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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十六章 交差するふたつの道
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ナニカクジャラの戦い Ⅳ

「一応、尋ねる」


 そして、時間は進み、陽が沈む直前、グワラニーの前に姿を現わしたアリストはそう前置きしてから尋ねたのはその戦い方についてだった。


「結界を展開している以上、マジャーラ軍が村に入ってくることはない。だが、当然こちらも結界の外に出ることはできない。そうなれば、攻撃は魔法によるということになるわけだが……」


「順番的にそれをおこなうのはそちらの副魔術師ということになる」


「そして、結界の夜当番はそちらの魔術師長が前半。私が後半。そして、奴らが動き始めるのはおそらく私が当番の時」


「結界の維持を担当する者にどのような攻撃魔法を使うかくらいは知らせておくべきだろう」


「彼女が使用するのは風魔法。結界の内側から風の刃を放ちます」


 グワラニーは事もなげにそう言った。

 だが、同じ魔術師であるアリストにとってそれは驚くべきことだった。


「ということは、私は奴らが突破できないギリギリの強さの結界を張る必要があるということか?それとも攻撃直前に強さを弱めるということか?」


 嫌味でも何でもなく、アリストにとってそれは極めて実務的な問いであった。

 そして、それは選択の変更を提案するものでもあった。

 だが……。


「さすがに、アリスト王子の全力となってしまうとなかなか難しいでしょうが、そうでなければ特別な気づかいは不要でしょう。前回の掃討でも強力な結界の内側から風魔法を放ち、完璧な結果を残しましたたから問題はないでしょう」


 ……つまり、あの少女は風魔法を自由に使いこなせるということか。

 ……さすがにここでハッタリということはないだろうが、これは是非見せてもらわねばならない。


「わかった」


 そして夜から朝に近づく頃、遂にやってくる。

 彼らが。


 ナニカクジャラの北側の森林地帯。

 マジャーラ軍は東から西へ約九百の兵が薄く、そして広く展開し終わっていた。


 三隊に分かれたその軍の一番東側で最初に突撃を敢行することになっていた部隊の指揮官アティッラ・ジェンジェジュに他隊との連絡役でもある副官のアレーシュ・マルグダが問うた。


「ジェンジェジュ様。セーケンフェル様の指示ですので動かしようがないことを承知のうえでお伺いします」


「この陣形では攻撃に厚みが出ませんがよろしいのですか?それに、全軍を一列に配置して一斉に突撃させるので予備兵力はありません。つまり、相手がどのような策を施そうが対応するのは難しいと思われます」

「まあな」


「だが、これでいいのだ」

「とおっしゃいますと?」


 ジェンジェジュの言葉は、自らの疑義を肯定したうえで、その策の有効性を主張したものなのだから、マルグダの頭の上に疑問符が大量に浮かぶのは当然のことである。

 当たり前のようにやってきたマルグダの問いの言葉。

 ジェンジェジュもそれの答えとなるものを口にする。

 苦みを帯びた表情で。


「……おまえも敵の攻撃を見ただろう」


「天から降り注ぐ氷の刃」


「あれをまともに食らえば我が隊はあっという間に全滅だ。それだけの威力がある。あれは。だが……」


「防ぐ方法はある」


「敵味方入り乱れて戦えば魔法攻撃を使えない。我々からいえば、魔法攻撃を受けなくて済む」


「強力な飛び道具を使う相手に対応する最も良い策。それは速やかに乱戦に持ち込むこと。さすが、セーケンフェル殿というところだろうな。ということで……」


「……全軍前進開始」


 ジェンジェジュの号令とともに始まったマジャーラ軍の襲撃。

 本来であれば、号令とともに声を上げ森林地帯を駆け抜け村に突入するのだが、今回はジェンジェジュの指示により森を抜けだすまで声を上げないことが徹底されている。

 そして……。


「突撃」


 その命令とともに、雄叫び、というより怒号に近い声を上げながら森を飛び出すジェンジェジュ隊に続き、アストラハーニェの将軍ふたりの首を上げたことで王都でもその武名が知られるアドリアン・タリアーン率いる部隊、「俺が歩いた後には生きた敵が残らない」と豪語する猛将バルトーク・ツヴァルツィカ率いる部隊も突撃を開始する。


「成功だ」

「勝ちだ」


 武器を持ち宿舎から飛び出す魔族軍と襲撃の声に驚き右往左往する村人たちが混ざり大混乱の状態の村の様子を見たマジャーラ軍の将兵は勝利を確信した。

 だが、そこに立ち塞がったのはアリストがつくる透明な壁だった。

 ほぼ一線となった横広がりになっての突撃だったため、後ろから味方に押しつぶされることはなかったものの、勢いをつけて壁にぶつかる衝撃はかなりのものといえる。


 もちろんそれは結界の魔法なのだが、マジャーラ軍の兵士の多くの者にとって名前を知るだけで初めて相対するもの。

 それどころか、その魔法の存在する知らぬ者も多数いるため、混乱と困惑が広がる。

 その中でアストラハーニェとの戦いで何度か結界の魔法に遭遇したことがある指揮官たちは少々驚くものの、慌てることなく、彼らが経験で手に入れたその突破方法を伝授するため声を張りあげる。


「体力のある者が先頭になって押し込め。それで突破できる」


 滑稽に思えるが、実はこれがこの世界において剣士がおこなえる結界突破の常套兼唯一の手段。

 そして、大抵の場合これで結界突破はできる。


 むろん代償は払う。

 結界突破と引き換えに多くの体力を奪われる。

 それでも、とにかく一度どこかで突破してしまえば、術者の精神に負の作用を与え結界の効果が弱まり、後続は、より負担なく結界を超えることができる。


 だから、これ自体正しい戦術と言える。


 だが、この結界を展開しているのはこの世界屈指の魔術師であるアリスト・ブリターニャ。

 しかも、この結界をすり抜けて魔法を放つ少女の実力を知るために過剰なくらいに防御力を上げている。

 さらにいえば、クアムート攻防戦でノルディア軍の精鋭人狼軍の一部に突破されたアンガス・コルペリーアのものと違い、この結界は対物理攻撃にほぼ特化している。

 そうなれば、どうなるかはいうまでもないだろう。


 得るものはなく、ただ増えるだけの自軍の被害。

 さらに、結界の内側から嘲りを受ける精神的打撃。


 「クペル平原の戦い」でフランベーニュ軍の精鋭が味わったあの屈辱の再現である。

 

 ジェンジェジュたちの戦いぶりは直接確認できないが、膠着状態であることは特別な変化がない村の様子から南側で待機するセーケンフェルも察することはできる。

 そして、隣に立つ若者も同じ。


「随分時間が経つのに我が軍の兵士が村に入って来ている様子はまったくない。ジェンジェジュたちは相当もたついているようですね」

「そのようだな」


 話しかけて来た相手と違い、セーケンフェルは多くの戦闘経験を持つ。

 当然これと同じ状況にも出くわしていた。

 そして、その理由にも心当たりがある。


「……おそらく敵は結界という魔法でつくられた見えない障壁を展開しているのだろう。ジェンジェジュたちはその突破に苦労しているのだろう。そして……」


「ジェンジェジュやタリアーン、それにツヴァルツィカが率いる部隊には強者が揃っている。その彼らが突破に苦労しているということは目の前にあるのはそれが相当強力な結界ということだ」

「ということは、村に突入することは叶いませんか?」

「いや。そうでもない」


 自身の言葉を聞いてやや悲観的になるアータルにそう答えたセーケンフェルはその根拠になるものを口にする。


「結界は攻撃魔法だけではなく兵士や武器も通すことのないという最高級の防御魔法であるが、その有用性は当然魔力の消費という対価を伴う。つまり、結界を永遠に張り続けることはできない。というより、そう長くはそれを保つことはできない。さらに結界に圧力がかかればかかるほどその消費は大きくなる。つまり、もう一押ししてやれば結界は崩壊できる」


「伝令兵。ストレダ、タボルツァ、チェルゴー、チェコベツ、シゲトバールに連絡。本隊に続いて突撃し、魔族軍のすべてを蹂躙せよと」


「アータル殿は私とともに。王都で国王陛下に自慢できるよう立派な戦果が挙げることを期待する。ただし、無理はせぬように」

「はい」


「準備出来次第攻撃を始める」


「突撃」


 もちろんマジャーラ軍本隊の攻勢はすぐにグワラニーのもとに伝えられる。


「……囮部隊が手間取っているのを見て、我慢できずに動き出したか」


「それとも、全力で迎撃しているので、今こそ好機と思ったか、だが……」


 南側から大軍が現れたという報告を受けたグワラニーは皮肉を込めてそう呟く。


「残念だが、どこからどれだけやってこようが結界は破れない。負傷者が増え、体力が消耗するだけだ」


「だが、それを眺めているというわけにもいかない。そろそろ動くことにしようか」


「副魔術師長。お願いします」


 公的な場での呼称で自分を呼ぶグワラニーの言葉にデルフィンは小さく頷くと婚約者の手を取り、ジェンジェジュ隊と対峙する自軍の後方へ短い転移をおこなう。

 そして、現れたグワラニーはすぐに指示を出す。


「掃討戦を始める」


「守備隊は後方へ」


 指揮を執るアライランジアの命によりその言葉はすぐさま実行に移され、透明な壁に挟んでマジャーラ軍の前に立つのは少女ひとりとなる。

 その背後に立つ若い男が少女に声をかける。


「結界の強さは把握できましたか?」

「はい」

「では、前方にいる者たちを残らず倒すものをお願いします」


「わかりました」


 グワラニーの言葉にそう応じたデルフィンは目を瞑り、もう一度目の前の障壁の強さを測る。

 そして、気づく。

 結界の強度が先ほどより各段に上がっていることを。

 デルフィンがこれから使う魔法はいわゆるオールドスタイルの攻撃魔法。

 これを防ぐのは対物理攻撃用の結界。

 つまり、これは外側のマジャーラ軍というよりデルフィンの魔法に対抗するもの。


 ……そういうことなら……。


 少女の右手に杖が顕現する。


 それから、透明な壁の外側で剣を振るいながら喚きたてる者たちを眺める。

 攻撃範囲と魔法の強さを調整するために。


「……カマイタチ」


 少女が呟き、杖を少しだけ動かす。

 その直後、それは発動する。


 少女の前にできた風の剣。

 というより、数十層に重ねられた巨大な斧。

 それが扇状に広がりながら物凄い勢いで進む。


 すべてを切り裂きながら。


「い、いかん」


「退避」


 ジェンジェジュが声に上げた直後、それは彼を含むマジャーラ軍のもとに到達する。


 おびただしい数の悲鳴。

 虚しく空を切る剣。

 飛び散る血しぶき。

 切り刻まれた肉塊。


 そして、一瞬後。

 木々をなぎ倒しながら風が森の奥に消えた時、うめき声ひとつ上がらぬ沈黙がその場を支配する。


 そして、その災いはアドリアン・タリアーンとバルトーク・ツヴァルツィカが率いる部隊にもやってくる。

 もっとも三番目のものとなる部隊を率いたツヴァルツィカはタリアーン隊が攻撃された現場を目にし、攻撃を中止し、森に逃げ込むように指示をしたため、他の二隊とはやや趣がことなった。

 ただし、ツヴァルツィカの言葉により全員が全力で逃げたものの、風の刃から逃れることなどできるはずがなく、最終的には同じことになったのだが。


「……終わりました。グワラニー様」


 表情を変えずに静まり返った森を眺めながら口にしたデルフィンの言葉にグワラニーは小さく頷く。


 ……これ以上の策が思い浮かばないとはいえ、こんな幼い子供に大量殺りくをおこなわせているのだ。

 ……絶対にろくな死に方はできないだろう。

 ……だが、その前に彼女のささやかな望みは叶える努力はしなければならない。

 ……そのためにはこの世界の戦いを終わらせなければならないのだが、そのためにデルフィン嬢にさらに大量殺りくをさせなければならない……。


 ……大いなる矛盾だな。これは。


 自嘲するように笑ったグワラニーがもう一度口を開く。


「では、南側に移動して残りの敵も片付けましょう」


 そのナニカクジャラを南側から急襲したマジャーラ軍本隊。

 当然ながらこちらも結界を抜く気配がまったくない。

 少々の焦りを感じながら更なる攻撃を指示していたセーケンフェルが村の反対側で起きた異変を感じたのはそれまで聞こえていた雄叫びが三段階にわたって弱まったことからだった。

 しかも、最後に聞こえたのは悲鳴と表現できるもの。

 とても勝利を手にしている者のものとは思えぬ声だった。

 そして、それに続くのは永遠とも言える沈黙。


「セーケンフェル殿。ジェンジェジュたちは敗走したのでしょうか?」

「……かもしれない」


 同じく声が聞こえなくなったことを不審に思ったアータルからの問いに曖昧な言葉を返しながらセーケンフェルは思考する。


 セーケンフェルは自らが机上に並べた仮説の穴を指摘しながら正解を探す。

 もちろんセーケンフェルは魔法攻撃も可能性のひとつに考えていた。

 だが……。


 結界は物理的なものだけではなく魔法も撥ねつける。

 そうであれば、これだけ強固な結界を突破できる魔法などあり得ない。


 もちろん彼は知らなかった。

 この強力な結界を突破できるだけの魔法を放つ者がいることを。

 

 そうこうしているうちに、彼らにとっての厄裁、少しだけ言い換えれば人間のような形をした厄裁が姿を現わす。


 数人の護衛に守られた人間種の少年と少女という奇妙な組み合わせ。

 

 経験豊かなセーケンフェルはその瞬間察した。


 マジャーラも同じであるが、魔族も女性を戦場に連れてくることはない。

 だが、目の前にいるのは女性。

 それも子供といえるくらいの年齢。

 さらにいえば、人間種。

 しかも、剣を差さずに最前線に姿を現わした。

 そして、少女の右手には杖がある。


 つまり……。


「あの娘は魔術師だ」


「そして、ジェンジェジュたちを黙らせたのはおそらくこの娘」

「ということは……」

「そういうことなのだろう。なるほど……」


「強力な結界の中からの魔法攻撃。これ以上のものはないな。だが……」


「ここが最後の好機なのかもしれない」


 むろんアータルにはその言葉はわからない。

 薄っすらとその表情に浮かべた心の声を読み取ったセーケンフェルはそこに言葉を加える。


「……たったひとりでやってきたのだ。あの少女は相当の実力者と思ってもいいだろう」


「だが、さすがにこれだけの結界をすり抜けてジェンジェジュたちを殲滅するのは無理がある」


「かならずカラクリがある」


「おそらく攻撃を始める瞬間だけ結界の強度が落ちる」

「では、こちらはその一瞬を勝機とすると?」

「そういうことだ」


 もちろんセーケンフェルの言葉は、過去の経験に基づいたものであり、希望や期待だけで出来上がっているわけではない。

 そして、彼が一瞬で見抜いた示した勝機。

 それは「クペル平原会戦」の際、アポロン・ボナールが導いたものと同じ。

 そういう点を考慮すれば、セーケンフェルは十分に有能な軍指揮官といえるだろう。

 だが、奇しくも相手は同じデルフィン・コルペリーア。

 残念ながら、結果もアポロン・ボナールと彼の軍が味わったもの同じにならざるを得ない。


 もちろんそれは彼らの知らないことであるのだが。


 そして、勝利を確信したセーケンフェルの指示により、同じく勝利を信じたマジャーラ軍の兵士たちは見えない壁に取りつく。

 傍から見れば実に滑稽な姿であるのだが、当然彼らにとっては真剣そのものである。


「……さて、どう動くか」


 全体が見えるところまで下がってその様子を眺めながらセーケンフェルはそう呟く。

 彼の中ではこの策は多くの保険を掛けたもの。


 たしかにこの状況で攻撃されたら多くの兵士は死ぬことになる。

 だが、代償として残った者が忌々しい結界の中に入ることができる。

 そうなれば結界が消滅することだって十分に考えられることであり、後ろに控える第二陣は無傷で侵入できる。

 さらに、それに気づいた敵が魔法攻撃を中止することになれば、それはそれでよい。


 悪くない。


 そう評価できるものである。

 ただし、前提が違っているのだが。


 マジャーラ軍の意図を読み切ったグワラニーは心の中で薄く笑う。

 現在結界の外側でおこなわれている笑えるパフォーマンスを眺めながらグワラニーが口を開く。


「始めてください」


 グワラニーのその言葉に少女は無言で頷き、「カマイタチ」と小さく呟きながら杖を左から右へ振った。


 その言葉とともに少女が持つ杖から生み出された見えない刃は扇状に広がりながら進む。

 マジャーラ軍の猛者たちをあれだけ拒み続けていた結界を何ごともなくすり抜けたその刃は、まずそこに張り付いていた兵士たちを切り刻む。

 続いて、控えていた第二陣の兵士たち襲いかかるわけなのだが、セーケンフェルの予想に反して、まったくその威力は衰えていない。


「……これは」


 実をいえば、少女が杖を振ってから、第二陣の兵士たちが悲鳴を上げながら剣を振り回し、そして見えない何かに肉体を切り刻まれるまでの時間はほんの僅かと表現できるものであるのだが、その一瞬の間にこの戦いは絶対に勝てないものだとセーケンフェルは理解した。

 そして、すぐさまそれに対する命令を発する。


「全員。逃げろ。味方に構わず」


「退却の合図を送れ」


 その声とともに自身も何が起こったのか理解できず呆然とするアータルの手を引き走り出す。


 総司令官自ら逃げ出す。

 しかも、死傷した部下たちを置き去りにして。

 これが、別世界の軍だけではなく、この世界の他国の軍においても十分に非難の対象となるものである。

 だが、マジャーラ軍においては違う。

 もちろん部下に突撃を命じ、自身だけ逃げればマジャーラにおいても問題になる。


 だが、逃げるように指示したうえで逃げれば問題はない。

 つまらぬ自尊心と名誉によって死だけしか待っていない戦場に留まることを強制し有能な指揮官を失うのは愚かなこと。


 それがマジャーラの論理。


 山賊国家と言われるだけのことはあるといえるだろう。


「生きて帰れば、再戦の機会はある。まして、これだけの強者がいるという情報は我が国の今後には有益なものになる」


「なんとしても生きて帰らねばならない」


 走りながらセーケンフェルはアータルにそう言った。

 だが、その直後、指揮官、王子、そして、兵士、すべての者に等しく死を賜ろうとする厄裁がやってくる。


 森は再び静けさを取り戻す。

 

 戦いは事実上終わる。

 いつもどおりの結果で。

 

 一方的な虐殺。


 これはこの戦いを含めてグワラニーがおこなう戦いについてまわる悪評である。


 戦いとは言葉で極言すれば、殺し合い。

 だが、グワラニーがおこなうのは常に相手だけに死傷者を強いるもの。

 つまり、自分たちの血を流さないのだから戦いとは呼べない。


 批判者が主張するこの定義でいえば、たしかにグワラニーがおこなっているのは戦いではなく虐殺である。

 だが、グワラニーにとっては相手を排除することはもちろん、味方の損害をなくすことも重要なテーマであり、その点についてグワラニーは恥じ入る様子は一切ない。

 ただし、グワラニーがその一方的勝利に酔いしれているかといえばそうではない。

 この頃になっても、別の世界から持ち込まれた価値観が原因でグワラニーは悪夢に苛まれていた。

 そして、その最後ではこのようなフレーズが何度も登場する。


「どこぞの世界にある異世界冒険譚のように、それまで本当の殺し合いを体験したことがないにもかかわらず、異世界に転生したとたん『レベル上げ』と称し『数世紀前の猛獣狩り』と同様なことを楽しむことができる子供たちの強靭な精神構造があればこんなに苦しむことはないだろう」


「相手の命を奪うのは必要最低限にすべきという枷を自らに与えていても、罪悪感から逃れることはできない。苦しい。だが、この気持ちは持ち続けなければならない」


「私は戦いを目的としていない。戦いは生き残るという目的のための手段なのだ」


 だが、その想いを口にするのはグワラニーがひとりになり、ベッドで横になったときのことで、戦場に立っている間は少なくても表面上はその弱さ、または真っ当さを他者に見せることはない。


 もちろんこのときも……。


「完璧です」


 そう言って、それをおこなった少女に労いの言葉をかけ、彼女とともに向かったのは将来の敵となる男のもとであった。


 完全武装の状態で並ぶ三人の剣士と腰に細身の剣を差した女性魔術師、そしてブリターニャ王国の第一王子でもあるアリスト・ブリターニャの前に立ったグワラニーは表情を引き締めると口を開く。


「一応戦闘は終わりました。あとは掃討戦となるわけですが、勇者様たちは南北どちらを担当されますか?両方ともいうことであれば……」

「不要だ」


 掃討戦についての優先権を与えるという約束を守るために話し始めたグワラニーの言葉を遮ったのは三人の剣士のひとり、勇者の肩書を持つ若者だった。


「あの攻撃を見ていたら生き残っている者などいないのはわかる。朝っぱらから切り刻まれた死体など見たら飯がまずくなる」

「いや。そこは食べられなくなるだろう。ファーブ」

「いや。ファーブは俺たちと違い血だらけの死体の隣で平気で生肉を食う男だ。食えなくなるなどあり得ぬことだ」

「たしかに。さすが糞尿漏らしの勇者と言ったところか」

「ふざけるな。それはおまえたちのことだ。糞尿兄弟」


 なにやら微妙な言葉が混ざったものの、とにかくやってきた言葉は否。

 つまり、自分たちは掃討戦はおこなわないというものだった。

 グワラニーにとってこの言葉は少々意外なものだった。


「アリスト王子。勇者様からはそう申し出があるがそれでよろしいのか?」

「本人たちがいいと言っているのだから構いません。後から騒ぎ立てるようなことになったら私がなんとかしますのでご心配なく」


 もちろん、それを見なければいけない兵士たちには申しわけない気持ちで一杯だが、それをおこなうだけのものは手に入る。

 特に南側の捜索では。


 すべての損得勘定が終わったところでグワラニーが口を開く。


「では、その仕事はこちらがすべてお引き受けすることにしましょう」


 勇者が拒絶し、アリストもあっさりとそれを認めたその掃討戦、というより斬殺された死体の山を見分するだけであるから、朝食がまずくなるというファーブの言葉はあながち間違っていない。

 また、勝者に与えられる戦利品の獲得も、その大部分を占める武具はそもそも勇者一行にとって荷物になるだけ。

 しかも、所有者と同様にかなりの破損があるというありがたいおまえもつく。

 魅力的なものはなにもないと言わざるを得ない。

 だが、壊れた武具以外のものに価値を見出していたグワラニーにとっては絶対に探索は必要だった。


「万が一にも残兵がいては困ります。それに我々にとってたとえ破損しようとも鉄製品は回収すべきものではあります。十分な利用価値がありますから」

「それはご苦労様と言わざるを得ない。そのような現場に行かされる兵士には」


「とにかく私はやるべき義務を果たしたので休ませてもらう」


 睡魔に襲われていたアリストは出来の悪い皮肉を言うと、すぐに宿舎に引っ込む。

 その様子を見たグワラニーはニヤリと笑う。


 ……さすがの王子も頭が働かず、私の隠れた意図までは辿り着かなかったようだな。

 ……結構だ。


 ……それに……。


 ……私の目的を果たすうえでも彼がいない方が都合がよい。


 心の中でそう呟くと、その目的の人物に目を向ける。


 ……ようやく話す機会がやってきた。


 ……我が同胞と。そして……。


 ……六十年ぶりの日本語での会話。


 ……楽しみだ。

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