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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十五章 重なり合う光たち
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王子と海賊 Ⅰ

 それから数日後。

 この日も、ユラの御座船上では化け物じみた強さを見せる三人の若者と海賊たちとの模擬戦がおこなわれ、しばらく戦闘には加われない海賊たちが量産されていた。

 弾切れとなり今日の模擬戦もそろそろ終了というところで見張り兵がユラに向かって大声を上げる。


 水平線の彼方から新たな船団が姿を現わしたと。


 途端に船内に緊張が走る。

 むろんこれだけはっきりと自身の存在をあきらかにしているのだ。

 大海賊と知って攻撃してくる者はそうはいない。

 だが、そうであっても絶対はない。

 たとえばどこかの海軍であれば、それは十分に考えられるのだから。


「旗の確認を」

「……吊るされた罪人と抉り出された心臓の黒旗」

「コパンか」


 そう。

 姿を現わした四十隻の船団は、砂糖とラム酒を売り、小麦をはじめとした食料を手に入れるためにやってきたアレクシス・コパン率いる「慈悲なき大海賊コパン」だった。


「三人の大海賊が時を同じくしてこちら側の港に入るとは珍しいことです」


 その珍しい光景をつくった一因であるその女性はそう言って薄い笑みを浮かべる。

 そして、呟く。


「せっかくです。コパンに恩を売ってあげることにしましょうか」


 ユラはその旗を掲げる大船団から視線を動かした先にいるのは側近の男だった。


「アリスト王子に使いを」


「会わせたい者がいるから私の船に来るようにと」


 もちろんユラの言葉は信号旗によってコパンにも伝えられる。

 だが……。


「……ユラの船から信号旗が上がっているだと?」


 御座船「ラーウィック」の船上でアレクシス・コパンはそう呟く。


「あの女が連絡を寄こすときはろくなことが起きない。だから、本来であれば無視したいところだが……」


「……港に入れば嫌でも顔を合わせなければならない。ここは仕方がないか」


「ユラは何と言ってきた?」


 誰に話しているのかわからない言葉を口にしたコパンは隣に立つ側近兼相談役でコパンの父親アシュリー・コパンがこの海賊集団の長の時代にブリターニャ王国の男爵位を捨てて海賊に転じたブラッド・ウォルスに視線を送ると、元貴族、しかも老人と言われる域に達しているとは思えぬ容貌のその男が口を開く。


「話があるからすぐに来るようにと」

「くそっ」


 やってきたその言葉に海賊らしい反応をしたコパンが、怒りの隠さぬまま言葉を続ける。


「用があるならそっちから来いと……」

「それはだめです」


「ユラ様は女性。そのような失礼な行為は許されません」


 自らの指示を遮った老人をコパンが睨む。


「それは外見だけだろう」

「そうであってもです」


 言いたいことはある。

 そして、自分こそがこの組織の長。

 だが、この老人はこのようなことに関しては一歩も引かぬことを知っているコパンは一瞬の数十倍の時間をかけて自らを納得させると口を開く。


「わかった。では、準備を……」


 コパンが不本意な妥協をしてから、まもなく。


 相談役のブラッド・ウォルス、護衛隊のアルフ・スケルドとブラッドリー・スカロウエイのふたり、それから魔術師長アリスター・ウエザイウンドとともにユラの御座船「ベル」に姿を現わしたコパンを見たブランは隣の兄に耳打ちする。


「……兄貴。俺はサイレンセストで奴と同じような身なりをしたろくでもない貴族を山ほど見た」


「断言する。奴もろくでもない男だ」

「まあ、海賊だから、世間一般にはろくでもないということになるだろうな」

「そうだな。それで、兄貴……」


「奴はなぜあんな格好をしているのだ?」

「知らん」


 ふたりはコパンについてなにひとつ知らないのだから仕方がないのだが、とりあえずその身なりを的確な言葉で表現しておけば、間違いなく「貴族趣味」の極み。

 少なくても海賊が纏うものではないとは言える。

 ただし、コパンはここまでではないものの、普段からそれらしいものを身に纏っており、その身なりで戦斧や大剣を振り回す様子は、それはそれで迫力のあるものといえる。

 まあ、他の大海賊からは評判が悪く、「悪趣味」等々散々こき下ろされてはいるのだが。


「来たぞ。ユラ」

「見ればわかります」


 親愛の情が一ミリグラムも存在しないその挨拶に続くのは、当然コパンの問いの言葉となる。


「こうして呼びつけたのだから、私にとって相応の利があるものなのだろうな」

「もちろん」


 不機嫌の見本のようなコパンに対して、上機嫌そのものであるユラはそう答えたところで動かした視線の先にいたのはブリターニャの元貴族だった。


「ブラッド・ウォルス。今、あなたに縁のある者がセリフォスカストリツァに滞在しています」


「そして、アレクシス・コパン。その人物はあなたにも関係が深い」


「もったいぶるな。いったい誰がこの地にやってきているというのだ?」


「アリスト・ブリターニャ。現ブリターニャ王カーセル・ブリターニャの長子で、第一王子」


「どう?」


 その言葉とともに勝ち誇ったような表情を見せる女性を胡散臭そうなものを見るような視線で眺め終わると、コパンが口を開く。


「……ユラ」


「一応尋ねる。その者が本物のアリスト・ブリターニャだと確認したのか?」

「当然でしょう」


 コパンのそれはあきらかに疑わしさ満載であり、普段のユラからそれだけで怒り狂っているところなのだが、今日のユラはなぜか上機嫌さをまったく崩さない。

 そして、笑顔のまま言葉を続ける。


「ついでにいえば、私はアリスト王子と懇意にしている」

「はあ?」


 ブリターニャの第一王子が貴様ごときの懇意になるはずがないだろう。


 もはや言葉とも呼べないような短い声からはそのような心の声が滲み出していた。

 だが、それこそがユラが望んでいたもの。

 黒い笑みを浮かべたユラは言葉を続ける。


「まあ、どうしてもというのなら、自身で評議会に行ってカラブリタ嬢に確認すればいい。ですが、とりあえず言っておけば……」


「現在アリスト王子の護衛を務める三人の剣士が私の船に乗り込んでいる」

「拉致してきたのか?」

「失礼な。招待したのよ。ちなみに、彼らは非常に強い。わずか三日の模擬戦で三隻分の私の部下が潰されたのだから」

「おまえの部下がやられた?」

「嘘だと思うのなら、あなた自身が模擬戦で試してみたらどう?」


 あきらかな挑発。

 そして、ここまで言われてはもう引き下がるわけにはいかない。


「いいだろう。だが、まずは本筋のほうだ」


 後に控えるアルフ・スケルドとブラッドリー・スカロウエイに目をやったあとにコパンはユラを眺め直す。


「それで……」

「王子はすでに呼んである。だから、あなたは何もせずここで待っていればそのうち会えるわよ」


「それは手際のよいことで……」


 すべてが不機嫌の元と言わんばかりの表情をしたコパンが言葉を続ける。


「では、それまでの余興として、おまえの言うその強い護衛とやらの力を見せてもらうことにしようか」


「スケルド」


 その言葉とともにコパンの背後から屈強という言葉が似合う男ひとり前に進み出る。


「さて、このスケルドに叩きのめされる哀れな相手はどこにいる?」

「ここだ」


 その声とともにユラの部下たちの森を分け入るように姿を現わしたのはファーブだった。


「もっとも、叩きのめされるのはおまえだが……」


「……ふっ。言ってくれるな」


 ファーブを眺めると、渡された木製の斧をクルクルと回しながら、スケルドはあきらかな嘲りを込めた笑みを浮かべる。

 そして、周辺を取り巻くユラの部下たちに視線をやり、ごく小さな声で呟く。


「こんな子供に負けたとは情けないかぎり」


 だが、それからまもなく右手の甲を砕かれたスケルドの喉元に木製の斧が突き付けられていた。


「まだやるか?」


 ファーブの問いに、痛みを堪えながらスケルドが口をひらく。


「い、いや。もういい。私の負けだ」


 もちろん御前試合、そして、始まる前の大言壮語を考えれば、負けたなどとは言いたくはないが、ここで負けを認めなければ、すぐさま渾身の一撃を食らう。

 そうなれば、早期復帰どころか、永遠に戻れないことだって考えられる。

 これが模擬戦であることを考えれば勝負が決まったところで引くべき。


 一瞬より長い時間をかけて考えた結果である。


 だが、主に恥を掻かせたのは事実。

 スケルドはコパンの方に顔を向け申しわけなさそうに謝罪の意を伝えるが、コパンは手を振ってそれをやんわりと謝絶する。


 もちろん怒りがないわけではない。

 だが、油断したわけでも、大きな失策を犯したわけでもないにもかかわらず、これだけ一方的な結果になるというのは、彼我に力の差があった以外にない。

 そう認めなければならないことをコパンも理解したのだ。


 自嘲気味の笑みを浮かべて若者を眺めたコパンが口を開く。


「……なるほど。三隻分の部下を潰されたというのは本当のようだな」


「これだけの猛者を護衛にしているのであればたしかに本物の王子の可能性はある」


 その言葉とともに、コパンは、自らの護衛、そのひとりを戦闘不能にした若者からユラへ視線を移動させたところで、さらに言葉を続ける。


「それで……」


「その強い護衛がついた王子はいつやってくるのだ?」

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