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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十五章 重なり合う光たち
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知者の尋問 Ⅰ

「ところで……」


「それほど恐ろしい力を持った魔術師がいることを知りながら、あなたがたはこの城を捨てるという選択をしなかった」


「そして、結果的にこの城を守り切った。それは大変素晴らしいことですが……」


「魔族と交渉し協定を結ぶという手段をどのようにして思いついたのか教えてもらいたいものです」


 自身にとってもっとも重要なテーマにケリをつけたアリストが何事もなかったように表面上の本題へと入る。

 だが、実を言えばフランベーニュ側にとってはこちらこそ本丸。

 緊張が走る。

 まさかそれは目の前の男にとってオマケのようなテーマだとは思わずに。


「前段となるものがあります」


 大きく息を吐きだした後、ロバウは最初に口にしたのは、あの戦いで起こった奇妙な出来事だった。


「結果的に我々は四十万人の将兵を一瞬で失うことになりましたが、実を言えば、私たちは彼らを救うことができたのです」


「信じられないでしょうが、グワラニーは戦いが始まる前に我々に撤退勧告をおこないました」


「しかも、クペル城と周辺の土地を返還し撤退すれば、将兵の命を取ることない。それだけではなく、そこに住む農民や商人に対して多額の見舞金を出すと提示したのです」


「ですが、我々はそれを鼻で笑い、拒否しました。その結果があれです」


「そして、手持ちの兵、そのほぼすべてを失ったボナール将軍が決闘を申し込んだわけです。もちろん我々がその状態であるのだから、奴らはそのまま城攻めを始めても簡単に落とせるところですが、なぜかグワラニーはその申し出を受けました」


「もちろん相手が有名なボナール将軍ということもあるでしょうし、さらにいえば、その決闘に負ける気などなかったから余興のつもりだったのかもしれません。ですが、ここでもグワラニーは大幅な妥協をおこないました」

「それが、先ほどの話ですか?」

「ええ」


「ボナール将軍が決闘に勝った場合、我々と魔族の領地の境はクペル城と渓谷の出口となるキドプーラとの中間地点。それがこちらの要求です。つまり、魔族軍はほんの少し前に手に入れた土地まで放棄するということになるのです」


「それに対し、魔族軍は手に入れる土地こそモレイアン川の東岸と広げたものの、クペル城に残っている者たちの撤収を認めるだけではなく、見舞金もそのままだったのです」


「そして、決闘がおこなわれ、残念ながらボナール将軍は破れました。もし、余興であれば、ここから虐殺が始まるわけですが、奴らにその様子はまったくなかった。恥ずかしい話ですが、それをおこなったのは我が軍の方でした。それでも、彼らは約束を破り斬りかかっていったものだけを誅しただけで、それ以上はしなかった。結局魔族は約束を守り撤収する我々に手を出すことは治しありませんでした」


「それだけではなく、負傷で動けない者を治癒魔法で治し、さらに身ごもっている女たちを預かることまで約束しました」


「……先日彼女たちの何人かを見ましたが、非常に元気で、魔族の女たちと談笑していました。言いたくはありませんが、実際の戦いに負けた以上に敗北感を感じました」


「グワラニーとはそのような者なので、あの男がミュランジ城の前に現れたとき、我々は相談し決めたのです」


「奴が無警告で攻めだしたら仕方がないが、クペル城と同じように交渉を持ち掛けたらどんなものでも受けようと」


「そして、その結果といえば……」


「とりあえず条件はありますが、グワラニーの軍がモレイアン川を超えることはないという約束を勝ち取り……」


 そこまで一気に話したところでロバウは苦笑した。


「取り繕ってもしかたがない」


「それもグワラニーが出した条件であって、我々は奴が書いた条文を了承し署名しただけです」


「つまり、停戦は向こうから申し入れたものです」


「まあ、どんな条件を出されても我々には拒むだけのものは何も持ちあわせていませんでしたが……」


 すべてを聞き終えたアリストは小さく頷く。

 だが、心のうちで動かす思考はそれほど単純なものではなかった。

 これまで多くの者の思考をその言動から読み取ってきたアリストであったが、グワラニーのそれはわかりやすさから対極にあるものだったのだから。


 ……たとえば、プロエルメルと、私との交渉が終わったミュランジ城の扱いだけであったのなら、その理由はわかる。

 ……だが、実際にはクペル城でも同様のことをおこない、さらにその前の戦いにおいても同じような勧告をおこなったとなれば、グワラニーの行動が私に影響されたというわけではない。

 ……考えてみれば、あの男はクアムートでもそれと同じことをしていたわけだからあの頃からグワラニーからやっていることは変わらないということだ。


 ……相手を圧倒する力を持ちながら、それはあくまで最終手段であり、まずは交渉によってケリをつけようとする。

 ……さらに勝利が確定したあとの不必要な掃討戦というものはおこなわない。

 ……そして、攻撃対象はあくまで軍。農民や商人には手を出さない。というよりも、過剰と思われるくらいにそのような者たちを保護しようとする。


 ……それはこれまでの魔族には、いや、どの軍においてもそのようなことをおこなっていない。それは為政者を含めても同じ。


 ……いったいあの男は何を考えているのか?


 ……真実はわからない。

 ……わからないが……。


 ……多くの場所でグワラニーに対する印象は出来つつある。


 ……信用できる魔族。


 ……プロエルメルの農民たちの例を考えれば、それはさらに一歩進む。


 ……自国の為政者よりも良き支配者。


 ……もしかして、それが奴の目指すものなのか?

 ……だが、一軍の将でしかない奴がそこまで考えるものなのか?


 ……あるいは奴が目指しているものとは魔族の国の王位。

 ……そういうことなら、将来を見据えてのおこないと説明でき、十分にあり得ることでもあるのだが、仮に奴が王位に就いた場合、それは我々にとって利となるものなのか。

 ……そもそも奴が王位に就ける可能性などあるのか?


 心の中が問答を繰り返すアリスト。

 その男を冷ややかに眺めるのは、その隣に座る女性、フィーネだった。


 ……グワラニー。

 ……やはりおもしろい男ですね。


 彼女は心の中でそう呟いていた。

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