王都に収監された王子
当然といえば当然ではあるのだが、一国の王子がライバル関係にある国で肩書を見せびらかしながら派手な活躍をし、さらにそれによって褒美を貰うとなれば間者でなくてもその様子は目に入る。
そうなれば、尾ひれその他諸々がついた噂が母国へと持ち込まれる。
もちろん間者たちの情報も。
その結果がどうなるかといえば……。
「まあ、当然そうなりますね」
どこからともなくやって来た使者から渡された父王からの手紙を読み終わったアリストは苦笑する。
そう。
手紙には話があるので王都に戻って来るようにと書かれていた。
しかも、最後に「大至急!!」という言葉をつけて。
これはどこからどう読んでもすぐに戻らなければならない。
「だから、フランベーニュの馬鹿王子どもに兄弟喧嘩などに関わらなければよかったのだ」
「まったくだ。これで魔族討伐がさらに遅れる」
「そのとおり。これは間違いなく罰金ものだな。アリスト」
アリストからその書面の内容とこれからの方針を聞かされた勇者の肩書を持つファーブ、マロとブランの兄弟剣士、通称糞尿三剣士は大声でその非を騒ぎ立てる。
だが、そう言う彼らもフィラリオ家に雇われていた期間は質量ともに充実した食事にありつき、毎日マット付きのベッドに寝ることができただけではなく、しっかり報酬まで貰っていた。
さらに、ゲラシドの襲撃から命を守った報酬としてフランベーニュ王からも特別な褒美を得ていたのだ。
その額ひとりあたりフランベーニュ金貨五千枚。
これはケチで有名なフランベーニュ王が出すものとしては異例ともいえる多さだった。
つまり、彼らもこの戦いに参加したことで多大な恩恵を受けていた。
その副作用とも言えるサイレンセストへの帰還に文句を言う立場になかったのだ。
むろん彼らもその自覚はある。
「まあ、そうなってしまったものは仕方がない。俺たちも戻ることにしようか」
「そうだな。アリストが父親からのお仕置きから解放されるまで休暇だな」
「ああ。たっぷりとお仕置きされろ。アリスト」
早々に話を切り上げると、荷物整理を始める。
こうして勇者一行は王命に従いすぐさまブリターニャの王都サイレンセストに戻った。
となるはずだったのだが、そうではなかった。
そう。
フランベーニュ王国からの褒美となる館と領地。
それをどうするかという問題が残っていたのだ。
形だけ貰い、直後に放棄すればあっという間にすべてが完了となるわけなのだが、それができないのがさすがアリストというところだろうか。
「王族が他国の王族に領地を与えるなど常識的にはありえないことなのです。それをダニエル・フランベーニュはおこなった。それだけ今回の件について彼は我々に感謝をしているのです。その厚意を無にするようなことはできないでしょう」
「それにそれらはこちらで要求していただいたもの。それを簡単に放り出すなど相手に失礼。しかも、その相手というのはその国王太子。そのような非礼を働いたら今後フランベーニュで活動できなくなることだって考えられます」
アリストは熱弁を振るい、その正当性を主張した。
だが、それを聞く者全員、アリストが大国の王族とは思えぬ貧乏性で、汚いといえるくらいに金にシビアであることを知っている。
じっとりという音がしそうな白い眼で言葉の主を眺めながらそれを聞く。
そして……。
「まあ、アリストの言いたいことはわかったが……」
「王族に縁もゆかりもない平民の子である俺から言えば……」
そう切り出したのは、普段の脳筋ぶりから想像できないが、実は経済感覚が優れた糞尿兄弟一号マロであった。
「そもそも他国の王や王子から褒美を貰うというのは一国の王子としてどうなのかと思うぞ」
「それではブリターニャ王国の王子はフランベーニュ王の臣下になったようではないか」
「しかも、もらったものがいかにも功を挙げた臣下が王から頂く褒美である館と領地。これはどうなのだ?」
「そういえば、そうだな。金貨、そうでなくても換金できる宝石にでもしておけばよかったな」
「そうだ。それにアリスト……」
「領地や館は維持するのに金がかかるぞ。どうせ金に汚いアリストのことだ。その領地からとれる作物を売り、一等地にある館もどこかの貴族に貸し出しして金儲けができると単純に考えたのだろうが、そうなるには相応の金を流し込むことが必要なのだ。下手をすれば、大損するぞ」
「まあ、金貨や宝石にしてしまうと、私に毟りとられると思ったのでしょうが、失敗でしたね」
「そんな大損をしそうなアリストに優しい私が良い提案をしてあげましょう」
糞尿三剣士、その最後を飾るマロが並べ立てる巨額支出の可能性に、金を貰うのは好きだが支払うのは大嫌いという素晴らしい性格のアリストは大いにうろたえる。
そのアリストにフィーネが提案したこと。
それは一括してフィラリオ家に管理を任せる。
そうすれば、経費は掛からず、予定していたものには遥かに及ばないものの、それなりに金は入ってくる。
他によい手がない以上、仕方がない。
渋々であるがアリストもそれに同意し、管理委託という名の実質的な譲渡がおこなわれる。
さて、これでいよいよ王都へとなるかと思ったのだが、今度はファーブたちから自分たちが抱える少々の難問が提示される。
「おい、アリスト。馬鹿なおまえと違い、俺たちは褒美を金貨でもらったのだが、さすがにこれをラフギールに持ち込んでも役に立たない。どこかでブリターニャ金貨に替えたい」
この世界は各国の通貨は別の国でもそのまま使えることにはなっている。
最も経済活動が盛んなアグリニオン国が自国通貨を持たないのはそのためである。
各国と取引をしているアグリニオンの商人たちにとってそれの方が便利だったというのが正直なところなのだろうが。
一応、この世界の基準となっているアグリニオンの交換レートを述べておけば、価値が一番高いのは金の含有率が一番高い魔族金貨で、その一枚はブリターニャ金貨とノルディア金貨十枚に相当する。
両国の金貨より小ぶりなフランベーニュ金貨は十枚でブリターニャ金貨一枚と同じで、質が劣るとされるアリターナ金貨の二枚分の価値がある。
万国共通の交換レートによって他国の通貨も使用できるのなら、そのままフランベーニュ金貨をブリターニャに持ち込み使えばよいと思うのだが、そうはいかない。
そのレートが有効なのは、アグリニオンでの交換と交易時の支払いをするときだけで、基本的にどの国も他国通貨で支払いをするときには自国通貨が強く設定されている。
ブリターニャ国内を例にとれば、ブリターニャ金貨一枚はフランベーニュ金貨十五枚から二十枚と同じ価値に上がり、アリターナ金貨に至っては五十枚でようやくフランベーニュ金貨一枚に相当するものが購入できるようになる。
つまり、ファーブたちが手にした五千枚のフランベーニュ金貨はブリターニャ国内でそのまま使用すると本来の価値の半分ほどに下がってしまうのだ。
さらに田舎にいくと自国通貨しか使えないという問題が加わるのだが、幸か不幸かファーブたち三人の故郷ラフギールは当然その場所に含まれる。
つまり、せっかく手に入れた大金もこのままで宝の持ち腐れなのだ。
そうなれば、対策はひとつ。
全部ブリターニャ金貨に替える。
もちろん公正なレートで。
「まずアグリニオンに行って両替をする」
「たしかにそれだけの大金を交換できるのはかの国だけですが、手数料は一割が相場ですよ。それにあなたがたにはわからないでしょうがこの場でブリターニャ金貨に交換したほうが儲かりますよ……」
「馬鹿にするな。俺たちだって何度もこの国に来ているのだ、そんなことは知っている。だが、さすがにそれは褒美をくれた者に失礼だ」
「そうそう」
「そういうところに気くばりができるのが俺たち。できないのが金の亡者アリストとなる」
「ということで、いざアグリニオンへ……」
そして、その言葉どおり、アグリニオンに移動して、カラブリタ商会で無事両替をおこなった勇者一行が次に勇者一行が姿を現わしたのは三人若者の生まれ故郷であるラフギールだった。
典型的なブリターニャの田舎町。
ただし、前回彼らが帰郷したときから比べてこの町の様相は大きく変わっていた。
むろんのんびりした雰囲気は残っている。
ただし、華やかさと賑やかさが大幅に増加していた。
その第一。
実は、少し前にある女性がこの町にあらたなに屋敷を建て住み始めていたのだ。
ホリー・ブリターニャ。
アリストの妹で現ブリターニャ王の四女。
そして、フィーネの言葉を借りれば完璧なブラコン王女である。
彼女はアリストからは将来ブリターニャ王になることを期待されているのだが、諸々の事情によりすぐには実現しない。
その間は将来のために勉強するようにと言われているのだが、頭の回転が速いこのブラコン王女はその言葉を逆手にとり兄の領内となったラフギールに居住地を移したのだ。
もちろん目的は大好きな兄上の近くにいられること。
そして、もうひとつが目障りな虫が兄に過度に近づかないか監視することである。
むろん、ホリーの言う虫とはフィーネである。
そして、ホリーの考えている目障りな虫であるフィーネであるが、彼女も活動拠点が王都からこの町に移していた。
フィーネはアリストから半ば強引に手に入れた広大であるが酷使されて弱っていた土地を肥沃な土壌を持つ農地へと変えた。
そして、その方法は……。
治癒魔法。
その魔法を自身が所有する土地に対して使用したのだ。
このような言葉とともに。
「治癒魔法が人間だけ使用できると思っているところが頭の固い証拠です。ですが、治癒魔法で土地や武具の修復ができることは内緒にしておきましょう。私の優位性が保てるように」
もちろん土地を改良したものの彼女自身が農業をするわけではない。
だが、やはりその農地の所有者として見回りは必要である。
そうなれば、その近くに拠点が必要となりその町に居住地を置くのは当然のこと。
そして、周辺の領主となったものの、不在となることが多いアリストも自身の代わりにその領地の運営を任せる者が必要となる。
とりあえず、その長は自身の執事でもあるブルーノ・ドゥルイゼランをあてたが、もちろんそれだけで足りず、少なくない数の者を雇入れる。
もちろん自薦他薦色々であるが、その志望理由の大部分はもちろん兵役免除の特典である。
当然その任につくだけの才がなければ選考されるわけはないのだが、それでも彼らが募集してきた理由を知っているアリストはいつもからは考えられないくらいにサイフの紐を緩め、必要数の三割増し程度の者を雇い入れることにした。
雇用された者のなかにはドゥルイゼランが王都から離れるのに伴い、解体移築が決まったアリストが王都滞在中の居住場所としていた「黄金の胸」で働いていたメイドたちも含まれていた。
当然彼女たちは大喜びし家族とともにラフギールへ移住する。
王女と大農場のオーナー、そして、この周辺の行政を司る王国の第一王子の配下。
当然全員が単身赴任ではないので移住者はそれなりの数となる。
もちろんその数は王都に比べれば微々たるものではあるが、そこに住む者全員の名前を短時間に言い終える程度の数しか住んでいなかった町にとってはとんでもないものといえた。
そうなれば、彼らを目当てに王都の商人たちも店を出す。
しかも、王都に比べて出店規制は少ない。
当然玉石混交的に様々な店が林立する。
そうして、雪だるま式にラフギールの人口は増えていく。
離れていた期間がそれほど長くはなかったファーブたちが驚くほどに。
そして、ラフギール到着後、ドゥルイゼランと短い打ち合わせをした直後、アリストは妹のホリー、それから彼女の護衛隊長であるオレリアン・リスカヒルと数人の部下とともに王都へ向かう。
公的にはアリストは魔法は使えないことになっているので自身が抱える魔術師のひとりアエンガス・グリンスクに伴われて。




