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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十九章 ダワンイワヤ会戦 序章

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会議は踊る

 魔族の国の王都イペトスート。

 その王宮の大広間には多くの将軍たちが集まっていた。

 もちろん前線で戦っている者や、アストラハーニェ王国との国境を守備する軍を指揮する者たちは欠席となるため、多くは王都周辺に駐屯する軍に関わる者となる。

 その条件でいえば、グワラニーは欠席者側に含まれるはずなのだが、グワラニーの軍における序列はガスリン、コンシリアに続くナンバースリーと目されている。

 それだけの地位にあれば大きな会議に呼ばれるのは当然。

 しかも、彼の受け持ち地域の状況は安定、というより、平穏。

 グワラニーがその場にいなくても問題ないのである。

 もっとも、グワラニーが会議に呼ばれたのにはそれとは別の理由がある。

 迎撃戦への強制参加。

 魔族にとっては絶対に死守しなければならないペルハイ防衛のためには自軍の切り札であるグワラニーの部隊を投入するのは当然なのだから、その指揮官は会議に呼ばれることになる。


 問題は指揮権である。

 もちろんグワラニーの上位者であるガスリンやコンシリアが参加するのなら、彼らが総司令官となり、グワラニーはその配下となる。

 だが、彼らが参加しないとなった場合に、すんなりとグワラニーに指揮権を渡すのかと言えば、そうともいえない事情が魔族軍にはあった。

 ここでグワラニーが迎撃の指揮を執った魔族軍がブリターニャ軍を粉砕した場合、当然第一功はグワラニーへと渡る。

 そうなれば、次期王位をめぐる見えないレースでさらに加点される。

 同じく王位を争うガスリンやコンシリアとしてはそれだけは避けたい。

 そして、できれば自身の子飼いにその役を任せたい。

 そのような状況下で会議は始まる。


 いつも通り誰よりも早くやって来ていたその場の支配者が開会を宣言する。


「まずは今回のブリターニャ軍の大攻勢の概要だが……」


 王はそこまで言ったところで視線を向けたのはもちろん総司令官であるアンドレ・ガスリン。

 王に一礼したあと立ち上がった男は語ったのはグワラニーが呼び出しの際に受け取った情報そのもの。

 つまり、この場にいる者のほぼすべてが単純に参集を命じられただけだったということである。


 ……まさか、手に入れた情報がそれだけということはないだろうな。


 グワラニーのその心の声に反応するように一度切った言葉はすぐに続く。

 ただし、グワラニーが手に入れた情報には程遠いものともいえる。


 ……こうなると、バイアの情報はより重要になってくるな。


 グワラニーは薄く笑う。


 ……つまり、バイアの恫喝がなければ私もこの情報によって動かなければならなくなったのだから。


 ……まあ、彼らにとっては侵攻ルートと規模こそが重要であり、私ほどアリスト・ブリターニャやフィーネ・デ・フィラリオの存在は重要視されているわけではないのだから合格ともいえるのだが。

 

 むろんグワラニーはその心の声を封印し、神妙な面持ちを崩さない。

 そして、その間にも続いていた長いが内容のない説明はとりあえず終了したらしいガスリンは一度言葉を切る。

 それから、隣の男をチラリと眺めた後にもう一度口を開く。


「さて、敵軍に関する情報はこの辺にして、これに対する我が軍の陣容に移ろう。まず、今回の迎撃部隊の指揮官であるが……」


「グワラニー。おまえに任せたいと思うのだが、どうだ?」


 それはグワラニーにとって極め付きともいえるくらいに予想外の言葉であった。


 ……自分の子分の誰かにやらせるものだと思ったのだが……。

 

 ……ペルハイは失ってはならぬ場所。

 ……王が強権を発動したか?


「グワラニー。さすがに指揮官の任は重すぎるか?」


 多くの想定をして楽しんでいたグワラニーを現実に引き戻したのは皮肉に皮肉を塗り込んだコンシリアの声だった。


「おまえが出来ぬと言うのなら、誰か別の者を探せねばならぬが……」

「いえいえ、あまりの嬉しさに感動し声がでなかっただけです。もちろん務めさせてもらいます。副司令官」


 コンシリアの誘いに乗るのは望まぬものの、ここはそう言わざるを得ない。

 爪の先ほども心が籠っていない言葉でそう応じる。


「勝てるか?」

「始まっていないうちから勝てると断言できませんが、勝てるだけの努力はさせてもらいます」


 そう言ったところで、グワラニーはガスリンとコンシリアからやってくるはずの次の言葉を待つ。

 そして、それはその直後にやってくる。


「おまえの配下は二万。その数で南北にも守りの兵を置かねばならないことを我々も知っている。そこで……」


「私とコンシリアが選抜し四万から五万の兵を準備することにした」


「まあ、何事にも十分な配慮ができるおまえに言う必要はないのだが、せっかく意気込んで戦いに挑むのだ。同行する彼らにも満足できるような戦果を分けてやってくれ」


 グワラニーの表情が変わる。


 ……考えたな。

 ……後方に配属されているボンクラや再建中の子飼いではどれだけ数を揃えても負ける可能性がある。なにしろ有能な指揮官が自身の手元にはいないのだから。

 ……だから残っている子飼いのうちの精鋭をかき集めて向けざるを得ない。

 ……だが、その数は多くない。おそらく数万ずつ。

 ……キルレシオでは四対一。よく見積もっても五対一。

 ……十五万から二十万と目される敵と戦った場合、よくて相打ち。

 ……そうなれば、たとえ今回撃退できても、次の敵が来たときの備えがない。

 ……負けられない戦いではあるが、これからのことを考えれば、我々に任せるしかない。

 ……だが、そこに虎の子の子飼いを押し付け、経験をさせたうえに武功をあげさせる。

 ……まさに人の褌で相撲を取る。しかも、貸しをつくったような物言いで。


 ……だが、ここは受けるべきだな。


 グワラニーにはある目算があった。


 アリストが絶対に戦場にいないとわかっているわけではない。

 そうなれば、まずは魔術的防御を固めるしかない。

 全力で。

 そうなった場合、戦いは剣でおこなうことになる。

 それをガスリンとコンシリアの子分におこなわせる。


 ……いいだろう。


 グワラニーは自身の考えをまとめ終わると、口を開く。


「それについてお伺いします」


「つまり、この戦いの最中はその方々は私の指揮下に入ると考えてよろしいのでしょうか?」

「そうだ」

「ということは私の命令に背いた場合にはたとえ将軍であっても、厳罰に処してもいいということですね」

「そうなるな」

「そういうことであれば、ありがたく助力を願うことにしましょう」


 大一番。

 しかも司令官は常に圧倒的勝利を手に入れている者。

 ほぼ勝ちの決まっているこの戦いに参加し、武功と名誉は手にしたい。

 だが、その司令官は人間種の小僧。

 その小僧の命令を聞かなければならないのは耐えられない。

 しかも、命令違反をすれば確実に処分を受ける。


 グワラニーの言葉が終わった瞬間、そのような色々な成分が混じり合った呻き声が各所で上がる。


 その声をグワラニーは無表情で聞き入る。

 嘲りの成分の濃い心の声ととおもに。

 もちろんそのようなことはおくびにも出さず、言葉を続ける。


「では、参加する方々の人選は総司令官と副司令官にお任せします。なお、できるだけ早く現地に行きたいので明日には決定していただきたいと思います」


 今度はあきらかに不平と不満、そして非難の三要素でできあがったなんともいえない声が上がる。

 だが、そんなことは構ってはいられない。

 グワラニーはその声に反応することなく会議の終わりを待った。


 そして、それからまもなく大部分の者にとって不愉快なだけの会議が終わる。


 さすがにその場に王が残っている状況で怒号を飛ばすわけにはいかない。

 引き攣った笑みを浮かべてどうにかその場を離れた者たちは自分たちのたまり場に彼らの飼い主が姿を現わすと同時に、その溜まった怒りを爆発させる。


 むろんガスリンとコンシリアにもグワラニーに指揮官を任せることになった今回の決定には不満はある

 だが、それと同時に彼らは軍の最高幹部。

 部下たちと同じように怒りに身を任せるだけでは済まぬという事情があった。


 この度の迎撃戦に絶対に勝たねばならない。

 しかも、ただ勝つだけではなく、こちらの被害は最小限度に留めなければならない。


 そうなれば、たとえどれだけ気に入らなくてもあの勇者たちにも引けを取らない最強戦力を保有するグワラニーを迎撃に向かわせなければならない。

 本来であれば、グワラニーを配下にして、その戦果の上前を撥ねるところのなのだが、状況からそれは叶わない。

 この状況でお互いの足の引っ張り合いによってできない以上、グワラニーに指揮を任せなければならない。


 自身のオフィス内に響くわたるグワラニーに対する怒りの言葉が出尽くしたところでガスリンが口を開く。


「諸将の気持ちが十分に承知している」


「だが、今回の戦いは絶対に勝たねばならない。そうなれば、グワラニーに掣肘なしで戦わせる以外に策はないのだ」


「なにしろ奴は勇者以外が相手なら無敵。実際にノルディアが事実上我が国の配下に入ったのも奴がクアムートでノルディア軍を完膚なきまでに叩いたおかげ。さらに南でも三年にわたってほぼ動きがなかった渓谷を開放し、小生意気な『フランベーニュの英雄』を四十万の将兵と共にあの世に送った」


「言いたくはないが、おそらく奴の軍だけを差し向けても完全勝利を手に入れてくるだろう。だが……」


「我々にとってそれは由々しきことだ。さらに、怒りに任せて我々が派兵を拒んだのはいい。だが、コンシリアが派兵したときにはどうなる?」


「いうまでもない。迎撃戦の勝利に貢献しなかったのは我々だけ」


「そうなるわけにはいかないのだ」


 むろん、コンシリアも別室で主語が違うだけの同じ話をしていた。


「……とにかく……」


「ここはまず勝つこと。そして、その勝利に我々は貢献しなければならないのだ」


 こうして、二派の派兵が決まる。


 もちろん彼らのどちら側にも加わっていない将軍たちも、ここは確実に勝利できると読み、ガスリンのもとに参加を申し出る。

 そして、翌日の夜、戦いに加わる者のリストとその兵力を見たグワラニーはバイアとともに苦笑いする。


「……多いな」


 その短いひとことがすべてを現わしていた。


 まず、ガスリンからの推薦者。

 ギレェルメ・トカンティンス、エンネスト・コルンバ、アドルフォ・セヒーニャ、シャベコ・マドレイラ、エウジェーノ・エスペランサ、ゴンサノ・オリゾンテ。

 六人の将軍は各四千の兵を率いるので、合計二万四千。


 続いて、コンシリア一派。

 こちらも六人。

 アグアタ・ティアラ、カチアリ・アシリアドラ、アチェル・ラブレア、クリアタウ・アリケメス、カマクアン・ブリチス、セシリーア・フェルメサ。

 計二万四千。


 そして、最後はどこの派閥に加わっていない将軍たち。

 自薦他薦、いや、自薦自薦で収拾がつかなくなり、ガスリンが三千の兵を揃えられる将軍という制限を加えてどうにかここまでに抑え込んだ。

 アレグア・マタウ、アヤビリ・ジャジュ、アリアンサ・ブタレ、バッジェ・モウラ、ジヴィーザ・アテナス、コンテンダ・クランサ、アゴスティーノ・エスレーマ、ベルナディーノ・カスタラニーナ、クリストヴァン・シェイア、ドゥグラス・ベルサージェス、アイラ・マヌエヌの十一人、計三万三千。


「……合計八万一千。この数であれば、このまま戦っても勝てそうですね」

「ああ」


 その数を口にしたところでもう一度苦笑いするバイアの言葉にグワラニーは短い言葉で応じる。


「だが、どうしたらよいものかな」


 ブリターニャ軍の総勢は多くても二十万。

 魔族側のものではなく人間側のものを使ってもキルレシオは三対一。

 八万の魔族軍を相手にするには二十万はやや少ない。

 その数の敵が戦闘に有利とされる高台を抑えて布陣しているのを見たら、戦わずに逃げてしまう可能性が高い。

 もちろん本来であればそれは最高の形だ。

 なにしろ戦わずに勝つのだから。

 だが、今回に限り、やってくるという敵を戦いに引きずりこみ、完膚なきまでに叩きのめさなければならない。


 その理由はふたつ。


 ひとつは集まった兵に功を与えることというガスリンから間接的な命令。

 もちろん敵を追い返したという功はつくが、要求されているのはあくまで敵を打ち破ってのもの。

 それを実現するには敵に逃げられては困るのである。


 そして、もうひとつは、もう少し高度な理由となる。

 ここで叩いておかねば折を見て再びやってくる可能性があること。

 追い返したのは事実だが、味方と同様、敵にも一兵の損害も出ていないのだから、補給その他後方の事情が許せば再び攻め入ることは可能となる。

 だが、三人の王子はかなり無理をして兵を集めているのはワイバーンの情報からわかっているのだから、ここでその兵を叩いておけば、そう簡単に同規模の軍を組織するのは難しくなる。

 つまり、しばらくは現れることはないといえる。

 さらに多数の王子や上級貴族が戦いに参加しているのだ。

 ここで軒並み戦死となれば相当なダメージとなる。


「……相手はひ弱な王子たちが率いる軍。大軍で出迎えては恐れ慄き、王都に逃げ帰る可能性がある」


「そうならぬよう、相手は少数だと思わせ、自陣の懐迄潜り込ませ、一気に叩き殲滅するしかないな」

「となると……」


「囮役が重要ということになりますね」

「そういうことだ」


「そうなれば、我が軍でやるしかあるまい」


「予定変更。我々も全軍で対処することにしようか」


 元々グワラニーが用意していた策は、まず押し付けられた援軍を横一列に並べ、その後方に自分たちが陣を敷くもの。

 そして、同じく横一列に並ぶブリターニャ軍が突撃を開始したと同時に魔法攻撃で半数以上を撃破、続いて前列に並ぶ部隊が突撃、開始直後に掃討戦に移行するというごく単純なものであった。

 これであれば、細かな指示はいらず、寄せ集めの軍であっても十分な戦果は得られる。


「面白味はないが、期待通りの結果は得られる。この状況ではやむをえない策」


 自嘲気味にグワラニーが評価するとおりのものである。

 だが、予定よりも遥かに多い数の味方がやってくることが決まった瞬間、この策は使えないことが確定する。


「……こちらの兵力を知られないようにするのは兵力が少ない者たちが考えることですが……」

「まったくだ。これだけの数を揃えながらこそこそしなければならないというのは理不尽にも程がある」


 ぼやきにも似た会話を交わしたグワラニーとバイアであったが、その表情は嬉しそうであるのは気のせいではない。


「あまりにも単純な策でケリがつくのでつまらないと思っていたが楽しくなってきた」

「そうですね。これでまた我が国の軍史に名が残る戦いができますね」


 そして、援軍が八万を超える数なることがわかり変更された陣立てがこれである。


 第一陣。

 グワラニーの直属部隊。

 スマンドラの南方八アケト、別の世界の八十キロ南方に一万六千が横広がりに陣を敷く。


 第二陣。

 第一陣の二アケト後方に陣を敷くのが当初の第一陣となるのだが、左からガスリン派、無所属、コシンシリア派となる。

 これは派閥ごとの方がスムースな動きができるだろうという配慮である。

 ただし、指揮官はグワラニー軍から出す。

 左翼はペパス、右翼はプライーヤ、中央はミュネンウ城の城主であるアルトゥール・ウベラバをあてる。

 彼ら自身も直属の兵千人を率いる。


 そして、第三陣。

 第二陣の後方、二アケトに陣を置くここには魔術師長アンガス・コルペリーアが率いる魔術師団とクレベール・ナチヴィダデとデニウソン・バルサスが指揮する二千の兵が予備兵として控える。

 第三陣の指揮官はバイア。


 実は、見た目とは裏腹に本陣は最前線いる第一陣である。

 その最前線に総司令官グワラニーとともに最前線に立つのはタルファ夫妻、護衛隊を率いるコリチーバ、コリチーバとともに最初期からグワラニーの下で戦ってきたアビリオ・ウビラタンとエルメジリオ・バロチナのコンビ、マジャーラ遠征にも参加したエンゾ・フェヘイラ、ジルベルト・アライランジア、戦闘工兵六千名を率いるディオゴ・ビニェイロス、ベル・ジュルエナ、アペル・フロレスタ。

 そして、副魔術師長デルフィン・コルペリーアと千六百人の大魔術師団。


 そう。

 当初の予定とは大幅に変わり、グワラニーは自軍幹部のほぼすべてをこの戦いに投入してきたのだ。

 そして、その理由はもちろんこれは作戦を完璧に遂行させるため。

 特に囮役である第一陣はその引くタイミングは非常に重要。

 つまり、自身の指揮でおこなわなければならない。


 第二陣は海千山千の猛者の集まり。

 それなり名の知れた将軍を指揮官にあてないと功を焦った者が命令違反をする可能性がある。

 そして、ひとたび崩れるとその波は止まらない。

 そうなれば十分に引き付けないうちに敵に逃げられる可能性がある。


 そして、三陣にバイアに置いたのはもしものときのための次席指揮官ということである。


「これだけ準備しこれだけの人員を投入して負けたら私の責任ではない。文句は天に言ってくれ」


 指示書をつくり終えた後にグワラニーが冗談交じりに口にしたこの言葉が彼の自信の程が示されていると言っていいだろう。

 そして、もちろん結果は彼が望んだとおりのものとなる。



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