的に生真面目だということを示したものといえるだろう。
ただし、理由はそれだけではなかった。
……まあ、例のクギが相当効いているようだな。
時間にうるさいグワラニーは待たせるのも嫌いだが、待つのはもっと嫌いだった。
もちろん自分の配下はその辺はわきまえており、時間厳守は徹底されている。
だが、その他大勢についてはわからない。
そこで、王都での会議の解散前にグワラニーはガスリンとコンシリアに対してこのひとことを最後に告げていた。
「会議に遅れた方々は戦いに参加する意思がないと判断します。どのような方であっても、また、どのような理由であっても」
そういうことで遅れないようにやってきたものの、それはそれで脅しに屈したようでおもしろいはずがない。
不機嫌さが充満しているその顔の列を眺め終わると、自身の背後に軍の配置を書き込んだスマンドラ周辺地図を張りつけた大きな板を立てかける。
「これが当日の陣立てとなる」
そこから話されたのはもちろんその策の始まりから終わりまでである。
「よろしいか?」
グワラニーの説明直後、手を上げ発言させるように要求したのはギレェルメ・トカンティンス。
ガスリン派の古株である。
「我々の集団をなぜペパスが指揮をせねばならないのだ。混成集団ならともかく、そうでないのだから、指揮官も我々のなかで決めてもいいだろう」
「同感」
当然ながら、同じ状況のコンシリア派のトップ、アグアタ・ティアラがそう言うと両派の将軍たちが次々賛同の声を上げる。
「では、その理由を言おう」
グワラニーはまずそう言い、それからトカンティンス、ティアラの順に視線を動かす。
「私が直接指揮する部隊の指揮官たちはどんな役割を与えられても黙ってそれを承知する。もちろん命に従わないことはない。文句を言うのはあなたがただけだ。つまり、現場に行っても私の指示を無視して独断で動く可能性がある。そのような者に指揮権を与えられない。そういうことだ」
「ちなみに第二陣を指揮する三人の指揮官には有能な魔術師三人をつけ、命令違反をした者はすぐさま処断する許可するつもりだ。つまり、待機命令を無視して動いた瞬間、その者は黒焦げになるので注意していただきたい」
「では、私から問いたいことがひとつ」
短い言葉で二派の者たちを黙らせたグワラニーに対して発言を求めたのは無派閥のアレグア・マタウだった。
「最前線に陣を敷く第一陣は囮役。いわば敵をおびき寄せる餌だ。たしかに剣を振るって戦うわけではないが、そうであっても女をふたりも同行させるのはどのような理由があるのだ?」
これは来るべくしてきた問いといえよう。
なにしろ魔族は人間よりも保守的。
女性を戦場に出すのは彼らの倫理上認められないのだ。
その問いの直後、グワラニーが口を開く。
「必要があるからと言っておこう」
「デルフィン・コルペリーアは我が軍の副魔術師長。アリシア・タルファは私の幕僚。私の傍らにいるのは当然である」
「そうであっても……」
「彼女たちの代えはいない。だから、前線であっても連れていく」
「マタウ。付き合いがないおまえには信じられないことなのだが、グワラニー殿の言葉は真実だ。副魔術師長はここにいる全員が関わったどの魔術師よりも圧倒的な才がある。そしてタルファ夫人に関してはその洞察力はグワラニー殿と同格。さらに知略も驚くものがある。ハッキリ言おう。グワラニー殿がタルファ夫人をノルディアから引き抜いた功績はマンジューク防衛とクペル平原での大勝を合わせたよりも大きい」
ペパスのこの言葉にその場はざわつく。
このままでは収まらないと思ったのか、座りかけたペパスはさらにもうひとこと加える。
「まあ、この言葉は大げさと思うかは各々の判断だ。だが、少なくても私はそう思っている」
「そして、その正しさはいずれわかる」
その瞬間、グワラニーの配下から拍手があがり、グワラニーも苦笑しながらも大きく頷く。
「……私を含めてここにやってきた者全員が多くの武功を望んでいる」
「噂に聞くクペル平原のような戦い方をされては我々が参加した意味がなくなるのだが、その辺はどうなのだ?」
続いて手を上げ発言を求めたアリアンサ・ブタレの問いは露骨すぎるきらいはあるが、実際のところ、ここにいる者のほぼすべてがそう思っているのは間違いない。
本来であれば、こちらの被害がゼロ、いわゆるクリーンシートは兵を預かる者にとって望ましいことではあるのだが、戦功がグワラニーのみに集まってしまうというマイナス面もある。
そして、ここに集まっている者にとっては、被害が出なかった代わりに戦果もないよりも、損害が出ても功を手にするほうが望ましい結果なのだ。
グワラニーが薄く笑う。
「王都での会議の際にガスリン総司令官よりそう条件が付けられている。我々は半数程度を吹き飛ばすだけで皆さまの獲物は十分残します。ですので、後は好きなだけ狩ってください」
「だが、それだけ損害が出れば敗走は必死。追撃は可能なのか?」
「逃げられないためになるべくこちらへ引き寄せることが肝要なのです。抜け駆けされては困るとはそのためなのです。敵にこの戦場にいるのは第一陣の二万弱の兵だけと思わせたっぷりと追撃してもらうために」
「さすがに八万の兵が並ぶ様を見たら逃げたくもなるな」
「そういうことです」
……どうやら、ようやく理解したようだな。
心の中でそう呟いたグワラニーは言葉を続ける。
「では、五日後にスマンドラ近郊に集合ということで」




