論功行賞
アブスノアの抵抗もあり、フランベーニュの新体制が正式に稼働するのは予定より遅れることになったのだが、それでもいくつかのことについては予定通りにダニエルの名でおこなわれたものもある。
そのひとつが論功行賞である。
今回の戦いの大将はもちろんダニエルだが、実際の指揮はオートリーブ・エゲヴィーブ、エティエンヌ・ロバウ、クロヴィス・リブルヌという三人の将軍と、アーネスト・ロシュフォール海軍提督、ロバウとリブルヌの強い推薦により海軍所属でありながら全軍の魔術師長となったオートリーブ・エゲヴィーブだった。
平民出身の彼らには子爵位を授与され、相応の金品が授与される。
実はこの四人すべてが爵位については辞退を申し出ていた。
だが、ダニエルの説得により結局受けることになる。
「……海戦でならともかく海軍である我々が陸戦で上げた戦果が評価され爵位を授与するといわれてもうれしくもないので辞退したのだが、我々が辞退してしまっては、我々より功の少ない貴族たちに爵位を与えることができないと言われては受けるしかないだろう」
のちに艦隊副司令官アンセルム・メグリースにロシュフォールがぼやき気味に語った言葉。
その後半部分がその理由となる。
それから、実際に戦闘に参加した将兵たちにもそれぞれ金品が支給されたわけなのだが、そこにはエゼネ・ゲラシドやアルベルク・ジュメルをはじめとしたダニエルと王を襲撃した者たちも含まれる。
続いて、貴族たち。
アルベール・デ・フィラリオがダニエル支持を決めた後に、慌てて続いた者たちなど論功対象になどならないとは思ったものの、今後のこともある。
渋々ではあるがダニエルも動く。
爵位のない下級貴族の当主たちには一律男爵位を与える。
すでに、男爵と子爵の爵位持ちの貴族はひとつずつ爵位を上げる。
伯爵以上については爵位こそ上がらぬものの相応領地を与えること。
そして、表面上はこの戦いの趨勢を決めたことになっているフィラリオ家当主アルベール・デ・フィラリオであるが、彼はすでに貴族最高位の爵位である公爵の地位にあるため、爵位の授与はできない。
そうなれば領地と金品によってその功を報いる以外にないのだが、自身の領地の増加は辞退、貴金属についても同じく、受け取ったのはその功に比べれば多いとはいえない金貨だけであった。
すでに十分過ぎるものを頂いている。
それが辞退の理由であったが、真相はまったく違う。
「すでにフィラリオ家とその一族はこの国最大の勢力になっています。これ以上力をつけると、いずれダニエル王子の粛清の刃が向けられることになるでしょう。ここは形だけの褒美に留めておくべき。そして、国政へもかかわるべきではないでしょう」
それがその提案をした者の言葉となる。
論功行賞の対象者はまだいる。
アルサンス・ベルナード。
彼は陸軍幹部の中で唯一ダニエル支持を明確に表明したうえで自軍から将兵を引き抜き、援軍として王都に送っていた。
その数五万。
それはダニエル軍のうち実際に戦闘に参加したほぼすべて。
そして、その結果といえば圧勝。
すでに子爵位を所持していたベルナードに伯爵位が与えられたのは当然のことだといえるだろう。
むろんベルナードの伯爵位授与を喜んだ。
だが、彼にとってそれはついでのようなものであり、それを目的にダニエル支持を表明し軍を派遣したわけではない。
そして、寸分の穴など存在しない圧倒的兵力差で戦うことを旨とする彼には不似合いな、自軍が薄くなる事態を甘受してでも王都に兵を送った理由。
それは陸軍の名誉を守ること。
「陛下が王太子殿下とカミール殿下を謀叛人と断言した以上、どちらに正義があるかはあきらか」
「そのような状況で、陸軍が王太子殿下の側にだけ将兵を出しているとなれば、陸軍もまた、謀叛人の一派となる」
「しかも、貴族に続き、海軍も陛下が支持するダニエル王子のもとに兵を送り出した」
「このままでは我が陸軍は反乱軍の烙印を押される」
「それだけは避けねばならない」
それがベルナードが側近に何度も言った言葉となる。
ここまでは公的に発表された論功行賞となるわけなのだが、それとは別にこっそりと表され、その功にふさわしいものを与えられた者たちもいる。
まずはアリスト・ブリターニャ。
彼は言うまでもなくブリターニャ王国の王子。
フランベーニュ王族同士の戦いでライバル国の王子が関与し、さらに多大なる功があったなどと言ってしまえば、恥の上塗り以外のなにものでもないため、公的には表されることはなかった。
だが、実際には第一功のフィラリオ家の以上の功があったのはあきらかだった。
まず、フィラリオ家をダニエル陣営に引き入れた。
さらにアグリニオン国とアリターナをダニエル支持を明確に表明させた。
それから、ブリス・バレードンの指示を受けたエゼネ・ゲラシドによる自身と国王の暗殺計画を利用する策を提示し、最後に決戦当日、ダニエルと国王襲撃に対し完璧な防御をおこなった。
ハッキリ言えば、アリストなしではダニエルの勝利はなかったといえるだろう。
「望みがあれば、どのようなものでも叶えよう」
それがダニエルの言葉だった。
それは白紙の小切手を渡すようなものであるのだが、ライバル国の王子に借りをつくりたくないダニエルとしてはそう言わざるを得ない。
アリストがおこなったこととはそれだけのものだったといえるだろうし、同じ王族としてダニエルの気持ちが手に取るようにわかったアリストは素直にそれに応じる。
「では、王都といくつかの町の屋敷。それから相応の金品。そして、領地を少々いただきましょうか」
もちろんアリストのその要求は完全な形で実現するわけなのだが、この話を聞いておもしろくないのはフィラリオ家の面々である。
「我々には褒美を貰うなと言っておきながら、自分はあれか」
「まったくだ」
「だから、ブリターニャの奴らは嫌いなのだ」
兄たちが喚き散らすその様子を冷たい視線で眺めていたのはフィラリオ家の次女フィーネ・デ・フィラリオだった。
……まあ、その程度だから、アリストは褒美を貰うなと言ったのです。
……滅びの道に進まぬようにというアリストの配慮に感謝すべきですね。
兄たちをそう言って嘲笑するフィーネだったが、実をいえば、「ソリュテュード平原会戦」の論功行賞でダニエルから最も大きな褒美を提示されたのはフィーネだった。
自分の正妃。
つまり将来のフランベーニュ王妃。
第三王子の夫人から大幅に格上げされたフランベーニュ王妃ならフィーネも喜んで同意するだろう。
それがダニエルの読みだった。
だが、甘かった。
フィーネには王妃になることが「玉の輿」という発想はない。
しかも、経済的に自立している。
そもそもダニエルは年下好みのフィーネの守備範囲外。
きっぱりと断る。
結局彼女が手にしたのは貴石や宝飾品の山だった。
そして、最後に論功行賞の対象にはならなかったものの、それに十分に値するする者たちの名も挙げておこう。
アグリニオン国のトップ、アドニア・カラブリタ。
アリターナが誇る交渉集団「赤い悪魔」の長アントニオ・チェルトーザ。
彼らがその決定をするまでは誰もが王太子軍が圧倒的有利と読み、実際にそのような状況だった。
彼らの行動がダニエル勝利を導いたと言っていいだろう。
さて、そのふたりであるが、ソリュテュード平原会戦後にどうなったのかを述べておこう。
まずはアントニオ・チェルトーザ。
彼がダニエル支持を王に進言したときに、王の前で王太子支持案を蹴り飛ばされた宰相アナクレート・バルドネッキアは激高する。
そして、売り言葉に買い言葉、勢いのままバルドネッキアは言葉どおりに進まなかった場合には自らの手で首を落とすようチェルトーザに要求し、チェルトーザはそれに応じた。
だが、結局、チェルトーザの言葉どおり劣勢だったはずのダニエルはわずかの間に立場を逆転させたうえ、実際の戦闘でも勢いのままに大勝利し、ふたりの兄を葬った彼は王太子の地位を手に入れただけではなく、宰相も手中し、実質的に王権まで手に入れる。
当然チェルトーザと「赤い悪魔」の評価はさらに上がる。
チェルトーザを次期宰相という声が上がるほどに。
同じく他の評議員より相応の責任を取ることを要求されながらダニエル支持を自国の政策としたアドニア・カラブリタはさらに危ない橋を渡っていた。
だが、そのような危険な賭けにアドニアは勝った。
当然それにふさわしい利は得られる。
他の評議委員より自身の首を要求された際、それに応じる代わりに要求した対フランベーニュとの貿易の大部分を自分の商会が手に入れる権利は莫大なものとなる。
そう。
フランベーニュのお家騒動は、結果的に他の国の勢力図にも影響を与えた。
この結果を見ればそう言えるだろうし、世界は繋がっていないようで繋がっていると実感させられる。
ソリュテュード平原会戦とはそう言える出来事だったのかもしれない。