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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十五章 重なり合う光たち
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山賊たちの災難

 ボヌヴァル間道群。


 それは、夜逃げ街道、山賊街道などとも呼ばれるフランベーニュと北部アリターナ、さらにマジャーラ西部を結ぶ数多くの間道を呼ぶ正式な総称である。


 獣道と変わらぬ悪路。

 宿屋などは存在しないため野宿確定。

 さらにモレイアン川から名が変わるピオモンテ川には橋がなく、非公式な瀬渡し業者を利用しなければ対岸に辿り着けない。


 実をいえば、この間道群は対魔族戦の初期から人間側がゲリラ戦をおこなう際の移動や補給に使用していたという由緒正しい歴史を持っていた。

 だが、当然ながら、その間道群には、この地域を逃げ込んだ者は捕らえぬことが出来ぬと魔族が追撃を諦めてしまうくらいに複雑なルートと多くの悪条件を抱えていた。

 そして、それは今でも変わらない。

 そうなれば、この間道を利用するのは当然ながら特別な事情を持つ者だけとなる。


 もちろん目的地に辿り着く最短コースという理由でここを利用する者もいるだろう。

 だが、多くはいわゆる街道と呼ばれる主要ルートが利用できない者たち。

 ここが夜逃げ街道と呼ばれる所以である。

 そして、そのような者たちを狙った山賊の類も多いことから、もうひとつの別がつくわけである。


 ついでにいえば、この間道を縄張りにしている山賊は多くのグループに分かれているが、お互いの縄張りを尊重し、商売の邪魔をしないことを暗黙の了解としている。


 そして、ひとつであるミュランジ城近くから入る間道を縄張りにしているのはが、グザヴィエ・バストーニュだった。


 その日。

 すでに密輸業者と夜逃げ中の一家を捉え、前者は持ち金のほぼすべてを奪い、後者は奪う財がなかったため別のものを奪っていたバストーニュの次の獲物となったのは身なりのよい男女を含む五人組の旅人だった。


「……それは最近にない極上の獲物」


 間道の入口が見張りをしていた部下からの連絡が届くとバストーニュは歯をむき出しにして、上品とは程遠い笑い声を上げる。


「抵抗しなければ男も助けてやれ」


「だが……」


「女は絶対に傷つけるな。売り飛ばすから」


「まあ、その前にタップリ楽しむが」


 バストーニュのその言葉に部下たちも歓声を上げた。

 その声が一段落したところで、全員の顔を眺め直したバストーニュがもう一度口を開く。


「では、行こうか。そのいい女に会いに」


 それからしばらく時間が経った左右両方が崖になった谷底のような場所。

 バストーニュ一党が狩場としているそこに獲物となる五人組が近づいてくる。


 前方にふたり、後方にひとりの護衛らしき者がおり、その間に身なりの良い男女ふたりが歩く。


「……これは当たりだな」

「と言いますと?」


 自らの呟きに腹心のひとりイヴォン・リクールはそう尋ねると、バストーニュは顎でその獲物を示す。


「あの服装を見ればわかるだろう」


「しかも、たしかに見栄えの良い女だ。たっぷり遊んだ後でもいい値で売れる。だが、男の方も金になる」


「あれは間違いなく貴族」


「つまり、身代金をたっぷり手に入ると?」

「そういうことだ」


「予定変更。護衛はともかく、良い服を着た真ん中を歩く男も生きたまま捕らえろ」

「承知」


「ですが、その貴族様がわざわざここを通ってアリターナに向かっているのでしょうね?」

「さあな。まあ、順当に考えれば駆け落ちだろう。どこかの令嬢をかっさらったアリターナ貴族が母国に逃げ帰るというところだろう」

「なるほど」


「まあ、その辺も含めて本人たちに聞けばよいだろう」


「さて、そろそろ仕事の時間だ。配置に……ん?」


 部下たちに獲物を逃がさぬよう指示出しかけたところで、バストーニュはあることに気づく。


 たしかに護衛の三人は荷物持ちも兼ねている。

 だが、その荷物は多くない。

 そして、その代わりに存在感を示すのは剣。

 いや。

 ただの剣ではない。

 あまりお目にかからないくらいの大剣。

 さらに最後方を歩く男にいたっては剣でもなく戦斧。


 ……あれが単なるコケ脅しでなければ、相当やるということになるわけだが……


 そして、もしかしたらと思い、彼らの護衛対象らしい男女を見直したバストーニュの目に留まったのは女の腰に差された剣。


 ……もしかして、あれは駆け落ち途中の貴族ではなく、冒険者か。


 ……ということは、剣を持たない男の方は魔術師ということも考えられる。

 ……これは少し気をつける必要がありそうだ。


 それは危険を知らせる虫の知らせだったかもしれない。


 奴らは見過ごせという。


 その心の声を呟いた直後、バストーニュの心に躊躇いが芽生える。

 そして、それは急速に肥大化していく。


 ……さて、どうしようか。


 確かに手に入れば十分な見返りが得られる。

 逃したくないという思いはある。

 だが……。


 ……やめろ。


 ……俺の勘がそう言っている。


 バストーニュは心の中の葛藤をあっさり終わらせる。


「通達。あれはやり過ごせ」


 つまり、襲撃の中止である。


「せっかくの獲物を見逃すのですか?」

「ああ」


 リクールは不満顔で問うた言葉にバストーニュはその声と共に大きく頷く。

 そして、その理由となるものを口にする。


「あれは……」


「有名な山賊狩りをおこなう冒険者だ」


 もちろんこれは部下たちを納得させるため今思いついた出まかせである。

 バストーニュのやや早口の言葉はさらに続く。


「よく見ろ。護衛の男たちの大剣を。あんなものを振り回せるのは軍にだっていない」


「それに中を歩くふたりも様子がおかしい。普通なら剣など差さぬ女がそれを持ち、形だけも剣を持つはずの男は手ぶら」


「男は魔術師だ」


「それにもかかわらず貴族然とした身なり。あれは襲われることを前提で歩いている。それがいったい何を意味するか」


 そこまで言われれば、リクールもわかる。


「……我々のような者を誘い込む罠というわけですか?」


 リクールが頷いたところでバストーニュはさらに言葉を加える。


「今日は十分に収穫があったのだ。欲を掻かなくてもいいだろう」

「承知。では、お調子者が動かぬうちに下がりましょう」


 そして、姿を消す。

 夜のお楽しみがなくなったという少々の残念な気持ちを残しながら。


 だが、この日から十日も経たぬところで流れてきた情報を知ったとき、バストーニュは自らの判断が正しかったことを察した。


「……まさか、本当の山賊狩りだったとは……」


 そう呟いたバストーニュは大きく息を吐きだし、それから胴体と繋がっている首筋を撫でた。


 襲ってくる敵を倒し、生き残った者に対して命と引き換えに貯めこんだお宝を供出させ、そのすべて奪い取る。

 

 この間道に入った時に決めた方針、それを決めたアリスト本人が言うところの、「山賊の上前を撥ねる最上級の悪党のおこない」によって、二日後には七つの山賊が間道から消え、アリストの屋敷には怪しげな品物の山が出来上がる。


 そして、それから五日後。

 

 物足りない。


 口でははっきりとは言わないが顔には大きくそう書かれたファーブに続くのは兄弟剣士の兄だった。


「最近現れる奴らが抱えているのも宝とは言えないガラクタばかり。話を聞くかぎり、まだまだこの周辺を縄張りにしている大物はいるはずなのだが、ちっとも出会わないというのはどういうことだ」


 当然ながら、野盗や山賊は、手に入れられる物は縄張りの良し悪しで決まる。

 そして、良い縄張りを手に入れられるかは集団の規模と格が大きく影響する。

 そうなれば、小集団、もう少し言い直せば小物の山賊たちの縄張りは、普段大集団のお零れのような獲物しか回ってこないわけなのだから、外見上は見栄えの良い男女とその護衛である勇者一行は数少ないおいしい獲物。

 なぜ無傷でここにやって来られたのかなど考えることもなく狙う。


 そう。

 いわゆる大物の山賊が姿を見せず、小物が次々とやってくるのは実を言えばこの世界の理に適っているといえる。


 だが、それはあくまで相手側の都合。

 こちらとしては、せめてもう少し価値のあるお宝を持った奴に出会いたいというのが本音といえる。


 だが、先ほどとは逆。

 そういうことで少々気が利く、または横の連携がそれなりにあるバストーニュのような大物山賊たちの耳には数人の同業者が瞬殺された情報はすでに入っている。

 そうなれば、彼らは近づかない。

 正確には物陰から勇者たちを眺めるが、そのままやり過ごしているのだが。


 彼らは伊達と酔狂で山賊稼業やっているわけでない。

 彼らにとってこれはあくまで商売。

 そして、職業柄、まず考えるべきは自身の安全。

 手当たり次第襲うのは自信過剰な二流。

 安全な獲物だけで狙い地道に稼ぐ。

 これが一流なのである。


「それは情報が流れているのではないでしょうか?自分たちの上前を撥ねる小悪党が徘徊しているから注意しろという」


 だから、アリストが指摘したその理由は基本的には正しいといえる。

 だが、そこに含まれるある単語が三人の若者の勘に障った。


「誰が小悪党だ。アリスト」


 勇者という肩書に埃、ではなく、誇りを持つファーブとしてはたとえそれが冗談であっても見過ごせるものではなかったのだから、その言葉は当然といえば、当然であろう。

 だが……。


「もちろんその小悪党とはファーブたちに決まっているでしょう。外見もやっていることも山賊の親分そのものでしょう。私はてっきり職替えしたのかと思っていましたよ」


 それにすぐさま反応し、その言葉を口にしたのはその場にいる唯一の女性だった。

 もちろんファーブと同類のふたりの男はその女性を睨みつける。


「そもそも助かりたかったら持っているお宝すべてを出せと言ったのはフィーネだろう」

「まったくだ。それに、俺は知っている。見栄えの良いお宝を全部抱えているのがフィーネであることを」

「そのとおり」


 事実を並べて勝ち誇る三人だったが、女性は涼しい顔を崩さない。


「当然でしょう。宝飾品は私のような美しい女性のためにあるもの。猪だか猿だかもわからない醜くて臭く汚らしい生き物であるあなたたちには宝飾品など不要なものなのですから私が持つのは当然のことなのです」


「それについて何か言いたいことがあるのなら聞きましょうか」


「もちろんお仕置きされる覚悟で」


 フィーネの、汚物を見るような目で眺めながらのその言葉に言い返せず口をもぞもぞ動かすだけで言葉を発しない三人の若者という図。

 いつもどおりの結果を大笑いしたところでアリストが口を開く。


「残念ながら私たちが望んだ客人はいくら待っていても来ないようです」


「ということで、そろそろアリターナに行ってみましょう」


「まあ、山賊だの海賊だのという種類の生き物は絶滅することはありません。一時的に数を減らしても時間が経てば別の方がその穴埋めをします。まあ、一時的にでも歩きやすい道にしたというところで満足することにしましょうか」



 


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