決戦前夜
アリストが口にし、グワラニーも肯定した両者の激突。
だが、それが起こるのは彼らが想定してしたよりもずっと先のことになる。
その大きな理由の第一。
その勇ましい言葉とは裏腹にアリストが今まで以上に慎重に行動したこと。
具体的なことを言えば、戦場の設定を注意深くおこなっていたことである。
これまではその攻撃力と防御力で共に他を圧倒していたため、戦場の設定についてはそれほど注意を払う必要なかった。
強いていえば、敵味方を問わず軍人以外を巻き込むことがないようにということくらいだろうか。
そこにもうひとつつけ加えるのであれば、自身の面が割れているブリターニャ軍の活動範囲では勇者として振舞うことはなかったということくらいだろうか。
しかし、グワラニーが率いる部隊が相手となるとそうはいかない。
なにしろ最低でも自分たちの同等の攻撃力と防御力を備えているのだから。
いや。
ナニカクジャラで少女が見せたものを見れば、おそらく攻撃力は相手の方がやや上。
さらに、魔法に対する知識の蓄積。
フィーネが心の中で呟いた比喩を使えば、「老舗料理店と人気店の味の差」となる。
一見すると高い資金力と見栄えのよい品を出す効率性を重要視する後者が有利に見えるが、受け継がれた知識、経験、技術、そして、細部まで手を抜かない姿勢を貫く老舗が出す奥深い味を再現するのは一朝一夕ではできるものではないと言っているのだが、遠回しではあるがあることについて的を射ていた言葉でもある。
力が同等の場合、数字で表せない部分で勝負がつく。
そして、そのひとつが受け継がれた知識と積み重ねられた経験である。
そのことをアリストも知っている。
「デルフィンという名の少女。その祖父が率いる巨大魔術師団は日々魔法の研究をしているのです。もしかしたら、魔法の特別な使い方を編み出している可能性があります」
これが警戒感を滲ませたアリストの言葉である。
そして、その言葉は正しかった。
ただし、魔法のあたらしい使い方を生み出しているのは魔術師ではないグワラニーだったのは皮肉なことではあるのだが。
もちろんアリストはグワラニーの才にも注意を払っている。
魔族軍の中で一番注意しなければならない者。
洞察力、狡猾さ、指揮能力、組織運営能力。
すべてが当代一流。
さらに旗下の軍もこの世界最強。
そこに自身の魔術師という能力が加わればまさに無敵。
それがグワラニーに対するアリストの評価。
まあ、実際には最後の部分については欠け落ち、その代わりにこの世界では得られない多くの知識を手に入れているわけなのだが。
そして、その一端を示したのが、魔術と技術を組み合わせた渓谷内の戦いであり、直後におこなわれた「フランベーニュの英雄」アポロン・ボナールとの戦いである。
後者については強力魔法一撃ですべてが終わったかのように思われているが、何重にも張られた狡猾な心理的罠があったからこそ相手をその場に留まり、結果、一網打尽で四十万人の敵兵を殲滅できたことを忘れてはいけない。
もちろん勇者一行の弱点を見つけ、そこを突いたのが先日のプロエルメルの一件も。
「あの男が設定した戦場で戦うなど自ら死を選ぶことと同義語です」
それがことあるごとに早く戦わせろと騒ぎ立てるファーブとブランに対してのアリストの言葉だった。
言うまでもないことではあるが、衝突が遅れた理由はグワラニーの側にも存在した。
と言っても、こちらについてはグワラニー自身というより王と軍幹部にその主たる原因があった。
次期王位。
魔族の国はその特別な王位継承システムによって、王位は現王の子には渡らない。
もちろん王の死後もその妻子は厚く遇されるが、その一方で国政に関わることは許されない。
王の子が再び王位に就くには父と同じく一兵卒から功を重ね頂点に辿り着くしかない。
それを目指し、戦場に身を投じた者と元国王の一族として王都の一等地で悠久の時間を無為に過ごした者の割合は七対三。
驚くべきことに前者が多いのだが、残念ながら二代続けての王位という望みを叶えた者はひとりもいない。
全員が志半ばで戦死。
これが現実である。
現在、その次期王位を狙う者は三人。
暫定的ではあるが次期王に指名されている軍総司令官アンドレ・ガスリン。
ガスリンの長年のライバルである副司令官アパリシード・コンシリア。
そして、グワラニーである。
表面上はその王位継承レースのトップにいるのは軍の地位が高く現王の即位に協力したガスリンであり、軍の序列的には二位がコンシリア、将軍の地位をようやく手に入れたグワラニーはその最後となる。
だが、最終的に次期王を決める権限を持つ現王はその資格を「最も功があった者」と明言している。
そうなった場合、誰がその頂点にいるのかはあきらか。
そこに、魔族にとって目障り、というより天敵のような勇者一行を屠る功が加われば間違いなく王位はグワラニーのものとなる。
それを避けるために下位二者は指揮権を行使しグワラニーと勇者を戦わせることを避けた。
それがその理由となる。
だが、王がガスリンたちの職権乱用ともいえるこの行為に口を挟まなかったのにはそれとは別の理由があった。
グワラニーが勇者に確実に勝てるならいい。
だが、負けた場合はどうなる?
勇者以外なら無敵ともいえるグワラニーを失う。
そうなればグワラニーが安定させた他の戦線も崩壊し、以前の状態に戻る。
それはその地域から激戦地区に振り分けた兵力を引き上げなければならず、劣勢から均等、場所によっては優勢にまでになった状況が一気に悪化する。
それ知っている王は敢えて口を出さなかったのだ。
王のさらなる疑念。
それは裏切り。
だが、人間種と言ってもグワラニーも魔族。
寝返っても命の保証などあるわけがない。
そのことからそれについては保留としている。
ただし、完全な白とは思っていない。
だから、グワラニーと勇者の接触はさせない方が好ましい。
それが王の心のうち。
まあ、目の前に勇者が現れればそんなことは言っていられなくなる。
すぐさまグワラニーに迎撃を命じるだろうし、そうなればグワラニーはその命令に従うことになる。
そう。
その時が両者の激突の時となる。
そういうことで、その日が来るまでこの世界の事実上のツートップ、いやツインピークスの衝突は起こらない。
そして、それなりの時間は進まなければなる。
当然、その間にも様々なことが起きることになるのであるが、衝突が先送りになった三番目もそこに含まれる。
いや。
それはそれほど軽く扱えるものではないし、ハッキリ言えば衝突が遅れた最大の理由がそれであったといえる。
その三番目の理由。
それは……。
フランベーニュの内戦勃発である。




