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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十八章 ソリュテュード平原会戦

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新王太子誕生

 王の言葉でソリュテュード平原会戦は終結した。

 だが、ダニエル・フランベーニュと彼の父である現フランベーニュ王国の王アルフォンス・フランベーニュの駆け引き、いや、あらたな戦いはここから始まる。


 決闘の勝者であるダニエルの要求、それを父王がどれだけ割引できるかという。


 この決闘は戦いによって決着をつけた場合、当然ながら戦う前に負けを認めるよりも敗者に対する条件は厳しくなる。

 しかも、今回は次期国王に関わるもの。

 さらにダニエルとしては自分が次期王になるだけではなく、今後も子孫が確実に王位を受け継げるようにする必要がある。

 そうなれば勝者であるダニエルが要求するものは想像できる。


 王としてはその範囲を狭めたい。


 だが、元々その戦いだったのだから王太子の地位は手札としてはその価値は大幅に下落している。

 そうなれば、それに準ずるものは王位だけなのだが、それを譲る気はない。

 つまり、王にはこれからおこなう交渉でダニエルに対して使えることができる手札がないのである。

 もちろん手札がなくても王の威厳と権限で王子を抑え込むことは可能であり、おそらくアリストやアリターナの「赤い悪魔」であればそれを完璧に遂行したであろう。

 だが、このフランベーニュ王にはその才がない。

 しかし、ここで逃げるわけにはいかない。

 というより、相手が逃がさない。

 現在はそのような状況だといえる。


「……まず、聞こう。ダニエル。おまえが要求するものは何か」


 手札のなく攻勢に出られない王としては当然であり、ダニエルとしてもそう言ってくるのは想定していたものの、実はここは思案のしどころだった。


 そう。

 余程のことがないかぎり、ここで要求した以上のものは手に入らない。

 だが、すべてのものを手に入れるために削られることを前提につけ加えておけば、王の不興を買う。

 一見すると対等以上の交渉に思えるが、それは細い糸の上に乗ったもので、少しでもバランスを崩せば一気に転落する。


 まずは処罰者リスト。

 ダニエルは心の中で過去の例に従い処刑の対象者としてふたりの兄の遺族や親族を上げていく。

 そのうちどこまでを処罰の対象にすべきか?

 もちろんそこには女性や乳飲み子が含まれる。

 特別残虐ではないダニエルはそのような者まで処刑に対象にはしたいとは思わない。

 だが、温情がその後それをおこなった者にマイマスに作用することのほうがプラスに働いたことより圧倒的に多いのは多くの歴史が証明している。

 逆に長く続いた為政者の一族がこのような場面でどのような判断をしたのかといえば当然その対極ととなる。

 そう。

 ここは温情を捨てて厳しくいくしかないのである。


 そこからさらに思考を重ねる。


 即答をその基本姿勢とするダニエルの口が開いたのは王の問いからかなり時間が経ってからのことだった。


「まず、今回の謀叛の首謀者であるアーネスト・フランベーニュとカミール・フランベーニュの処罰」

「……処罰と言ってもふたりは死んでいるだろう。死んだ者にどんな罰を与えるのだ?」


 死んだ者に鞭打つようなことはしたくない。


 父親として当然の反応である。

 だが、ダニエルにとってこれは非常に重要なことであった。


「死体を磔にしても意味はありません。ですが、今回の件の責任は彼らにあることを公表すべきでしょう。でなければ、フランベーニュは魔族との戦いの最中に王子たちが軍を巻き込んだ兄弟喧嘩をしたと他国の物笑いの種になります。それは当然息子たちの揉め事を抑え込めなかった陛下にも及びます」


「そうならないためには、今回の件はふたりの王子は謀叛を企てたものの、鎮圧したという形を取らねばならないのです」


 形式上とはいえ、国と国王の名誉を守るためと主張したダニエルの言葉に正しく、王は渋々ではあるが納得し承知する。

 だが、それはダニエルの罠。


 これは頂上にある最も重要なものを手に入れるために積み上げていく要求の土台。

 それがふたりの兄が悪であるという宣言である。

 もちろんこれが別の世界の空手形にならぬように即在に文書にしたうえ、王の署名を手に入れる。


「次は謀叛人に手を貸した陸軍の幹部の処分を要求します」


「彼らはこの国の陸軍を動かす重要な部分を陛下より任されながら、謀叛に加担した。それだけではなく、戦いに乗じて陛下の暗殺を企てました」

「うむ」


「だが、私のところにやってきた者も、おまえのところにもやってきたのもバレードンの部下。やはり、バレードンにはふたりより重い罰を与えねばならない」

「それについては陛下にお任せしますが、彼ら三人もすべて死亡しています」

「そうなれば、その罪は残った者に負わせるしかないだろう」


「……つまり、遺族ですか。承知しました」


「ですが、実際に我々のもとにやってきたエゼネ・ゲラシドやアルベルク・ジュメルを重罪に処すことには反対します」


「彼らは上官に命じられたためにおこなったのであって、彼ら自身の意志でそれをおこなったわけではない以上、罪は最低限にものにすべきと考えます」


「暗殺行為はそれを命じた者こそが最大の罪を問われるべきでしょう」

「だが、我が国の法では王族に剣を向けた者はその一族すべてを斬首とある」

「では、彼らはやってきた謎の暗殺者と戦い、陛下の盾として死んだことにすればいいでしょう」


「彼らは我が右翼部隊として敵将を討ち取り、右翼部隊の勝利に導いたことは事実。さらにあれだけの数でもう一歩で成功までこぎつけた。敵ながら見事といえるでしょう」


「それから彼らを忠臣とするもうひとつ利点。彼らを暗殺者とした場合、陛下の護衛をおこなっていた者たちも相当な罪も問わねばならない事態になりますので」


 たしかにそうだ。

 わずかな手勢の相手に懐深く入られ、しかも、その相手を討ち国王を守ったのは異国の者たち。

 暗殺者たちについて声高に騒ぎ立てた場合、その失態を犯した者たちにも十分過ぎる罰が必要になる。


 苦々しさが詰まった声で王はそれについても承知する。


 ダニエルにとっては、暗殺計画を知っていながらそれを逆に利用したことや、敵左翼を崩壊させたことへの礼のようなものであるのだが、この主張が認められたことは、多く者のその後に多大なる影響を与えることとなる。


 王の言葉どおり本来であれば国事犯として最高級の咎人になるはずだったエゼネ・ゲラシドをはじめとした暗殺部隊は身を賭して国王を守った国の英雄に祀り上げられ、大々的に発表される。

 当然遺族には多大なる褒美が与えられる。

 その公示を疑いつつ、逃亡先から出頭した遺族たちにとっては予想外の出来事以外のなにものでもなかったのはいうまでもないだろう。

 もちろん愛する夫や息子を失った悲しみが消えるわけではない。

 だが、その真実に加えて、同じく王太子軍に参加し戦死した者たちの遺族が恩賞もなく周囲から白い目で見られながら暮らさなければならなかったという事実を考えれば、彼らが幸運の部類に入ることは否めないだろう。


 そして、この決定によって王とダニエルの警備を失敗した者たちも恩恵を受けた側に属することになる。

 特に王の警備の責任者であるアドリアン・コルベイユとアルバン・シャルティオンはゲラシドの襲撃になにひとつ功がなかったどころか、賊を呼び込んだ失態を犯したのだから、本来であれば、最低でも大幅降格、下手をすれば自裁を強要される場面であったのだが、ほんのわずかな減給に留められた。


 もちろん、関係者全員が恩恵を受けたわけではない。


 ブリス・バレードンの遺族がそれにあたる。

 もちろんバレードンが国王とダニエルの暗殺を企てたのは事実。

 十分過ぎる罪である。

 しかし、実行犯であるゲラシドたちが英雄になったため、バレードンは彼らの分を含めてその罪を一身に引き受けることになった。

 戦死したバレードンは、「自身の個人的利益のためだけに流れ者を使って戦いの最中に国王を暗殺しようとしたフランベーニュ史上最悪の悪人」とされ、所持していた伯爵の爵位を奪われたうえで死体を磔刑に処せられる。

 さらにその咎は一族にも及ぶ。

 この沙汰が決定されてから五日後、バレードンの屋敷と彼の妻の実家はコルベイユとシャルティオンに率いられた軍に包囲される。

 そして、全員斬殺の命を受けていた軍の突入直前に自ら屋敷に火をつけ一族すべてが炎の中に消えた。


 その二日後にはふたりの将軍の遺族も同じ運命を辿る。

 こちらは自裁の猶予が与えられてのものだったのだが。


 ……さて、いよいよここからが本番だ。


 処罰について大まかに決まったところでそう呟いたダニエルは本丸ともいえる部分へと踏み込む。


「さて、今回の謀叛人たちとの戦いですが、功があった者たちに報いなければなりません」


「王子ふたりが起こした不祥事ではあるものの、国家の一大事であることには違いありません。当然参加した者たちには国から褒美を出さねばなりません。ですが、形式上、これは私と謀叛人である兄ふたりとの私闘。つまり、私が彼らに褒美を出さなければなりません」


「もちろん私は彼らに報いるつもりです」


「そして、それにあたり、勝者である私は敗者であるアーネスト・フランベーニュ、カミール・フランベーニュ、及び、このふたりに与した貴族と三人の陸軍幹部が所有する全財産の所有権を手に入れたいと思います」


「……ダニエル。さすがにそれは多すぎるだろう」


 この世界の王の中で一番ケチという評判は伊達ではないといえるその言葉だったが、一面ではその指摘は当たっていた。

 つまり、その財産とはそれだけ途方もないものだったのである。

 どれだけ恩賞を大盤振る舞いしてもそれだけの財をすべて使い切ることは難しい。

 つまり、その財の大部分はダニエルの私財になるということ。


 それらは本来国庫に入れるべきである。


 王の言葉は言外にそう言っていた。


 ダニエルはその言葉にやや不満そうな表情をつくりこう答える。

 

「承知しました。では、一旦、彼らの財はいただきますが、功があった者たちへ褒美を出した残りはすべて国庫へ入れることにしましょう」


「ですが……」


「その代わりというわけではありませんが……」


「功のあった者の昇格と、貴族に関しては爵位の授与を私の望みどおりに認めていただきたい」


 ふたりのやり取りを冷ややかに眺めていたアリストはそう呟く。


 ……本来勝者が手にできる敗者の財。その多くを国庫に入れろという要求をし、ダニエル王子がそれを受け入れた。

 ……まあ、この王なら昇格や爵位の授与など取るに足らないものにしか思わない。

 ……当然承知するだろう。


 もちろん、王はアリストの読み通りそれを承諾くし、難なくクリア。

 ついにダニエルによって積み上げられた要求も残りふたつだけとなる。


 王太子の叙することの要求。

 それから、ふたりの兄の家族の粛清。


 ここまでくれば、どちらを先に出しても問題ないようだが、そうではない。

 その順番の大切さを知るダニエルは一度確認すうように頷く。


「さて……」


「次は謀叛人たちの家族についてですが……」


「当然ふたりの家族。それから親族。そのすべての排除」


 排除。

 直接的な表現は避けているが、それは処刑という意味である。

 王の表情は一気に曇る。

 そして、ダニエルが最も重要な項目であるそれを口にしなかった理由がここであきらかになる。


 部下に厳しい沙汰を下した以上、その組織の長である王子の一族にそれよりも甘い措置は下せない。

 それでも王の権限でどうにかできなくはないし、王族の不祥事が有耶無耶にした事例は山ほどある。

 だが、今回ばかりはそうはいかない。

 なにしろ、この場にはブリターニャの王子がいるのだから。


 ダニエルの言葉は続く。


「謀叛人に与した三人の陸軍幹部の家族はすべて処刑と決まっておりますので、ふたりの謀叛人の家族についても同等の刑が与えられるべきだと考えます」


「もちろん王族とその親族であるため、処刑というわけにはいかないでしょうから自裁ということになるのでしょうが」


 重く暗い時間が長く続く。

 王は抜け道を探す。

 だが、そのようなものを探す役割を担っていた者がそれを要求しているのだ。

 そのようなものがあるはずがない。


「……ダニエル」


「これが王子同士の戦いなのです」


 縋るような父王の言葉を撥ねつけたダニエルが次に口にしたのは当然最後に残ったものだった。


「次のフランベーニュ王になるはずだった王位継承権第一位で王太子に叙せられていたアーネスト・フランベーニュが謀叛を企て、王位継承権第二位の第二王子カミール・フランベーニュもそれに加担したものの、私ダニエル・フランベーニュがそれを防ぎ、両名を誅しました」


「現在王位継承権筆頭というだけではなく次期王となる王太子に叙せられるだけの才を示したと思います」


「さて、それにあたって私は宣言します」


「私ダニエル・フランベーニュが王太子に叙するに際し、宰相の職も兼任すると」


 この瞬間、どよめきが起きる。


 フランベーニュは事実上国のかじ取りは宰相がおこなっている。

 もちろん最終的な決定は国王がおこなっているが、それはあくまで形式的なものであり、国王が国政に関与していないことが伝統になっている。

 ダニエルの登場によって王が宰相に要求や提案をおこなう回数は増えたものの、全体的な主導権は宰相が持っている状況は変わらない。

 その宰相の地位を王太子が手に入れる。

 それは将来親政がおこなわれることを暗示している。

 諸国に比べて貴族の力が強い自国の状況を苦々しく思っていた王にとってそれは喜ばしいことである。

 だが、それは将来のことであって、目の前に迫っているのはそれとは逆のことであった。


 事実上国政は王太子であるダニエルのものとなる。

 そして、自分はこれまで以上に形式的なものとなる。


 このときになってようやく父王はダニエルの計画の全容を把握した。


 だが、遅かった。


 この日、ふたりの兄との権力闘争に勝利し、その勢いのまま父王からほぼすべての権力を奪い、事実上ダニエルはフランベーニュは王位に登り詰めることになった。


 だが、実はその実質的な新王となるダニエル・フランベーニュの王太子兼宰相は内々の決定から正式な発表まで少しだけタイムラグがあった。

 見えない場所で現宰相オーギュスト・ド・アブスノアとその取り巻きによる強い抵抗と巻き返しが起こっていたのだ。

 これはこれまでフランベーニュ王国という大国を動かしてきた自負と、それ以上にそうなれば彼らは表裏にあった多数の役得をすべて失うのだから当然といえば当然である。

 そして、以前ならたとえそれが王の決定であっても貴族の圧力を使ってその決定を覆すことはそう難しいことではなかった。

 まして、王子の言葉を封殺するなど児戯に等しいこと。

 だが、その後ろ盾となる有力貴族の大部分が当主と次期当主をクペル平原の戦いで失っていたため、以前のような政治力は失われている。

 こうなれば、アブスノアの唯一の望みは同じくダニエルに権限を奪われ、ほぼ引退状態に追い込まれた国王アルフォンスを味方にすることだった。

 そこで、辞任を先延ばしにしている自分をこのまま宰相に任じ、さらにダニエルの権限を大幅に小さくする案を持ってアブスノアは密かに王宮を訪れる。

 だが、彼を待っていたのは今最も会いたくない男だった。


「……ダニエル殿下……」

「アブスノア侯爵。秘密裡に陛下に会わなければならない要件とは何かな」


 予定外の男の出現に焦るアブスノアを冷たい視線で眺めるダニエルは言葉を続ける。


「まあ、要件の見当はついている。だが、その件はすでに陛下の裁可を得ている。その決定を覆らせるということは陛下に恥を掻かせること」


「すなわち、それは陛下と我が国の地位を貶める行為。国に対する明確な反逆行為となる」


 それは自身が決めたことに対して反意を示す他の貴族に対してアブスノア自身の口が発していた常套句であったのだが、ダニエルはそこにさらに言葉をつけ加える。


「思いたくはないが、そういうことであれば、噂通り侯爵があの謀叛人どもと繋がっていたと思わざるを得ないな」


「そうであれば、こちらも相応の処分をおこなうよう準備をすることになるが、よろしいか?」


 ダニエルから謀叛人と名指しされた者たちの末路がどのようなものは知っている。

 アブスノアはその言葉に顔を青くし、延期したままになっていた辞表提出を素早く済ませると、領内に逃げかえる。

 

 宰相も兼ねる新しい王太子の就任の発表がされたのはそれからまもなくのことだった。

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