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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十八章 ソリュテュード平原会戦
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ふたりの魔術師の会話 

 開戦の狼煙を待つダニエル陣営。

 その本陣脇。


「……まさかあなたがあのフィラリオ家の令嬢だったとは思いませんでした」


 この軍の魔術師の一団を率いるエゲヴィーブは隣に立って遠くを眺める黒髪の女性に話しかけていた。


「……しかも、そのフィラリオ家の令嬢がブリターニャ王国の第一王子の護衛をしているとは驚きです」

「饒舌ですね」


 エゲヴィーブの言葉を遮るようにそう言ったフィーネはチラリと男に目をやる。


「まあ、私もあの時ミュランジ城にいた男とこんなところで会うとは思いませんでしたが」


 そう。

 このふたりはこの場で初めて顔を合わせたわけではなかった。


 ミュランジ城。


 アリストが半ば脅してロバウからグワラニーに関する多くの情報を手に入れた時、エゲヴィーブは城に滞在しており、フィーネの魔力を大きさに腰を抜かしかけた。

 当然その驚きは忘れるはずがない。

 一方のフィーネはもちろんエゲヴィーブがあの城にいたことは知らなかった。

 

 ミュランジ城攻防戦で魔族を撃退した立役者は海軍の提督のロシュフォールという男でその男をミュランジ城に派遣したのはダニエル王子。

 自分たちがミュランジ城を訪れた際に海軍の司令官クラスの者が数人いたが、あれは間違いなくロシュフォールの部下。

 あの時と齟齬が出ないように。


 そのような注意をアリストより注意を受けてはいた。


 ……ですが、この男の能力ならことが動き出したらすぐにわかる。少々困ったことになりましたね。


 フィーネはそう言いながらもなぜか楽しそうな表情を浮かべた。

 素早く考えをまとめると、フィーネは微妙な笑みを浮かべ、エゲヴィーブに視線を向ける。


「あなたにひとつ知らせておきたいことがあります」


 そう切り出したフィーネの話。

 それは……。


 アリストが魔術師であるということ。


 そして、そこにこうつけ加える。


「まあ、私自身はこんなもの隠しておく必要はないと思っていますが、それと同時にこれは本人が話すことでもあります。ということで……」


「もし、フランベーニュの国内でこの話が広がったら、あなたが話をしたということで罰としてあなたを誅します。それだけではなくあなたの家族親族全員も自死した方がいいと思うくらいに徹底的に痛めつけてから殺します。言っておきますが、私は本気です。そして、私にそれができるかどうかは、あのときミュランジ城にいたのならわかりますね」


 エゲヴィーブは挨拶がてらに実はあのときミュランジ城にいたなど言ったのは失敗だったと後悔した。

 だが、後悔先に立たず。

 当然従うしかあるまい。


 見えない部分で油汗を流すエゲヴィーブが口を開く。


「あなたの力は十分にわかっている。約束する」


 親であれ子であれそれを誰かに話す。

 それはパンドラの箱を開けたことと同義語。

 瞬く間にその情報は拡散する。


 それは別の世界だけではなくこの世界でも同じ。

 そして、それは自身と家族の死刑執行の命令書に署名したようなもの。


 どんなに近しい者にも話すわけにはいかない。


 そう誓った男はそれを忠実に実行することになる。


 さて、フィーネは自身が枷を与えたその男と話しながらずっと目で追っていたのは敵の魔術師の位置だった。

 そして、その位置を掴んだところで笑みを浮かべる。


「あなたはどう思いますか?」


 フィーネのこの問いは要素がまったく足りない。

 どう思うかと問われても、これでは何について尋ねているのかがわからない。

 だが、エゲヴィーブにはわかる。

 彼自身それについて尋ねたいと思っていたのだから。


「効率的ですね」


 エゲヴィーブが口にし、フィーネが黒い笑みで応じたこと。

 それはこの世界の軍所属の魔術師、それを統括する魔術師長クラスの者の間で長年論争になっている話題についてだった。


 魔術師の集中配置か分散配置か。


 魔術師を一か所に集め、魔術師長の指示を速やかに伝え効率的な運用すべき。

 いや、攻撃された場合に一撃で全滅する危険を避けるため、分散配置すべき。


 これが二者の主張となる。


 そして、王太子軍の魔術師を統括する魔術師は典型的な前者。

 しかも、極端なくらいの。


「あれだけの数の魔術師を一か所に集めたものはあまりお目にかかりませんね」


「つまり、効率的というのは攻撃する側としてはありがたいということですか」


 エゲヴィーブにそう返しながらフィーネの笑みは先ほどより黒味が増した。


「……それで、あなたはあれを破れますか?」


 むろんあれとは平原の向こうに広がる数重に重ねられた薄い色のドームのことであり、それは上級魔術師だけが見ることが出来る光景でもある。

 

 エゲヴィーブが口を開く。

 

「破ることはできますが、距離もあり一撃で魔術師を全滅させられるかといえば少々難しいかと」


 エゲヴィーブは十分に有能な魔術師である。

 それでも完全にその防御魔法を抜くことはできない。

 これが現実なのである。

 フィーネは薄い笑みを浮かべる。


「まあ、そういうことなら、相手の魔術師長の判断もあながち間違っていないことになりますね」


「では、あれについては私が対処しましょう」


「あなたは転移避けの魔法を展開してください。逃げられないようにしたところで私が仕留めますので」


 攻撃の初手として魔術師狩りをおこなう算段が終わったところで、フィーネが目を動かし、エゲヴィーブも同じように目をやった先にいるのはこちらを歩いてくる五百人以上と思われる集団だった。


「あれは?」

「あなたの言う内応者ですね」


 さすがに冗談にしても言っていいことと悪いことがある。

 そして、これはあきらかに後者だ。

 エゲヴィーブは顔を顰めながら周囲を見渡すと、小声でフィーネを諭す。


「ダニエル王が彼らを呼び寄せました。私が頼んで」


 そう言ってフィーネは笑う。

 ただし、その笑みは単純なものではない。

 これまでのことでエゲヴィーブは察した。


「ここに全員を集めて始末するのですか?」

「私はそうすべきだと考えたのですが、反対されました」


「その男が言うには、彼らは王子だけではなく、国王も目標にしている」


「そして、その計画を指揮する者は相当優秀。誅殺を警戒して呼び出されても部下を大軍に紛れ込ませ隠すかもしれない。そうなったら探すのは困難。だから、ここではやり過ごすべきだと……」


「それを言ったのはアリスト王子?」


 自身の言葉を遮るようにやってきたエゲヴィーブの言葉に一度目をやっただけで何も答えぬままフィーネは残りの部分を口にする。


「だからここに来た者に少々の土産を持たせるだけにする。仕事をするためにやってきたときにすぐにわかるように。まあ、私の仕事はこの戦いが終わるまで。そのあとはどうなるかは知りませんが」


 そう言ったフィーネは顰め面のエゲヴィーブの脇で笑ったのだが、実をいえばフィーネに忠告した男であるアリストの推測は当たっていた。


「……我々を戦う前に呼び出すというのはどう考えてもおかしい」


 伝令によって伝えられたダニエルからの呼び出しを疑ったゲラシドは側近のクートラと十人の部下を残し待機させたのだ。


 ……気が利く者はいるものですね。


 前回いた何人かが見当たらないことに気づいたフィーネは薄く笑う。


 ……どこかの物語のように悪役は常に単細胞で有能な者は主役の側に偏っていれば楽できるものを。


 誰に対してのものかわからぬ皮肉を込めたフィーネが見守る中、ダニエルの挨拶と激励が終わる。

 そして……。


「では、おまえたちを祝福しよう」


 ダニエルがそう言って招きいれたのは神官服と呼ばれる聖職者が身に着ける服を着た初老の男だった。


「今日は特別に来てもらった。彼らは正義のためとはいえ、主を裏切る行為をした。その穢れを除去してもらいたい」

「承知しました」


 アルセルム・ヴィノルクスと名乗ったその男は太陽信仰の教義の一節を口にし、最後はこう締めた。


「太陽と月の神であるラームとイアーフのご加護があらんことを」


 その瞬間、フィーネの指が動く。

 もちろん魔術師であるエゲヴィーブはすぐに理解した。

 そして、唸る。


「転移避けに使う薄い防御魔法を彼らに施し、その魔法を感知して位置を把握する……」


「……魔法をそのような使い方する魔術師を初めて見ました」

「まあ、考えたのは私ではありませんが」


「……つまり、これもアリスト王子ということですか」


 戦場が限られているとはいえ、この数の人間ひとりひとりに防御魔法を施す。


 有り余るほどの魔力。

 高い技量。

 さらにどう動くかわからぬ者たちに施された魔法を維持するために精神力。


 これらすべてを兼ね備えていなければ、それを考えついても実行には移せない。

 もちろん自分にはできないこと。


 自嘲するように微妙な笑みを浮かべるエゲヴィーブのもとにフィーネの声が届く。


「彼らが王太子側の犬であるならば、まちがいなく戦いが決着する前に動きます。ですが、この場においてもその兆候はまったくなし。つまり、今は仕事をする気はない。そうなればそれがおこなわれるのは戦いの最中、おそらく戦果報告にやってきたとき」


「部下たちが躊躇する可能性が高い国王殺害はゲラシド自身がおこなうでしょう。ですが、本命はこちら。こちらには部下の大部分がやってくるはず。ですが……」


「実際のところ、私もゲラシドの部下の顔を全部覚えたわけではないです。ですから、先ほど全員を色付けしたのです」


 予防的措置。

 そのような意味でそれをおこなったということである。


 一方、ゲラシドも当然この機会を利用する。

 そして、フィーネと一緒にいるもうひとりの男も魔術師と断定し王子暗殺する際の障害となると判断、最初に排除すべき人物に加えた。


「陛下を襲うのは私が率いる三十名。残りはクートラが従い王子を襲撃する」


「ただし、王子襲撃の前に魔術師をふたり消す。ひとりは例の女。もうひとりはその隣にいた男。この男はおそらくダニエル王子側の魔術師長だろう。魔術師排除に四十人。王子襲撃は三十人でいいだろう」

「指揮官は?」

「アバンかセザールだな」

「では、女はアバン・ドルマン。魔術師長らしき男はセザール・ティエリに任せましょう」

「決まりだ」


 そこで、ゲラシドは大きく息を吐く。


「もちろん手ぶらで近づくのは難しい。だが、それは力自慢のジュメルの仕事。奴の奮戦を期待するしかないな」




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