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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十八章 ソリュテュード平原会戦
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ソリュテュード平原会戦 

 フランベーニュ王子たちによる兄弟喧嘩の終幕となる「ソリュテュード平原会戦」の評判は非常に悪い。

 特にフランベーニュでは。

 当然である。

 なにしろ形はどうであれ、各国が協定に従って魔族と向き合っており、フランベーニュも前線で毎日多くの血が流されている中、そのような茶番がおこなわれていたのだから。

 だから、それを起こした王太子アーネストと次男カミールの評価は最悪であり、彼らに心中した陸軍幹部も同じである。

 そして、もうひとり、この事態が理由でそれまでも低かった評価がさらに降下した人物がいる。

 フランベーニュ国王アルフォンス・フランベーニュ。

 最終的に三人の王子が戦場で顔を合わせる事態になるまで何もできなかったのだからこれも当然であろう。


 だが、逆に考えれば、そのような者たちをまとめて表舞台から退場させ、フランベーニュは国力にふさわしい国王をようやく手に入れられることができたのだ。

 歴史的意義という点では十分にあったという意見も少数ながら存在する。


 そして、この戦いには興味深い噂がある。

 実はこの内戦はアーネストの暴発を仕組んだダニエルの調略の結果というものであり、意外にも多くの者がこの噂を支持しているのだが、それには相応の理由がある

 なにしろ、すでに第一王子アーネストは王太子に任じられていることもあり第三王子ダニエル・フランベーニュが王位に就くチャンスなど本来であれば皆無に等しかった。 

 つまり、この一件がなければダニエルが王位に就くチャンスはなかった。

 ということは、一番の利を得たのはダニエル。

 推理小説風にいけば、一番怪しい人物となる。

 さらにその色眼鏡を通して眺めると、アーネストと次男カミールが突然同盟を組んだのも、ダニエルの陰謀の結果に思えてくる。


 曰く、真実が語られているように見えるが真相は闇の中にある。


 だが、残念ながらこれは単なる噂話の延長にあるもので事実ではないことは多くの歴史的事実が証明している。


 アーネストとカミールのふたりは仲が悪かったのは事実。

 そのふたりが唐突に手を組んだのはたしかに怪しく見える。

 だが、それには相応の理由と過程があり、理由はともかく、過程にはダニエルは一切関わっていない。

 それどころか、彼は兄たちが密談しているところまでは掴んでいたものの、陸軍の一部とともに兵を挙げることはその発生まで知らなかった。


 では、ふたりの兄が手を組んだ具体的理由がどのようなものであったかといえば……。


 兄は第二王子が弟の側に付かれると厄介なことになるうえ、機会があればついでに弟も始末してしまえる。

 弟は弟でこれを理由に兵を集め、ダニエルを討った直後、兄の背を撃つ算段ができる。


 ダニエルが関わる隙がないくらいに自身の利益だけで動いた結果である。


 そして、成功確実だったダニエル排除の流れを強引に捻じ曲げたのはフランベーニュのライバルであるブリターニャ王国の第一王子アリスト・ブリターニャであり、その彼を呼び寄せ、魔族軍の侵攻を阻止したのは祖国に愛着などないフィーネ・デ・フィラリオ。

 それから、この件をダニエル側に傾けたきっかけとなったアグリニオン国の評議会委員長とアリターナの「赤い悪魔」の長はひたすら自国の利益のために動いた。


 すべてがダニエルの意志とは無関係である。


 歴史は多くの人間の自由意志の結果でつくりだされる。

 主人公ひとりがすべてを動かし進むわけではない。


 「ソリュテュード平原会戦」までの一連の動きはそれを証明したものといえるだろう。


 さて、これから始まる「ソリュテュード平原会戦」は純軍事的視点でいえば、開始前から勝敗が決まっていた戦いであったといえるだろう。

 もっとも、始まる前に勝敗は決しているというのは、多くの戦いで言えることである。

 もちろん始まっていないのだから、結果が本当に決まっていないわけだし、そうであれば命を失った者たちは浮かばれない。

 さすがに言い過ぎかもしれないが、その逆が常に正しいとも言えないだろう。


 たしかに戦うのは戦場であるのだが、ここに来るまで勝つための準備はいくらでもできる。

 そして、戦場でおこなう何倍も結果に反映できる。


 その第一は兵を揃えること。


 忠誠心がある強く粘り強い兵を相手より多く集めることが出来れば最高だが、なかなかその完全な兵を数多く揃えることはできない。

 この世界でいえば、その最強の兵に近い者たちの組織のひとつが正規軍となる。

 貴族や王子たちが抱える私兵は強さという点では難があり、傭兵や冒険者は強さというものはあるが、勝ち目がないと思えばすぐに逃亡するうえ、買収に応じることも多く忠誠心があるとは言えないため軍の中核に据えるのは難しい。

 つまり、彼我の戦力を比較する際に重要となるのは、全体の兵数。

 その中でも正規軍の兵数は特に重要となる。


 その点から両軍を眺めてみよう。


 まずダニエル軍。

 自身が苦笑しながら言っていた通り、ダニエル自身の私兵は百人もいない。

 さすがにこの数では万単位の兵がぶつかる戦いでは意味がないと言ってもいいだろう。

 次に貴族の私兵。

 フィラリオ家の参加決定後、勝ち馬に乗り、褒美を貰おうと多くの貴族が参加を決める。

 だが、彼らの多くはクペル平原で多くの兵を失っているため、全体の中でも割合は多くない。

 そういうことで主力はフィラリオ家の一族の私兵となるのだが、この家の私兵は主の薫陶よろしく弱いことで有名であった。

 ただし、数は合計で二万となる。

 続いて、海軍。

 全体としては一万人が参加しているが、王宮護衛に四千人、国王の護衛に千人を割いているため、実際の戦闘に参加するのは五千人ほどとなる。

 ただし、ただの五千人ではない。

 全員が戦斧を持つミュランジ城攻防戦で魔族を完膚なきまでに叩き潰したロシュフォール提督率いる部隊である。

 そして、最後は陸軍の六万。

 このうち、自主的に志願した者を除く五万は前線から部隊を引き抜き送りこんできたベルナードの配下で実戦経験も多く、士気も高い。


 一方の、今や謀叛軍と呼ばれるようになった王太子と第二王子の連合軍。

 ふたりの王子の私兵が合わせて一万。

 この戦いのために雇い入れた傭兵と冒険者は三千人。

 そして、戦いの際に主力となる陸軍は一万となる。


 つまり、ダニエル軍は合計八万五千人でそのうち正規軍は六万五千人。

 対する王太子軍は二万三千人のうち陸軍は一万。


 この戦力差は大きい。

 これをひっくり返すのは余程のことがないと無理と思えるくらいに。

 だが、絶対的少数の側が勝つチャンスがまったくないのかといえばそうでもない。

 この世界でも、別の世界でも、圧倒的な数を擁する強者が少数の敵に敗北した例はいくつも存在する。

 そして、その大軍が少数の敵に負ける例には共通する要因がある。


 大軍の利を生かさずに戦いを進めた。

 または、大軍の利を生かすことができない戦いをおこなわされた。


 そう。

 これが敗者の共通した戦い方である。


 逆に大軍が数の力を最大限に生かした戦い方をした場合、相手は成すすべなく敗退する。

 だから、数が少ない者は相手がそのような戦い方をしない、またはできないよう大きな工夫をしなければならない。


 少数者がおこなう工夫。

 その中で一番わかりやすく、また多くの戦いでおこなわれているのが戦場の選定である。

 狭隘な地での戦闘に持ち込む。

 この世界でその例を挙げるのなら、マンジューク防衛戦、その大部分の時間を費やした渓谷内の肉弾戦であろう。

 結果的にはグワラニーのとんでもない奇策で大敗した対魔族連合軍であったが、結局三年間ほとんど前進できなかったことが真の敗因だった。

 予定通り進軍できていればと多くの者は言う。

 だが、あの渓谷を戦場とするかぎり、その方法はなかった。

 渓谷地帯とはそういう場所だったのである。


 だが、今回の「ソリュテュード平原の戦い」は、軍同士の戦いではあるが、形式的にはこの世界独特の軍を使った決闘であるため、戦場がすでに指定されている。

 つまり、少数側がおこなうべき戦場の選定ができない。

 しかも、そこはその名のとおり平原。

 大軍に有利。

 さらに、開始時刻と終了時刻も決められているので、夜襲などの奇襲がおこなえない。

 奇襲の類で使用できる策があるとすれば、側面攻撃であるが、これも平原という地の利は大軍に味方しているといっていいだろう。


 つまり、奇策が存在しない完全な正面決戦。

 こうなると、少数側の唯一のゲームチェンジャーとなるのが魔術師となる。


 これを日々実践しているのが、勇者一行といえる。

 また、少数であることを囮にして敵を集め、一網打尽にするというのが彼らの常套手段であることから形は少々違うがグワラニーが率いる軍もこの部類に属しているといえるだろう。


 だが、残念なことに王太子軍の中にはそれに該当する魔術師はおらず、逆に勇者一行のふたりの魔術師がダニエル軍に加わっている。

 もちろん今回はふたりとも直接戦闘に加わる予定はないのが王太子軍にとって唯一の救いではあるのだが、どちらにしても彼らに勝ち目を増やすためには、軍資金をばら撒き傭兵や冒険者をかき集めるか、参加している陸軍幹部のコネで兵士を引き寄せ正規軍の兵数をなんとか五分に戻すしかないのだが、誰の目にも勝ち目がない側に加わって命のやりとりおこなう酔狂者はいない。

 当然増員なし。


 万事休す。


 だが、戦いに参加する以上、諦めるわけにはいかない。

 王太子軍に属する将軍ブリス・バレードンが計画した、わずかに残された少数側が大軍に勝てる策。

 それが敵の大将を暗殺することだった。

 もちろん暗殺は邪道中の邪道であるが、戦闘中のものであれば、ぎりぎり容認される。

 バレードンはそれに賭けたわけである。

 そして、ありがたいことに彼にはそれに見合う手札があった。

 エゼネ・ゲラシド。

 フランベーニュ軍におけるそれをおこなう者たちのまとめ役。


 そういうことで、この「ソリュテュード平原」は、ダニエル軍が数の力で押し切りふたりの王子を捕えるのが先か、エゼネ・ゲラシドの刃がダニエルに届くのが先かという様相を呈してきた。


 もっとも、それを知るのはその戦場にいる約十万人のほんの僅かな者だけなのだが。


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