閑話 大海賊になり損ねた王子の述懐
海賊業をおこなわないか?
大海賊ジェセリア・ユラからやってきたこの誘いについてアリストは後にこう述懐している。
「実をいえば、傍目から見る以上に、あれは私にとって魅力的な誘いだった」
「王族という身分が通用しない世界で自身の実力を試したいという気持ちはあります。それに、海賊という響きから想像するものとは違い、彼らは無法者ではない。さらに海の向こうにはどのようなものがあるか知りたいし、噂に聞く海賊たちがたむろする港町にも興味がありますから」
「それに……」
「八大海賊のひとつ、慈悲なき大海賊コパンには一度は会ってみたいという希望は以前からありました」
最後の言葉はもちろん、コパンの出自に関わるものに関係する。
彼の先祖は甥に殺されたことになっているが、実は自ら甥に王位を譲って退位し、南の島に移り住んだ悪名高き王の娘と恋に落ちた男であるのは、王位継承者だけが知らされている事実。
この辺の縛りは緩いのでアリストも知っているわけなのだが、現ブリターニャ王の子である彼としては、毎年送られてくる良質の砂糖の礼を述べるとともに、有名な祖先がどのような余生を送ったのか知りたいという希望はあったのだ。
残念ながら、彼には王位を捨ててでもやらなければならない義務と枷を自身に課していたためそれは実現しなかったのだが。
「まあ、海賊になる機会は二度とやってこないかもしれませんが、セリフォスカストリツァにやってくれば、大海賊の方々と会うことができる。話を聞く機会はあると思います」
「そういう意味からもこのとき大海賊のひとりジェセリア・ユラと顔見知りになれたのは大きかったといえるでしょう」