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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十五章 重なり合う光たち

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思わぬ客人

 アリターナ王国の都パラティーノ。

 その一等地に建てられた屋敷のひとつを女性ひとりを含む五人組が訪ねてきたのはボヌヴァル間道群を縄張りとする山賊たちが人間の形をした災いがようやく消え去ったと胸を撫で下ろしてからそう日が経っていないある日のことだった。


「……その中のひとりがブリターニャの第一王子だと名乗ったのか?」


 その屋敷の主アントニオ・チェルトーザが厳しい視線を向けたのは、執事であるファウスティーノ・オルバサーノだった。


「それで、ファウスティーノが見た印象では本物だと思うか?」

「聞いていた噂とは随分と違いましたが、まず本物かと」

「……ほう」


 自らの問いに対してやってきたオルバサーノの答えにチェルトーザの声はあきらかに警戒の色を濃くしたものだった。

 チェルトーザの側近を務めるだけにオルバサーノの人を見る目は正確。

 つまり、間違っていたのは噂ということになる。


 もちろん公爵家の跡取りであるチェルトーザは、王の使いとしてこの国やってきたアリスト・ブリターニャを見たことがある。

 だが、その時の印象といえば……。


 軽薄で女好き。

 噂通りで血筋的には申し分がないにもかかわらず王太子に叙せられないだけのことはある。


 ……あれからそれほど経っていないのだから一気に人格が変わるとは思えぬが……。


「ちなみにどの辺が違うのかな。噂と」


 不自然なくらいに長い間合いの後、やってきた主からの問いに、オルバサーノはこう答える。


「典型的な出来の悪い王子という噂でしたが、その噂は意図的に流されていたのではないかと思えるくらいの人物です」

「つまり、注意すべき者?」

「十分に」

「わかった」


 そうなれば、やってきた客人には丁重にお帰りいただき、こちらの準備が整ったところで再度来訪していただく。


 本来であればそこからやってくるはずのその指示が来ないため、オルバサーノは確認の言葉を口にする。


「一応、現在来客中で、その後の予定も入っているから即答はできないと返事はしてあります。追い返しますか?」

「いや」


 実をいえば、有能な執事であるオルバサーノは適当な理由をつけて追い返す算段をしていた。

 そして、その問いは最終的なゴーサインを貰うためにものだったのだが、やってきたのは彼の予測とは違うものだった。

 まずは決定事項を伝えたチェルトーザの言葉はさらに続く。


「……その話を聞いて逆にアリスト・ブリターニャと名乗ったその男に興味が出た」


「すぐに会う。部屋に通し……」


 そこまで言ったところで、チェルトーザはあることに気づく。


「アリスト・ブリターニャと名乗ったその男はひとりで来たのか?」

「いいえ」


「妙齢の女性と護衛と思われる三人の男が同行しています」

「ほう」


 そのメンツを聞いたチェルトーザは少しだけ考えてから、もう一度口を開く。


「……ちなみに女性の髪色は?」

「残念ながら黒色です。銀ではなく。まあ、それ以外について噂の方と同じなのですが……」

「なるほど」


「さすがだな。オルバサーノ」


 そう。

 チェルトーザはその組み合わせを聞いて別の人物たちを思い浮かべていたのだ。


 勇者とその仲間。


 だから、その中で外見がよく知られた「銀髪の魔女」と同定できるか確認しようとした。

 だが、結果はハズレ。


 残念。


 噂の勇者一行にもいずれ会ってみたい、というより自分の手札にできないかと考えていたチェルトーザは少しだけだが落胆する。

 だが、すぐに切り替える。


「……さすがに勇者が私のもとにやってくるはずがないか」


 想像のし過ぎだと自戒し、苦笑したチェルトーザだったが、実をいえば、その勘は正しかった。

 ただし、勘には頼らず、決定は目に見える証拠に基づくというのが彼の基本的スタンス。

 あっという間に真実から遠ざかることになる。


 それから間もなく。


 ……瓜二つの顔を持つ者でなければ、間違いなく私が見たアリスト・ブリターニャだ。


 部屋に入った瞬間、椅子から立ち上がった相手の顔を見た瞬間、チェルトーザは心の中でそう呟く。

 だが、次の瞬間にはチェルトーザの視線は隣の人物へと移っていた。


 ……これで髪が銀色であれば、間違いなく「銀髪の魔女」だったというオルバサーノの言葉はまったく正しい。そして……。

 ……このような女性を同行させているということは、まあ、半分は噂通りといえなくもないのだが。


 心の中でそう呟き、チェルトーザは苦笑する。


 そう。

 勇者一行というくくりを外し、さらに剣を帯びていない丸腰の外見であれば、フィーネ・デ・フィラリオはただの美しい女性にしか見えない。

 つまり、アリストの愛人。


 真偽取り交ぜた公的な訪問先でのアリストの数多くの武功。

 それだけの材料が揃っていれば、思慮深いチェルトーザであっても思考はそこに到達するのは当然のことであるといえるだろう。


 ……まあ、本人で間違いないだろうが、やはり確認は必要だ。


 過去に他国の王族に成りすました者によって大金を巻き上げられた醜態を披露した数多くの先人の列に並ぶ気はないチェルトーザは一呼吸後、口を開く。


「ブリターニャの第一王子が入国したなどという情報は私のところには届いていませんでしたが、何時来られたのですか?」


 チェルトーザが最初に切ったカードであるこの言葉には表面的なこと以外にも多くのことが語られている。


 公爵の一族とはいえ、公的な立場にはないにもかかわらずチェルトーザのもとには多くの情報がやってくる。

 その中には入国者のチェックも含まれている。


 それを素早く読み取ったアリストは思案する。


 「実は……」


 そこからアリストが口にしたのは山賊退治の一席だった。

 もちろんそこで語られたのは、真実を覆い隠すためにいくつかの事実を削り取り、その代わりに実際の三倍増しの虚飾を加えたもの。

 そして、最後に見せたのは……。


「ここにやってくる前に立ち寄ったミュランジ城の城主代理エティエンヌ・ロバウ殿から頂いた通行証です」


 フランベーニュ軍の通行証を持ちながら山賊間道を通った理由はわからぬ。

 そういうことなら我々に連絡が入らないのも当然。

 そして、その戦果は大げさではあるだろうが、女性連れにもかかわらずこうやって無傷でここにやってきているということは、護衛の三人は相当の手練れということに違いない。


 ……そうでなければ、この人数で一国の王子が旅など出られない。


 通行証の眺めながら、チェルトーザは心の中でそう呟いた。


「では、そろそろ本題に入りましょうか」


「アリスト王子はなぜアリターナにお忍びで来られ、しかも、王宮ではなく、私のような者のところに来られたのはなぜなのでしょうか?」


 チェルトーザからやってきたのは当然すぎる問い。

 もちろんチェルトーザとしては、相手がその問いがやってくることを望んでいるのは重々承知している。

 承知しているが、それを拒んで得られるものがない以上、差し出されたその札を掴むしかないのだ。


 ミュランジ城経由でやってきたということはアリスト王子が尋ねたいことは凡そ察しがつく。


 そう心の中で呟きながら口を開く。


 ……さて、アリスト王子はどう答えるかな。


 表情を崩さぬままアリストとフィーネのふたりを眺め、それから三人の護衛にまでチェルトーザが目をやったところで、アリストの口が動く。


「端的にいえば、昨今巷で流れている不穏な噂について」


 ……来たか。


 チェルトーザはアリストの目的についていくつかの想定をしていたのだが、その問いはその中でも一番触れてもらいたくないものだった。


 さすが一国の王子相手にここまで詰められて惚けるわけにはいかない。

 しかも、ほんの少しだけしか話していないにもかかわらず伝わってくるこの圧迫感。

 オルバサーノの言葉どおり、只者ではない。

 この王子相手に安い小細工は通用しない。


 ……だが……。


 相手の肩書とその言葉の強さから、何も語らず逃げ切るのは不可能であることを察したものの、アリターナの貴族の義務として被害は最小限度にしなければならない。


「……お伺いいたします。いったいその噂とはどのようなものだったのでしょうか?」


 チェルトーザはそれが自らの価値を下げるような馬鹿々々しい問いであることは承知している。

 承知の上でそう問うたわけなのだが、案の定、すぐさま軽蔑色の言葉が彼の耳にやってくる。

 ただし、それを口にした相手はアリストとは別の人物だった。


「申しわけありません。チェルトーザ様といえば有名な『赤い悪魔』の創始者。もう少し気の利いた言葉が返ってくると期待していたのですが、今の言葉はあまりにも……」

「まあ、彼には彼の立場というものがあるのです。その辺は大目に見るべきでしょう」


 女性の声で綴られたその侮蔑の言葉を遮ったアリストはチェルトーザに目をやる。

 そして、口を開く。


「では、その問いに誠実にお答えする。その噂とは多くの国が署名した対魔族協定を反故にし、アリターナが魔族と手を握ったというものです」


「さすがにその署名した国の者としてそれは聞き捨てなりません。まして、それが我が国にその話を持ち掛けたアリターナとなれば」


「返答は如何に」


 アリストからやってきたストレートなその言葉にチェルトーザは呻く。


 むろん私は公的な立場にないので知らんと言えなくはない。

 だが、そうなれば王子は王宮へ向かい、王に向かって同じ質問をすることだろう。

 そうなれば、答えに窮した王は私を呼び出す。


 ……結局私が答えることになるのだ。


 チェルトーザは数多くの想定を並べながら目まぐるしく思考する。


 ……相手の力量も手にしている情報もわからぬこの段階ではとりあえず情報を小出しにしながら進むしかあるまい。


 方針が決まったチェルトーザは、手札の中で一番ふさわしいものを選び出し、口にする。


「我が国がマンジューク銀山を目指して山岳地帯を進んでいたことは?」

「もちろん知っています」

「当然フランベーニュも違う道から侵攻していたことも知っているわけですね」

「はい」

「では、その結果については?」

「両国とも魔族に叩きだされたと聞いています」

「そのとおりです。まあ、ミュランジ城に立ち寄ったということは、その後フランベーニュが送り込んだアポロン・ボナール将軍と彼の配下がどうなったかについてもご存じというわけですね。では、彼の軍がどのような方法で敗北したかについては?」

「魔族が『悪魔の光』なるものを使って四十万人を一瞬で抹殺したと」

「そのとおり。それを踏まえて殿下にお伺いします。そのような異様な力を持つ魔族軍と対峙した場合、ブリターニャは対抗できますか?」


「いや。あったとしてもここで口にするわけがないですね。ですが、残念ながらアリターナにはそれに抗し、押し返すだけの力も手立てもない。そのなかで唯一考えついたのは彼らの要求を飲み、そのうえで南下を阻むということです」


「そこで私は王に呼び出された。できるだけ魔族の要求を減じるようにと」


 ほぼ事実であり、たしかにチェルトーザが持つ手札の中で最も説得力のある理由でもある。


「なるほど」


「目の前に迫った滅亡の危機を回避するためのやむを得ない措置だったというわけですね」


 アリストはさもその説明で納得するようにその言葉を口にし、もっともらしく大きく頷く。

 だが、実をいえばアリストにとってこの部分はさほど重要ではない。


 そう。

 彼がここに来た本当の理由。

 それはチェルトーザがその交渉をおこなった者、すなわちグワラニーについての情報を手に入れることである。


 そして、そこから始まる。

 アリストにとっての本題が。


「交渉によって魔族軍の南下を防ぐ。悪くない。いいえ。武力では絶対に対抗できない以上、それが唯一の手かもしれません。そして、どうやらうまくいったようですから成功というわけですね。さすがです」


「ところで……」


「交渉が始まれば担当するのはチェルトーザ殿たち『赤い悪魔』。十分な成果が期待できるとアリターナ王が考えるというのは理解できますが、その前段階、つまり、交渉をおこなうという取り決めは、誰がどのように決めたのですか?」


「もう少しハッキリといえば、戦闘状態であるはずの魔族、しかも勝者である彼らとどうやったら交渉する段取りができるのかをぜひご教授願いたいものですね」


 一難去ってまた一難。


 現在のチェルトーザはまさにその言葉を体現していた。


 そう。

 チェルトーザにとって、というか、アリターナにとってこれこそが話題にされたくないものだった。


 もちろん、チェルトーザが魔族との交渉のきっかけとしたものは、危機にあった自軍を魔族軍に救われたお礼。

 だが、そうなると、なぜ魔族が敵対関係にあるアリターナ軍兵士を助けたのかというあらたな疑問が生まれる。

 さらに、その交渉の結果とはいえ、占領地を手放し撤退はしているものの、それでもアリターナの手元には全面撤退とは程遠いものが残されており、徹底的に叩かれたフランベーニュとの差は一目瞭然。


 つまり、裏取引があると疑われるても仕方がないだけの痕跡が積み上げられていたのだ。

 

 下手な作り話をしてそれが露見した場合は目も当てられない。

 ここはどんなに疑わしくても真実を口にするのが一番。

 

 チェルトーザとしては当事者のひとつであるフランベーニュ側がどの程度まで話をしているかわからない以上、下手な小細工は状況を悪くするだけ考えるのは当然であり、ここは不調法ではあるが、真実を語って乗り切るしかないと考えるのは極めて正しい選択といえる。


 意を決したチェルトーザが口を開く。


「実は……」


 そこから、チェルトーザによって語られたこと。

 それはほぼ事実。


「……なるほど」


 すべてを聞き終えたアリストは小さく頷くと、それをゆっくりと咀嚼し始める。


 巧妙に隠されてはいるが、あきらかに抜け落ちた部分はある。

 もちろんそれを指摘するのは簡単だ。


 ……だが、相手は「赤い悪魔」の頂にいる者。

 ……それは私にとっては枝葉の出来事。次に進むためなら目を瞑ってもよいものだ。

 ……目を瞑りましょう。

 

「まあ、いくつか欠けている部分があるようですが、ミュランジ城で手に入れた話で穴埋めできますのでよしとしましょうか」


 穴はあるが、見逃してやる。


 嫌がらせの意味が込められたアリストからの言葉。


 その効果は絶大だった。

 もちろん表面上は何も起こらない。

 だが、内面でそれはチェルトーザが抱えていた不満を直撃する。


 なぜいつも圧倒的不利な状況からの交渉スタートを強要されるのかという。


 ……だが、それでもやらねばならなのだ。


 持前の義務感を前面に押し出し、強引に自分に対してそう言い聞かせると、チェルトーザはいかにもと言わんばかりの笑顔をつくってアリストの言葉にこう応じた。


「ありがとうございます。殿下」


 そして、その直後、遂にアリストにとっての本題となるものが、言葉となって姿を現わす。


「さて、ここでもうひとつお伺いします。アリターナが誇る『赤い悪魔』の創始者からは、魔族の将アルディーシャ・グワラニーはどう見えたのでしょうか?」


 もちろんこの時点ではチェルトーザはアリストがすでにグワラニーと接触していることは知らない。

 そうなれば、アリストが口にしたこの問いは、グワラニーの為人を知り、そこから攻略の手がかりを探るために当然やってくるものとして認識する。


 そして、やってきた問いにチェルトーザは思考する。


 どこまで話すべきかと。


 単純に国益だけを考えれば、多くの血と放棄した占領地との引き換えに手に入れた情報をただで教えるなどあってはならないことである。

 だが、視野を広くし、全人間世界と考えた場合、その皮算用の計算方法は大幅に変わる。


 突然現れた魔族軍の一部隊に対魔族協定を結んだ国々が次々と打ち破られている現在の状況は決して好ましいものではない。

 いや。

 絶対に看過できるものではないと言ったほうがいいだろう。


 そう。

 このまま無策で戦えばブリターニャも破れることは十分に予想されることである。

 そして、そうなったとき、グワラニーがこれまでの融和政策を一転させることだってある。

 もちろん実際に相対した感触からグワラニーにはそのような意志はなさそうに見える。

 だが、本人はその気はなくても、軍組織に属している以上、上からの指示によってそうせざるなることはありえるのだ。

 そして、そうなった場合にその先にあるものは考えたくもない未来図。


 その不安がチェルトーザを動かす。


「最初に断っておけば、これはあくまで私の印象ではありますが……」


 これはアリナーナのためなのだと自分に言い聞かせたチェルトーザの言葉はこの前置きから始まった。


「前線からやってきた情報と実際に話をした感想を合わせて考えれば、あの男の印象は戦士というよりも文官に近いです。なにしろ文書を作成する能力は非常に高く、さらに交渉能力も驚くほど高いですから」


「後者に関して言えば、今回のように天秤が傾いているときはもちろん、条件が対等であっても、おそらくあの者の交渉能力は私と同等かそれより上と思われます」


「ですが、文官の色が濃いからと言って軍の指揮官の才能がないかといえば、違う。人間種の若者でありながらあれだけの者たちを指揮していることからもそれは伺えます。そして、奴が軍司令官である拠り所となるその才とは、智謀。これまで三年間どちらにも傾くことがなかった山岳地帯の戦いをわずか一日終わらせたその策は敵ではあるが称賛せざるをえないでしょう」


 チェルトーザの言葉にアリストは頷く。

 そして、思う。

 その通りだと。


 もちろんチェルトーザの言葉はここでは終わらない。

 というより、ここからが佳境だった。

 茶をひとくち含むと、彼は言葉を続ける。


「さて、ここからが重要なのですが、私の見立てでは、奴は目先の戦いの勝敗や戦果よりもさらに遠い場所に重きを置いているように思えました」


 もちろん、それは別の世界で戦術と戦略という言葉を使えば簡単に説明できる話なのだが、そのような概念があまり発達していない以上、それを使うわけにはいかない。

 チェルトーザはやや難解な言葉を導入部分として使用し、続けて色合いの違う言葉でそれを説明をする。


「戦いはある目的のための手段であって、それ自体が目的とは考えていないのではないかと思えました。そして、奴の最終目標と思えるもの。それは戦争終結。もちろんどこの軍もそれを目指しているわけなのですが、他の指揮官が目の前の戦いに勝ち、それを積み重ねることによって最終的は勝利を目指しているのに対し、奴はまず最終的な勝利の理想像を掲げ、そのためにはどうするべきかと逆算するように考える。だから、同じ勝つにしてもより効果的に勝つということが重要なのではないのか」


 そして、最後に口にしたのは、あれだった。


「最後に、確証はまったくない私の妄想のようなものをひとつ」


「クペル城前でおこなわれたという有名な剣士でもあるフランベーニュの英雄アポロン・ボナールを斬り伏せたという者を含めて多数の戦士がいるにもかかわらず、その戦い方は、念入りに仕込まれた策と魔法を核とするもの。これはあきらかに他の魔族の将とは違います」


「さらに奴は軍の指揮官にもかかわらず剣を差していないことを合わせて考えると、奴は魔術師。さらに人間種の若造であるにもかかわらず将軍の地位にあること。さらに、他の将軍以上に大きな裁量権を有しているように見えることを考えれば、彼は魔族軍幹部も一目置く存在。そう考えれば、ボナール率いるフランベーニュの精鋭たちを葬ったという巨大魔法を行使したのは奴自身。少なくてもそうであってもまったくおかしくないとはいえるのではないでしょうか」

「なるほど」


 もしかして、王子はどこかでグワラニーと接触していたのではないか?


 グワラニーについて語り始めたとたん、アリストの表情に真剣さが大量に加わったのを感じ取ったチェルトーザは心の中で呟く。

 だが、その直後、それを否定する言葉がやってくる。


「実を言えば、ミュランジ城でロバウ将軍にほぼ同様の内容を聞かされたのですが、敗北を覆い隠すために過剰に相手を大きく見せているのではないかと疑っていたのです。ですが、どうやら将軍の話は本当だったようですね」


 そう。

 これはチェルトーザに自分の変化を悟られたことを察したアリストの偽装。

 アリストの言葉はさらに続く。


「特にその交渉術については、ロバウ将軍は純粋な軍人であるため、多くの小細工と駆け引きが必要となる交渉事は不得意。舌がよく動く者なら軽く押さえつけることは可能でしょう。ですが、チェルトーザ殿は違う。そのチェルトーザ殿にそこまで言うのであれば、グワラニーというその魔族の将の交渉能力は本当に高いということになります」


「文官として、それから交渉人として驚くべき才がある。それだけではなく剣はともかく、軍を動かす指揮官としてはこの世界でも上位となるくらいの切れがあるとは驚き。そこに、恐ろしい魔法を扱う魔術師ということであれば、もはや無敵に思えてきます。ということで……」


「先ほどチェルトーザ殿はこう言いました。ブリターニャには抗する力があるかもしれないが、アリターナにはないと。ですが……」


「ハッキリ言いましょう」


「ブリターニャにだってグワラニーの恐ろしい魔法に抗する力はない。そして、考えもしない策についても同様。ですから、チェルトーザ殿の言葉、それからミュランジ城でのロバウ将軍の言葉は非常に参考になりました。まあ、グワラニーがブリターニャと相対した時に撤退勧告を出すかどうかはわかりませんが、そのような場面に出くわすことになれば、それに従うように我が軍の将軍たちには伝えましょう」


「もっとも、私のようなハズレ者の意見を彼らが聞くかどうかはわかりませんが」


 そう言ってアリストは苦笑いした。


「それから、明敏なチェルトーザ殿ならすでに察しがついていると思いますが、私はブリターニャ王より密命を受けて各国を回っています。当然見聞きしたことは王へ報告しなければならないわけですが、今回のアリターナと魔族との停戦については策として後退しただけと報告しておきますのでご心配なく」


 そう言って、今度はもう少しだけ明るい笑みを見せたアリストだった。


 このときの交渉というか会談について、のちにチェルトーザは自身が最も信頼する執事ファウスティーノ・オルバサーノを前にしてそれまで誰にも語らなかった胸の内をこのように述懐している。


「あの話し合いは私にとって非常に重要なものだった」


「内容自体はそれほど重要なものはない。だが、アリスト・ブリターニャという男と相対した、もう少し言えば、あの男と知己になったことこそが大事なのだ」


「つけ加えていえば、それは大国ブリターニャの有力王族と個人的コネクションができたという意味ではない。アリスト・ブリターニャという男と知り合いになれたということだ」


「そして、その時はこう思った。現ブリターニャ王はこれだけの人物をなぜ王太子にしないのかと。もちろん無知、無能、軽薄、女好きという、正妃の子で第一王子であること以外は何の取柄のない放蕩息子という噂通りであれば、それは当然のことだろう。だが、話をして実感した。この男は間違いなく逸材。それもただの逸材ではない。現在のブリターニャ王だけではなく、我が国を含めた各国の王、王子の中でもその才覚は抜きん出ている。おそらくこの王子がブリターニャ王になればかの国は明るい未来が約束されることだろう。それにもかかわらず王太子に叙せられていない。他の王子がその代わりとなるだけの人材がいないにもかかわらず。その理由として考えられることは王との不和くらいだ」


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