思わぬ出会い Ⅱ
地震発生時、グワラニーはクアムートに戻っていた。
だが、ベンティーユ砦で大きな揺れを感じたという報告に続き、ミュネンウ城主ウベラバからも同様の報告がペパス経由で入ると、すぐさまクペル城に姿を現す。
もちろんこの時はミュネンウ城まで含めた自身の持ち場の被害状況の確認と必要な物資の搬入などの指示をするつもりだったのだが、ウベラバからやってきた続報によってその予定は大幅に変更される。
「マジャーラからの救援要請?」
「正確には一部族からのものらしいのですが……」
「だが、よりによって魔族に救援要請を出すというのはどういうことだ?」
クペル城に到着直後、バイアからの報告を受け取ったグワラニーがそう尋ねるのは当然のことである。
なぜなら、マジャーラはグワラニーが次回戦う相手と想定している者たち。
つまり、魔族とマジャーラは敵同士。
どのような状況であっても救援を要請するようなことにはならない。
だから、見え透いているものの、それを罠と考えるのが正解に思えた。
「それについては私もおかしいと思い、ウベラバ将軍に確認を取ったところ……」
「どうやら、色々行き違いがあったようで……」
バイアは苦笑いしながら事の顛末を口にする。
そして……。
「……つまり、ミュネンウ城に駐屯しているのはアリターナ軍だと勘違いして助けを求めにやってきたというのか……」
すべてを聞き終えたグワラニーもさすがに苦笑いで応じざるを得ない。
「このようなこともあるのだな……」
思わずそう呟くほどの事態。
その概要はこのようなことだった。
マジャーラ南西部に住むナニカクジャラという名の村は今回の地震で大きな被害を受けた。
ほとんどの住居が倒壊した。
だが、幸いなことにこの地域の建物は木材の柱と草や葉でつくられた屋根であったため死者がないなど人的被害は物的被害に比べれば非常に少なかった。
問題は山崩れによって王都をはじめとして東側に向かう二本の道はともに使用不能になったことだった。
水をはじめとした多くの必需物資を村の外から手に入れていた彼らにとってそれは大きな問題だった。
もちろん復旧させるために男たちは総動員される。
そう。
これがアリストの口にした「迎撃に誰もこないのはおかしい」への答えとなる。
つまり、彼らにとって今はそれどころではなかったのである。
だが、その被害の大きさに加えて余震もあり、遅々として作業は進まない。
そこで、族長シャルバ・アンドラーシュは次善の策としてアリターナへ救援を求めるためにアリターナ語が話せるひとりの少年を使いに出した。
その少年は山岳地帯を抜けたところで兵士を見つける。
思いがけず近くにいたことを喜び、大急ぎで近づいたところで少年は自分が大いなる勘違いしたことに気づく。
彼が救援を求めた相手とはアリターナ軍ではなく、周辺の警備にあたっていた魔族軍の兵士だったのだ。
万事休す。
少年はその瞬間自らが失敗したことを悟った。
どうせ逃げられない。
となれば、ひとりでもふたりでも道連れにするだけ。
そう考えた少年は逃げるのではなく、逆に短刀を抜いて兵士たちに襲いかかる。
まあ、無駄な努力であり、すぐに押さえつけられるのだが。
だが、暴れる少年を縛り上げたものの、魔族の兵士たちはそれ以上のことはせず、上官のもとに少年を連れていく。
そこから始まる尋問。
何も話さないと誓った少年だが、おいしい菓子や果実水を振舞われ、あっという間に懐柔される。
そこからたどたどしいアリターナ語で少年はすべてを話す。
それを聞き終えたその魔族は大きく頷き、なぜか救援を約束する。
もちろん魔族の恐ろしさを聞かされていた少年はそれを信じなかったのだが、少年の想像に反し、救援要請という形をしたその情報は驚くべき速さでクペル城に伝わったというわけである。
「少し前なら見つかった瞬間殺されていたところなのだから、少年はついていたな」
「それに、あの地を警備していたのが我々の理解者であるウベラバの配下だったのも助かりました」
「ああ。他の奴らならこんなに早く連絡は来ない」
「それで、どうしますか?」
「いうまでもないだろう。誰であろうが、どんな事情であろうが救援要請があれば行く」
「とりあえず建築に詳しいアライランジア将軍は力自慢の復旧作業に携われそうな者二百人を選抜して出撃準備。フロレスタは配下の戦闘工兵全員が本業の方の完全武装で準備をさせろ。それから警備隊としてフェヘイラ将軍は五百を率いて同行させる。全員が揃い次第ミュネンウ城に移動する」
「私に同行するのはバイア、毎度申しわけないですが、今回もタルファ夫妻も同行を。そして、魔術師長、それから副魔術師長、それから治癒魔法を使える者をなるべく多く……」
「持参するのは水を詰め込んだ樽、食料、それから毛布……」
「それから、チェルトーザにもマジャーラから救援要請があったことを伝えておくべきだな。かの御仁は私に借りがある。大量の物資を持って飛んでくるだろう」
グワラニーが用意させたものはどれもこれも的確なものであったのだが、もちろんそれは前の世界での知識を活かしたものである。
……こんな知識、披露しないのが一番ではあるが、起こったからには最大限に活用せねばならない。
……発生から三日以内が勝負。
……元の世界のような重機はないが、こちらにはそれを補って有り余るくらいの魔法がある。それにデルフィン嬢の治癒魔法は息がある限り確実助かるという保険付き。
……我々が到着できさせすればより多くの者を助けられる。
……そして……。
……敵味方関係なく救援要請があったら助けねばならない。
……これがこの世界のスタンダードになってもらいたいものだ。
グワラニーは心の中でそう呟いた。
さて、盛大な勘違いから動き出した魔族軍のマジャーラ救援であるが、ミュネンウ城を経由しマジャーラの国境を超えたグワラニー率いるその救援部隊の陣容はこうなる。
アライランジア率いる三百五十名。
グワラニーの命を受けたアライランジアは配下の全兵士を集め、その主旨を伝えたところで自薦させる。
「上官の薫陶が行き届いているためか戦闘馬鹿だけで構成されているこの部隊だ。戦いではないとなれば参加する者などいないだろうが、勘違いでいくらかでもいればそれだけ自分の手間が省ける」
だが、そう呟いたアライランジアの予定は大きく外れ、全員の手が上がる。
「結局私が選ぶのか」
苦笑しながらも嬉しそうなアライランジアはグワラニーの指示よりも百名ほど多く連れていくことにした。
もちろん全員が自部隊の中でも力自慢の兵士である。
続いて、フロレスタ配下の戦闘工兵三千名。
彼らが今回の作業の中心となるのは当然で、それがその数の多さとなっている。
そして、アンガス・コルペリーア、デルフィン・コルペリーア、フロレンシオ・センティネラと百二十名の魔術師。
実を言えば、同行する魔術師のうち八十名はグワラニーが軍務に就いたときに配属された者たち。
アンガス・コルペリーアがグワラニーの魔術師長になったことに伴い、彼の弟子たちが軍務につくと、能力が劣る彼らは戦場での出番を失う。
だが、グワラニーはその彼らを見捨てることなく高額の報酬を払い続けることを約束したうえあらたな任務を与える。
それが治癒魔法の習得。
もちろん医療や薬学の知識を初歩の初歩から覚える必要があったため、習得には非常に時間がかかり、初出撃となるマンジューク防衛戦の頃にようやく止血と簡単な応急措置ができるくらいのレベルに到達していた。
ただし、部隊は完全な勝利。
つまり、彼らは出番なし。
完勝に喜ぶ部隊の中で出番のなかった彼らは唯一冴えない表情を浮かべることになった。
そして、再び始まる地味で面倒な研修。
そこに舞い込んだ今回の出撃命令。
しかも、今回は確実に腕を振るう場面がある。
もちろん彼らは大いに盛り上がる。
なにしろ、今回が彼らのあたらしい任務の初めての出番となるのだから。
ただし、本来人間に害された味方の手当てをおこなうはずが、負傷した人間の手当をおこなうことになるのはおおいなる皮肉とも言えなくもないのだが。
それから、アリシア・タルファと五十名の女性。
基本は炊き出しとなる予定だが、追加援助が必要な不足しているものを探り出すのも彼女たちの役割となる。
ちなみにこのうちの十五名は両手を上げて参加を申し出たアリアンヌ・ベンヌらクペル城に逗留中のフランベーニュ人である。
これらを束ねる本隊となるのは、コリチーバ率いる護衛隊に守られたグワラニー、バイア、アーネスト・タルファ。
そこに、参加を申し出たミュネンウ城の城主であるアルトゥール・ウベラバが側近のひとりとともに加わっている。
もちろん道案内役としてマジャーラ人の少年ボアラジュ・アイカがここに入る。
最後にこの救援部隊の護衛をするのが、ほんの少し前にグワラニー軍に加わったエンゾ・フェヘイラが指揮する六百名。
「新参者である私がグワラニー殿やバイア殿などの護衛を任せられるのは非常に光栄に思うが、敵中に向かうのにこの数で十分なのか?」
フェヘイラは信頼された嬉しさよりも護衛対象に比して兵の数が少ないことに対して大いなる不安を口にしたのだが、それに対するグワラニーの答えはこうだった。
「実際のところ、我々は勘違いを利用して押しかける厄介者。あまり武器を持った者が多いと誤解を受ける。それに我々の行動範囲は基本的に防御魔法で守られるから武器を使っての戦闘は起きないと思っている」
「だから、将軍の配下が我々のやり方に馴染むことが主な仕事だと思ってくれ」
そして、三セパ後。
「……魔族」
アイカとともにやってきた者たちを見た瞬間アンドラーシュは呻く。
そして、諦める。
これで終わりだと。
だが、笑顔のアイカともに近づいてきた若い人間種の魔族は流暢なマジャーラ語での挨拶に続いて、自分たちは少年の依頼によって救援にやって来たと告げる。
続いて確認する。
状況を。
「なるほど怪我人はいるが死者はでなかったのか……結構だ」
そう言いながら、周辺を眺める。
……かなり大きな集落だが、ハッキリ言って木造の掘っ立て小屋だけ。
……だが、それが幸いしたか。
そこで、グワラニーは本拠地クアムートの職人たちの話を思い出す。
木材を使用した軽量建物は石材の建物と違いそれによって押しつぶされることがないのだ。
巨石もその重みで動くことは少ないので倒壊することは稀。
そう言う意味で最悪なのは煉瓦。
……こうして見ると、彼らの意見が正しかったようだな。
……まあ、早急に立て直さないと夜露も凌げないが。
……それに女性陣の寝所も。
「ということで、とりあえず住める場所の確保。それから炊き出し。もちろん怪我人の処置を」
グワラニーは同じくマジャーラ語が通じるバイアに対して現地語で指示を出し、彼を通じて各隊が動くことにしたのは当然マジャーラ人たちを安心させるため。
その様子を眺めていたウベラバは側近のエジバウト・キリーニャに囁く。
「あのような小さな配慮を重ねていけばやがて協力関係もできるし、打ち解けることができる」
「しかも、やってくるのは空腹には厳しすぎるあの香りだ」
アリシアたち女性陣がつくる料理を求める行列を見やる。
「……まあ、材料を大量に持ち込んでいるのだ。問題など起こるはずがない。この調子いけば住居もなんとかなる。ということは、残りは水か」
「……ええ」
実はナニカクジャラ部族が住むこの村には井戸がない。
少し離れた川が彼らの水源となっていたのだが、そこまでの道が土砂で覆われてしまっていた。
つまり、現在は水が断たれた状態だということだ。
「なぜ井戸を掘ることをしなかったのですか?」
グワラニーの問いにアンドラーシュは自嘲の色が濃い笑みを浮かべる。
「それができれば我々も苦労はない」
「つまりできない理由があるわけなのですか?」
アンドラーシュが大きく頷く。
「わかったと思うが、ここは丘の上だ。だが、井戸を掘る気があれば掘れる」
「だが、この地を掘ると、水ではないものが出てくるのだ」
「それは?」
「燃える石だ」
「つまり、この村は燃える石の山にあるということなのですか?」
「そのようだな」
アンドラーシュの言葉に小さく頷きながら、グワラニーは心の中で呟く。
……この丘全体が石炭でできているということなら、この山を手に入れるだけでもそれなりの利は得られる。
……まあ、今後どうなるかは相手次第だが、まずはこの村の住民のために動くとしよう。
これは戦争中の出来事。
しかも、相手は敵。
困っている相手を助けたとたん、それまでいがみ合っていた者が急に物分かりがよくなり、手を携えて歩いていくなどという、どこかの物語のようなことは現実には簡単には起きない。
そのことを如実に表すような、親切の裏側にある算段。
これから得られそうな大きな利に薄く笑みを浮かべたグワラニーのもとに、少女といえる年頃の娘とその祖父が少しだけ険しい表情でやってくる。
そして、少女はグワラニーに告げる。
「グワラニー様。とてつもなく大きな魔力を持った者たちが接近してきます」
むろん少女の声からそれはかなり危険であることは理解した。
だが、その対策を立てるにしても、まずその力がどの程度のものかを知らなければならない。
「具体的にどの程度……魔術師長の基準は……」
「私より間違いなく上だな。デルフィンと同等と考えたほうがいい」
「それは一大事……」
笑顔でそう言ったものの、実際のところグワラニーは焦っていた。
デルフィンと同等の魔術師はアリスト・ブリターニャと勇者チームのもうひとりの魔術師のみ。
つまり、勇者以外が相手なら自分たちは常に勝者。
それを基本にすべてを計画し動いてきた。
だが、今の言葉はその基礎はすべて瓦解したのだ。
……なにが勇者チームふたり以外には我々の上に行く者はいないだ。
……根拠もない自信とはこのことだ。
……自信過剰。愚か者の代表。
……だが、不名誉な称号はいくらでも受けるが……。
……ここは安全第一。
……大きな損害を出す前に撤退しなければならない。
「落ち着け。グワラニー殿」
あきらかな動揺する様子が読み取れたのだろう。
苦笑いしながら、老魔術師はグワラニーに声をかける。
「たしかに強力な魔力を持った者が近づいてきているのは間違いない。だが……」
「その集団は我々の後方から来ているのだ」
「迂回してきたと?」
「まあ、そう考えられなくものないが、転移避けが張られていない裏街道を延々と歩いてくるのか?マジャーラ人が」
「やって来る者たちはこの辺が不案内。そうでなければ転移魔法を使ってくるだろう。そうでなくても、はるか遠くからこれだけ魔力を垂れ流しているのだ。これはまちがいなく先制攻撃しないという意思表示だろう」
「そうなると、考えられるのは初めて会う者ではなく、見知った者という可能性が高い。つまり、これからやってくるのはプロエルメルで顔合わせをした者たちだろう」
「ということは勇者一行?」
「十中八九間違いない」
老魔術師は、覚えたての異世界からやって表現を使い、状況を説明した。
たしかに魔術師長の言葉は筋が通っている。
だが、それが絶対かどうかといえば違う。
先ほどの反省を忘れていないグワラニーはその言葉に頷きながらも、バイア、タルファ、アライランジア、フェヘイラ、さらにウベラバを呼び寄せる。
そして、告げる。
敵らしき者たちの接近を。
「ちなみに敵と思われる相手とは?」
「勇者である可能性が高い」
「勇者?」
アライランジアとフェヘイラ、ウベラバはその言葉とともに緊張と興奮で顔に赤みが帯びていく。
「戦うのか?」
「最悪は。だから、臨戦態勢に。ただし、困った者たちを助けにやってきながら、行き違いだけで戦闘になるのは避けたいという思いはある。こちらの防御魔法を最大にしたうえで、アンドラーシュ殿に話をつけてもらうつもりだ」
「だが、それは相手がマジャーラの場合だろう。勇者の場合はどうする?」
アライランジアからの問いにグワラニーが答えた直後にウベラバからやって来た新たな問い。
例の一件を知らない彼にとっての選択は戦闘に入るか撤退のふたつにひとつ。
さすがにここから全員が無事逃げ出すのは難しい。
となれば、戦闘となるわけなのだが……。
「グワラニー殿。少し兵を貸していただきたい」
「そうすれば、グワラニー殿たちが逃げる時間を稼いで見せる」
そう。
続いてやってきたウベラバの提案は、自身を人身御供に差し出し、その間にグワラニーを退避させるというもの。
だが、相手がそれを涙ながらに受け取るかといえば、違う。
「異なことを言う。ウベラバ将軍」
「それはいったいどのようなことか?」
自己犠牲の精神を美化せず、それどころか「奴隷根性の集大成」、「自己陶酔の極致」とこき下ろし、このような行為を特に嫌うグワラニーは当然拒否する。
グワラニーはわざとらしく首傾げながら問い質すと、ウベラバはこれまで溜まっていたものを言葉にして吐き出す。
「私は死ななければならない身なのだ。そして、ようやくやってきたその機会。是非お願いする。やらせてくれ」
その短い言葉が意味することをグワラニーはすぐに察した。
ベンティーユ砦開城とその後の渓谷内の戦いの責任。
薄々は気づいてはいたが、その棘の痛みはこれほどのものとは思わなかった。
……だが、これだけの人材をそんなつまらないことですり潰すなどありえぬ話だ。
グワラニーが口を開く。
「すべてを理解した。ウベラバ将軍。だが……」
「兵を貸すわけにはいかない。彼らは私の大事な部下なのだから。それに……」
「こと勇者が相手というのなら、堂々と渡り合い、一兵も欠けず全員が家に帰ることができる策がある。だから、ウベラバ将軍のその神聖な気持ちは私が預かり、別の機会に利用させてもらう」
そう言うと、グワラニーは笑う。
もちろん今の言葉でウベラバは納得したとは思っていない。
だが、時間のないグワラニー構っていられない。
ウベラベの表情の変化を確認しないままゆっくりと歩きだす。
「では、やってくる方々を迎えに行きましょうか」
「アンドラーシュ殿。同行を願う」
もちろんすでにバイアから相手がマジャーラ人だった場合には説得するように頼まれていたアンドラーシュは大きく頷く。
「あとは、魔術師長と副魔術師長、それからタルファ将軍とウベラバ将軍に同行をお願いする」
「バイアは私が離れている間の全体の指揮をお願いする。アライランジア将軍、フェヘイラ将軍は彼の補佐を頼む」
「夫人は?」
老魔術師からやってきた言葉はもちろん同行させるべきという意味合いが強く滲んでいる。
「……そうですね……」
グワラニーは曖昧な言葉とともにその場にいる者たちを眺める。
もちろん彼女のことをよく知らないウベラバ、アンドラーシュは否定的な表情をするものの、残りはすべて是、つまり同行させるべきというもの。
万が一の場合、残してきた子のためにも両親が消える事態を避けたいという思いはあるが、彼女の家族よりこの軍全体の利を優先させるならば、多くのカードを持つ彼女を同行させるべきなのは明白。
……やむを得ない。
大きく息を吐いたグワラニーは最後につけ加える。
「アリシアさんにも同行願います」
それからコリチーバが指揮する十三名の護衛隊とともに相手がやってくる方向へグワラニーは進む。
やがて……。
「もう目の前です」
デルフィンの言葉とともに、グワラニーたちの視界に入ってきたのは五人の男女。
もちろん護衛隊はすぐさま抜剣するものの、相手を確認したコリチーバに叱責され、剣を収めるという妙な光景が起こる。
当然ながら、護衛隊に囲まれた七人の中でも同様の事態が起こる。
「……勇者」
タルファの口から漏れ出した言葉を聞いたウベラバは即座に剣に手を掛けるものの、タルファがそれを抑える。
「彼らであればすぐには何も起きない」
「いやいや、それはありえんだろう」
タルファの言葉を信じられずそう言ったウベラバだったが、次の瞬間、目を疑うような光景が展開される。
グワラニーと勇者チームの最年長の男が歩み寄り、笑顔で言葉を交わす。
「どういうことだ?」
「まあ、簡単に言ってしまえば、つい最近我々は勇者と顔を合わせていたのです」
「そして、グワラニー殿は剣も魔法も使わず、勇者を撃退した。おそらく今回もそれを狙っているのでしょう」
もちろんその男がブリターニャ王国の王族のひとりアントニー・バーラストンというところまではグワラニーが王へ報告しているのだから、口にしてもいいのだが、それはあくまでグワラニー自身が語るものと考えているタルファは何も言わない。
当然情報はゼロに近いわけなのだが、魔族を狩ることを自分たちの生業としているはずの剣士たちも抜きかけた剣を収めたあとはふたりの会話をぼんやりと眺めているのだから、タルファの言葉は事実なのだろう。
いや。
ウベラバは気づく。
三人の剣士たちはあからさまに煽りの表情を浮かべている。
それはあきらかな誘い。
それを蹴り飛ばしたウベラバは緊張しながらもその様子を眺めることになる。
それはもちろんもうひとりの部外者役であるアンドラーシュも同じ。
最低限の情報だけで状況を理解できるはずもなく、何が起こっているかわからぬままただ眺めているだけであった。




