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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第一章 黄金の夜明け
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黄金の夜明け Ⅱ

 あれから五日が過ぎた王都郊外。

 そこにある小さな館に彼はいた。


「グワラニー様」


 実質的に文官ナンバーワンの地位にある者の官舎として王から与えられているその館のテラスから練兵の様子を眺めるグラワニーに声をかけてきたのは最側近の男だった。


「それにしても、王も随分渋いですね」


 グワラニーと並ぶようにして中庭に並ぶ兵たちを眺める、彼と同じ人間種であるその男の言葉はさらに続く。


「兵二百五十。魔術師八十人。グワラニー様が王から与えられる兵の数は要求した十分の一であろうとは予想していましたが、まさかそれ以下とは思わなかったです」

「そうだな」


 見た目だけなら少年と言ってもいいグワラニーよりもかなりの年長ではあるが、それでも青年と呼べる外観のその男アントゥール・バイアの、ボヤキにも聞こえるささやかな苦情。


 実を言えば、それはそっくり自らの感想でもあったため、思わず苦笑したグワラニーはその笑顔を少しだけ薄めると口を開く。


「だが、将軍たちの言うように、私には戦場における実績というものがないのだからそれも仕方がない。それに魔術師の数だけを言えば、そう悪いものではないと思う」


「攻守両面で魔法の有効な庇護を受けながら戦うには上級魔術師を最低でも戦士の一割を揃える必要があるが、実際には我々だけではなく人間もその一割から二割の程度の低い魔術師で戦うことも珍しくないのだ。それを考えれば質はともかくこれだけの数の魔術師が与えられたことはよしとすべきだ」


「いずれにしても、今の数では我々の大願を成就するにはあまりにも少なすぎる。そのためには部隊を大きくする必要があるのだが、そのためには目に見える実績が必要だ」

「そのとおりです」


 バイアは頷きながら小さな声でそうグワラニーの言葉に相槌を打つ。

 それとともに男の表情は急速に黒味を帯びる。


「それにしても、グワラニー様もお人が悪いですね」

「それはどういうことかな」


 視線だけ声の方向に向けたグワラニーの問いに男が答える。


「もちろん王に献上した案の説明のことです。先ほどグワラニー様が私に言ったことが正しければ、グワラニー様は王にその策の有用性の半分しか説明していないことになります。しかも、肝となるのはその隠された部分なのですから」

「……ほう」


 自らの真意を見抜いたその言葉に、驚くというよりは当然だと言いたげな表情を浮かべたグワラニーは、自らが現在の地位に登用された直後に見出した側近の男を見やる。


「とりあえず聞こうか。おまえが言う私が隠した肝心な部分を」


 グワラニーの言葉に頷き、男が口を開く。


「勇者は軍を率いているわけでありません。それはつまり、どれほど強くても戦局全体を考えればその影響はたかが知れています。ですから、我々は勇者に拘ることなく勝てる相手でもある他の戦線に攻め入った敵を確実に打ち破れば最終的な勝利は手に入るのです」


「それなのに強い敵を正面から打ち破ることに固執し、本来なら有利にことが進められる他の戦線から将兵を引き抜いて勇者との闘いに送り込んでは消耗し、結局すべての場所で弱体化している。これをプライドだけが高い愚か者の所業という以外に表す言葉はないでしょう」


「それに対し、グワラニー様が示した今回の策は一見するとその場しのぎのようですが、実をいえば最強勇者との正しい戦い方。そして、その先にある我が国の勝利への第一歩。そういうことです」


 ……どこかで聞いたことがある言葉だ。


 実を言えば、遠い昔に同じ言葉を口にしたグワラニーは懐かしそうにそれを思い出す。


「……勇者は軍を率いているわけではない。そのとおり。さすがだな。王も含めてあの場にいた連中は誰もそのことに気づかなかったというのに」

「わからない者たちこそどうかしているのです。もっとも、この程度のこともわからぬ者たちが軍の指揮をとっているから、こうして勇者どころか数が頼りの脆弱な連合軍にも負け続け、領土が失われているのです」

「まったくだ。だが……」


 側近の男の言葉に大きく頷いたグワラニーだったが、そこで一度言葉を切り、周囲に誰もいないことを確認してからもう一度口を開く。

 

「……だからこそ、私に運が回ってきたともいえる。そうでなければ、文官である私が兵を率いる機会などやってこなかっただろうから」


 そう言ってグワラニーは笑った。

 そして、その相手も。


「たしかに。そういう意味では、グワラニー様は、この状況をつくった勇者と、身分の低さを気にすることなく現在の地位にまで一気に引き上げてくださった王に感謝しなければなりませんね」


 男が口にしたそれは表面上だけでいえば間違いなく王への感謝の言葉である。


 だが、グワラニーは知っている。

 目の前にいる男の本質は自分と同類であること。

 それから、その男も知らない自分が本当に目指す場所にとっては道半ばではあるものの、とりあえず中間点であるその場所までは志を同じくしていることを。


 そして、その男が本当に語ったものとは、有能なうえに高い忠誠心という申し分のない外見に惑わされて大いなる野望を内に秘めた敵を懐深くに入れてしまった王への痛烈な皮肉。


 少しだけ沈黙したグワラニーはもう一度口を開く。

 その言葉を口にするために。


「では、歩み始めるとするか。覇道への道を」

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