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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十六章 交差するふたつの道

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地揺れ

 一国の王子と大海賊の会談という歴史的出来事があった数日後、三人の大海賊が海へと消える。

 そのうちのふたつの長と良好な関係を結べたアリストにとってセリフォスカストリツァ滞在は十分満足できるものだったのだが、短期間に多くの情報を手に入れ過ぎてしまったのも事実。

 アリストはどこか落ち着いた場所でそれらを整理したかった。


「ここはやはりラフギールに戻るべきでしょうか……」


 誰に対してかわからぬその言葉を口にしたのにはそういう理由があった。

 もちろんそうなれば年下の少女にこき使われる過酷な日々が再開されることになるファーブたち三人は猛烈な反対をしたわけなのだが、如何せんサイフを持つアリストの言葉は絶対である。

 渋々承知する。

 帰りたくない三人はフィーネの反対に期待したわけなのだが、彼女もラフギールへの帰還に異論を唱える理由がなかったこともあり、アリストの言葉は無事承諾される運びとなり、三日後帰国の途に就くことが決まる。

 そして、土産も買い込み、いよいよ明日は出発というところでそれは起こる。


 地揺れ。


 別の世界で言う地震である。

 しかも、それはこの世界で起こったものとしては十分に大きい。


 もちろん自然現象である地震はこちらの世界でも起きる。

 そして、実を言えば、こちらの世界で起きる地震の多くは、元日本人であるフィーネやアドニアにとっては驚くほど大きなものではない。

 だが、それでも少し大きな地震が起こった場合、とてつもない被害が発生するのはひとえに建物の地震対策が成されていないためである。

 そういう点でいえば、アリターナにある一部の古い建物が常に完璧な状態で残るのは、その建築者の耐震設計が最高レベルにあったということを示すものであろう。


 さらに、これは大いなる皮肉になるのだが、この世界は高層建築の技術が驚くほど進んでいなかった。

 どこの国においても住居とする場合、その建物は平屋が中心で、高くても二階までとなる。

 つまり、城壁や物見櫓のような内部空間がほとんどないものを除けば、別の世界の物語に登場する見栄えの良い高層建物はこの世界には存在しなかったのである。

 建物が倒壊しても、それに比して人的被害が意外に少ないのはそのためだった。


 ただし、防ぎようがないものもある。


 津波と土砂崩れである。


 セリフォスカストリツァに滞在していた勇者一行の中で地震とその後に起こるものの怖さを一番知る者であるフィーネは揺れが始まった直後、宿の外に飛び出し、海を眺めた。

 もちろん彼女たちはいざとなれば転移魔法で安全な場所に避難することができるわけなのだが、そのような手立てがないこの町の大部分の者に高台に上がるように声をかけるべきか。

 そう思った瞬間、町中のものと思われるくらいにあちらこちらから鐘の音が鳴り響く。

 それとともに、老若男女問わず動き出す。

 そして、高台を目指して走り出す。


「どうしたのでしょうか?」


 多くのことを知るアリストであったが、津波の恐怖というものは知識の倉庫には納められていなかったらしく、その様子をぼんやりと眺めるだけであった。

 もちろん脳筋三人組も。

 それに応えるようにフィーネはこう呟いた。


「……おそらく地揺れ後にやってくる大波への警戒でしょう」


 ちなみに、この世界には津波をダイレクトに示す言葉がない。


「何もなさそうですが……」

「今はそうです。ですが……」


「その波は地揺れの最中に来ることもあれば、忘れた頃にやってくることもあるらしいです。そして、それが見えてからやってくるまでは一瞬。ですから、何もないうちから逃げておくべきなのです」


 フィーネの声には苦みの成分が大量に含まれていたのは、いくつかについては自身も体験し、さらにその被災地に赴いた経験があるからだ。

 彼女の苦みを帯びた言葉は続く。


「実際にその場にいたわけではありませんがそれが終わった後の様子は見たことがあります。そして、その恐ろしさも知っています」


「その私から見て、ここでおこなわれていることすべてが非常に適切といえます。おそらく体験したことがあるのでしょう。そうでもなければ……」


 守銭奴といわれるこの国の人間が着の身着のままで逃げることなどありえないでしょうから。


 フィーネは心の中でそう呟く。


「アリスト。ひとつ提案があります」


 一瞬後、フィーネが口にしたこと。

 それは……。


 この地震の被害確認と救援。


 そのためにラフギールへ戻ることをしばらく延期すべき。


「……私は構いませんが……」


 フィーネの言葉を聞き終えたアリストは少々ものを言いたそうな表情のままでファーブに視線を送ると、ファーブからはその男にふさわしい言葉が返ってくる。


「俺たちもそれについて異存はない。人助けをせずラフギールに戻っては逃げたという誹りを受けても返す言葉がないからな」


「だが……」


「その申し出はどうもフィーネらしくないな……イダっ」


 余計なひとことを加えたため軽くお仕置きをされたファーブだったが、実をいえば、フィーネ本人を除けば、それは全員一致の思いであった。

 なにしろそれまで人助けについて一番不熱心だったのがフィーネだったのだから。


 もしかして、これまでのおこないを悔い改めたのか?


 ファーブに対するお仕置きを見て、慌てて口元まで出かかっていたその言葉を喉の奥まで押し込んだブランの心の声もまた四人分の異口同音である。

 一瞬後、フィーネが口を開く。


「まあ、自分たちで出来ることまで押し付けられるのは迷惑ではありますが、地揺れの被害というのは大規模かつ広範囲です。そして、このようなときに為政者が考える復旧の優先順位というのは……」


「まずは自身や利益共有者に関わるもの。続いて、公的施設。被害の状況に関わらず彼らに利益を供しない弱き者たちに救いの手を伸ばすのは最後の最後となります」


「ですが、それでは遅いのです。なぜなら助かる命も助からなくなるから」


「最初の二日。ここが重要なのです。こういうときこそ動くべきなのです」

「わかりました」


 珍しいフィーネの熱弁にそう応じたアリストが言葉を続ける。


「そういうことなら、まずは情報収集ですね。ということは、向かうべきは……」


 ウーラノス。

 別名「守銭奴国家」である商人たちの国アグリニオンであっても、そこに集まる者たちが話し合うことが常に金儲けの算段というわけでない。

 国家運営に関する事案も処理している。

 だが、当然ながら、決定はできても運営まで彼らだけでできるわけでない。

 その下には多数の役人が働いている。

 まあ、役人になるのは商才がない者というのがこの国の常識になっているのは事実ではあるのだが、それでも有能な者が揃っているということもこれまた事実である。


 港町。

 それから過去に何度も地震に見舞われ、何度か大波によって町が破壊された経験があるこの国のため、すでに役人たちによって相応の警戒システムが構築されていた。


 そこに新たな対策を加えたのは最近その国のトップに立ったアドニア・カラブリタという名の少女だった。


 大きな揺れを感じたときは高台に逃げる。

 これはこの国に住む者の義務である。


 彼女の言葉はさらに続く。


「たとえ大きな損害が出ようが、人が生きていればいくらでも立て直せる。我が国にとって最も重要なのは金貨でもなく品物でもなく人材なのですから」


 その彼女が打ち出した手のひとつが、例の鐘となる。

 さらに、この鐘によって家人が逃げ出した隙を狙ってよからぬことをおこなった者は金額に関わらず死罪というオマケもつけたのだが、少女が決めたそのお触れが出た直後、多くの商人が自宅を高台に移したのはいうまでもないことだろう。


 少女が打ち出した地揺れ対策はそれだけではない。


 狭いと言っても、アグリニオン国の国土がセリフォスカストリツァと同一というわけではない。

 そして、限られた時間で対策を立てるためにはまず各地の情報を手に入れる必要がある。

 ありがたいことに多くの場所からウーラノスへ情報を伝えるシステムはすでに確立していた。

 つまり、あとはその地震についての情報になるわけなのだが、そのために彼女は統一した揺れの大きさを地震計、と言っても、非常に簡易的なものではあるが、とにかく地震計を考案し設置した。


 そして、今回初めて活用することになったその地震計によって揺れが大きかったのは北部。

 つまり、マジャーラの国境地帯。


 山岳地帯であることを考えれば、マジャーラでは大規模な土砂崩れが起きているかもしれない。


 アリストたちが姿を現わしたのは、少女が情報を手に心の中でそう呟いているときだった。


「お取込み中のところすいません」

「いえいえ。お怪我がなくてなによりです。アリスト王子」


 薄っぺらいがこのような場には絶対に必要な挨拶に続いたのはもちろんこの世界では地揺れと呼ばれている地震に関わるものだった。


「……つまり、今回の地揺れは北部の方が強かったと?」

「ええ」

「大波は?」

「大丈夫だと判断して、港に戻ることを許しました」

「それはよかった」


 そう言ったアリストはフィーネに目をやると、相手も小さく頷く。


「この辺でもあれだけ揺れたということは北部の方は相当だったでしょうね」

「建物がかなり崩れたとのこと。まあ、ありがたいことに死者までは出なかったようですが。ただし、それは我が国での話であって、マジャーラも大丈夫かはなんとも……」


「なにしろあの国は山沿いに集落があります。山崩れがあった場合は厳しいと思われます」

「なるほど。手助けは?」

「何かあれば。と言っても、我が国には他国を手助けするほど人員に余裕がありませんので、資金面でということになるのでしょうが」

「わかりました。そういうことであれば、私たちがかの国に行って状況を確認してきましょう」


「五人では手助けなどできませんが、状況確認程度はできますので」

「ですが……」

「ご心配なく。いざとなれば逃げだす算段は出来ていますから」


 転移魔法。


 アリストの言葉の意味を理解したアドニアは小さく頷く。


 それから、まもなく。


「さて、これから出かけるわけなのですが……」


「私たちの知るマジャーラについては街道沿いのものだけで、山間部については立ち入りが規制されていたためどのような場所かさえ知りません」


「それにそのような場所に立ち入った場合、相手は私たちがどさくさ紛れにやってきた間者と認識する可能性も高い。不本意な戦闘になり助けるつもりの相手を斬る可能性も十分あり得ますが……」


「ですが、踏み入らなければ詳細はわからない。そもそもこのようなときには正式な方法で入国などできるはずがありません。ということで、山賊街道を使いましょう」


 裏ルートから入れば、立ち入り困難地域にも比較的容易に踏み込むことができるはず。


 そう言外の言葉で提案したアリストは全員を見る。


「いいでしょう」


 まずフィーネが賛成し、続いて残る三人も同意を言葉を述べ、勇者一行は少し前、地元の業者たちに多大な迷惑をかけた山賊街道へからマジャーラへ向かうことになった。




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