商人国家に現れた勇者
セリフォスカストリツァ。
そこに立ち入ることができるようになることが一流の証とされる海賊たちの社交場で、「すべてが揃う場所」、別名「すべてを奪う場所」アディーグラッドを除けば、この世界でもっとも活気あふれる港町の名である。
来訪者には「嫌がらせのためだけに存在する」と評判の悪く、「流れ者を見分けるために付けられた」という冗談が信じられるくらいに長く呼びにくいその名を持つアグリニオン国の港町に勇者一行が姿を現わしたのは数日前のことである。
もちろん勇者ではなく、「ブリターニャ王子とその愛人。それから護衛を兼ねた従者」として入国したのだか、「裏口からこっそり」という越境がほとんどである彼らにとってこれはこれでレアなことであった。
もちろんそうしたのには当然理由がある。
アリターナの某有力貴族が役人に手を回して瞬時につくらせた無期限の通行証。
それがその理由となる。
国境検問所で発行される国内の通行証は通常有効期限がある。
しかも、その発行料も高く、審査も厳しい。
だが、これがないと名ばかり宿屋以外には泊まることができないうえ、提示することにより官憲の査察時に逮捕されないという身の安全も買えるため大抵の旅行者は行列に並ぶ。
ついでに言っておけば、この通行証にはスペシャルなものが数種類存在する。
その代表となるものが、各国の王が他国の式典に参加する臣下たちのために発行するものである。
これを持参していると検査はほぼスルーとなり、すぐさま通行が許可される。
そして、そのスペシャルな通行証の中でも外国のVIPに発行される無期限の通行証はその上をいくスペシャル中のスペシャルなものであった。
これは他国の者に対しその人物の身分をその国が保証したものであるのだが、その国にどれだけ逗留しても問題ないというお墨付きが与えられる。
そして、それともに重要なのは、この通行証の保持者が越境する際に当事国も同様の便宜を図るという慣行であることであった。
そう。
これを手にすることでその者はどこでも不自由なく移動できるようになるのだが、そのスペシャルな通行証には更なる特典がある。
その人物が保証すれば同行者も自身と同様の特典が得られるのだ。
そのような特別な通行証発行に尽力したその有力貴族であるが、彼の特別な計らいはそれだけではなかった。
なんと王族用の豪華馬車を王宮から借りだし、アリターナとアグリニオンとの国境にある検問所の目の前まで送ってくれたのだ。
さすがにここまでされては、通行証を使用せざるを得ない。
「さすがにこのようなものでここまでやってきては逃げられませんね。もっとも目の前にある検問所を避けなければならないほど私は悪いことはしていませんが」
アリストは苦笑いしながらそう呟き、フィーネはその言葉に「そうですね。私も同じです」という言葉とともに大きく頷いたのだが、その直後、「ファーブたちと違って」という余計なひとことを口にして三人の年少者の頬を膨張させた。
ちなみに、疑われるような身分でもないアリストが、多くの場合、検問所を避けて国境を超えているのはなぜなのかといえば、ひとつにはその身分を隠したいという意図があったからだ。
もちろんVIP待遇を受けられるのはそれなりの利点ではあるものの、そのVIPが野盗の襲撃から宿屋のぼったくりまで大小各種とりあわせたトラブルに見舞われるという事態は受け入れ側の威信に傷がつく。
それを避けるため常に護衛兼見張りが彼らにへばりつく。
当然、そうなれば勇者としての仕事はできなくなる。
アリストにとってその状況は非常に困る。
さらにいえば、その肩書に伴う面倒ごとはそれ以外にも山ほどやってくる。
その代表は地元の有力者による大仰な歓迎。
もちろんこれも本業に差し障る。
つまり、身分を明かしてしまうと、勇者としての仕事をおこなうには百害あって一利なしである。
「まあ、こうなってしまったのですから、今回は純粋に視察と情報収集と割り切ればいいでしょう」
「それから、せっかく身分をあきらかにしたのです。それにふさわしい権限を行使することにしましょうか」
国境の両側でできた審査を待つ長い行列を横目に一瞬で国境を超えたところでアリストはそう呟いた。
当然ではあるが、VIPが正式な方法で入国すれば、その情報はアグリニオンの政治を司る者たちが集まる「ウーノラス」という別名を持つ評議会本部に伝わる。
もちろんアリストは非公式な訪問であり、観光目的であることを伝えてはいるが、やってきたことを聞いてしまっては放置するわけにはいかない。
その場にいる三十六人の評議員、その頂点に座する少女と言ってもいい若い女性が口を開く。
「間違いなくその男はブリターニャの第一王子アリスト・ブリターニャなのですか?なぜそこまで言い切れるのですか?」
報告にやってきた者は、その問いを肯定する検問所所長の言葉を伝える。
アリスト・ブリターニャと名乗るその男がアリターナ王国の有力貴族で「赤い悪魔」の創始者アントニオ・チェルトーザが保証人となっているアリターナ王国の通行証を持参していたと。
「……なるほど」
さすがにそれは信用せざるを得ない。
というより、それはつまりアリスト王子はチェルトーザと顔を合わせてきた証拠。
その少女アドニア・カラブリタは無言でサラサラとメモを書くと隣室に控える側近に渡すように秘書官に命じる。
一呼吸後、彼女は居並ぶ年長者たちの顔を眺める。
「非公式なものとはいえ、一国の王子が我が国にやってきたのです。何かあっては困りますので、それなりの警備がつけるべきでしょう」
「警備担当。それについては?」
「もちろんそこは抜かりなく」
「結構です」
戻ってきた言葉に満足するように少々の笑みを浮かべたアドニアはさらに言葉を続ける。
「セリフォスカストリツァに入ったところで、王子を捕まえ、いや、お招きして話を伺うことにしましょうか」
「非公式なものとはいえ一国の王子。しかも将来の王になるかもしれない方の話を聞くのは我々商人にとって利益になっても不利益になるものはありませんから」
彼女の言葉に全員が頷いた。
アドニアの言葉はさらに続く。
「ところで、アリスト王子は供を何人連れて来ていたのですか?」
「愛人の女性。それから護衛兼荷物持ちと思しき三人の若い剣士です」
「五人でやってきたと」
「はい」
「ちなみに……」
その言葉に続きアドニアが尋ねたのは、もちろんチェルトーザと同じもの。
そして、当然ながら、その結果も同じもの。
「……黒髪ですか」
アドニアは薄い笑みを浮かべながら呟いた。
もちろん、アドニア・カラブリタが商才に溢れた少女ということだけであれば、話はここで終わる。
もしかしたら、自身の美貌を武器に女好きという噂のあるアリストをたらしこみ更なる利益を得ようとする。
またはチェルトーザのいうところの「某世界の物語に登場しそうな完璧な美形男子」であるアリストの魅力に恋に落ちるという展開に進むかもしれない。
まあ、どちらにしてもどこの世界にもある、ありきたりのものになることだろう。
だが、残念ながら、彼女はただの少女ではない。
異世界からの来訪者。
さらに穀物騒動の際に手に入れた情報から、ブリターニャには自分と同じ世界からやってきている者がいる証拠を掴んでいる。
そして、その中心にいると思っているのがアリスト・ブリターニャ。
そのアリストが目の前までやってきたのだ。
当然彼女はこの機会を逃すはずがない。
公的なものではないのだから、多くのことを聞き出せる。
さらに、晩餐という形を取り、アルコールを大量に摂取させたところで問い質せば、普段言わないこともいうかもしれない。
ついでに王子は女好き。
露出の多いドレスでも着込んでいけば、その効果は疑いようもない。
色仕掛けは趣味ではないが、情報を取るためにはしかたがない。
アリストを非公式な賓客と迎える提案をした裏側でアドニアはこんなことを考えていたのだ。
そして、その初手としたのがチェルトーザへの緊急連絡。
ますは通行証が本物かどうかの確認。
それからアリストに関する情報の提供。
それを求めたのである。
ちなみに、チェルトーザに「セイシュ」という名のブリターニャ産の酒があることを伝えたのはアドニア。
当然それらに関する情報を流したのも彼女となる。
ただし……。
ブリターニャ産の米はいわゆるジャポニカ米であること。
アリストの愛人らしき女性が営む食堂では和牛と思われるこの世界には存在しない高品質な牛肉が提供されているだけではなく、「アサテイ」なるメニューが存在している。
これらの重要情報についてはチェルトーザには伝えていなかった。
もちろん情報隠避という意味もあるが、チェルトーザを向こうの世界からやってきた者と認識していないアドニアはそれをチェルトーザに伝える意義が見いだせなかったのがより大きな理由となるだろう。
だが、そこまでの情報をチェルトーザが掴んでいれば、先日の話し合いの展開はもう少し変わり、チェルトーザとフィーネはお互いに相手が同郷の者と認識したかもしれなかったのだからそうならなかったのはふたりにとって悔やまれるところではある。
もっとも、それはすべてを俯瞰的に見ることが出来る者も感想であり、当人たちがそう認識していたかは別の話である。
さて、有難迷惑な護衛の随行によって転移魔法も使えず、不安はなかったものの不満は山ほどある、快適とは程遠い方法でセリフォスカストリツァに到着した勇者一行。
その街中を歩き始めたところで、彼らは以前来た時と雰囲気がだいぶ変わったことをすぐに感じる。
と言っても、それは勇者一行の敏感な感性のためというより、以前この地を訪れたことがあればわかるくらいの視覚的変化のほうが理由としては大きいと言えるだろう。
「……どう見ても海賊と思える奴らが歩いている」
「ああ。噂に聞いたなんとかという海賊がたむろする港町に来たのかと思えるくらいにいる」
「だが、町の雰囲気が悪くなったのかといえばそうでもない」
「そうだな。いつか行ったノルディアの王都の方がひどかった」
「ああ。あれはひどかった」
「まあ、子供たちも楽しそうだし、この町の連中が困っているのでなければ、海賊だろうが山賊だろうが通りすがりの俺たちが口を出すことではない」
「まあ、そういうことだ」
そう。
以前来たときには目を凝らして探さなければ見つかなかった海賊と思しき男たちが街中を闊歩していたのである。
もちろん彼は正真正銘の海賊。
と言っても、ただの海賊ではない。
大海賊。
つまり、偶然ではあるが、勇者の到着と時を同じくして大海賊の大船団が入港し、乗組員が上陸してきていたのである。
ちなみに、今回はそれがふたつの大海賊が別件でほぼ同時にやってきていたのでその賑わいになっていただけであり、さすがに常にこれほどの海賊が街をあるいているわけではない。
ついでにいっておけば、海賊たちは陸を移動してやってくる旅行者たちに比べて圧倒的に羽振りがいい。
それが大海賊の船に乗る者たちとなればなおさらだ。
そして、商人にとっては客の身分や肩書などどうでもいい。
問題は金を落としていくかどうか。
それだけである。
「毛が長かろうが短かろうが、その猫がネズミを捕まえることができるのならすべてが良い猫である」
それこそ商人たちに伝わるこの格言通りに。
つまり、現在の状況は、商人たちにとって上客が山ほどやってきた、いわゆる特需。
街中に活気が溢れているのは当然といえば、当然のことだと言えるだろう。
そして、勇者たちが指摘していたこれだけの海賊が歩いているにもかかわらず、町の治安が悪くなっていないのも、彼らが大海賊だったからというのが大きいのだが、これにはふたつの意味がある。
ひとつは彼ら自身が狼藉を働かないこと。
これは大海賊の長たちが、海賊という名に反し、意外にも遵法精神に富んでいた。
また自身も大組織を抱えており、ルールを守ることによって組織を維持しているのもその理由となる。
さらにこの町は彼らにとって補給基地でもあり、経済的な結びつきも強いため、この港町で狼藉行為を働くことは自身の足を食っているようなものである。
そのため、海賊の長たちはそのようなことをおこなわないよう定めていた。
もちろんそれは自身の組織だけではなない。
当然弱小海賊もそのルールには従わざるを得ない。
それによってこの町の治安は維持されているといえるだろう。
「たしかに力によって安定が保たれていることに違和感を持つ者はいるでしょうが、それでも人々が不安の中で生きていくよりは百倍いいでしょう」
アリストはそう言って、ファーブたちの皮肉を一掃した。
それに対して、フィーネは少しだけ意味のある笑みで応じたが、実際には何も口にすることはなかった。




