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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十九章 ダワンイワヤ会戦 序章
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追い詰められた愚者はかく動く

 アリストと彼の妹がとりあえず楽しいひと時を過ごしていた頃。

 アリストの王位継承権を奪う絶好チャンスとばかりに鼻息荒く望んだその会議で見事なばかりに返り討ちにあった者たちは、今後について支援者たちと話し合いがおこなわれていた。


 王城内にある次男ダニエルの私室。

 当然ではあるが、大国の王子のであるのだから私室といってもホテルのスイートルームのようなもので、多くの寝室と居間がある一種の家である。


 ちなみに、このタイプの部屋を現在王城内に持っているのはダニエルのほかに四人。

 アリスト、三男のアール、四男ファーガス、六男のジェレマイアである。

 現在アリストが使用している部屋は以前母親の強い希望によってホリー・ブリターニャに与えられていたものであり、五男のアイゼイヤではなく六男のジェレマイアが特別室を使用しているのは、アイゼイヤが王都内で起こしていた不祥事、その落とし前をつけるための、いわば降格処分によるものである。


 その特別な部屋の応接間。


 敗者のひとりを囲んで、深刻な顔をした取り巻きたちが顔を突き合わせていた。


「してやられましたな」


 ダニエルの妻ブルジッタの兄であるアルバート・ランゴレンがその言葉を投げかけると、すでに不機嫌さがピークにあったダニエルの表情を険しくする。


「今回の件はアリストの不祥事と言い出したのは私ではない」


 もちろんランゴレンにも言い分はある。

 だが、ここでそれを言ってしまえばすべてが終わる。

 ダニエルよりも遥かにこのような場合の立ち回り方を知っているランゴレンはつくりものの笑みを浮かべながら、口を開く。


「まあ、たしかにそうとも言えますが、我々が何もしなくてもファーガス王子が会議の開催を要求したでしょうから同じこと。あの場に行けば、アリスト王子とファーガス王子、そのどちらの側に立つことになるのかはあきらかですから」


 この言葉は正しい。


 あの場で味方などしてはアリストの足場を固めることに協力するだけ。

 引きずり下ろさなければならない相手の手助けなどできるはずがない。

 だが、そうなると、たとえ自身の提案でなくても、ファーガスの失敗に巻き込まれることになる。


 すぐにというわけにはなかったのだが、それを理解したダニエルは渋い表情を浮かべる。


「だが、今回の件でアリストの評価がまた上がったのは間違いない。しかも悪いことに王族会議の代表が来ていた。あの老人の前で失態は大きかった」


「とにかくこのままでは王太子はアリストのものになる。何か手立てを考えなければならない」


 そして、もうひとつの勢力である四男ファーガス陣営であるが、こちらは大荒れといった雰囲気を醸し出していた。

 自室に引き上げるまでは多くの目があるため、どうにか堪えていたものが取り巻きだけになった瞬間に爆発する。


「くそ。これでは俺とダニエルはアリストの引き立て役ではないか」


 この世界で非常に貴重なガラス製のコップを床に叩きつけファーガスは悔しがる。

 ただし、それは自分に対しての怒りだったところがダニエルよりは少しはマシといえるかもしれないのだが。


「ですが、外務部が報告してきたものを読めば、ダニエル・フランベーニュが相当の曲者とあります。なにしろ王太子を争っていたふたりの兄を誅しただけではなく、自身に王太子の地位を与えた父王を抑え、実質的に王位に就いたものと同じ権限を手にするということなのですからファーガス殿下の主張は間違っていなかったと思われますが」

「……だが、そうはならなかった」


 側近で情報の分析をおこなったバージル・ストイトホルムは自身に降りかかって来そうな火の粉を払おうと必死に弁解するものの、それを短い言葉で斬り捨てたのはファーガスの母の兄でウフスリン家の現当主であるアリスターだった。


「アリスト王子が言うように、我々の分析には魔族の動きが完全に抜け落ちていた」

「ですが、魔族は休戦協定を……」

「結んでおり攻めてくるはずがないと言いたいのだろう。だが、その休戦協定はミュランジ城を一帯のみで、現にその間もずっと魔族はベルナードと戦闘をおこなっていたのだ。それが絶対に守られるという保証はない」


「そう考えると、愚かな兄弟喧嘩はできるだけ早く終わらせる必要があったというアリスト王子の言が正しいということになる」


「だが、安心しろ。策を考えたのはたしかにおまえだが私もファーガス王子もその策が正しいと思って採用したのだから責任を押し付けることはない」


「それよりも……」


「このままではじり貧になるだけだ。一気に王太子を狙うのは一時停止し、とりあえずアリスト王子の次の地位を狙うべき」

「はあ?」


 唐突に出されたウフスリンの提案にファーガスは珍妙な声で応える。


「なんだ?それは」

「残念ですが、今の状況で王太子を選ぶとなれば、間違いなくアリスト王子がその地位に就くことになります。ですが、幸か不幸か陛下も本人もその気はない。となれば、まず狙うは確定的な二番目」

「つまり、まずはダニエルの上にいくということか?」

「そう。アリスト王子を超えるよりも遥かに容易に思いますが、いかがでしょう」

「……何かあるのか?」

「はい」


「こういうときは誰にでもわかる成果。これが一番です」


「戦場に出て戦果を挙げること」


 そして、反アリストの三勢力。

 その最後のひとつの中心となる六男ジェレマイア。

 彼の部屋は完全にお通夜状態だった。

 そもそも彼は十七歳。

 アリストより十歳以上年下である。

 若さが売りということになるのだろうが、王太子レースでそれがプラスになるかといえば、怪しいといえる。

 若い。

 それはイコール経験がないということになるのだから。

 もちろん、それを上回るだけの才があればよいのだが、そういうものを感じさせるものは現在のジェレマイアにはない。

 現在示された多くの実績よりもあるかどうかもわからぬ可能性などというものを優先して考慮するほど王太子の選考は甘くない。

 残りは血統ということになるのだが、ジェレマイアの母親は正妃アマリーエ。

 つまり、アリストやホリーと同じ。

 ここでもアリストを上回ることができない。

 ということは、彼が次の王となる前段階である王太子の地位を得るためには、まずアリストを追い落とさなければならない。


 そのために彼もダニエルやファーガスの陣営からやってきた誘いに乗り、会議開催を要求したのだ。

 だが、結果といえば、アリストの圧勝。

 追い落とすどころか、以前に増して差をつけられた印象しか残らなかった。

 それどころか、今回の同盟者であると同時にライバルでもあるダニエルやファーガスにも差をつけられたと言わざるを得ないだろう。


「……無理だ」


 ジェレマイアの口から洩れたのはまぎれもなく白旗宣言。

 だが……。


「殿下。あきらめるのは早いです」


 アーサー・ドルランログ。

 ジェレマイアの義理の父にあたる伯爵である。

 王の外戚となって権勢を振るい、この国を思い通りに動かしたいという野望があるドルランログにとってここで諦めるなどあり得ない。

 虚ろな目で自分を見るジェレマイアを睨みつけるようにしながらドルランログは言葉を続ける。


「アリスト王子が王太子に叙せられると決まったわけではない以上、希望を捨ててはいけません」


「アリスト王子が消えれば、血統的に一番なのは殿下であることをお忘れなく」


 ジェレマイアにというよりも、自身に言い聞かせるようにドルランログはそう言うと、ジェレマイアは疑わしそうな目を義理の父に向ける。


「ここから巻き返す方法でもあるのですか?」

「あります」


「誰でもわかるくらいのすばらしい方法が……」


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