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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十五章 重なり合う光たち

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海賊船に乗り込んだ勇者

 セリフォスカストリツァの沖合に停泊する一隻の船。

 黒塗りの船体。

 その側舷にはその大海賊の御座船を示す白く縁取りされた赤い線。

 そして、船体の中央に伸びる帆柱に掲げられた「金糸で縁取りされた赤色の旗に黒い人魚」が描かれた旗。

 通称「血色の旗」。

 「麗しき大海賊」ユラの長ジェセリア・ユラが乗る「ベル」である。


 その船上に海賊とはやや趣を異とする者たちがいた。

 といっても、体格等々については本物中の本物の海賊であるユラの部下たちと比べても全く見劣りしない。

 そして、そこでおこなわれていた模擬戦に至っては本職たちを圧倒していた。

 彼らの八人目の相手となる海賊が所謂「病院送り」になったところで、その様子を苦々しく眺めていた男が呻く。


「……何ですか?このガキどもは」

「アリスト王子の護衛です、出港まで預かってくれと頼まれたのです。ですが……」


「これだけの腕があるなら、そのまま彼らを雇いたいですね」


 本気で襲いかかるユラの部下たちを、師範が弟子たちに稽古をつけるかのように次から次へと叩きのめしていく三人を眺めて唖然とした側近のひとりベンセスラス・スピリトゥスから漏れ出した言葉に彼の隣に立って同じ光景を眺める彼の上司はそう答えた。

 だが……。


 実を言えば、冷静を装いながらもユラ自身も驚いていた。

 三人の剣技を。


「……さすが、たった三人でブリターニャの第一王子の護衛を務めるだけのことはあります。しかも、あの様子ではまだ本気ではない。ですが、とりあえずこのままやられたままで終わりというわけにはいきません。大海賊のひとりとしては」


「ウリセス、ヴィヴィアン、ヴァレリー」


 ユラは自船の戦闘部隊の隊長三人の名を呼ぶ。


「この前の酒場も含めて仲間がこれだけやられているのです」


「必ず倒し私たちの強さをあのガキどもの心に刻み込んできなさい」


「お任せあれ」


 ウリセス。

 正しくはウリセス・マカラボンバ。

 三十一歳の赤毛のこの男は「ベル」の第一戦闘団団長である。


 ヴィヴィアン。

 ヴィヴィアン・バナオ。

 「ベル」の第二戦闘団団長である二十九歳で三人の妻を持ち五人の子供の父親でもある。


 ヴァレリー。

 ヴァレリー・ハロヌ。

 「ベル」の第三戦闘団団長で、実戦部隊を率いる指揮官クラスではもっとも戦歴が長い三十九歳。


 彼ら三人に船の警護隊長も務める「ベル」の第四戦闘団団長ジェッセニア・アブレウスを含めた四人が戦闘時の指揮官を務める。


 ちなみに、先日ファーブたちと喧嘩になった者のなかにはバナオの部下たちが混ざり、模擬戦で醜態を晒したのはすべてマカラボンバの部下たちである。

 そうなれば当然……。


「こいつは俺の獲物だ」


 ファーブを指さしたのはバナオ。

 そして……。


「では、俺はこっちの」

「いいだろう。残りは俺がやる」


 ということで、バナオ対ファーブ、マカラボンバ対ブラン、ハロヌ対マロと対戦カードがあっさりと決まる。


 いわゆる決闘と同類である一対一での戦いにおいては、決闘時における暗黙の了解事項のいくつかが有効とされる。

 たとえそれが模擬戦であっても。


 そのひとつが最初の一撃は本気を出さないというもの。


 だが、ここは海賊の縄張り。

 そのような儀礼などお構いなし。

 バナオの斧は開始直後の一撃で相手を仕留めようとやってきた。

 だが、それはそのような礼儀に疎いファーブにとっても望むところ。


 バナオの一撃を受けきったファーブはニヤリと笑う。


「……さすが一部隊を率いる者だけのことはあるな」


「だが……」


「この程度では俺たちは倒せない」


「今度はこちらの番だ」


 その言葉とともにファーブが握る斧が木製のものとは思えぬ唸りを上げ、バナオの右手の甲を直撃する。

 鈍い音とともにバナオの手から斧が落ちる。

 普段の模擬戦ならここで終了となるのだが、始まる前の申し合いで相手が負けたと認めるまでどれだけダメージを受けようが戦いは続くとされた。

 いかにも海賊のものらしいルールであるのだが、実をいえば、それは小生意気なファーブたちを叩きのめすために特別に設けられたもの。

 だが、そのルールが仇となる。

 バナオにとって。


 相手の武器を叩き落としたファーブの斧はすぐさま反転し、がら空きになった腹部に迫ってきたのである。


 もちろんファーブも多少の手加減をした。

 だが、所詮多少である。

 腹部への直撃を避けようとした左手を粉砕したファーブの斧はそのまま腹部に到達する。

 もちろんバナオは表現の不能な奇天烈な声を上げそのまま失神する。


 それはまさに一瞬のことであった。


「あのバナオが簡単にやられるとは……」


 スピリトゥスは呻く。

 そして、同僚を倒した相手を睨みつける。

 だが……。

  

「使っていた斧が本物であれば体は二つになっていたわけなのですから、木製の斧でやっていたことをヴィヴィアンは感謝すべきでしょう」


 ユラはそう言ってスピリトゥスの口から出かかったクレームを瞬殺し、もう一度部下を軽々と倒した若者に目をやる。


「それにしても……」


「それにしても強い」


「……あのファーブというガキの強さは尋常ではない。そして、先ほどの様子では残りふたりも、そう変わらぬ力を持っている」


「……もしかして、噂に聞く勇者とはアリスト王子たちのことでは?」


 チェルトーザ、そして、カラブリタに続き、ユラはその疑いを持ち始める。


「……まあ、それを確認するのは後にして……」


「予定は変更するしかありませんね」


 そう心の中で呟き、ユラは苦笑した。


 その直後に発せられたユラの鶴の一声によって急遽ルールを変更し、審判にあたる者を立たせて再開された残るふたつの勝負だったが、結果は何ら変わらぬものとなる。

 ブランと戦ったウリセスは、自らの斧を叩き落とされた直後、反転してきたブランの斧が右肩にめり込む。

 むろん肩の骨は砕ける。

 最後のハロヌに至ってはマロの強烈な一撃を防ごうとして叶わず盛大に吹き飛ばされてしまう。


「ブリターニャの海軍の連中がこれを見ていたら、即座に勧誘に来るでしょう。高額の給金を約束して。まあ、それよりも魔族との戦いに苦慮している陸軍が勧誘するでしょうが」


「そうですね」


「彼らなら……」


 そこまで口にしたところで、ユラの心に重要な疑問を浮かぶ。


「……たしかにこの三人は強い。どこの海軍相手でも負けたことがないウリセスたちをまったく寄せ付けないこの強さであれば、野盗や山賊はもちろん、各国の兵でも相当数を揃えなければ相手にならない。まさに王子の護衛にふさわしいといえます」


「……ですが………その彼らをこんなところに放り出しておいてよいのですか?もちろんアグリニオンの治安は安定しています。ですが、それでも完全ではない。護衛が離れ、王子の近くに残っているのはあの小娘だけ」


「それはあの小娘にそれだけの才があるということを示しているともいえますが……」


「やはり……王子自身も魔術師ということなのでしょうか」


 そう呟き、ユラは三人の若者をもう一度眺めた。


 さて、その夜。


 三人の実戦指揮官を含む多くの者が諸事情により不参加となった船上での宴会。

 昼間の借りを夜に返そうとしたわけではなかったのだろうが、多くの海賊が三人の若者に酒を注ぐ。


 この酒は陸上で飲むような水の仲間とは違う。

 むろんユラ様の知り合いから預かった客人だから、酔わせて海に放り込むことはしないが、顔に恥ずかしい絵を描くぐらいはさせてもらう。


 下心ありありで次々に酒瓶を開ける。


 ちなみに彼らが注ぐ酒は御多分に漏れずラム酒。

 そして、この酒の発祥も砂糖と同じアレクシス・コパンの祖先となり、現在も彼の本拠地ラジト島とその隣のムヘーレス島がラム酒の一大産地であるわけなのだが、それが何を意味するかは言うまでもないだろう。

 ついでにいえば、大海賊コパンが発祥先とされるこのラム酒がそれまで発酵酒だけしか存在しなかったこの世界でも蒸留酒が普及していくきっかけになったのは有名な話である。


 長い余談が入ったが、そのラム酒を使ったそのあらたなる戦いの結末であるが、またしてもファーブたちの圧勝。


 といっても、多くの者と輪になって酒を飲むというこのような場に巡り合ったことがなかった三人は大いに盛り上がり、必要以上に返杯を繰り返していたため、結局海賊たちも三人とほぼ同量の酒を飲むはめにとなってしまい、ファーブたちが潰れる前に自分たちに限界が来てしまったというのがその真相。

 まあ、よくある話であるのだが、そういうことである。



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