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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十九章 ダワンイワヤ会戦 序章
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ホリー・ブリターニャ

 多くの者にとっては満足から程遠い結果となったこの日の儀式はそれからまもなく閉会となる。


 その夜、アリストにあてがわれた部屋にやってきたのは彼の妹ホリー・ブリターニャだった。

 いわゆるブラコンである彼女にとっては夜に大好きな兄の部屋を訪れるというのは一大イベントであるのだが、残念ながら相手の方はまったく彼女の想いに気づかない。

 気づかないふりをしているのではなく、本当に気づいていない。

 この辺が人間の人間たるゆえんといえるのかもしれない。

 つまり、どこかは必ず穴がある。

 アリスト・ブリターニャの場合はここだったということである。

 ただし、恋愛音痴というわけでない。

 本当にこの一点に関してだけ彼のセンサーは低性能だったということである。


 当然ながらアリストが妹を部屋に呼んだのは、少し前までおこなわれた茶番劇について話をしようと思ったからで妹が期待しているような要素はまったくない。


「さて、ホリーに伺いましょうか」


「私がフランベーニュの兄弟喧嘩に際し、三男ダニエル・フランベーニュを助けた理由を」


 あの場でモントローズが説明した内容を話し終わったアリストがそう問うと妹は薄く笑う。


 そう。

 ホリーはすぐに悟った。

 弟たち全員がアリストにあしらわれたことを。

 

 ホリーが笑みをとともに口を開く。


「短期的にはブリターニャの利益のためです」

「短期的には、ですか」


 ……さすがホリー。

 ……あれを短期的と言ってしまう。つまり、その先まで見越している。

 ……もうこの時点でホリーがダニエルやファーガスとは出来が違うことがわかるというものですね。


「とりあえず、その短期的理由を聞いておきましょうか」


 兄の言葉に小さく頷くと、その続きとなるものを口にする。


「簡単にいえば、騒動を大きな兄弟喧嘩に止め、内乱に発展しないようにすること」

「それがどうしてブリターニャの利益になるのでしょうか?」

「内乱になれば、魔族が騒動に乗じて攻勢に出るでしょう」


 ……そこまでわかっているのなら、混乱中のフランベーニュを魔族が襲えば、フランベーニュがどうなるかも、その後、ブリターニャにどのような災いがやってくるのかも把握していることだろう。

 ……では……。


「もちろんそれが最良とは言わないでしょうが、攻勢に出る機会は十分にあったにも関わらず、なぜ魔族は攻勢に出なかったのでしょうか?」

「攻勢に出ることで得られる益よりも優先順位の高い理由があったということではないでしょうか」

「それは?」

「魔族内部の権力闘争と言いたいところですが、さすがにそれで絶好の機会を逃すということは考えにくいです。そうなると、考えられるのは攻勢に出るための部隊の準備が整っていなかったということです」


「彼らはミュランジ城を攻略に多大な犠牲を出しています。おそらくその部隊こそ彼らの攻勢の際に運用するもの。それが壊滅してしまったのですから、その再建か再編成が間に合わなかったということではないでしょうか」

「ですが、ミュランジ城の対岸にはあの『フランベーニュの英雄』を粉砕した部隊が駐屯していますよ」

「そうですね。ですが、彼らは魔族にとってはとっておきの部隊。それとともに、おそらく彼らは噂の勇者に対応する部隊。一度動かせば最終段階まで行かねばならないフランベーニュ侵攻に彼らを投入してしまっては勇者が現れたときに対応できない。魔族はそれを恐れたのはないでしょうか」


 もちろんホリーの答えは完全な正解ではない。

 だが、それはほんの僅かな情報から推測したものであることを考えれば、十分な答えといえるだろう。


「では、別の話題を。今回の兄弟喧嘩は当初ふたりの兄たちの側が圧倒的な有利な状況でしたが、最終的に三男が勝利しました」


「この分岐的はどこだと思いますか?」


「純軍事的で言えば、海軍の参加。ここで勝利するようなことになれば陸軍は立場がなくなるため、慌てて軍を送り込んで決定的な差が生まれたわけですから、やはり海軍の参加が大きかったといえるでしょう。ですが……」


「本当の意味で大きかったのは、アグリニオンの商人たちがダニエル王子を支持したことでしょうか」

「その理由は?」

「彼らが利に対する嗅覚が鋭いと聞いています。つまり、確実に勝てると思わなければどちらか一方を支持するというようなことは言わない」


「その彼らが圧倒的不利なダニエル王子の支持を明確にした。その話を聞いた者はこう考えるでしょう。アグリニオンの商人たちは自分たちの知らないダニエル王子が絶対に勝つといえるだけの情報を手に入れて支持を表明した。つまり、勝つのはダニエル王子。そうなれば、様子見を決め込んでいた者たちは乗り遅れまいと次々にダニエル王子へ向かう馬車に乗り込む。その最初がアリターナということになるのではないでしょうか」

「ちなみに、アグリニオンの商人たちがダニエル王子の勝利を確信していた根拠は何だと思いますか?」

「これについてはわからないというのが正直な答えです。フィラリオ家の参加を知ったとしても数はともかくその質で勝利を確信できるのかといえば疑問。可能性があるとすれば、フランベーニュ王がダニエル王子を全面的に支持したという情報を手に入れたくらいでしょうか。これなら、軍も動くので」


「なるほど。ちなみにそこまで推測できるだけの情報はどこから手に入れたのですか?」

「特別な方法はありません。間者からやってくる情報をアリスト兄さまに渡すためと言ってもらっていただけです」

「つまり、ダニエルやファーガスもその資料に目を通すことができたというわけですね」

「本人たちが望めば……」


 本人たちが望めば。

 つまり、彼らがそれを望むわけがないので見ていないということである。

 それを見たところで、彼らがここまで分析できるかどうかは怪しいものなのだが。


 アリストは苦笑した。


 アリストの執事長も兼ねるブルーノ・ドゥルイゼランによって王城に滞在中のアリストの世話をするため派遣されていたふたりのメイドのうちの年長者であるドロシー・ガセットの入れる茶で一息入れたところで、再びアリストとホリーの話は始まる。


「ちなみに、魔族がフランベーニュを粉砕し、ブリターニャに迫る脅威についてホリーは短期的なという表現を使いましたが、ホリーの言う長期的なものとはなんでしょうか?」


 もちろんアリストにはそれが何か想像はついていた。

 そして、ホリーが口にしたことはそのとおりのものであった。


「フランベーニュの三人の王子の中で一番才のある者が王位に就く。それは将来のブリターニャにとって災い以外のなにものでもないでしょう」


「つまり、ブリターニャとフランベーニュ。双方の王が代替わりしたとき、有能な王に率いられたフランベーニュに対してブリターニャは現在の優位さを保つことができるのかどうかということです」


 そう。

  実をいえば、あの場でダニエルやファーガスが主張していたものは完全には間違っていなかったのである。

 つまり、彼らの主張どおり、アリストがアーネストとカミールの連合軍に加担する、または傍観していた場合、ダニエルは形勢逆転ならず敗北し、処刑、少なくても権力から遠ざけられることになったであろう。

 そうなれば、将来の脅威はこの時点で消えたわけである。

 ただし、勝者側のふたりの王子はすぐさま第二ラウンドを開始したのは確実で、その時をじりじりしながら待っていた魔族の王の命よりグワラニーを含む魔族軍が一斉にフランベーニュに対して攻勢をかけていたので、ブリターニャにとって明るい未来がやってきたのかは不透明といえるだろう。


 そして、それこそが、あの場でアリストの指摘した「思考から魔族が抜け落ちている」ということになるのである。

 その点、ホリーはすべてを網羅した見解を示した。

 アリストが弟たちよりホリーを評価している点がそこになる。


「ちなみに、ホリーがブリターニャ王であった場合、ダニエル・フランベーニュが王になったフランベーニュを御し得るかな?」


 もちろんこれは大いなる仮定の話である。

 だが、アリストからの問いの言葉にホリーは即座にこう答える。


「大丈夫でしょう」


「もちろんアリスト兄さまであれば、フランベーニュ王が誰であっても問題ないということになります」


「それとは反対に王位を狙う他の王子の誰かがその希望を成就した場合は厳しいのではないかと思います」


「そして、私が王になったときダニエル・フランベーニュを相手には荷が重すぎるということであれば、私を王にしたいというアリスト兄さまはであれば、それにふさわしい対応をフランベーニュでおこなってきたと思いますが、どうやら、その様子はありません」


「つまり、ダニエル・フランベーニュという人物と会ったことがないので、私と彼を比較して上か下かということは断定できませんが、アリスト兄さまがダニエル王子を条件なしに協力したということは、ダニエル・フランベーニュは私でも御し得る程度の人物ということになるのではないでしょうか」


 もちろんダニエル・フランベーニュ本人がこの言葉を聞いたら大いに憤慨したことであろうが、実は、ホリーのこの言葉はアリストが持つ正解と同じだった。




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