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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十七章 夜明け前
213/375

謀叛人たちの悪あがき 

 翌日。

 フランベーニュの現国王アルフォンス・フランベーニュはこのような布告をおこなう。


「私アルフォンス・フランベーニュは、アーネスト・フランベーニュ、カミール・フランベーニュのふたりは謀叛人と認定する。そして……」


「両名およびそれらに与する者に告げる」


「ただちに武装を解除し投降せよ。さすれば特別な慈悲を持って遇しよう。だが、それを拒むのであれば私はこう命じるであろう」


「謀叛人にそれにふさそのわしき罰を与えよ」


「残念なことに本来彼ら謀叛人を討伐すべき陸軍の一部はアーネスト・フランベーニュ、カミール・フランベーニュとともにある。そこで今回は特別に海軍に命じる。王家に忠誠を誓うアルベール・デ・フィラリオをはじめとした貴族たちとともに謀叛人である王子ふたりとその仲間である陸軍を討てと」


「なお、陸軍のなかにも王家に忠誠を誓い正しき道を歩く者は多いことは知っている。その者が誇りあるフランベーニュ陸軍の名に泥を塗った者たちを討伐したいと望むのならそれを許す」


 そして、王宮前に集まった群衆は見る。

 王とダニエル・フランベーニュとともに並ぶ者たちを。

 海軍司令官アデマール・ファールマイと王宮の護衛を命じられたアーネスト・ロシュフォール。

 そして、アルベール・デ・フィラリオと息子たち。


「……海軍だけでなくフィラリオ家がダニエル王子についた」

「いや。フィラリオ家も海軍も陛下に忠誠を誓っただけでダニエル王子についたというわけではないだろう」

「同じことだ」


 もちろんこの様子は小声で話す群衆に紛れている各国の間者たちの目にも止まる。

 そして、謀叛人と名指しされたふたりの王子側のものたちにも。

 当然それはすぐさま彼らのもとに重要情報として伝えられる。


「……フィラリオ家と海軍がダニエル側についたことを確認」


「さらに陛下の名を使い陸軍の分断も図っている模様」


 王によるこの宣言にふたりの王子は怒り狂い、彼らに付き従っていた陸軍幹部を驚愕させたが、そこから遠く離れた場所でもそれは衝撃的なニュースと受けとめられていた。


「……ベルナード様……」

「このままではだめだ」


 その情報が届けられたと同時にいつも以上に厳しい表情になったベルナードに副官バスチアン・リューが声をかけるが、ベルナードはその言葉を遮る。

 だが、そのあと次の言葉が出てくるまで長い沈黙の時間があった。

 そして……。


「ウジェーヌとジェルメーヌを呼べ」


 ベルナードが口にしたのは、自軍の中で「ベルナードの生き写し」と呼ばれるくらいにベルナードの戦い方を再現するといわれる将軍ウジェーヌ・グミエールとティールングルの戦いの際にも同行を命じた魔術師ジェルメーヌ・シャルランジュの名であった。


「グミエールに命じる。旗下の三万に二万の増援を加えた部隊を率いて王都に向かい、ダニエル王子の軍に合流せよ。シャルランジュはミュランジ城に向かい、ロバウとリブルヌを連れグミエールに同行せよ。なお、グミエールは五万のうち直属の三万のみを自身が率い、残りは一万ずつをロバウとリブルヌに指揮させろ。理由はわかるな」

「ロバウ将軍の名誉回復の機会を与える。リブルヌ将軍には先日の礼というところでしょうか」

「そうだ。だが、それ以上の意味がある」


「陸軍の不始末は陸軍の手でケリをつける。いや、つけなければならないのだ」


 そう。

 ベルナードは知っている。

 自身の功によって一矢は報いたものの、ミュランジ城を守り切ったのは海軍の奮戦によるもの。

 もちろんリブルヌの設置した障害物が海軍兵が活躍できた要因であったが、世間の目は「モレイアン川の支配者」率いる海軍兵だけに向いている。

 そして、「陸軍は海軍に助けられミュランジ城を守った」という陰口も。

 そこにやってきた今回の不祥事。

 兄弟喧嘩だけなら顔を顰めるだけでよいが、王に謀叛人と呼ばれている側に陸軍幹部も加わっているとなれば話は違う。


「陸軍の不名誉を消し去るのに再び海軍の手を借りることになれば、陸軍は海軍に対して取り返しがつかないほどの借りができる」


「そうならぬためにフランベーニュ陸軍の名に泥を塗った愚か者たちはおまえたちの手でひとり残らず葬れ」


「ロバウとリブルヌにも同様の内容を書で伝える。三人で協力し陸軍の名誉を守れ」


 五万の兵を割いて王都に送るだけではなく、指揮官は自身が信頼するウジェーヌ・グミエールに、クロヴィス・リブルヌとエティエンヌ・ロバウというという、十分に実績を積んだ指揮官を加える。


 それはベルナードの言葉にふさわしい意志の表れといえるだろう。

 そして、この増援こそがこの戦いの事実上の幕引きとなる。


 だが、この時点でアーネスト・フランベーニュとカミール・フランベーニュの連合軍のもとにはベルナードがとんでも数の兵を送り込んでくるという情報は当然ながら届いていない。


 そうなれば……。


 兵力は五分五分。

 実力はこちらの方がかなり上。


 これがふたりの王子を含む謀叛軍の大方が考える彼我の戦力分析の結果である。


「多少数が上回っていても、所詮海軍は海軍。陸上戦闘で陸軍に適うはずがない。まして、現状では海軍が手配したのは一万のみ。つまり、数でも我が方が有利」

「貴族どもの主力であるフィラリオ家は腰抜けの家長にふさわしい弱兵ばかりだ。クペル平原で消えた仲間たちのもとに送ってやる」


 ふたりの王子は自身を鼓舞するように大きな声で自軍の有利さを強調した。

 もちろんブリス・バレードンは、アラン・モルレとアディル・ポンティビーとともに大いに頷く。

 だが、心の中ではそれとはまったく違う言葉を口にしていた。


 兵力差はそのとおり。

 だが、士気という点では我々は大きく劣る。

 なにしろ我々は謀叛人の集まり。

 正当性というものがまったくない。

 つまり、形勢が傾いた瞬間、一気に瓦解することだって十分に考えられる。

 

 できれば、この陣から離脱したいが、すでに謀叛人の仲間と指名されているため手遅れ。

 こうなったからには王子たちには勝ってももらうしかない。

 だが、確実に勝てるかはわからず、それどころか風向きは相手に有利。

 そうなると、正面での戦いではない方法を使って国王陛下とダニエル王子を亡き者にするしかない。


 卑怯な手段であることは知っている。

 だが、これは生きるか死ぬかの戦い。

 きれいごとは言っていられないのだ。


 バレードンがこっそりと呼び寄せたのは、彼が自身の直属部隊に加えた陸軍の破壊工作や暗殺を請け負う者たちを統括するエゼネ・ゲラシドだった。


「このままでは我が軍は負ける。しかも、ただ負けるだけではない。謀叛人の汚名付きだ。それを避けるために手段を選んでいられない。頼む」


 バレードンの言葉にはその対象とする者の名だけではなく、何をするかもない。

 だが、ゲラシドはすべてを理解した。

 一瞬後、ゲラシドが口を開く。


「目標はふたりということですか」


 そう言って、ゲラシドは相手を見やる。


「わかりました。ですが、私の手下は百にも満たない。その条件で確実に成功させるには兵が足りません。腕の立ち信用のできる者五百ほど借り受けたいものです」


「それから、相手を考えたら仕事を成功させ帰り着くのは半数もいないでしょう。そのうえ生きて帰っても罪人になるのでは目も当てられません。参加する者には不名誉ではなく名誉を与える約束を書いた証書を出していただきたい。それから、報酬は前金で」


 その夜、人知れずバレードンの直属部隊から数十人単位の部隊が多数離脱した。


 むろん五百人以上の兵が一晩で消えればすぐに気づかれる。

 それが陸軍からとなればなおさらだ。

 当然バレードンはふたりの王子から呼び出しを受ける。


「どういうことだ?」

「まったくです。しかも、よりによって陸軍からの大量脱走。他人に引き締めを要求する前に自分のところを何とかすべきだと思いますが」


 そう。

 これは詰問。

 というより、非難というほうが正しいといえるだろう。

 それに対して、バレードンは恐縮するばかりで反論しない。


 それをふたりの将軍は冷ややかに眺めていた。

 実はふたりは気づいていた。

 消えたという兵たちは皆バレードンの身近にいる者ばかりであることを。


 何かある。


 そう思ったふたりは王子の怒号から解放されたバレードンを呼び止める。

 そして、尋ねる。

 確信を持って。


「正直に答えてもらおうか。バレードン将軍」


 モルレはそう切り出すと、その核となる部分に迫る。


「逃げ出したという兵は将軍の側近にいたものばかり。これが何を意味するかはあきらか」


「ダニエル王子へ内通を申し出たのであろう」


 すでにポンティビーは剣を抜いている。

 つまり、ふたりはバレードンが自身の命惜しさに裏切りを考えていると疑っていたのである。

 だが……。

 

「……消えた者の中にはゲラシドがいる」


「奴が何を本業としているか知っているだろう」


「その男が自身の配下だけではなく私の側近アルベルク・ジュメル准将軍と兵五百を連れていったのだ。私が奴に何を命じたかはわかるだろう」


 バレードンは自身の意図を理解したふたりに目をやりながら言葉を続ける。


「おまえたちだって薄々は感じているだろう。このまま戦いに入ったら我々は必ず負けると」


「だが、まだ勝つ方法はある。それは……」


「大将であるダニエル王子を討ち取ることだ。だが、実はそれでも足りない。なぜなら、我々は陛下によって謀叛人とされたからだ」


「その汚名をそそぐための唯一の手段。それはこの戦いが終わってすぐに王太子殿下に王になってもらうことだ。そのためには陛下に亡くなってもらわねばならない」


 そこまで言ったところで、バレードンはふたりに目をやる。

 睨みつけるように。


「ここまで聞いたからにはおまえたちも私の側だ。裏切りは絶対に許さない」


 だが、世の東西、いや、ここはどの世界でも言ったほうがいいのだろうが、「言うなよ」と言われたら言いたくのが人間というもの。

 まして、それが自分の生き死に関わっているとなれば。

 実は、バレードンが計画した自分の陣営を救うアイデアはその日のうちに相手側に伝わる。

 しかも、ふたつのルートで。


 そう。

 バレードンが計画を話した相手であるふたりの将軍はすぐさま自身の免罪と引き換えにその計画をダニエルのもとに届けたのである。

 

 まあ、ふたりが別々に送った密使はともに警備が厳重な王宮には近づけず、ダニエルの屋敷へそれを届けた。

 だが、その情報を手に入れた執事アーベント・ボローニャはその使者を丁重にもてなすふりをして殺害、土に埋め終わると、ふたり分の情報を王宮を届けた。

 これがダニエルが情報を手に入れた正しい経緯である。


 そして、相手から伝わったその情報であるが、バレードンは計画の詳細をふたりに話していないのでそこまで詳しいものではなかったのだが、それでも暗殺の対象と実行部隊についてはあきらかになった。

 その情報を握りしめたダニエルは向かったのは自身と同じように暗殺対象になっている父王。

 ではなく、フィラリオ家に滞在しているアリストだった。


 そして、再び密談を開始する。

 今度は王宮に留まり不在となっている当主に代わって会議に加わろうとして長男アンブロワーズではなく次女を指名しその三人だけで。


「……なるほど」


 ダニエルからふたりの将軍からやってきた暗殺計画を聞き終えたアリストは短い言葉で応じると、薄い笑みを浮かべる。


「それで、ダニエル王子はどのように対処しようと考えているのでしょうか」

「当然ゲラシドなる者を探索し、見つけ次第捕え……」

「いや。こちらも時間がありませんし、なにしろ相手がそれを生業としている者なら簡単には捕まらない。余計な人員を割くのは得策ではない。やってくるのを待ちましょう」


 その瞬間、ダニエルはこわばる。

 アリストは薄く笑いながら、自分の言葉が足りなかったことを詫び、それから言葉を続ける。


「だいじょうぶ。彼がやって来る時がわかっているのなら確実に防ぐ手立てはありますのでご安心を……」


「そのためにも早急に私を陛下に会わせもらいましょうか」


「そして、そこで私が陛下の隣で決闘の立会人を務められるよう口添えをお願いします」

「それは構わないが……」


「その前に」


「一応、その暗殺を確実に防ぐ手立てを教えてもらえると、安心するのだが……」


 話をどんどん進めようとするアリストに対して遠慮気味に要求したダニエルの言葉は正しい。

 なにしろ、ことは自分と自分の父親の命に関わること。

 しかも、相手は暗殺のプロ。

 そう言ったのが一国の王子であってもその言葉だけで納得できるものではないのだから。


 アリストはその言葉に頷くと、隣に座る女性を視線をやる。


「まず、王子の護衛にフィーネをつけましょう」


「どうやらご存じのようなので言ってしまいますが、フィーネは剣士としても有能ですが、魔術師でも相当な技量を持っています。その彼女が傍らにいればどれほどの相手のものであっても剣が王子の身体に届くことはありません。また、万が一、攻撃が剣によるものではなく毒によるものであっても、彼女がいれば完全に回復できます」


 もちろんこれでダニエルは納得した。

 ダニエルの安心する様子を眺めながらアリストはさらに言葉を続ける。


「陛下に関しては、私の護衛が守ります。彼らなら百人程度の兵なら問題ありませんから。その彼らを陛下の近くに置くためには私が陛下の隣にいる必要がある。そういうことです」


「ついでに言っておけば、魔術師であるフィーネを王子に付けるのは、その重要度を考慮したもの」


「冷たいようですが、毒による攻撃を受け、どちらかを救わなければならないというときは、陛下ではなく王子を選択する。これはそういう意味だと理解してください」


 つまり、自分にとって必要なのは王ではなく、ダニエル。

 アリストはそう言い切ったのである。

 もちろん本来であればこれは大問題になる。

 だが、ダニエルは一瞬後それを承知する。


「将来のフランベーニュのためにはそれがいいでしょう」


 アリストはダニエルの言葉で相手の心にうちにあるものを読み取った。

 

 もちろんそれについては言いたいことはある。

 だが、現在のダニエルの立場になって考えれば、その判断は間違っていない。

 もちろんそのような複雑な感情が入り混じった心の声を表に出すことなくアリストは頷き、それからそれとは別のことを言葉にする。


「では、フィーネは戦いの際にはダニエル王子の傍らにお願いします」

「わかりました。ですが、アリスト……」


「ダニエル王子の護衛は引き受けましたが、その場にいる者すべてがフランベーニュ軍人となると、その暗殺者をどうやって見分ければいいのですか?まさか、私と王子以外は、その場にいる者全員を殺していいというわけではないでしょう。そうなると、選別方法は聞いておかねばなりませんから」


 そ……そういえば、そうだ。


 ダニエルは心の中で呟く。


「……ダニエル王子。ダニエル王子?」


 自身の中でその対策に没頭していたダニエルは名を呼ばれているのに気づく。


「……何かな」


 何ごともなかったかのように取り繕いの言葉を発したダニエルであったが、続いてやって来たのは、ダニエルにとって一番尋ねられたくない質問だった。


「ダニエル王子なら、やって来た者が賊かどうかをどうやって見分けますか?」


 そう。

 アリストが口にしたその言葉は、たった今、自身が大いなる問題としたものであったのだ。


「そうですね……」


「顔を知っていれば、見分けることは可能でしょうが、それができないのなら、知っている者以外は近づけない。近づいた者が賊。それが無難な方法でしょう」


 ダニエルとして、このような誰でも考えつきそうな無難なものを答えとして挙げたくはなかったが、なにしろそれ以外に思いつかないのだ。


 言いたくはないが、何も言わないよりまし。


 顔にそう大きく書いたダニエルをアリストは眺める。

 だが、最初に反応したのはフィーネだった。


「それは楽でいい。つまり、近づいてきた者がダニエル王子の知らない者ならすべて斬ればわけですね」

「ええ、まあ、そうなります」


 完全にふたりに主導権を取られたダニエルの口調は、最初に会ったときの、一国の王子対貴族の娘とその部下というものから、対等かそれ以下にまで落ちていた。

 というか、その会話だけ聞けば、そこの支配者はあきらかにその場にいる唯一の非王族である女性だった。

 その会話の中ではふたりの王族を従えた女主人が言葉を続ける。


「ダニエル王子はそう言っていますが、アリストは別の案がありますか?」

「まあ、あるにはありますが、今回は必要ないでしょう。ということで、ダニエル王子の案に沿って話を進めましょう」


 色々な意味でライバルであるアリストに自らの主張が合格になったことに胸を撫で下ろしたダニエルを蔑むような眼で見終わると、フィーネは視線をアリストへ動かす。


「話を小出しにせずすべてを話すべきでしょう」


 アリストはフィーネの最上段からの要求に頷き、それから口を開く。


「元々相手が王宮に忍び込んでの暗殺は困難なので考えていないとは思いました。ですが、確信したのは、その集団の頭が将軍の部下を五百も借りていったと聞いたときです」


「諸々の支援に人手が必要でも数が多すぎる。しかも、その者たちは生粋の剣士。暗殺の類などには素人。つまり、本職にとっては足手まといになるだけ。まあ、囮に使うということも考えられますが、そうであれば将軍の側近を選ぶ必要はない。つまり、彼らが暗殺を考えているのは王宮ではない」


「しかも、今回は目標となる者はふたり。そのどちらかを暗殺しても次回はそれ以上警備が厳しいなかでおこなうことになるため、ふたり同時に暗殺することを条件。まあ、私がその指示を出す者であればダニエル王子ひとり暗殺すればだいたいのことはうまく回せますが、その指示をした将軍はふたり同時に暗殺するように指示をした。そうなった場合、王宮以外でふたりが揃う場所がどこかといえば……」

「決闘の舞台」


 自らの言葉にすぐさま応じたダニエルの言葉にアリストは頷き、言葉を続ける。


「……もちろんふたりがいる場所は離れているでしょうが、彼らにとってはこれ以上条件がいい場所はありません。狙うのはこの時で間違いありません。ですが、この場所は戦闘が終了する前に仕事をおこなわなければならないという問題点があります。つまり、時間的余裕がない。しかも、一度で決める必要ばある。そうなれば、彼らが動くのは戦闘開始後。そして、戦闘が始まってしまえば、軍人の性。多くの者の目は戦場に向く。それはダニエル王子と陛下の命を狙う者としては絶好の機会となります」


「しかも、殿下のもとにも陛下のもとにも物見の兵より報告が次々に入る。そのなかに紛れ込むのは容易でしょう。本職の暗殺者であれば」

「なるほど。だが……」


「物見の兵を近づけないというのはさすがに難しい」


「その対策はあるのでしょうか?アリスト王子」

「あります」


 ダニエルの問いにアリストはそう言った。

 そして、そのまま言葉を続ける。


「実は暗殺者はある問題を抱えています」

「それは?」

「その大部分がダニエル王子の顔を知らない」


 数瞬の間を置き、ダニエルは苦笑いする。


 もちろんそのようなつもりでおこなっていたわけではなかったのだが、たしかにダニエルは他の王子と違い、社交界に顔を出すことなかったので、軍人たちにも顔を知られていなかった。


「ですが、顔を知らなくても、私がいる場所さえわかればなんとかなるでしょう」


 ダニエルは少しだけ反論の意味を加えてそう質すと、アリストは小さく頷く。

 ただし、それが儀礼的なもので、肯定の意味はまったくなかったことはすぐにやってきた言葉で判明する。


「……もちろん殿下の旗が掲げられた陣に行けばその様子からダニエル王子と思われる者は確認することはできるでしょう。素人であればそれでいい。ですが、彼らは本職。そうはならない。絶対に顔を確かめるために一度やってくる」


「ですが、その場ではやらない。当然警備が厳重だから」


「彼が王子の命を狙うのは二回目に現れたとき。ですが、これなら五百の兵を追加することはない。百名もいれば十分。ですが、彼は腕は立つ五百人を追加した。そうなったときその暗殺者がおこなおうとする策が浮かび上がる」


「その者は戦いが始まる前に部下たちとともに寝返りをしたことを伝える。そして、その証拠として、先陣になることを申し出、実際に敵を討ちに行く。というより、本当に自慢できるだけの者の首を取ってくるでしょう。それを見せるために近づき、本当の仕事をおこなう」


「これであれば、配下のほかに五百の精兵が必要というのもわかります。そして、実際の戦闘をおこなうわけですから、自身の命が途中で消えるかもしれない。自分の代わりに指揮し仕事を完遂させられる者が必要となる。そのためにも殿下の顔を確認するのは主だった部下も同行させる必要があります」

「では、下見の際にまとめて捕らえると?」

「いいえ。彼らを捕えるのは仕事が始まってから」


「その場に全員が揃いますから」


「……もちろん彼がその筋の専門家。仕事はどれだけ損害が出ようが完結させる気で来るでしょう」


「しかも、彼らが軍人です。おかしな忠誠心を持っていた場合、こちらが忘れた頃に実行に移すということも考えられます」


「ですから、彼ら全員が参加した暗殺実行の時にまとめて捕らえるべき、つまり、その時がこちらにとっても好機となります」

「指揮官であるゲラシドがその場に現れないということは……」

「なくはないでしょう。ですが、暗殺が成功した場合でも参加者の半数は助からない。たとえ指揮官であっても安全な場所にいて報酬だけを貰う者の名はすぐに広がり信用はなくなります。ですが、それだけ名が知れているということは彼はそのような者ではなく部下とともに危険な現場に出向いていたということになります。ここから考えられること。彼は責任感の強い男。特に今回は特別大きな仕事。必ずその男も下見はもちろん実際の暗殺にも参加します」


 アリストはそう言い切った。

 

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