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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十九章 ダワンイワヤ会戦 序章
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騒がしきサイレンセスト

 ブリターニャ王国の都サイレンセスト。

 その中心にある王城。

 カムデンヒルという別名で呼ばれるその城にアリスト・ブリターニャはホリー・ブリターニャとともに姿を現す。

 といっても、王に呼び出されているのは前者だけであり、すぐに始まるその会議に出席するのもその男だけである。

 妹と別れたアリストは王が待つ部屋へと向かう。

 そして……。


「アリスト。随分と遅い帰りだったな」


「私はすぐに戻るように言っておいたはずなのだが」


 その場にいるたったひとりの男がアリストに向けて少々の皮肉を籠った言葉を口にする。


「それこそ、おまえなら一瞬で帰って来られるのだ。滞在場所の遠さは理由にはならないぞ」


「まあ、おまえのことだ。フランベーニュの女との別れを惜しんでいたのだろうが」


 むろんそれはアリストが各国でおこなっている夜の武勇伝に基づいた王の冗談である。


「むろん私自身はおまえのやることにはすべて理由があると承知しているのでかまわないのだが、これからやってくる者の多くはそれだけで済まぬ」


「今回は良い機会なのでそれを話してやってくれ……」


 王のその言葉に重なるように肺活量を自慢するように張り上げる来訪者を告げる声に続き、次々と出席者が姿を現わす。

 次男ダニエル、三男アール、四男ファーガス、五男アイゼイヤ、七男レオナルド、六男ジェレマイア。

 さらにダニエル、ファーガス、ジェレマイアの後援者であるアルバート・ランゴレン、アリスター・ウフスリン、アーサー・ドルランログ、王の正妃アマリーエの父で王族会議の長を務めるアシャー・バリントアと長子ブラッドフォード。

 そして、別の入口からは政務を司る宰相で公爵でもあるアンタイル・カイルウス以下重臣とその部下たちが続々と入ってくる。


 ……年配の王族会議の長まで引っ張り出すとはなかなか気合いが入っているな。


 アリストは目だけ冷たい笑顔の裏側でそう呟く。


「さて、主役であるアリストがようやく王都に戻ってきたので、例の案件についての会議の開催する」


「今回は王位継承権にも関わることなので、王族会議の代表であるバリントア公爵とその子息ブラッドフォードにも立ち会ってもらいことにした」


「その辺のことを心して話をするように」


 そう言った王カーセル・ブリターニャの視線は、本来向くべきアリストではなく、他の息子とその後ろ盾となる大貴族が並ぶ自身の右側の列に固定されていた。


「では、最初に私のもとに上がってきた事実を」


 カーセルは視線で合図したのは政務の長である宰相カイルウスだった。

 カイルウスは一礼すると、自身の左に座る男に目配せする。

 その男が立ち上がる。


「では、外務を担当する私オーガスタ・モントローズが説明いたします」


 そう切り出したモントローズは、出てもいない汗を拭きながらフランベーニュの兄弟喧嘩の始まりからアリストが褒美を貰うまでを詳しく説明した。

 長く面白味のない話が終わると、王が口を開く。


「さて、アリスト。モントローズの言葉に言いたいことはあるか?」


 カーセルはそこで会議が始まって初めて視線をアリストに向けてそう問うと、アリストは儀礼通り一礼し、それから口を開く。


「特にありません」

「ということは、すべて事実だと?」

「語った言葉の一字一句すべてが正確というわけではないと思いますが、その内容はほぼ正しいといえるでしょう」

「わかった」


「せっかく集まったのだ。アリストに意見や尋ねたい者があればその発言を許そう」

「では」


 父王の言葉に即座に反応したのは次男のダニエル・ブリターニャだった。

 王が右手で自身を指し示すのを確認したダニエルが口を開く。


「まず、兄上がフランベーニュの諍いに首を突っ込んだ理由をお伺いしましょうか?」

 

 最初の問いとしては悪くないもの。

 その一方でつまらぬものともいえる。


 ……同じダニエルでもフランベーニュのダニエルの方が出来は遥かによかったからとは冗談でも言うわけにはいかない。

 ……ダニエルの意図を知るためにもここは無難な意見を述べておこうか。


 アリストは手を上げ、父王に発言の機会を求め、それが認められたところで口を開く。


「当然ながら、ブリターニャの利益のためだ」

「なるほど」


 その瞬間、ダニエルの顔に薄い笑みが浮かぶ。


「では、再度聞きましょう。その利とは?」

「アリスト。いちいち私に発言をしてもいいか確認しなくてもよい。質問が出たらすぐに答えてやれ」


 アリストの上がりかかった右手を制するように父王はアリストに発言の自由を与える。


「承知しました」


 そう言って父王に一礼すると、アリストは視線を弟に向ける。


「では、答える」


「ダニエル・フランベーニュがフランベーニュの三人の王子の中で一番の弱者であったからだ」


 もちろんアリストはダニエル・フランベーニュが三人の王子で一番有能であるのは知っている。

 だが、それと同時に抱える私兵は少なく、あの時点で後援する貴族もほとんどいなかったことも事実。

 だから、その事実だけを捉え、弱者という表現を使ったのだわけなのだが、それをそう取らなかった者もいる。

 そのひとりが出来の悪い方のダニエルだった。


「先ほどのモントローズの報告では、ダニエル・フランベーニュの戦いが終わったあとの一連の行動は手際の良さが目立ち、かの者が王太子から王になったときにはブリターニャの脅威になる可能性が高いとあった」


「そのような者が王位に就く手助けをしたということになりませんか?それとも、兄上はその者の才を見抜けなかったということでしょうか」


「どちらにしても、兄上はダニエル・フランベーニュにいいように使われたということになるように思えますが、その点はどう考えていますか?」

「そうかもしれないな」

「それは自分の失敗を認めるということですか?」

「いや」

「では……」


 さらに食い下がろうとしたダニエルをアリストの右手が制す。


「ここが私とダニエルの討論の場であれば、いくらでも付き合うが、弟たちも来ているのだ。彼らにも質問の機会を与える必要があるだろうと思っただけだ。そのためには一応ケリをつけるためにそう言っただけだ」


「まだ言いたいことがあるのなら改めて聞く。とりあえずおまえの話はここで終わりだ」

「そうだな。では、他に意見がある者はいるか?」


 強制終了。

 アリストの言葉に再度口を開けかけたダニエルの言葉を遮るように父親はアリストの言葉に同意し、他の王子たちに視線を向けると、待っていましたとばかりに手を上げたのは四男のファーガス・ブリターニャだった。


「兄上に問う」


「今回の件は我が国の利益を損なう行為と考えるが、兄はどう思うか?」


 単刀直入。

 残念ながらブリターニャにはこれに該当する言葉がなかったが、あきらかにそう言えるファーガスの問いに多くの者が頷く。

 だが、アリストはまったく動じない。

 薄く笑みを浮かべ、口を開く。


「逆にファーガスに問う。私の行為のどこが我が国の利益を損なったのか具体的に言ってもらおうか?」


 予想もしなかった反撃の言葉にファーガスがはっきりとわかるうろたえぶりを見せると、後ろに控えていたウフスリン侯爵と側近の男が慌ててファーガスの袖を引く。

 そして、何やら密談を始める。

 むろんあまり見栄えのよい光景ではなくいくつかの嘲笑を浴びることになる。

 やがて、その輪が解け、何事もなかったかのようにファーガスが吠える。


「兄上の罪。それは……」


「ダニエル・フランベーニュを王太子に引き上げる手伝いをしたことだ」


 アリストの表情が少しだけ変わる。


「なるほど。たしかに私は現フランベーニュ王の第三王子ダニエル・フランベーニュがふたりの兄を倒し結果としてダニエル王子が王太子に叙せられることに協力したわけだが、ファーガスはそれが罪だというわけだな」

「そうだ」

「そういえば、こちらのダニエルも同じようなことを言っていたが、おまえも同じ意見か?ダニエル」

「もちろんだ」

「なるほど。これは随分と風向きが悪いな」


 ふたりの分を非難に苦笑したアリストが視線を向けたのは自分以外の王太子候補と目される三人のうちのひとりだった。


「せっかくだ。ジェレマイアにも聞いておこうか。おまえもこの件について私に罪があると思うか?」


 指名されたのだから答えなければならないのだが、突然のことに口をもぐもぐさせているだけで言葉が出てこない六男に対して先ほどのファーガスと同じように後ろに控える者たちが取り囲む。

 やがて……。


「アリスト兄さま。残念ですが、私もおふたりの意見が正しいと思います」

「なるほど。それは残念だな。たしかに」


 予期していた答えを聞き終えたアリストは盛大に残念がる。


「誰かこの哀れな兄に救いの手を差し出すものはいるか?」


 そう言って、他の王子たちに目をやるものの、もちろんそれに応じる者はいない。

 つまり、弟たち、及びその後ろにいる貴族たち全員がフランベーニュの王子たちの揉め事に際し、アリストがダニエル王子を助けたことはブリターニャの国益に反するという意見がまとまったということである。

 アリストは大きくため息をつく。

 そして、こう呟く。


「残念なことだ」


 その瞬間、多くの場所から勝利を確信する心の声が漏れ出す。

 だが、それは彼らの思い違いだった。

 黒みを増した笑みを浮かべたアリストが口を開くと、そこから漏れ出したのは弟たちが考えもしなかった言葉だった。


「……とりあえずダニエルに尋ねておこうか」


「では、私がダニエル・フランベーニュを手助けした理由は何だとダニエルは考えているのかな?」


「褒美に釣られてだろう」

「なるほど。ファーガスも同じか?」

「そうだ」

「ジェレマイアは?」

「そうなります」


「つまり、皆、私が褒美欲しさにダニエル・フランベーニュの味方をしたと思っているのか」

「実際に褒美をもらっているだろうが」

「そうだ。ブリターニャの王族ともあろう者がフランベーニュの王から褒美をもらうなどもってのほかだ」


 ……この程度の罠に簡単に引っ掛かるとは。

 ……まあ、弟たちが愚かなのは以前からわかっていたのだが、背後にいる者たちも同じだとは思わなかったな。

 ……いや。違うな。


 アリストは薄く笑う。


 ……もちろん怪しいとは思っているだろうし、私の言葉が罠に誘引していることもわかっているだろう。

 ……だが、彼らが考えている罠はおそらく……。

 ……手札がない状態でハッタリを効かせ、何かあるかもしれないと思わせ、前に出ることを躊躇させるというもの。

 ……当然そう思えば前に出ることこそ最善の策。

 ……さらにすぐ近くに座る競争相手は皆同じ意見。

 ……怪しいと思っても周りが下りないのだから、問題ないと考える。

 ……というより、お互いが自分だけがここで下りるというわけにはいかない状況になっている。


 ……軽いな。そして……。


 ……それこそが罠だ。

 ……まあ、そのおかげで私は楽ができるわけなのですが。


 ……さて、そろそろ始めましょうか。


 そう心の中で呟いたアリストが口を開く。


「弟たちよ。残念だがおまえたちの考えは間違っている。というより、見当違いだ」


「私がダニエル・フランベーニュを助けたのは我が国の不利益になるどころか大きな益をもたらす。その奥に何があるかも考えず見た目だけで物事を判断することがどれだけ愚かなことなのかをこれから教えてやる」


 そう言ったアリストだったが、まず視線を向けたのは王子たちと反対側に並ぶ男だった。


「まず、モントローズに尋ねる」


「フランベーニュ王の長男アーネスト・フランベーニュとカミール・フランベーニュの仲はどうだったのか把握しているか?」

「もちろんです」

「では、どうだったのかを聞こうか」


「長男で王太子だったアーネスト・フランベーニュと次男のカミール・フランベーニュの仲が悪いことは有名であり、今回の件で手を結んだことを王宮はもちろん、市井でも驚いていたということです」


「それだけ仲の悪い長男と次男が手を結んだことについて我が国の外務部はどう考えていたのか?」

「ミュランジ城攻防戦における奇策を思いついた三男ダニエル・フランベーニュの名が高まったこと。そして、どうやらそれ以前から父王の政策の大部分をダニエル・フランベーニュが考え出していたらしいことから、今後はさらにその権力が強化される。それによって自分たちの地位が脅かされると考えたと判断しております」


「だが、長男のアーネスト・フランベーニュはすでに王太子の地位にある。その地位を脅かされるのはアーネストだけであって、次男のカミールは兄の手伝いをしても特別な利はないと思うのだが、なぜカミールは仲の悪い兄と手を組んだのかな?」

「本来であれば、目障りな長男を追い落とせば、必然的に自身に王太子、さらに王位が転がり込んでくるはず」


「それにもかかわらず、王太子である兄についたのはカミール・フランベーニュもダニエル・フランベーニュを脅威と感じていたということでしょう。ですが、このままでは兄の地位を固めるだけ。密かに王位を狙っていたカミールはそんなことは望んでいない。ダニエル・フランベーニュを消した後、その勢いで兄も討つ準備をしていたのは確実。これであれば、台頭してきた弟が始末でき、目障りな兄も消える。残った自分が王になる。それが成就するかどうかは別にしてカミールが書いた筋書きはそのようなものだったでしょう。もちろん兄もそんなことは承知している。背後からやってきた弟の一撃を受け止め、それを口実に弟を返り討ちにする準備はしていたことでしょう」


「つまり、長男と次男の戦いこそ本番。三男討伐は兵を集める口実。これから本格的な内戦が始まるというのが我々の予想でした」

「なるほど」


 アリストは短い言葉を返し、それから、王子たちを眺め直す。


「まあ、これが答えだ」


「ということで、我が弟たちがいかに愚かで……」

「待ってもらおうか」


 アリストの言葉を遮ったのはファーガスだった。


「たとえそれが正しいとしても、兄上がダニエル・フランベーニュに与することとそれとは関係ないだろう」

「そのとおり。むしろ三人の兄弟が食い合いをすれば、フランベーニュは弱体化する。それはブリターニャにとって都合がいいではないか」

「たしかに」


 再び三勢力の共闘となる。

 だが、これもアリストの罠。

 その言葉を引き出すためにわざわざ自らが語らず話を進めたのだ。


 ……自らの馬鹿さ加減をまだ晒すとは度し難いな。

 ……たしかに弟たちが王位に就いた場合には、あのダニエル・フランベーニュが率いるフランベーニュは相当手ごわい。というより、格上の存在になりかねないな。


 そうなると知りつつ、アリストは少々落胆する。

 せめてひとりぐらいはフランベーニュで三人の兄弟が食い合いをすることがブリターニャの不利益になるかを気づいて欲しかったと。


 ……まあ、これが現実だ。


 アリストはそう呟いた。


 ……あとでホリーに同じ問いをしてみよう。

 

「おまえたちのダメなところ。まず視野が狭い。だから、そのような結論しか出てこないのだ」

「どういうことですか。兄上」

「わからないか?」

「まったく」

「ということは、ファーガスもジェレマイアも同じか?」


 そう言ってふたりの弟を眺める。


「他はどうだ?」


 残りの王子にも目を向けるものの、ある者は怒り、ある者は迷惑そうに、そして、自分には無関係な話を決め込んでいる者もいる。


「どうやら、皆同じようだな。では、その理由を言おう」


「我々は現在誰と戦っているのか?」


 もちろん全員がそれは知っている。

 一瞬後、口を開けかけたダニエルを制したアリストが自問自答のごとき、それに答える。


「言うまでもなく我々は今魔族と戦闘をしている」


「そして、奴らにはとんでもない力を持った軍が存在する」


「それにもかかわらず、現在のおまえたちの頭にあるのはブリターニャとフランベーニュだけだ」

「そんなことはない」

「そうだ。そんなことはわかっている」

「いや。わかっていない」


 自身の言葉を必死になって否定するダニエルとファーガス。

 だが、ふたりの言葉をアリストはバッサリと斬り捨てる。

 そして、それに不満なふたりを眺める。


「では、聞こう」


「おまえたちが圧倒的武力を持つ魔族の将だとしてフランベーニュが内戦状態になったらどうする?」

「当然攻める」

「同じく」


「兄上の言いたいことは想像がつく。だが、その魔族はミュランジ城を境にして休戦しているのだろう。そうであれば心配ないだろう」

「ファーガス。それを本気で言っているのか?」

「もちろんだ。奴らはミュランジ城を抜けなかった。情報を見たが、魔族は全滅に近い大損害だったそうではないか」

「ダニエル。おまえはどう思う?」

「ファーガスと同意見ですが」


「では、ふたりに尋ねる。それだけの大勝利を収めたのであればフランベーニュはなぜ再進行ではなく休戦の道を選んだのか?」

「攻めるだけの余力がなかったということでしょう」

「そうだ。なにしろその前の戦いで四十万の兵を失っているから、すぐには戦力の回復は望めない」


「戦力が整ったところで攻めるのだろう」


 アリストは大きく息を吐きだす。


 ……この様子ではファーガスもダニエルもグワラニーの部隊の恐ろしさをまったく理解していない。

 ……というか、おそらくブリターニャ軍も同じ。

 ……まあ、あれの力は実際に目にしなければ信じられないものだから仕方がないともいえるのだが。


 ……とにかく、このままというわけにはいかないな。


 アリストが口を開く。


「ファーガスの話は一見すると筋が通っている。だが、肝心な部分がまちがっている」


「ミュランジ城攻略に失敗したのは『フランベーニュの英雄』と彼が率いる最精鋭部隊をこの世から消し去ったのは別の部隊だ。そして、現在ミュランジ城の対岸に布陣しているのはその魔族軍最強部隊。しかも、彼らは無傷だ。つまり、魔族軍はフランベーニュをすぐにでも侵攻できるだけの力がある」


「では、聞く」


「それだけ絶対的有利ならば、なぜ休戦などしているのだ?魔族は」


 ファーガスの言葉に多くの者が頷く。


「そもそも魔族はミュランジ城を攻略するつもりだったのだろう。それなのに、それだけの戦力がありながらなぜ攻めないのだ?」


「それはやはり落とせないと悟ったからだろう」


 その場にいる者のほぼすべてを仲間にしたファーガスは勝ち誇ったようにアリストを見やる。


「どうなのかな。アリスト兄さん」


 その言葉を聞いたアリストはファーガスを眺める。


「……まあ、簡単に言ってしまえば、その魔族の将はファーガスと違い視野が広いから。それが理由だろうな」


 アリストとしてはこれでも穏便な物言いをしたつもりだったのだが、もちろん言われた本人はそうは取らない。

 侮辱。

 その言葉を示すように顔を真っ赤にする。


「どういう意味だ?」


 顔を真っ赤にしたファーガスを眺め、アリストは再び大きく息を吐きだす。


「ミュランジ城を落とすのは容易い。そして、彼の部隊ならさらなる侵攻も可能だろう。だが、それだけだ。迎撃するフランベーニュ軍を殲滅し都市を破壊することができてもそれを維持できない。もう少し詳しくいえば、自分たち以外の軍ではその占領地域を維持することができない」

「それのどこが問題なのだ?」


 もちろんファーガスは心の底からそう思っている。

 アリストもそれを知っている。

 視線を動かしさらに言葉を続ける。


「魔族軍の切り札である自身部隊がその地域張り付いたままになる。そうなれば、他の戦線を救援に行くことができないことをその魔族の将は知っており、最大限の恐怖を与えた相手と休戦を結んだわけだ。さらに自身が前線に立ち続けるにしても、占領地域を維持するために多くの将兵をフランベーニュ国内各地に駐屯させなければならなくなる。それは手持ちの兵が少ない魔族にとって厳しい」


「もちろん魔族の王もそれを理解しているから、部分的な休戦を許可したのだろう。むやみに占領地域を拡大してもよいことがないと理解して」


「だが、フランベーニュが内戦を始めたとなれば話は別だ。一気に攻めるように魔族の将に指示が出るだろう。もちろんそうなれば弱体化したフランベーニュは簡単に崩壊だ。だが、そこで終わりではない」


「フランベーニュを崩壊させた魔族の精鋭がそのまま東方に侵攻したらどうなる?もちろん占領が目的であれば先ほど述べた問題はさらに大きなものとなる。だが、ブリターニャの軍を粉砕しサイレンセストを崩壊させるのが目的ということであればその希望は十分に叶うことだろう」


「そうならぬためにブリターニャは彼らを全力で迎撃しなければならないわけなのだが、フランベーニュ国境に配置している軍は精鋭とは言い難い。彼らでは簡単に国境は突破されるだけだ。そうならないためには現在の戦線から多くの将兵を抜く必要が出てくる」


「さて、その時にブリターニャは現在の戦線が維持できるのか?」


 ファーガスもダニエルも。他の王子たちもここまで来てようやくアリストの真意を理解した。

 だが、ここで引き下がっては完全にアリストの勝利。

 つまり、自分たちが王太子になる可能性がゼロとなる。

 往生際の悪さを披露しながら何かないか探す。

 もちろんそれは彼らの背後にいる者も同じ。

 そして、見つける。

 アリストに痛打を与えることができそうなネタを。


 ランゴレン侯爵に耳打ちされたダニエルが再び手を上げる。


「兄上の深慮、十分に理解しました。ですが……」


「どれだけ功があろうが、ブリターニャの王子がフランベーニュ王から褒美を貰うのはいただけないと思いますが、いかがですか?」


 これはいける。


 複数の心の声が上がり、再びその場にいる者たちが大きく頷くのを確かめ、自らの言葉に酔うようにダニエルはニヤリと笑う。

 だが……。


 アリストはそう呟く。


 ……一国の王子。しかも、玉座を狙う者がファーブやブランと同じことを言うとは。

 ……ここはハッキリと言うしかありませんね。


 アリストが笑みのない顔で口を開く。


「ダニエルに尋ねる」


「おまえは命を助けてもらった相手に礼はしないのか?」

「もちろんしますとも。ですから、フランベーニュ王が褒美を出すこと自体はおかしいとは思いません。私が言っているのはそれを受け取るのがおかしい。そこは断るべきだったと言っているのです」

「それはあくまで受け取る側の都合だ」


「自らの命を助けてくれた者に礼を出したが、それを拒否されたとなれば、フランベーニュ王の権威に傷がつく。立場が逆だった場合のことを考えれば、そこは出された褒美を受け取ることこそが正しい。その程度のこともわからぬのであれば浅慮と言われても仕方がないと思うがどうかな」


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