王子出陣
翌日の朝。
その情報を聞かされたアリストは苦笑いするしかなかった。
……昨日の今日。というか、あの後すぐに計画が持ち込まれたということは相当前から計画されていたということか。
……だが、ファーガスがそのようなことを準備するはずがない。となると、侯爵か。
……本来であれば、昨日私を追い落とし、続いて、この出陣の功でダニエルの前に出るということだったのだろうが、さすがに昨日の状況で私を追い出したとは考えないだろうから、計画を変更し、まずはダニエルを追い抜くということなのだろうな。
アリストがその言葉からここまで推測したところで、その情報をもたらした者からの次の言葉がやってくる。
「それで、アリスト。おまえはどう思う?」
「ファーガスの出陣を認めるべきか?それとも、不許可とするべきか?」
そう。
アリストに情報を提供したその相手とは父王カーセル・ブリターニャだった。
ブリターニャ軍は自国の西側から魔族領に侵攻しているわけなのだが、一概に西側と言っても広大である。
そこで、ブリターニャはそれを三集団にわけてそれぞれに指揮官を置いている。
そのひとつ北部方面軍を指揮するのがアルバート・カーマーゼン。
要望どおりに出撃を許可した場合、ファーガスはカーマーゼンの指揮下に入ることになるわけなのだが、やってきた方がともかく、来られた方ははっきり言って扱いに困る。
「予定外の部隊が突然やってきて戦果を挙げたいと言うわけだからな」
「まあ、そうなれば、もともと攻め入る計画にない場所を単独で攻めてもらうということになるのではないでしょうか」
「おそらくそういうことだろうし、道理のわかっているウフスリンも最初からそのつもりなのだろう」
「それで、これでファーガスが持ってきた計画書と地図なのだが……」
父王からそれを受け取ったアリストは地図を見やり、顔を顰める。
……この地図が本当に正しいのであれば、王都へ続く街道を抱える交通の要衝と思えるスマンドラに魔族が兵を配置していないとは思えない。
……簡単には落とせないだろう。
……だが、問題はその街道をそのまま北に向けて進んだ先にはクアムートがある。
……グワラニーがノルディアと交易しているその地を手放すとは思えぬ。
……つまり、奴が必ず出てくる。
「やめたほうがいいでしょう。どうしてもということであれば、スマンドラ攻略の拠点を手に入れるまで。具体的にはこの湿地帯の先にある丘の占領を目標とすべきべきでしょう」
「交通の要衝と思える重要さから考えておそらくスマンドラには相応の兵がいるでしょう。ファーガスの兵だけで城攻めしても落とせないと思います。そうかと言って一度手をつけたら簡単には引けない。そうなれば、増援が必要となり、全体に影響が出ます。その点この丘の占領であれば、それほど時間をかけることなくケリがつきそうですから」
アリストはグワラニーに関わる部分の除いてその理由を説明すると、父王は大きく頷く。
「そうだな。では、許可はするがそう念を押しておくことにしょうか」
王のその決定は程なく、アリストの弟へ伝えられる。
もちろんそれはスマンドラどころかそのまま魔族の王都を落とそうと鼻息を荒くしていたファーガスにとって予想外のものであった。
「……スマンドラ攻めは認めぬとはどういうことだ?」
父王からの沙汰であるためその命を黙って受けて来たものの、ファーガスが納得していないのはいうまでもないだろう。
「ま、まったくです」
「ですが、これは王命です。殿下」
怒り狂い、大声で喚き散らすファーガスを宥めるようにウフスリンは声をかける。
だが、実際のところ、彼は安堵していた。
もちろん、その心の声はどこにも出すことなくさっそく準備に入ることにする。
ここまではウフスリンの計画通りだった。
だが、それからまもなく予定外の情報が伝わる。
「ジェレマイア王子も出陣許可を陛下に申し出ているだと」
その情報を掴んだウフスリンは呻く。
「我々の動きを聞いて、真似をしたのか?」
怒号に近いその問いに情報を手に入れた側近のアダム・ヘイトンが答える。
「面会許可申請は昨晩に出ていたようですから、その時点で計画は立てられたものと思われます」
「それで、ジェレマイア王子はどの方面への出陣を希望しているのか?」
「北部方面とのこと」
「なんだと」
そう言ったものの、ウフスリンにはわかる。
なにしろ北部方面は他に比べて戦闘が激しくない。
つまり、王子に箔をつけるには最高の場所。
「……問題はこうなった時にもうひとりはどうするかということだが……当然来るだろうな」
そして、悪い予感は当たる。
ファーガスに続き、ジェレマイアも魔族との戦いに出たいと王に申し入れた情報は程なくダニエルのもとに届けられる。
実をいえば、ファーガスが魔族との戦いに参加するという情報を手に入れた時、ダニエルはこう言って黒い笑みを浮かべていた。
「痛い目に遭えばいい」
そうすれば、自分が何もせずともライバルはひとりに絞られる。
そのライバルが血統だけが自慢の子供となれば、すでに勝ったようなもの。
あとはゆっくりとアリストを追い落とす算段をすればいい。
そう考えていた。
だが、ジェレマイアの予想外の動きで状況は一転する。
「……もちろんふたりとも失敗すればいうことはない。だが、どちらかが成功すれば……もしかして、まず私を追い落とすために共闘するつもりではないだろうな」
そうなってくると、強引に押し込んでいた不安が顔を出し、そして大きくなる。
目の前に座る妻の兄に目をやる。
「侯爵。ここは動くしかあるまい」
そして、当然のように出陣が決定される。
こうして、王位を狙う三人の王子全員が前線に出ることが決定された。
それはわずか一日、いや半日の出来事だった。
三人の王子が前線に出る。
正確にはファーガスは母親が同じくするふたりの弟アイゼイヤとレオナルドを、ダニエルも同じく母親が同じアールを同行させることになったので、ジェレマイアを含めた六人の王子というが正しいのだが。
六人もの王子が時を同じくして前線に出る。
これはブリターニャ史上初めてとなる。
ただし、これが現地で歓迎されたかといえば、必ずしもそうではなかった。
特に、それだけの数の王子たちを一度に押し付けられた北部方面部隊の指揮官カーマーゼンは不機嫌さを隠すことはなかった。
「もちろん兵士たちの激励にやってきたというのなら喜んで歓迎する」
「だが、彼らは戦って功を挙げ自身の名を売るためにやってきたのだ」
「だが、これは戦い。狩りをおこなう者と獲物が明確に分かれている王子のお遊びとは違うのだ」
側近だけがいる場で、カーマーゼンはそう言って王子たちの来訪を強烈に非難した。
だが、さすがにこれは王族批判にあたる。
部下たちは「そのとおり」と同調するわけにはいかない。
まず、顔を見合わせ、それから視線で指名されたその役を担う者が口を開く。
「陛下からは善処するようにと命が届いていますので、三つの集団それぞれにそれなりの戦果が出る場所を用意する必要があります」
その男はそう言って、カーマーゼンを鼻白ませる。
だが、その男の言葉には続きがあった。
「ですが、陛下からの命令書を読むと王子たちの要望が書き加えてあります」
「最北端の平原地帯。彼らはその地を進撃したいそうです」
「先達が残した地図によれば、この先にはスマンドラと呼ばれる王都と北部を繋ぐ街道を抑える交通の要衝があります。ですが、要衝であれば魔族も手放す気はないでしょう。それなりの備えと多数の兵がいるはず」
「さらに最初の難関としてダワンイワヤの大湿地帯があります。敵の攻撃を受けながらあの湿地帯を突破するのは相当の被害を覚悟しなければならない。だから我々はあの地を進まず、敵も対岸の丘の上に砦をつくるだけで横腹を見せて前進する我々を攻撃してこないのです。ですが、それに挑みたいというのなら、反対する理由はないでしょう」
「スマンドラとはいわず、最大の難所である大湿地帯を突破できて対岸の丘を占領できたら守備兵は送るが、落とすまでは王子たちに任せるということにしたらどうでしょうか?」
最側近で参謀役でもあるケープ・ネザーホールの言葉にカーマーゼンは大きく頷く。
「どうせ私の命令など王子たちは聞くはずがないのだ。結果が出るまで自由裁量に任せる。悪くない。では、その方針でいくことにしよう」
紆余曲折とまではいかないまでも、その日一日大揉めに揉めた結果とは思えぬほどカーマーゼンから王都への返答は驚くほど好意的なものであった。
もちろん王子たちの要望はすべて受け入れ、その方面の指揮権は放棄し、王子たちの独自行動を許すという内容は文字には現れない意味が含まれていることを読み取った者もいたのだが、三派に分かれた王子たちにはそれに噛みつく余裕などなかった。
なにしろ同じ進撃ルートに三派が並んで進むのだ。
そうなると効いてくるのが兵力。
苛烈な兵集めが始まる。
しかし、すでに国として各地で徴兵がおこなわれている。
そのような場所でさらに兵を集めるのは困難。
当然そうなれば、自身と後援貴族の荘園で兵を集めるしかない。
兄弟がいるダニエルは合計四万、ファーガスも六万の兵を集め、ジェレマイアも単独ではあったものの二万五千の兵を集める。
だが、それはかなり無理をした数字であり、当然そうなれはその場所の生産人口は減少するわけなのだが、もちろん悪影響はそれだけはない。
さらに三派は競い合うように各地で傭兵や冒険者を雇い入れる。
むろんブリターニャは王都の出入りを制限しているので、彼らは周辺で待機となるわけなのだが、そのような者たちが集まってくれば必然的に治安が悪くなる。
そして、これだけ派手に人集めをおこなえば、当然それは間者を通じて各国の知るところとなるわけなのだが、その間者には大海賊たちの配下も含まれる。
そうなれば……。