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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十八章 ソリュテュード平原会戦
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中央の戦い 

 この世界の戦いといわず、横陣ともよばれるこのような横一列に並ぶ軍同士が戦った場合、先に端を崩された方が負けというが常識となっている。


 盾を使用する別の世界の例を出せば、それは自軍の右側が弱点となるため、相手より先に敵の右側が崩せば勝ち、逆であれば負けとなる。

 これは左手に盾を持つことが影響している。

 左端の者は自身の左側は自らの盾で守り、右側は隣の者の盾が防ぐ。

 だが、右端の者は自身の盾は左隣の者の右側と自身の左側は守れるが、隣がいないため、自身の右側を守る者はいない。

 攻撃は最大の防御などという言葉があるとおり、自身の右側を守るのは自身の武器となる。

 そのため右側には最強の戦士を置くことでその弱点を補うわけなのだが、それにも限界はある。

 そして、右端の者が倒されるとその左隣の者が右端となり、ドミノ倒しのごとく陣は崩れていく。


 では、使用する武器が大きく重いため両手で持つ必要があるという理由で盾を使用できないこの世界ではどうなるのか?


 もちろん盾を持たないので陣の左右の強さの差というものはない。

 ただし端の弱さは存在する。

 つまり、正面の敵を相手にしている最中に側面を突かれれば脆い。

 たとえどれだけ工夫をして補っても。

 その点、中央は両端に味方がいるため比較的防御は安定している。

 ただし、それは基本であって絶対ではない。


 この戦いではそれが証明されることになる。


 ロバウ率いる一万の兵を迎え撃つ王太子軍の中央部隊を率いるのは、アラン・モルレ。

 だが、自身の手元にあるのは僅か三千。

 そこでモルレはすぐさまエロア・リモージュの部隊を自軍に引き寄せる。

 これでもまだ五千弱。

 そこにモルレにとって天祐となる出来事が起こる。

 開始直後の魔術師団全滅。

 これを見たカミール率いる三千が逃げ込んだ先が彼の前に陣を敷いていたモルレ隊だった。

 指揮系統の乱れの心配を心の中で呟くモルレだったが、それと同時にカミールの部隊が合流したことによって数はやってくる敵と拮抗することに気づく。


 モルレはニヤリと笑う。


「数は敵と同じ。あとは勢いだ。このまま押し込むぞ」


 戦闘が開始されるまでは、圧倒的な戦力差に戦う前から負けムードが漂っていた兵たちも、みるみる膨れ上がった味方に大いに盛り上がり、指揮官の声に勇ましい声で応じる。

 実際のところ三つの部隊が急遽合わさったために連携という点では難はあったが、勢いという点は相手を圧していたのは事実。

 だが、モルレもカミールも、彼の部下たちも忘れていた。


 戦いに勝つための重要要素のひとつを。


「ロバウ様」


 戦況を眺めるロバウの傍らに立つのはマンジューク攻略時から彼の部下であるふたりの将軍クリストフ・ケルシーとアナトール・リュゼックだった。

 ともに負傷療養中であったため、渓谷内外の大惨敗に巻き込まれずに済んでいた。

 その後魔族の少女の魔法で傷は癒されたものの、その際に聞いた味方惨敗の報に抜け殻状態に陥り、最近になってようやくそれから脱し今回が彼らの復帰戦となっていた。


「数はほぼ互角。増援が来た分相手のほうに勢いがありそうです」

「ああ」


 戦況報告のため前線から戻っていたふたりの言葉に短い言葉で応じたロバウはなおも戦況を眺める。

 もちろん彼が探しているのは敵の穴、つまり弱点のなる箇所だった。

 だが……。


「小賢しく自軍の穴を埋めて回っている部隊がありますね」

「ああ。あれはリモージュだろう」

「なるほど。それは厄介ですね」

「そうだな。だが、奴の手持ちは二千もいない。出来ることなど限られている」


 横並びになった同数の軍がぶつかればただの消耗戦。

 それこそ勢いこそが勝因になる可能性が高い。


 だが、それはただ戦った場合。


 もちろんロバウは知っている。


 そのようなことは愚か者がおこなうことだと。


「まあ、相手がグワラニーであれば私が考える小細工などあっという間に見抜かれ、逆に利用されて酷い目に遭うだけだが……」


「ありがたいことに今私の目の前にいるのはモルレとカミール王子。カミール王子の軍才は知らないが、あの様子ではモルレと変わらぬと思って間違いない。そして、奴らは勢いを武器に戦っている。そうなれば……」


「容易く乗ってくる」


 そう呟いたロバウはふたりの将にある策を授ける。

 それを聞き、大きく頷いたふたりが戦場に出ていくのを見ながら、ロバウは少しだけ笑みを浮かべこう呟いた。


「リモージュ。将来の陸軍を担う者と言われたおまえがここで消えるとは残念なことだ」


 そして、そのロバウがふたりの将軍に授けた策が動きだしたのはそれからまもなくのことだった。


 クリストフ・ケルシーが指揮するロバウ軍の右半分が急速に後退を始めた。

 モルレ軍の勢いに耐え切れなくなったように。

 もちろんその場にいるカミール王子の私兵たちは相手が崩れたと確信し、さらに勢いをつけて前進し、それに釣られて付近にいたモルレ直属の兵たちもその流れに引き寄せられる。

 だが、俯瞰的に見れば、後退しているのはケルシー隊の一部分だけであり、アナトール・リュゼックが指揮する左半分は全く崩れていない。

 そう。

 この後退は意図的なもの。

 

「これほど単純な罠にかかるとは……」


 後退を指揮しながらケルシーは黒い笑みを浮かべて呟く。


「おそらく相手が陸軍ならこんな安い罠にはかからない」


「つまり、狙う相手を王子の私兵としたことが成功の要因。そして、流れができてしまえば、もう止められない」


「そして、袋叩きに遭って初めて気づくのだ。罠だったことを」


 そして、必死に防御している風を装いながら、大量に入り込んだ獲物を一気に叩くタイミングを見定めていたリュゼックは敵兵が吸い込まれていくように罠に入っていくその様子を眺めながらさらに黒い感想を口にしていた。


 そこまで言ったところで大きく息を吸い込み、言葉を吐きだす。


「全軍に伝達。攻勢に出る。前面の敵を抑え込みながら、ケルシー隊と協力して罠に入った馬鹿どもを狩り尽くす」


「ケルシー隊に笛で攻勢開始を伝えろ」


 そして、始まる。

 それが。


「攻撃が始まるまで気づかない愚か者」


 ケルシーとリュゼックはカミールの私兵をそう嘲り笑った。

 だが、彼らだって馬鹿ではない。

 一部分だけ後退しているのはある程度進んだ時点で気づいていた。


 これは意図的なもの。

 つまり、罠。


 だが、後ろから味方が押し寄せるため後退ができず、前に進むしかなかったのだ。

 流れができてしまえば、気づいたところでどうしようもないのだ。

 だが、先頭を進むカミールの私兵を率いるエドガール・ルデアックはこの罠を逆に利用して自軍を勝利に導こうと目論む。


「このままの勢いで前進を続け、敵の穴を見つけたところで、右に進み、敵中央部隊の背後を襲う。そうすれば、挟撃された敵中央は壊滅。続いて左右の敵も挟撃し殲滅する」


「これで我が隊の第一功は決まったようなものだ」


 自身の考えを最大限に膨らませて兵士たちを煽る。

 だが、結局叶わず。


 悲鳴のような部下たちの声にふり返ったルデアックと最側近のアナトール・アンモールが見たのは引き潮のごとく物凄い勢いで後退していく味方だった。


「ルデアック様。あの流れはもう止められません。残念ですがここまでです。我々も後退を……」

「ああ」


 最側近のアナトール・アンモールに促されるようにルデアックも後退を命じた。


 そして、攻勢から一挙に敗走へと変わった原因であるが、この手のことが嫌いなベルナードが唯一使う小細工である横陣からU字型に陣に変形させ相手を懐奥に誘い込んで叩くという、ティールングルの戦いでも使った策。

 その変形だった。

 指揮官こそ変わっているものの、兵たちは皆ベルナードの配下。

 練度の高い彼らなら慣れ親しんだ策の応用であれば突然の命令であっても十分に対応できる。


 それがロバウの読み。


 そして、クリストフ・ケルシーとアナトール・リュゼックはベルナード軍得意の策に唯一変更したのはその形状。

 ベルナードが使用するのは単純なU字形なのに対し、こちらはロート状。

 つまり、入口は広く先端に行くほど狭まる形だった。


 もちろんルデアックはその先端にいたので、攻勢が始まっても見た目はそれほど変わらない。

 だが、入口部分では劇的に変わる。

 ハッキリとわかるくらい。


 そして、その変化とは急速に狭まる入口。

 ではなく、狭まる出口。

 このままでは脱出できなくなる。


 その様子を見た兵たちにはそう思えた。


 そうなったとき人間はどのような動きをするか?

 いうまでもない。

 先ほどまでの入口だった唯一の出口に殺到する。


 つまり、先ほどまでとは逆の流れができたのである。


 そして、ここが重要なのはその出口を閉じないこと。

 そんなことをしてしまったら、別の世界のことわざ「窮鼠猫を噛む」を実践することになり大きな損害を受ける。

 だが、出口があればそこに殺到し、自分たちは逃げる敵が晒す背を撃つという楽な方法で敵を削ることができる。

 もちろんこれでは殲滅はできないが、敵が立て直しを図ったときにはそれまで保っていた均衡は大きく傾く。

 本格的な戦いはそこから始めればよい。


 それがクリストフ・ケルシーとアナトール・リュゼックにロバウが示し、ふたりが完璧に形にした策であった。 


 無理はしない。

 ただし、狩りとれるものは逃がさず狩る。


 それを実践するように遁走する敵を斬り伏せながら追撃するケルシーが目をつけたのは先陣から殿となってしまったルデアックたちだった。

 そして、ここまで最前線で張り付き戦っていたルデアック隊と体力を温存していたケルシー隊では疲労の度合いが違う。


 ついに捕捉される。

 そうなれば、多勢に無勢、如何ともしがたい。

 大将同士の一騎打ちを要求するルデアックは薄ら笑いをしながら拒絶するケルシーの部下五人に串刺しにされる。

 結局ロバウが深く追撃しなかったこともあり、全体の七割ほどが後方で再集結できたのだが、そこでモルレは驚くべき事実を知る。


 第二王子カミール・フランベーニュの所在がわからなくなったのである。


「前線に押し出していったのはわかっているが、カミール殿下は多数の護衛を連れていただろう。なぜ殿下の行方がわからないのだ」


 モルレはそう怒鳴りまくるものの、それに答えるべき私兵の幹部も軒並み行方知れず。

 状況はまったく掴めない。

 苛立ちを隠せないモルレのもとにもうひとつの悪い報告がやってくる。


「……リモージュが死んだ?」


 報告はエロア・リモージュ准将軍が戦死したというものだった。


「だが、殿下と違い、奴の隊は混乱に巻き込まれなかったのだろう」


 それなのになぜ戦死するのだ。


 モルレの言葉はそう言っていた。

 少年といえるくらいの伝令兵はモルレの意図は理解できなかったが、とりあえずリモージュの副官であるアナトール・リールの言葉を伝える義務はある。

 司令官の言葉を無視して、リールの言葉を伝える。


「リモージュ様は多くの者が敵の後退に誘い込まれるなか、戦線を支えるため奮戦していましたが、急進してきたアナトール・リュゼックと名乗る敵兵に斬られ、絶命いたしました」


「リモージュ様を斬ったリュゼックなる者ですが、その後素早く反転し逃走したため、残念ながら取り逃がしました」


「隊はまだ八百程の兵が残っており、次席指揮官のアルマン・ヴィランド准将軍が指揮を引き継いでいます」


「ヴィランド准将軍より、現在も多数の敵と交戦中。戦線維持が必要なら速やかに援軍を。後退してよいのならその命令をという伝言を預かっています。返答をいただきたく」


 モルレは心の中でこう呟いていた。


 王子は行方不明。

 頼りのリモージュは戦死。

 これは負けは決まった。

 もう降伏または逃亡すべき。

 だが、他の部隊が戦っている段階で中央の我々が戦いから下りてしまっては軍人としての明るい未来はない。

 さらにいえば、この戦いの敗因をつくった者として軍史に名が残る。

 それは避けねばならない。


 たしかにモルレの声のとおり、最終的な敗北は確定しているかもしれないが、それでもこの時点ではもう少し秩序を保った戦い方はできたはずである。

 なにしろすべての部隊をあわせれば五千人を超える兵が彼の下にいたのだから。


 だが、混乱の極致に陥ったモルレの思考はすべて後ろ向きなものばかり。

 その命令は少数側の戦力分散と増援の逐次投入の見本。

 当然結果はそれにふさわしいものとなる。


 この時には右翼部隊はもちろん、左翼部隊もまだそれなりに秩序を保って戦っており崩壊のきっかけとなる側面が抜かれるのもこの後のこととなる。

 つまり、王太子軍でもっとも早く崩壊したのはモルレが担当した中央部隊だった。


 兵の数はほぼ同数で地形の有利不利もない。

 そのような状況でこれだけ屈辱的な大敗した理由。


 それは指揮官の能力の差。

 それから兵の練度の差ということになるだろう。

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