知者の尋問 Ⅱ
それからいくつかのやりとりが終わったところでアリストは目の前に並ぶ者たちに目をやる。
「どうやら何も見ず、何も聞かなかった。そのような形にするのが一番のようですね」
「もちろんあなたがたとグワラニーが結んだふたつの協定の内容を確認してからとなりますが……」
アリストはまず結論となるものをそのように口にし、それから続きとなるものを語り始める。
「実際のところ、グワラニー配下の魔術師が持つその強大な力は、通常の方法で防ぐことができない。それはフランベーニュ最高の兵士を揃えて勝負を挑んだボナール将軍が成すすべなく破れ、すべての将兵を失ったことで証明されています」
「ですが、そうであってもあなたがたはグワラニーの南進を止めなければならなかった。そして、それをやり遂げたのですから、あなたがたの選択は最善のものだったのだと私が思います」
「それがグワラニーの妙な価値観を利用したものであったとしても」
そう言って、アリストは今回の件を問題がないと報告することを約束する。
もっとも、最初に口にしたロバウたちが魔族の休戦協定を結んだことを王都に報告したという話自体がでっち上げだったのだから、最初から何もなかったのだが。
そして、とりあえず不問ということで胸を撫で下ろすロバウを見やりながらアリストはそれまでより少しだけ真剣な顔で言葉をつけ加える。
「まあ、これはブリターニャの人間である私が言うべきものでもありませんし、実際にその『悪魔の光』を見たあなたにそれを言う必要もないでしょうが、グワラニーのような者は自らも約束を守る代わりに、相手に対してもそれを要求します。あの男と協定を結んだかぎりは破ることがないようにすべきだと思います。万が一、協定を一方的に反故にし、背中から彼を襲うようなことがあれば、苛烈極まる報復がまっているでしょうし、その後にフランベーニュに対しては融和的なことは一切おこなわないと思ったほうがいいでしょう」
「そして、あなたが見た力を最大限に振るいながら彼の軍が本気で南進すれば、王都陥落もそう難しいことではないでしょう」
「彼の気が変わることのないように振舞う。それがそうならないための最善の策だと思います」
「それから……」
一旦言葉を切ったアリストがさらにつけ加えたのはアリターナに関する問いだった。
「フランベーニュが渓谷から追い出されたことはわかりましたが、アリターナについてのそれ以外の情報はありますか?」
そう。
当然ながら、アリストのもとにもアリターナがフランベーニュとともに渓谷内から叩き出されたという情報はあった。
だが、手に入れたのはそこまで。
アリストとしてはこの詳細が欲しかったわけなのだが、ロバウにはアリストのその言葉が別の意味に聞こえた。
アンジュレスが起こした同士討ちの一件。
その説明、というか釈明をせよ。
できればそれには触れたくない。
幸いのことにアリストはそれを指定したわけではない。
ロバウは手持ちの札の中で、アリストが最も興味を持ちそうなものを探す。
そして、見つけたものはこれだった。
「……これは確実な情報というわけではないのですが……」
まずはそう前置きし、一度アリストを眺め、それは言葉を続ける。
「アリターナも魔族と何らかの取引をしたようです」
「アリターナも我々と同様渓谷から叩き出されたのですが、渓谷の出口まで到達しているにもかかわらず、魔族軍はそれ以上進軍していないようなので」
もちろん事実である。
本来であれば、渓谷内で魔族がアリターナの手助けした事実をそこにつけ加え、よりアリストの注意を引きつけたいところなのだが、その経緯を説明するには例の一件を話さなければならない。
自分たちの醜態を話したくないロバウは当然のように口を紡いだ。
さらにいえば、この時期にはフランベーニュの上層部はアリターナが「赤い悪魔」を魔族軍のもとに送り交渉した事実を掴んでいた。
だが、前線のロバウの耳にはそのことは届いていなかった。
つまり、諸々の事情により、ロバウが話せるのはこれが精一杯。
だが、ロバウの必死の努力はどうにか実る。
話を聞き終わったアリストは一瞬後、笑みを浮かべる。
そして、返信となる言葉を口にする。
「なるほど。たしかにそれはおかしいですね。ですが、もしかしたら、向こうは今後始まるのかもしれませんね」
「まずはフランベーニュとの戦いにケリをつけ、それからゆっくりとアリターナへ侵攻するという段取りということも考えられますから」
「そういうことであれば、せっかくここまで来たことですし、アリターナまで足を延ばしてみましょうか」
その言葉を聞いたロバウは心の底から喜び、こう呟いた。
早く行け。
そして、アリストの注意がそちらに向いているうちにことを進め、フランベーニュにとって都合の悪いあの話から話題を遠ざけ、ついでに疫病神の早期退散するよう画策する。
「アリターナに向かうのでしたら……」
ロバウが口にしたのはアリターナに向かうルートについてだった。
「ここからアリターナへ向かうにはいくつかの方法がありますが……」
「少し遠回りになりますが我が王都を経由するものが一番です。前線への補給路ということもあり、要所に警備兵もおりますから。もちろん面倒な検問がありますが、軍が発行する通行証があればすぐに抜けることができます。それはすぐに用意させます」
「もちろん山間部を抜ける間道もありますし、そこが一番の近道になりますが、あまりお勧めできません」
「そういう道を利用するのは、それ相応の理由がある者ですし、そのような者を狙う者も数多く待ち伏せしていますので」
「まあ、お隣の方がいればそのような心配など不要なのでしょうが、それ以外にもそのような山道には殿下がお休みになられるような場所もありませんので、やはり王都を経由して行かれるべきでしょう」
アリストは少しだけ微笑む。
「ご厚意感謝します。そういうことなら、危なくない道を行くことしましょうか」
「せっかくの通行証を無駄にしないためにも」
そう言って笑った。
もちろんそのような道を行く気などさらさらないのだが。
……山賊や間者、間者狩り。
……むしろ望むところ。
……彼らからも情報が取れますから。それに……。
……暴れたくてうずうずしている者にとってはちょうどいい。
……そして、それによって悪人も懲らしめられる。
……これぞ、フィーネの言うところのイッセキニチョウです。




