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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十七章 夜明け前
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やってきたのは勇者

 フランベーニュ王国の都アヴェニア。

 その外観を見ただけで大貴族のものとわかる建物を少しだけ離れた場所から眺める四人の男たち。

 三人の剣士がひとりの男を守るかのように見えるその四人組はもちろん勇者一行。

 そして、彼らが眺めている建物には勇者一行のもうひとりがいる。

 というか、彼らはその人物によって呼び出されていた。


「驚いたな」


「ただの落ちぶれた田舎貴族かと思っていたら王都にこんな屋敷を持っていたのか」

「……はあ」


 その建物の主に対しての微妙な感想を口にしたのは非公式なものであるがこの世界で一番有名な「勇者」という肩書を持つ若者で、その勇者の言葉を聞き、ハッキリとわかる落胆する表情で小さくはないため息を吐き出したのはその中で飛びぬけて年長の男だった。

 アリスト・ブリターニャ。

 ブリターニャ王国の王子である。


 そのアリストはもう一度若者に視線をやり、それから口を開く。


「フィーネの実家はフランベーニュの十大貴族のひとつであると何度も聞かされているでしょう」


「フィーネの御父上は偉いお方なのです」

「ほう。そうなのか」


 ファーブは初耳かのような顔でそう応じる。


「それでその偉い父親を持つ放蕩娘は俺たちをなんで呼びつけたのだ?」

「まあ、相手はフィーネだ。ろくな話ではない理由なのは確実だろう。まあ、偉い貴族の家ならうまいものがたらふく食えるのだからとりあえず構わん」


 勇者の言葉に続いたのは彼ととともにフィーネに日々お仕置きされている兄弟剣士、別名糞尿兄弟の弟だった。

 ついでに言っておけば、ふたりに糞尿兄弟という素晴らしい名を与えたのはファーブ。

 直後にお礼とばかりに敵の前では絶対に名乗れない糞尿勇者という名を押し付けられたのは糞尿兄弟。

 そして、糞尿好きの三人を糞尿三剣士と呼んでいるのがフィーネとなる。


「それで、実際のところどうなのだ?アリスト」


 糞尿剣士の最後のひとりマロが問うたその言葉に皮肉交じりの笑みを浮かべたアリストはこう答えた。


「もちろん。仕事の依頼です」


「しかも、支払い主は彼女ではない。ということは、相当な報酬が期待できます」


「どうですか?悪くない話でしょう」


 三人の剣士の非常に簡素なつくりをした思考回路ではそれはすなわち剣を好きなだけ振るう機会がやってくるということになる。

 しかも、多額の報酬付き。

 当然三人は喜ぶ。


「まあ、魔族でないのが残念だが、とりあえず敵は敵だ」

「そうだな。それにしても最近は戦う相手は人間ばかり。海賊どもくらい骨があるならいいが今回は王族の子分ども。宝石がついた剣を振るわれたりしたらがっかりする」

「だが、倒した後にそのお宝が手に入る。悪くないだろう。それに質はともかく数はいるようだ。満足すべきだろう」


 だが……。


 ……残念ですがそうはならないのですよ。


 三人の勇ましい言葉を聞きながらアリストはそう呟いていた。


 ……よほど物忘れの激しい方でなければ私の顔は覚えている。

 ……そうなれば、ブリターニャ王国が兄弟喧嘩の一方に加担した、すなわち他国の内政に関わったということになる。

 ……勝ったほうはともかく、負けた方からは必ずそのような言葉が出る。

 ……それを避けるためには立会人として参加しくらいしかできないでしょう。


 ……それにフィーネが援助を求めたのは交渉についてだから。


「では、お会いしましょうか。依頼人に」


 アリストがそう呟いてから少しだけ時間を進めたその屋敷内。


 もちろんやってきた四人の男を見たフィラリオ家は大騒ぎとなる。

 なにしろ、見るから怪しくその男たちはフィーネの知り合いだと名乗り、その通り彼女は盛大に出迎えたのだから。

 だが、そのおかげでそのひとりがブリターニャ王国の王子アリスト・ブリターニャだとは気づかれなかった。

 というより、父アルベール・デ・フィラリオは、娘のもとに男がやってきた。

 その事実は脳内の知識がすべてクリアになるくらいの一大事。

 相手が誰かなど詮索する余裕などない。

 一方のフィーネはこれ幸いとばかりに、どこかで聞いた名前と肩書をでっち上げて紹介するとすぐに打ちあわせに入る。

 とりあえず父親は話に加えているが、もっぱら話すのは娘とやってきた男だった。


「バーラストン。一応、両方を天秤に載せたまま放置しています」

「結構。それでいいです。そのまま相手の動きを観ましょう」


 フィラリオ家の者に対して無礼であろうという言葉が出かかった父親を右手だけで黙らせた娘は目の間の男に視線を送る。


「まず現在の状況を話しておきましょうか」


 そう切り出したフィーネが口にしたのは圧倒的数の私兵に陸軍幹部も加わった王太子と次兄の連合軍と、ほんの僅かな私兵だけで王宮に立て籠もる三男という状況だった。


「どうです?興味が湧くでしょう」

「ええ」


 見本のような生返事をしたアリストは直後に長い沈黙に入る。

 そして、まもなくアリストの口を開く。


「フィーネ。何か言い忘れていることはありませんか?」

「私が知っていることはすべて話しました」


 予想はしたが、このようなことにフィーネは抜かりがないことは知っている。

 アリストは小さく頷き、再び思考を続ける。


 ……王と王宮を抑えていることはたしかに有利だが、勝ちを収めるには弱い。

 ……そして、状況は圧倒的不利。となれば、簡単には味方は増えない。


 ……これは賭けだな。

 ……そして、王族がここまで無謀な賭けに出るだけの価値のあるものなどひとつしかない。


 ……王位。


 ……だんだんと繋がってきた。


「……フィーネ。現在王宮に籠り無謀な戦いをおこなっているフランベーニュ王国の第三王子の名前は何と言いましたか?」

「ダニエル・フランベーニュ」


 その言葉に頷いたアリストは薄い笑みを浮かべる。


「私の予想が合っていれば、そのダニエル王子はまもなく事態打開のために自ら乗り出してくると思われます。すなわち、この館を訪れる」


「その時私の同席させてもらえませんか?」


 この国の第三王子ダニエル・フランベーニュがこの館を訪れる。

 それだけでも驚きであるが、その目的を口にする交渉の席にどこの馬の骨ともわからぬ者が同席を要求する。

 あり得ぬこと。


「冗談ではない。ダニエル殿下が本当にこの場を訪れるのであればその理由はそれ相応のもの。そのような場になぜおまえごとき……」


 同席させるわけがないではないか。


 そう言うはずだったアルベール・デ・フィラリオのこの言葉で遮られる。


「いいでしょう」


 同意したのは彼の娘。

 もちろん父親は納得しない。

 娘を睨みつけ、食ってかかる。


「そのような重要な協議の場に我が息子ではなくなぜこのような男を同席させねばならんだ」

「この男の交渉力は並みのものではないからです」


「私が思うに、まもなくやってくるというダニエル・フランベーニュはなかなかの曲者。兄上たちはもちろん父上だってそのような者の相手は難しい。この家は簡単に王子の使い捨ての駒にされるでしょう」


「その点、この男の交渉力はこの世界でも最高級の部類。間違ってもダニエル・フランベーニュに丸め込まれることはないでしょう」

「だが……」

「大丈夫です。相手は多少驚くでしょうが、この者を下賤の者だと交渉の場から叩き出すことはありませんから」


 まったく足りていない言葉で強引に父親を押し切ったフィーネはアリストを眺める。


「それでバーラストン。あなたはどのような方針で臨むのですか?」

「そうですね」


 ダニエルがやってくればすぐに剥ぎ取られることになるアントニー・バーラストンという名とともに問うフィーネの言葉。

 それに短い言葉で応じたアリストは思考の核になるものを確認するように呟く。


 ……ここで最優先すべきは純粋にフィラリオ家とフランベーニュの利益。

 

 ブリターニャの王子とも思えぬ実に微妙な条件で思考を動かし始める。

 そして、長い沈黙後、アリストはようやく口を開く。


「本人を見てからという条件は付きますが、基本的にはダニエル王子に味方することがフィラリオ家にとって最大の利益になるでしょう」


 形勢が圧倒的不利なダニエル側につく。

 常人にとってこれは理解しがたいものである。


「き、聞かせてもらおうか。その理由を」


 アリストの言葉に対してそう問い質したのは、フィラリオ家の次期当主アンブロワーズ・デ・フィラリオだった。


「ダニエル殿下は王宮にいるとはいえ、王宮内の兵は使えない。そうなると戦いの際に率いるのは僅かな手勢。一方の王太子殿下側はすでに五万を超える兵を集めたという。しかも、そのうち一万以上が陸軍」


「戦いになれば勝つのは王太子殿下たちだろう。今回の件、どちらが正しいかはわからぬが、勝利が常に正義の側にあるわけではないだろう。この状況で負けが決まったダニエル殿下の味方をするというのは我が家が滅びるだけだ」

「兄上の言うとおり。私も王太子殿下にお味方すべきだと考えます」

「私も」


 喚きたてるようなアンブロワーズに続いたのはふたりの弟ブリアックとクロード。

 そして、彼らの父親であるアルベール・デ・フィラリオも勢いに飲まれ大きく頷く。


 もちろん彼らの言葉を遮り、すぐに反論はできる。

 だが、こういうことは相手にすべてを吐き出させてからやるべきもの。

 特に相手が自尊心の高い者である場合は。


 アリストは沈黙したままその話を聞いていると、彼の代わりをおこなう者が名乗り出る。

 もちろんその場にいる唯一の女性であるフィーネだ。

 自らの身内を蔑むように眺め終わると、彼女の口が開く。


「それでは我がフィラリオ家の利益にはなりません。より多くのものを引き出すためにもこのような場合は少数の側に付き恩を売るべきなのです」

「だが、勝てなければ……」

「そのために我が家がダニエル王子に味方するのでしょうが」


 実際のところ、フィラリオ家をはじめとした貴族たちが加わって数の均衡を手に入れても正規兵と私兵では実力がまったく違う。

 さらに言えば海軍が加わっても確実に勝てるという保証はない。


 ……そのような博打は打てない。確実に勝ちを拾うために勝ち馬に乗るべきと言いたいのでしょうが、その程度の数の差などいくらでも帳尻は合うのです。

 ……なんなら私ひとりでその者たちを相手にしてやってもいいのですから。


 その言葉を口に出さずに飲み込んだフィーネはさらに言葉を続ける。


「とにかく戦いに関しては心配いらないです」


「問題はこの男の言うとおり、ダニエルという王子がフィラリオ家が肩入れするほどの人物なのか?そして、さらに大事なのは、ここまでやってくるダニエル王子の手土産の中身な……」

「ちょっと待て、フィーネ。これは我がフィラリオ家の存亡にかかわるもの。大丈夫などというあやふやものを根拠にして重要事項は決定できない。勝手に決めるな」


 フィーネの言葉を遮り、強引自らの言葉を押し込んできたのは兄のアンブロワーズだった。


「まず、おまえの言う、戦いに関しては問題ないという根拠に示せ」

「いいでしょう」


 真剣そのものの兄の言葉を馬鹿にするように、いや、実際に馬鹿にしていたのだが、とにかく、その空気をたっぷりと纏まった言葉で応じたフィーネはさらに言葉を続ける。


「兄上は勇者を知っていますか?」


 実はフィーネがその言葉を口にした瞬間その場にいた者のうち四人の男の顔つきが変わる。

 もちろんその四人とはその勇者チームの四人である。

 だが、その不穏なオーラを感じながらフィーネは何食わぬ顔で話を進める。


「バーラストンの護衛である頭の悪そうなそこの三人は勇者……」


「……並みに強い」


 微妙な間はもちろんフィーネのイタズラ心の産物である。

 そして、続いてやってきたのは安堵と怒り。


 ……なんだ、頭が悪そうなとは。それはマロンとブランだけだろう。

 ……くそ。俺たちをファーブと一緒にしやがって。

 ……なんで俺までファーブとブランの仲間になるのだ。


 アリストの苦笑いから漏れ出す微妙なオーラと三人分の心の声が流れ出すなか、フィーネの言葉は続く。


「私は本物の勇者を見ました。そのうえでもう一度言います。勇者とその三人は同等の力です」


 さすがにこの言葉には四人全員が苦笑いをせざるを得ない。


 たしかに嘘は言っていない。

 というか、真実である。


 なにしろその三人の剣士とは勇者とその仲間そのものなのだから。


 だが、その言葉を信じられないのはフィラリオ家の面々だ。


「ちなみに噂を色々聞いているがそんなに強いのか?勇者とは」

「こんなガキと同等ということは勇者の噂とはでたらめなのではないか」


 当然のようにそのような言葉が兄たちからやってくると、待ってましたばかりにフィーネが口を開く。


「私が見たのはノルディアの森の中でした。そこで五百人の魔族を相手にした勇者たちはすべて倒しました。しかも、自分たちはたいした傷は負わずに」

「だが、それは勇者の力であってそこのガキのものではないだろう」

「まあ、見せろと言われればみせるでしょう。では、兄上が彼らと手合わせしてみますか?ちなみに彼らは手加減というものを知らない。始めたら最後までいきますがどうしますか?」


 そう言って脅し、兄の言葉を封じる。


「魔族の兵士を倒すのにフランベーニュ軍の兵士五人の血が必要なのは軍の中で常識。つまり、そこの三人は我が軍の兵士二千五百人と同等ということです」

「だが、陸軍は一万三千人ほどの兵をかき集めたというぞ。残り一万はどうする?」


「……それは海軍を頼ればいいでしょう。ミュランジ城に派遣された猛者たちならなんとかするでしょう」


「もちろん海軍がダニエル王子側につくとは約束していないでしょうが、そこはダニエル王子に任せればいいでしょう。その程度のことができないようでは彼にはこの戦いの臨む資格はない」


 アンブロワーズとフィーネの会話に強引に割り込むように入ったアリストはそう断定した。


「それこそこちらがダニエル王子を助ける条件のひとつに海軍の取り込みを加えればいいではありませんか」


 硬軟取り揃えたアリストの言葉に兄たちが沈黙したところでフィーネが兄たちに向けての嘲りの笑みとともに再び口を開く。


「まあ、そういうことです」


「あとはふたりの王族の私兵と傭兵ですが、主力の陸軍が崩壊すれば逃げ出すことでしょう。ですが、余計な損害を出さぬようダニエル王子に是非手に入れてもらいたいものがあります……」


「バーラストン。あなたはそれがわかりますか?」

「王の権威でしょう」

「そのとおり。出来れば陛下の御旗と言葉ですね。そして……」


「おまえたちはこの旗を持つ軍と戦い、反乱軍となるのかと脅す。これで決まりでしょう」


 ……鳥羽伏見の戦いでは有効でしたので試してみる価値はあるでしょう。

 ……もっとも、そんなことをしなくてもアリストか私が指ひとつ動かせばケリはつきますが。


 ……さて、全員が納得したところで仕上げにいきましょうか。


「そういうことで、この戦いの期間、アントニー・バーラストン氏と三人の護衛をフィラリオ家で雇うことにします。よろしいですね」


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