思わぬ出会い Ⅰ
だが、アリストの予想に反してマジャーラ領に入っても出迎えの者はまったく姿を見せない。
もちろんそれは裏口から入国する者にとって都合の良いことであったのだが、アリストの表情はなぜか冴えない。
「どうした?」
アリストの表情に気づきそう反応したのはブランだった。
「これだけ奥に入って来たのに襲撃がないというのは……」
「いいではないか」
「まあ、それはそうなのですが……」
そう曖昧な答えを返したアリストはブランを微妙な表情で眺める。
剣を振り回したいという気持ちは一番強いはずのブランにしては珍しいことを言うものだ。
アリストが口から出かかった皮肉の言葉を止めたのは、ブランの意図が読めたからだ。
敵ということであれば遠慮なく叩くが、今回は救援する相手。
誤解に基づいて戦いが始まり、助けるはずの相手を斬るのは本意ではない。
……たしかにそのとおりです。
……ですが、そうなると……。
さらにもう一歩深みに入ったところで笑みが完全に消えたアリストが口を開く。
「本来自らの縄張りに不法に入って来た者は誰彼構わず襲うというのが山賊。もちろん知恵をつけた者たちであれば襲う相手を選ぶ。ですが、少なくてもその相手がどういう者かくらいの確認はするでしょう」
「ファーブ。マジャーラの方々の気配を感じますか?」
「いや。まったくいない」
ファーブの答えに頷き、そして、こう応じる。
「魔力反応もありません」
「つまり、彼らにとって侵入者の排除など後回しにしなければならない事態になっているということです。急ぎましょう」
その言葉とともに歩みの速度を速める。
そして、それからさらに奥へと進んだところで事態が動く。
「……アリスト」
「フィーネも感じましたか?」
「当然でしょう。ですが……」
「この先にいるのはとんでもないくらいに巨大な魔法の使い手です」
「そうですね。私やあなたと同程度ですね。間違いなく」
「まさかそのような魔術師がマジャーラにいるとは思いませんでした」
「まったくです。そういうことで、こちらも最高級の警戒をしなければなりません」
いつもとはやや陣形を変え、三人の剣士が前衛、続いて防御魔法を展開するアリスト、最後尾に剣を抜いたフィーネの順に進む。
「魔力からもう目の前です」
「しかも、相手も近づいてきています」
「まもなく接敵します」
アリストのその声の直後、藪の中からその集団が姿を現わす。
二十人。
そして……。
「やはりそうでしたか……」
「これだけの魔力をまき散らして歩く集団など、この世界にひとつしかないと思っていましたが、どうやらアタリだったようですね」
「ですが、まさかあなたがたがこんなところに現れているとは思っていませんでした。まあ、とりあえず歓迎します」
「ようこそ、マジャーラへ。勇者の方々」
「……アルディーシャ・グワラニー」
そう。
目の前に現れたのはグワラニー率いる魔族軍だった。
そして、アリストたちが感じていた巨大な魔力とはいうまでもなくグワラニー軍に属する少女とその祖父のもの。
つまり、魔力をまき散らしていたのはお互い様のいうことである。
ただし、敵がいる方向からその魔力を感じたため、マジャーラの誰かと認識したアリストたちと違い、反対方向からやってくる相手だったため、グワラニーたちが相手を特定しやすかったという違いはあったのだか。
まあ、そういうことで不幸な遭遇戦はなんとか回避されたわけなのだが、お互いに相手がなぜこの場にいることについては尋ねなければならないのは当然である。
「……私たちはセリフォスカストリツァに滞在していたところ大きな揺れを感じ、かの国の頂きに立つ方に依頼されここにやってきたのです」
アリストの、大幅に省略された事実に笑みひとつで応じたグワラニーが口を開く。
「ちなみに、あの国を動かす評議会とやらの長は少女と聞いておりますが、その少女からの依頼だということですか?」
「まあ、そういうところだ」
「それで、今度はこちらの問いにそちらが答える番だ。アルディーシャ・グワラニー。魔族がここにいる理由は何か?」
むろんそこには地震の混乱に乗じてマジャーラ領の侵攻を始めたのなら、それなりの対処をするという意味が含まれている。
……我々の行動を監視しているかのように現れるな。
……だが、今回はハズレだ。
そう皮肉を心の中で呟くと、グワラニーが口にしたのはもちろん真実。
「まあ、簡単にいえば、人助けですね」
人助け。
アリストにここにいる理由を問われたグワラニーはそう答えた。
だが、敵に対する説明ということであれば、それあまりにも簡素過ぎる。
たとえそれがどれだけ正しくても。
では、実際はどのような経緯で彼らがここにやってきたのか。
それを正しく説明するには時間を地震発生直後まで巻き戻す必要がある。