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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十八章 ソリュテュード平原会戦
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戦いの日の朝

 王が定めた決闘の日の朝。

 東西に広がるソリュテュード平原の東側にあるヴァンセンヌの丘には王太子アーネストと第二王子カミールが率いる軍がすでに陣を構えていた。

 一方の第三王子ダニエル・フランベーニュを大将とする八万五千の兵も平原の西にあるヴェリエールの丘に集結していた。

 作法によれば、立会人である国王の到着後、双方の大将が立会人のもとに行き言葉を交わす。

 一見すると無駄に思えるこの行為であるが、実をいえば、これは非常に重要な儀式であった。


 多数の兵を動員する通常と変わらぬ戦いでありながら、決闘と称している以上、本来であれば同数の兵を揃えて戦うべきなのだが、その制限はない。


 その理由はこの場が最後の手打ちができる場となっていたからだ。


 立会人が和解勧告をし、その言葉に従い数が少ない方がそれを受け入れ戦いから下りることを宣言すると、立会人が勝者となる者を宣言する。

 もちろん立会人は敗者に対する最大限の配慮をすることを勝者に申し渡し、勝者もそれに従って条件を示し、敗者はそれを受け入れる。


 これによって実際の戦いはおこなわれずに済むというわけである。

 茶番といえば、茶番であるが、この奇妙な決闘は王族同士の場合にのみ認められているものであることを考えれば、その理由もある程度は理解ができる。


 戦いはこの場にどれだけの兵を集められるか。

 これが戦いの中身となる。

 その数に制限が加えられていないのはそのためである。

 傍から見れば不合理かつ馬鹿々々しいものに見えるものの、当事者のなかでは極めて合理的なシステムなのである。


 そして、この決闘であるが、フランベーニュに限れば、過去に七回おこなわれ、そのうちの四度が実際に戦わずに終了している。

 つまり、実際の戦闘がおこなわれたのは三回。

 その数だけを見れば意外に多いと思うだろうが、最初の二回はまだ「戦わずに済ます」茶番制度が出来上がっておらず双方同数で戦うという本来の決闘の延長線上にルールで決闘はおこなわれていた。

 つまり、新ルールで実際の戦闘がおこなわれたのは一回だけとなる。


 当然今回の戦いもこれだけ兵力差があれば、王太子側が負けを認めればケリがつくはずである。

 だが……。


 ヴァンセンヌの丘。

 ふたりの王子と三人の陸軍幹部、それから傭兵や冒険者をまとめるディディエ・カルハイエ、それから魔術師団を指揮する陸軍所属の魔術師ファビアン・ミミザンが集まり、会合を開いていた。


「お伺いします」


 そう切り出したのは王太子軍に参加する陸軍将兵の頂点に立つブリス・バレードンである。


「これから陛下からお言葉があるわけですが、両殿下はどのようにお答えするつもりなのでしょうか?」


 問いかけの形が取られたバレードンの言葉。

 だが、これはあきらかに幕引きをすべきという提案である。


 勝つための手は打ってある。

 だが、貴族であり戦いの専門家でもあるバレードンにとって、あのようなものは使わないことに越したことはない。

 そうなれば、戦えば敗戦必死のこの戦いはおこなわいことこそが一番。

 名誉ある撤退が出来るこの場を見過ごしてはならない。


 だが、王太子たちにはプライドがある。

 ここは部下の方から提案すべき。


 そう考えたバレードンはそこに言葉を加える。


「私としては、残念ではありますが今回は引くべきものと考えます」


「つまり、負けを認めよということか」

「形の上ではそうなります」

「冗談ではない」


 兄の怒りの成分が十分に含んだ問いに答えたバレードンの言葉に反応したのはカミールだった。


「言っておくが、我々は父上から謀叛人と名指しされている。その状況で戦いを下りたとき、ダニエルが何を要求するかは明白だろう。そもそも兵を挙げたのは我々だ。その我々が戦いを下りては世間の物笑いだろう」

「そのとおり」


 カミールに同調したのは三人の陸軍幹部のひとりアラン・モルレ。

 彼は自身の打った手に自信があり、そのためここは王子たちのご機嫌を取るべきと判断したのだ。


 戦いに参加して戦い、負けながらもダニエル王子に許される。


 それがモルレの皮算用。

 そのモルレの言葉は続く。


「最低でも謀叛人と名指しした件を取り消してもらわねばなりません。ですが、それを口にしたのは陛下。取り消すことは叶いますまい。そうなれば、あとは実力で不名誉な事実を塗りつぶすだけです」

「私もモルレの意見に賛成です」


 もうひとりの将軍ポンティビーも強硬案を支持すると、アーネストは大きく頷き、視線を動かす。


「魔術師長の意見は?」


 アーネストが問うたのはその場にいる中で一番年長の男だった。


「ご随意に」


 つまり、戦うことに賛成。


 老人の言葉をそう受け取り再び満足そうな表情を浮かべたアーネストは何度も頷き、最後に目を向けたのは力強さは感じるがそれ以外のすべてが陸軍とは趣を異にする男だった。


「傭兵隊長はどうだ?」

「我々は戦って報酬を得る者。戦うことを望まぬはずがないでしょう」


「つまり、戦うべきというのが大勢。私自身も戦うべきだと思う」


「そういうことで、陛下からの仲介勧告は拒絶し、正義がこちらにあることを証明する」


 そう言ったアーネストは視線をバレードンへ向ける。


「いいな。バレードン」

「承知しました」


 王太子の言葉にバレードンは地面を見ながらそう答えた。


 さて、平原の反対側に位置するヴェリエールの丘のダニエル軍であるが、実はこちらも相手が戦いから下りないと予測しており、完全戦闘モードに入っていた。

 そして、それについての対応策を協議する場で有名人である三人が久々に顔を合わせていた。


 エティエンヌ・ロバウ、クロヴィス・リブルヌ、そして、アーネスト・ロシュフォール。

 そう。

 ミュランジ城を守り切った英雄である。


 さらに三人に隠れているが、「第四次モレイアン川の戦い」の際にはロシュフォール排除を企てた魔族軍の策を看破し、逆にそれを利用してフランベーニュを勝利に導いた海軍の魔術師オートリーブ・エゲヴィーブも参加している。


 そこにアルサンス・ベルナードが自軍から送り込んだ将軍ウジェーヌ・グミエールと魔術師ジェルメーヌ・シャルランジュも加わる。

 

 非常に豪華な顔ぶれ々といえる。


 だが、こういう有名人が揃うときは、得てして「船頭多くして船山に上る」のごとく指揮系統に乱れが出る。

 その結果思わぬ結果になったりする。

 ダニエル軍を支える指揮官たちの名簿を見たアリストが呟いたのもその不安であった。


 だが、アリストの不安は無用なものとなる。


 まず、ロシュフォールが後方に下がることを承諾する。

 もちろんこれは旧知のロバウとリブルヌからの要請であり、「ここでまた提督に手柄を総取りされては陸軍の立つ瀬がない」というリブルヌの言葉を受け入れたのだ。

 そのリブルヌとロバウもグミエールの指揮下に入ることを承諾する。

 もっとも、彼らの率いる兵の大部分はグミエールの上官であるベルナードから借り受けたものなのでそうならざるを得ないのだが。


 こうなれば、残った問題は実質的な総司令官であるグミエールの才と人格がどのようなものかということになる。


 まず、才については問題ない。

 ベルナードが自身の代わりに送り込むというだけで相応の軍才があるということになるのだが、そもそも彼の称号がベルナードの生き写し。

 当然戦い方もその名にふさわしいものとなる。

 劣勢のときにどうなるかはわからないが、圧倒的多数の兵で敵を圧倒する今回のような戦いにはピッタリの人選だといえるだろう。

 では、人格はどうか?

 生き写しならば、自分にも厳しいが他人にも厳しく融通というものに無縁であるベルナードの性格も引き継ぎそうなものであるのだが、その部分については相当割引が生じている。

 そう。

 彼は本体よりもはるかに先輩たちを立てる術を知っていたのだ。


 さらに、こういう場面で問題児役となるのが貴族たちなのだが、その頭となるフィラリオ公爵は兵を率いてやってきたものの、前に出て積極的に戦う意志はない。

 グミエールから予備軍として後方に留まることを提案されると簡単に承知する。

 困ったのは、公爵の軍に入り込んで功を挙げようと考えていた他の貴族である。

 だが、単独行動する勇気も兵力もはないうえ、公爵にすべてを一任すると言った手前反対はできない。

 渋々ながら公爵の後ろに並び、一件落着。

 寄せ集めの軍とは思えぬくらいに順調にことは進み、詳細な陣立てを決める話し合いへと進む。


「敵は左からバレードン、モルレ、ポンティビーがそれぞれ三千を率いて並ぶようだ。モルレの後方に予備に千から二千。指揮官は旗が見えないのでわからない。……誰かな?」

「ゲラシドの話ではモルレ将軍配下となるエロア・リモージュ准将軍なる者がその部隊の指揮官だそうだ」

「リモージュはモルレの下に置いておくのが勿体ない才ある男。彼の部隊の動きには注意が必要でしょう」


 自身の問いに対し、まずダニエルが情報提供し、そこにつけ加えるようにやってきた注意喚起を促すロバウの言葉にグミエールは頷く。


「承知した。それで、ポンティビーの後方に三千の集団がいるが、あれは傭兵と冒険者たちの集団だろう。彼らはどこかでの時点で動いて側面攻撃をおこなうということになるのだろうな。そして……」


「中央左に謀叛軍の首魁アーネストの部隊七千、その隣にカミールの三千。さらに後方に魔術師団」


「まあ、無難な布陣ではあるし、取り立てて脅威になるものはなさそうに思えるが、諸将の意見が聞きたい」


 グミエールは敵の布陣が書き込まれた大きな地図を剣で指し示しながら説明を加え終わると、その場にいる全員の顔を見る。

 そして、気づく。

 いや。

 とっくに気づいていた。

 どう切り出すか迷っていただけだ。


 ようやく心が決まったグミエールが口を開く。


「そこの女性はどういう権限でこの場に立ち会っているのかな」


 もちろんグミエールの視線の先にいるのはフィーネである。

 その極めて非建設的な言葉に気分を害し、すぐにお返しとばかりに口を開きかけた黒髪の女性を制したのは、この軍の総大将ダニエル・フランベーニュだった。


「彼女は私の護衛で有能な魔術師。その才はオートリーブ・エゲヴィーブ殿も認めるものとなっている」


 さすがに大将からそう言われては追い出すわけにもいかず、少しだけ困惑したものの、それを承知したところでグミエールはロバウの強い意志を持った視線に気づく。


「意見がありそうだな。ロバウ将軍」


 そう誘いを受けたロバウはダニエルとグミエールに一礼後、口を開く。


「兵力的には圧倒的有利。敵の布陣も奇異なところはない。我々はこのまま前進に数が押し切るだけで勝利を収めることができるように思える。だが、これだけの兵力差があるにもかかわらず戦うからには相手には必ず勝利を手に入れるための秘策があるはず」


「その点は留意すべきでしょう」


 その場にいる者はすぐに察した。


 ロバウが何を言いたいのかということを。


 クペル平原。


 異口同音の見本のように同じ単語を多くの者が心の中で口にした。


 ロバウの言葉からフランベーニュ軍にとっての消えない傷であるクペル平原の大敗北が脳裏に浮かび、その場を覆うように漂い始めた重苦しい空気を吹き飛ばすかのような声がやってくる。


「参考のために言っておけば……」


 その声は女性のものだった。


「相手の方にはたいした魔術師はいません」

「私もフィーネ殿のその意見に同意します。将軍」


「ですから、クペル平原の悪夢が再現されることはないでしょう。ですから、もし敵方にそのような秘策があるのなら、それとはまったく別の種類のものと考えていいでしょう」


 その女性であるフィーネの言葉に続いたのはエゲヴィーブ。

 魔術師としてこの場にいるのだから、本来であれば前半部分で言葉は止めるべきところを最後まで喋ってしまうのは長年の習慣といったところであろう。

 彼の上官にあたるロシュフォールは苦笑し、エゲヴィーブの洞察力の高さを知るロバウとリブルヌはその言葉に納得するように大きく頷く。

 その様子を見てグミエールは察する。

 エゲヴィーブがロシュフォールの軍師役を兼ね、ミュランジ城攻防戦においてもその役をおこなっていたことを。

 グミエールはロシュフォールに負けないくらいの苦笑いを披露しながらその男に問う。


「……ちなみにエゲヴィーブ殿はそれに心当たりはあるのかな?」

「なくはない」

「聞こうか」

「私が敵方なら内応者を仕込む」


「もちろんこの中にはそのような者はいないとは思いますし……」


「この数の差を見たら、その者も主への忠誠心より自身の身が可愛くなり、命令を聞かなかったことにするでしょうが」


 そう冗談を言って話を終わらせる。

 もちろん全員が笑う。

 ただし、その中のふたりはその笑いの裏でこのような言葉を呟いていた。


 有能だ。

 さすがロシュフォールがわざわざこの場につれてきただけのことはある。

 ほとんど何もないところから真実に辿り着くとは。


 一瞬の静寂後、グミエールが再び口を開く。


「さて……」


「内応者がいないことを祈りながら陣立てに入りたい」


「と言っても、我々三隊をどう並べるかという話が中心になるのだが……」


「どうかな?リブルヌ将軍」


 実を言えば、グミエールがこの場にいる者の中で一番興味を持っていたのはこのリブルヌだった。

 その理由はもちろん上官であるアルサンス・ベルナードのリブルヌに対する評価。

 あまり他者を褒めることがないベルナードがそれだけ評価するリブルヌとはどのような者なのか。

 グミエールが興味を持つのは当然といえるだろう。


 もちろんそのような裏事情は何も知らない。

 ただ指名されたからには最高のものを示したい。

 その気持ちからすでに頭の中にあった考えを少しだけ修正したあと、リブルヌが口を開く。


「我々に対する相手の三隊の兵数はほぼ同じ。ここだけを考えれば誰がどの隊と相対しても同じとなります。その場合は数が一番多いグミエール殿が中央になるのがいいでしょう。ですが、布陣を決めるうえで注意しなければならないのは第二陣に控えるふたつの集団。すなわちモルレ将軍の後方に待機しているリモージュの部隊」


「数はたいしたことはなく何をしようが負けることはないでしょうが、それでも防ぐことが出来るのならそれに越したことはない」


「そうなった場合、その配置を考えれば傭兵部隊は敵左翼のポンティビー将軍のさらに外側を進み、我が右翼の側面を突くか、それを無視して我が本隊を突く可能性があります。もちろんこれについてはロシュフォール提督に対処をお願いすればよいでしょう。場合によっては貴族の皆さまにもご助力願えばいいと思います」


「リモージュの部隊はどうするか?」


「彼が能動的に動けると仮定した場合、ふたつの道があります」


「まず、傭兵隊を囮にして、さらに右側に回り込んで本隊に迫る」


「それから、彼らの右翼であるバレードン将軍の外側を周り我が軍を攻撃する。状況を見てそのどちらがより効果的かを考え行動するでしょう」


「ですが、相手の指揮官は彼にそこまでの自由は与えない。そうなれば、彼への命令は我々の左翼からの側面攻撃。そこまでわかれば対策はあります」


「グミエール殿の三万は我が左翼に置くのです」


「そうすれば、リモージュの蠢動は防ぐことができるでしょう」


 リブルヌが口にした短い言葉でグミエールはすべてを察した。

 それはもちろんそこにいる大部分は同じように理解した。

 だが、ひとりだけ間違いなく理解の外にいる者がいた。

 貴族軍代表のフィラリオ公爵である。


 もちろん存在することだけが唯一の役目である公爵など無視してもよいところなのだが、寄せ集めとは思えないほどまとまっているこの組織を壊すわけにはいかないグミエールはその男を眺めながら別の男へ視線を移す。


「リブルヌ将軍。その理由を説明してもらおうか」


 一瞬後グミエールの意図を察したリブルヌはグミエールと同じ種類の笑みを浮かべると、グミエールの要望に応えるために口を開くと必要量の数倍丁寧な説明をおこない始める。


「リモージュが我が左翼に回ってきたときは当然数に余裕があるグミエール将軍が自軍から兵を差し向ければ対応できます」


「さらに彼ら第二列の役割のひとつが穴の開きかけた個所を防ぐこと。王太子軍は中央、左翼も押し込まれますが、グミエール殿の部隊と対峙するバレードン将軍が担当する右翼は十倍の敵と戦う。早々に崩壊する。そのまま放置してしまえば、グミエール殿の部隊はふたりの王子のもとに殺到する。たとえばリモージュが功に目が眩んだ愚将であれば、自軍の大将の窮地など気にしないでしょうが、残念ながら彼は有能。それができない。必ずバレードン将軍の部隊の応援にやってきます」


 すべてを聞き終えたグミエールは先ほど理解していなかった唯一の男をもう一度見る。

 そして、男がその説明をどうにか理解したことを察する。


「では、私が左翼ということで、残りふたつはどうする?」

「私が右翼。そしてロバウ殿が中央でよろしいかと」


 グミエールの問いに応じて示されたリブルヌのこの提案は一見何も考えてもいないようだが、実はそうではない。


 ひとつはロバウの位置。

 中央。

 この世界の軍の常識ではその旗頭になる者は特別な場合を除けば中央に布陣する。

 つまり、名誉は中央と右翼では桁違いのものとなる。

 リブルヌはその中央をロバウに譲ったのである。


 そして、口には出さなかつたものの、リブルヌのこの提案にはもうひとつ理由があった。

 ゲラシド隊が配属されるのが右翼と決まっている。

 事実を知っているダニエルやフィーネ程ではないが、リブルヌはゲラシドの内応を疑っていた。

 自分の目が届く場所にゲラシドを置いておいておけばその兆候を見せた瞬間に自分の手で始末できる。

 

 さすがはベルナードが評価するだけのことがあるといえるだろう。


 それを理解したグミエールは薄い笑みと共に頷くとロバウを見やる。


「ロバウ将軍はどうかな?」

「結構です」


 こちらもグミエールと同レベルの理解度でそれを察知したロバウがすぐに応じ、すべてが決まった。


 そして、開戦を待つ。


 もちろん、その前に大事な儀式が控えているのだが。


 ランブイエの丘。

 ソリュテュード平原北端に位置し、幅一アケト、長さ三アケトの広大な平原全体を見渡すことが出来る、ふたつの軍が陣を張る丘よりかなり高く、戦いの立会人である王が御座所を置くには最適といえるだろう。

 ちなみに、アケトとはこの世界の長さの単位のひとつで、一アケトとは別の世界での十キロと同等となる距離となる。


 王の御座所をつくるために大急ぎで整地されことを示す様々な痕跡が残るその地にあらわれた三人の男。

 もちろんすべてが王の息子、王子である。

 それぞれが王への挨拶を述べたあと、玉座の前にならぶ三つの椅子に座る。

 右の席が王太子アーネスト、中央が次男カミール、左の席がダニエルとなる。

 久々に三人の息子と同時に顔を合わせた父王が口を開く。


「兄弟でこのような形で決着をつけることになったのは残念なことだ」


 そこから始まったのは自分がどれだけ王子たちを愛していたかということが主題となる長い思い出話だった。


 その言葉を聞きながら涙ぐむ者もいたのだが、王とともに今日の立会人を務めるその男は無表情の仮面の下で嘲りの言葉を呟いた。

 微妙に濃度は違うが三人の王子も同じ思いでその言葉を聞いていた。

 そして、長く退屈な時間がようやく終わったところで、王の言葉でもっとも重要な部分がやってくる。


「さて……」


「私が言うまでもなく、その目で確かめればわかることであるが、両者のもとに集まった兵の数はまったく違う」


「このまま戦えばその結果はあきらか」


「そこで私は両者に勧告する」


「諍いはここまでにすべしと」


「そして、これまでどおり兄弟が手を取り合い、私を支え、この国の発展に尽力して……」

「お断りします。父上」

「同じく」


 国王の言葉を遮るというのは許されるものではない。

 当然王は表情を険しくし、周りの者たちも顔を顰める。


「理由を聞こうか」

「そもそも我々はすでに謀叛人とされた者たち。ここで戦いを下りてはただの謀叛人で終わる」

「そのとおり」


「つまり、戦いをおこなうというのか?」


「この大差の状況で」

「むろん。正義がどちらにあるかはっきりさせたうえ、あらためて父上の話を聞かせてもらいましょう」

「……なるほど」


 アーネストたちが示したのは間違えようもない仲介拒否である。

 兄たちの説得を諦めた王は三番目の息子に縋るような眼を向ける。


「ダニエルは何かあるか」


「あまり聞く耳は持たないようですが、とりあえず手打ちをする場合のこちらの条件を出しておきます」


「まず、第一王子アーネスト・フランベーニュは王太子の称号を返還し、第二王子カミール・フランベーニュとともに王位継承権を放棄する。さらにふたりは今後国政に関わらないと誓うことで命の保証をする。ふたりの王子に与した陸軍幹部は軍を永久追放する。その他の将軍、准将軍、その他の将兵について謹慎後、復帰を望む場合はそれを認める。傭兵及び冒険者については国外追放と三年間の国内の立ち入りを禁止する」


「なお、今回の件の首謀者であるふたりの王子と軍幹部三人については全領地の没収とその他の財産の半分を召し上げとする」


 むろんこの提案が受け入れられるはずもなく、ふたり分の怒号がその答えとなった。


 ……まあ、これで決まりだ。


 立会人を兼ねたフランベーニュ国王の護衛を務めることになっているブリターニャ王国の第一王子はそう呟いた。


 わかっていたが、それでも開戦が決定されるとその場の空気は重くなる。

 それが自分の子同士の戦いを立会人として見届けなければならない国王になればなおさらだ。


 だが、逃げ場はない。

 なにしろ、一方は仲介を拒否し、さらにもう一方が示した手打ちの条件を蹴り飛ばしたのだ。


 降伏後の条件はそれより甘いことはない。

 その男アルフォンス・フランベーニュは戦いが終わったあとのことを考えるが、どれも明るい未来にはつながらない。


「陛下。時間です」


 傍につく儀礼を司る近習がそっと口添えをしたところで、アルフォンス・フランベーニュは我に返る。


「では、戦いにあたり、私とともにこの戦いの立会人を務める者を紹介する」


「偶然王都に滞留していたブリターニャ王国の第一王子、アリスト・ブリターニャ殿だ」


 当然のように極め付きのブリターニャ嫌いであるカミールはすぐさま反対の意を示す。

 だが、剣ならともかく口は絶対の自信があるダニエルの弁を抑え込むことなどできるはずもなく、逆に「他国に王族に見られては都合の悪いことでもお考えなのですか?兄上」という言葉に誘い込まれたカミールがアリストが立会人になることを激高しながら承諾したところで父王が口を開く。


「……では、全員が立会人を承認したところで改めて戦いを始めることを宣言する」


「開戦は一セパ後。ここから上がる狼煙を戦闘開始の合図とする。それまでは防御魔法を除くすべての戦闘行為及び丘から下りることは禁止とする」


「勝敗は降伏、大将の戦死または逃亡をもって決まる。なお、大将の地位にある者が逃亡した場合、王子の地位は剥奪される。今回は片側の大将はふたりとなるが、異存はあるか?」


 もちろんダニエルはそれを拒むことはなく了承する。

 そして……。


「その他については従来の定めのとおりとする」


「では、両者の健闘を祈る。くれぐれも無理はしないように」


 それは最後に口にした王の言葉だった。



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