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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二章 邂逅
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魔術の奥義 Ⅱ 

「では……」


 この世界の者たちに住む者たちには到底理解できない怪しげな苦悩でなにやら難しい顔をして押し黙るグワラニーに代わって老人に問いかけたのは側近の男だった。


「あの町で師はおっしゃいました。防御魔法のひとつによって剣士は剣や弓矢を防ぐことができる代わりに自らも剣を使って攻撃ができなくなると。では、魔術師はどうなのですか?魔法攻撃を防ぐ防御魔法を張っている魔術師はどのようにして相手に魔法攻撃ができるのでしょうか?」


「それに気づくとはたいしたものだ」


 老人は呟くようにその言葉を口にした。


「防御魔法を張ったまま相手を攻撃できるのかだけ言えば、できるとも言えるし、できないとも言える」


「バイア殿の疑問どおり、自分は完璧に守られながら相手を完全な形で攻撃できるなどという都合のよいことはこの世界では存在しない。これは剣でも魔法でも同じだ。では、魔術師はどうやって防御魔法を纏ったまま攻撃魔法を扱っているのか?まず防御魔法を施された身で攻撃魔法を発動させるには自らの防御魔法よりもそれが強いと言うことが前提となる。もう少しわかりやすく言えば、十の力の防御魔法を張った魔術師が十の力の防御魔法を施された相手に攻撃するためには、最低でも二十一の力を持った攻撃魔法を使わなければならない。それでもこの場合なら相手に届くのは一の魔法効果のみとなる」


 杖先から出た魔法は、まず自らに施された防御魔法を抜け外に解き放たれる際に自らの防御魔法分の魔力を削り取られ、さらに相手の防御魔法を突破し具現化され相手にダメージを与えるまでさらにその防御魔法分の効果が減らされる。


 尋ねた男、そしてグワラニーも心の中で老人の言葉をそう咀嚼していた。


 老人の言葉は続く。


「もちろん攻撃するときに自らの防御魔法を解除するというひと手間を加えれば、減衰する魔法量が減るわけで、生真面目にそれをやる魔術師もおる。まあ、火の玉や氷の刃の飛ばしあいをしていたひと昔前は相手の魔法の種類を確認してからこちらもそれに合わせてそれに相反する効果を持つ魔法の盾を出すなどということをやっていたからその名残とも言えなくはないのだが。だが、今はそれでは相手の攻撃を防ぐことが難しい」

「突如体の周りに火が発生するから?」

「そう。だから、今は発動前の魔力が自らに届かないことが最も良い防御魔法とされている」

「攻撃の進化に防御も合わせていると?」

「そうなる。まあ、その逆もあるのだが。とりあえず理解したかな」

「はい。十分に。それともうひとつ。おこがましいことを承知でお伺いするのですが、我々もこれから魔法を覚えることは可能でしょうか?」


 唐突とも思える男の言葉。

 だが、老人はさして驚く様子を見せない。

 なぜならそれは多くの者から何度も尋ねられたことであり、老人にとっては当然やってくる問いと想定できたものだったのだから。


 ふたりをじっくりと眺め、それから口を開く。


「魔術師適正検査は?」

「一度」

「私も」

「結果は……まあ、その話をしている時点で結果はわかるな。では、言おう。無理だな」

「無理?……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「博識のふたりならどこかで聞いたことがあるかもしれないが、簡単に言ってしまえば、魔法を使えるかどうかは天性のものであり、後天的に身に付くものではないからだ。もちろん魔法が使えるかどうかは判定の結果によるが、もし否となればその時点で魔術師への道は断たれる」

「……ちなみに、それを判定する方法とはどのようなもののですか?……なにぶん私がそれをやったのはまだ乳飲み子だったときだったもので……」


 魔術師適正検査。

 上級文官であるふたりもその存在自体は知っていたものの、実際にどのようにおこなわれているのかは知らない。

 当然である。

 なにしろ、それはごく一部の魔術師しか知り得ない魔術師の世界でも秘中の秘とされているものであり、その詳細は王にさえ伝えられていなかったのだから。


 ……まあ、当然拒否だな。


 それを問うた男もその主も心の中でそう呟く。

 だが……。


「教えられん。と言いたいところだが、ここだけの話として喋れば、それはこの国に五台、おそらく人間の側には存在しない我が国の宝ともいえる魔道具を使い判定する。私の手元にあるものは、そのなかでも特に出来が良く、その者が魔法を扱えるかどうかを判定するだけではなく、その者が許容できる最大魔力量がどの程度なのかもわかるという優れものだ。そして、これを使った研究の結果、その者が魔法を使用できるかだけではなく、手に入れられる魔力量というものもこの世に生れ出た時点で決まるもので後天的にどうにかできるものではないという新たな知識が私に備わった」


「では、扱える術が増え、術の力も強くなり、さらに複数の魔法を同時に行使できるようになるということがなぜ起こるかといえば、それは魔法の行使に必要なもうひとつの要素である精神の鍛練によるものだ」


「では、場合によっては本来百ある力を一しか行使できないということあり得るということなのですか?」

「そうだ。生まれ持った十の力を努力によってすべて引き出した者。力が百あるにもかかわらず努力を怠っているため十しか引き出していない者。同じ十の力を持った魔術師でもそのような違いはある」


「師が先ほどおっしゃった魔道具ですが、人間側は本当に同じようなものはないのですか?」

「さあな。だが、奴らには魔術師を見つける手段などなく、その能力が覚醒した段階でようやくその者に魔術の素養があることがわかるのではないかと思われる節がある」


「その根拠は?」

「捕虜となった人間に魔術師適正検査をした結果だ」

「捕虜に魔術師適正検査をおこなったのですか?」

「もちろん調べる口実はまったく別のものだったが。そして、その結果はと言えば、魔力がありながら魔法とは無縁な者として働いている者が驚くほど多かった。魔術師不足で悩んでいる人間たちが我々と同じくらいに精度の高い検査方法が確立しているのならそのようなことが起こるはずがないというくらいに。だから、間者として意図的に送り込まれていたのでなければそうとしか考えられないというわけだ」


「……ちなみにそのような者はすべて始末した。その時は自分にそのような能力があることを知らなくても目覚める機会などいくらでもある」


「……そうなった場合、我が国の情報を手にして転移魔法で逃げられるだけではなく、敵側に有力な転移先を与えることにもなるからだ」


 ここで少女が老人の袖を引く。

 規則正しい生活を旨とする祖父が就寝する時間が迫っており、屋敷も戻らなければならないという合図である。

 少女の顔を眺め、小さく頷いてから老人が口を開く。


「今日はこれくらいでお開きにするが、最後にこちらからひとつつけ加えておくことがある」

「どうぞ」

「それは治癒魔法についてだ。それを含めたいくつかの魔法についてはこれまで話した魔法とは系統が違うことを知っておいてもらいたい」

「と、言いますと?」

「知識がなければ、魔力を持っている者がどれだけ精神力を鍛えようが、使うことができない」

「勇者と行動をともにしているあの者であっても?」

「そうだ。治癒魔法に限定するのであれば、たとえあの者であってもこの理から逃れることはできない。だが、幸運なことにデルフィンは医術に関して大いなる知識がある。『死者を蘇らせろ』などという馬鹿げた要求でなければ大概の願いは叶うはずだ」


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