進むべき道
ミュランジ城攻防戦が正式に終了し、城を確保したフランベーニュ軍が魔族軍の南下を阻止したその夜。
その結果を携えたリブルヌとロシュフォールが王都に向かう。
城代に任命したロバウを残して。
むろんそれはロバウの身の安全が保証されていない現状では最善の策といえるだろう。
一方、魔族軍であるが、こちらも王都に戻らなければならないのだが、フランベーニュ軍とは真逆。
報告するのはふたつの敗戦についてである。
「まあ、どちらについても私とは無縁なものだから気は楽だ。しかも、そのひとつはガスリンの子飼いの失態。その結果であると言っておけば、フランベーニュとの協定締結もそう大きな問題にはなるまい」
これが出発前のグワラニーの言葉となる。
そして、やってきた魔族の王都イペトスート。
王が待つ部屋の扉の前に立ったところで、「緊張している」と顔全体で表現しているフェヘイラを眺めながらグワラニーが口を開く。
「フェヘイラ将軍が語るのは自身が参加したものと最後の戦いについてだ。それまでの部分と交渉については私が説明する。それから……」
「陛下は敗戦の報告を特に重要視する。だから、敗因については事実を隠すことなく説明すること。その後に自身の見解を答えるように」
先達の言葉にフェヘイラが頷くと同時に扉が開いた。
中で待っていた三人の男に目をやったグワラニーは心の声とは真逆の恭しさ満載の表情を見せる。
もちろん、真の敗軍の将であるフェヘイラのそれはグワラニーの数百倍心の籠ったものである。
「ふたりともご苦労。では、早速報告を聞こうか」
いつもどおり、王は余計な言葉を加えることなく、本題に入る。
王の視線を向けられたグワラニーは一礼後、説明を開始する。
「では、まずミュランジ城攻略部隊についてですが、ガスリン総司令官の命により私が最終段階まで傍観者でしたので、遠くから眺めた戦況と感想ということになります」
そう前置きしたグワラニーは開戦日の夜襲から、敗戦が決定的になったティールングル遠征までの状況を語った。
すべてを聞き終わると、王の口が開く。
「……城の奪取が失敗し、連日の戦いがすべて負けだったということは、すべてに問題があったのだろうが、グワラニーはどの戦いがミュランジ城攻略失敗の原因だと思うか?」
もちろん王の視線はグワラニーへと向けらる。
グワラニーは一礼すると答えとなるものを口にする。
「やはり、力攻めをしたものの、まったく通用しなかった二日目の戦いでしょうか。あれで障害物だらけの川を船で渡り切るのはむずかしいということになり、転移魔法で渡河しようとなったのですから」
「……なるほど」
「それほど難しいものなのか?船を使った渡河というのは」
そう言った王がグワラニーから視線を動かした先はフェヘイラだった。
グワラニーを見習い、同じような所作後、フェヘイラは王の問いに答える。
「……非常に」
「しかも、相手は水の上を主戦場としている海軍の兵。我々は揺れる船に立ち上がるのがやっとという状態なのに対し、相手は戦斧を振り回す。残念ながら、やる前に勝負がついている有様でした」
「ほう」
「川の戦いをおこなうために海軍の兵を配置するとは、フランベーニュも随分と奇抜なことを考えたものだ。だが、結果だけみれば有効だったようだな」
「それで、その海軍兵が一番の敗因か?」
「いいえ」
「まあ、海軍兵の存在も大きかったのですが、私が思うにやはり川底に配置された障害物が一番の問題だったと思います。あれが我々の進む道を限定したのですから」
そこに割り込むようにグワラニーが口添えをする。
「……どうやら、敵味方とも、その通行できる部分を回廊と呼んでいるようでしたが、流れのある中で通行可能な狭い回廊を漕ぎ渡るのは相当な技術を要するようです」
「なるほど」
「フェヘイラ。最終的にグワラニーに救援を頼んだわけだが、もう少し早く頼むことは考えなかったのか?」
その瞬間、フェヘイラはグワラニーに視線を送る。
もちろん素直に答えるべきかを無言で問うたものである。
当然いくべき。
その心の声とともにグワラニーが頷くと、フェヘイラが口を開く。
「私はその少し前に提案しました。グワラニー将軍に助ける求めるべきだと。ですが、答えは否でした。その理由は陛下もご存じのとおりです」
フェヘイラの言葉に王は小さく頷き、視線を再びグワラニーへ動かす。
「そして、呼ばれたグワラニーは戦わずにフランベーニュの停戦したわけか」
「では、今度はそれについて聞かせてもらおうか?」
「まず、ミュランジ城を落とすことなど雑作もないだけの戦力を持ちながら、停戦を選択した理由は?」
王の問いにグワラニーはこう答える。
「……ミュランジ城を手に入れるということは、我が部隊、ひいては我が国の枷になることに気づいたからです。陛下」
「理由を聞こう」
「非常に言いにくいことですが、あの城を落とすことができるのは私の部隊だけであると同時にあの城を保持し続けられるのも我が部隊だけだからです」
そう言ったグワラニーは子飼いの兵を遠征させ失敗したガスリンを眺める。
むろんその顔は怒りで顔を赤くしている。
ガスリンを心の中で嘲り倒しながら待つグワラニーに王は言葉を投げかける。
「落とせることについてはその実績により、よしとしても、手に入れた城を他の部隊では守れないというには少々傲慢な気がするがその理由を説明しろ」
「ミュランジ城はフランベーニュにとって王都と前線を繋ぐ交通の要衝。そこを奪われては補給が困難になるだけではなく、王都の安全も脅かされる。再奪取のためにフランベーニュ軍はこれまで経験したことがない苛烈な攻撃をしてくるでしょう」
「ですが、そこを守る我が軍にとってあの城はある問題があります」
「それは?」
「ボルタ川です」
「先ほどフェヘイラ将軍が話したようにあの川には障害物が設置されているため簡単に船が行き来できません。ですが、転移避けの魔法を展開された場合、我々がミュランジ城に補給や援軍を送ることができるのは船のみ。そうなれば……」
「今回と同じことが起こるということか」
「そういうことです」
「だが、ミュランジ城は交通の要衝だとおまえは言った。そういうことであれば、やはり抑えておくべきではないのか?」
王とグワラニーの会話に割り込んできたのはガスリンだった。
グワラニーが少しだけ顔を歪めたのは、王に対する礼を失していることを咎めたものだった。
だが、それを察した王は右手でそれを制する。
つまり、構わないので答えろという意味である。
グワラニーは再び一礼すると口を開く。
「それは違います」
「補給路を断つという点で言えば、補給が難しいミュランジ城を占領しなくてもそれは可能なのです。総司令官」
「彼らは前線への補給の大部分を水運に頼っています。それさえ遮断してしまえば目的はほぼ達成できたようなもの。なにしろ陸路は山岳地帯を超えなければなりません。しかも、雨でも降ればぬかるみ運搬は不可能になりますから」
「そして、私は城の占領を猶予する代わりに、ボルタ川を航行する船はすべて沈めると宣言しました。これによって城の占領と同等の効果を手に入れております」
グワラニーはそう言ったところで、王が右手を挙げる。
「こちらについては後日改めて尋ねることにする」
「では、もうひとつの報告にいこうか」
もうひとつの報告。
それは、グボコリューバ攻略軍に起こったことと、勇者撃退についてである。
一応、速報として、結果だけは伝えてはあるが、詳細を語るのはこの時が初めてとなる。
「これについては前置きが長くなります」
そう言ってから、グワラニーはプロエルメルにフランベーニュ人の農民が残り、何度も退去を勧めたものの、自らの奴隷になりたいとのいう強い要望があり、止むを得ず了承したことを説明する。
もちろんこれが完璧な事実である。
だが、それとともに信じがたいこともまた事実。
「誰が進んで我々の奴隷になるものか」
「まったくだ。作り話を語るな。グワラニー」
ガスリンとコンシリアがそう反応するのもやむを得ないものと言えるだろう。
だが、ひとりだけまったく別の感想を口にする者がいた。
「いや。それについて隠し事をしてもグワラニーに利はない。おそらくそれは本当の話だろう。そして……」
「農民どもがグワラニーの奴隷になると言ったのは、母国に帰るより、グワラニーの奴隷になるほうが彼らの利があったのだ。違うか?」
さすがというべきであろう。
そう。
王はグワラニーの言葉だけで状況を見抜いたのである。
グワラニーは王に視線を向ける。
「そのとおりです。陛下」
恭しい表情にそれと同等の言葉。
王は頷き、さらに問いの言葉を加える。
「ちなみにどの程度に設定したのだ?」
「我が国の法を調べさせたものの、土地持ちの奴隷など想定がなかったので、我が国の農民の税率である生産物の四分の一のほかに私の取り分としてさらに生産物の一割を徴収することをしました」
「……まあ、順当だ」
「主人である者がその程度で構わないというのなら、部外者が文句を言う筋合いではないが……」
「フランベーニュの農民どもはこんな条件に満足して奴隷になると言ったのか?」
ちなみに、魔族の国で国家に税金を納めているのは兵役のない人間種のみ。
手に入れた多額の報酬はすべて自分の懐に入る純魔族のガスリンやコンシリアにとって生産物の四割も他人に奪われることは理解しがたい。
当然といえば、当然の感想と言えるだろう。
まあ、すべての事情を知るグワラニーにとってはお笑い草でしかないのだが。
もちろんそのようなことを言葉にも、表情にも出すことなくすべてを流す。
「どうやら、そのようです」
「私にとってはありがたいことですが」
言いたいことは山ほどあったものの、ほぼすべてを飲み込んだグワラニーはそれだけ言って、説明はあの日の出来事へと進む。
「……奴隷になったプロエルメルという町に住むフランベーニュの農民たちと取り決めをしている最中にエイルネペ将軍が率いる軍が近くを通りましたので、ひとことご挨拶をし、グボコリューバ攻略戦が始まりましたら見学させていただくことをお願いし別れました」
「ですが、それからしばらくして大きな火球を確認し臨戦態勢に入りました。というのは、この少し前にもフランベーニュ軍の襲撃がありましたから。やがて、兵がひとり町に逃げ込んできて、エイルネペ将軍率いる軍は勇者一行と遭遇、戦いになり、全滅したことを知りました」
「なぜその兵だけがひとり助かったのだ?」
「本人が言うには、軍をひとりで全滅させた銀髪の女魔術師の気まぐれのようです」
「……銀髪の魔女か」
「我々もそう判断しました」
「グワラニーに尋ねる。結果は承知しているが、エイルネペたちの戦いの詳細はどのようなものだったのか?」
説明をしていたグワラニーにそう尋ねたのはもちろんその軍の事実上のオーナーであるコンシリアだった。
一瞬の間の後グワラニーが語ったのは残酷なまでの事実。
その最後にグワラニーはこう付け加える。
「……つまり、将軍たちは剣が届く距離にすら近づけないまま焼き殺されたということです」
みるみる元気がなくなるコンシリア。
それを冷たい視線で眺めるグワラニーに王が声をかける。
「そして、おまえが滞在していた町に勇者一行がやってくるわけだな」
まず、そう前置きした王はそこから問いの言葉を続ける。
「なぜ町を放棄して撤退しなかったのか?」
「それから、どのような根拠で奴らに勝てると思ったのかということだ」
王からの問い。
それはグワラニーにとって予想通りのもの。
だが、状況の詳細を知らされていない者にとってこれは絶対に尋ねるべきことではある。
なぜなら、グワラニーが残ってまで守る者とは奴隷である人間。
そして、戦うことになる相手は魔族の天敵ともいえる勇者一行。
つまり、町に残って戦うことを選択するということは、その両方について肯定的な理由がなければならないのだ。
「お答えします。陛下」
グワラニーはいつも以上に恭しく前置きする。
「そのふたつは別々のものではありません」
「なぜなら、私は町に残るフランベーニュ人を守るために残ったわけではありませんから」
「勇者一行。あの場所で彼らを殲滅させるのは戦力的に厳しい。それは事実。ですが、追い返すだけであれば可能だったからです」
「どういうことだ」
「勇者の目的は我が国を亡ぼすことですが、それとともに悪逆非道な魔族から人間の民を助けることも目的にしています。もちろん本人たちがそのようなたいそうなことを言っているのかは知りませんが、世間一般にはそう思われている。そうなれば、彼らとしてもそれに応えなければならない。まあ、正義の味方のつらいところです」
「そして、そうなればフランベーニュ人の農民が住む町にいるかぎり、エイルネペ将軍率いる十万人の軍を葬った銀髪の魔女の一撃はやってこない。さらに、勇者たち三人の剣士がやってきても、農民たちを盾にすれば暴れることはできない」
「そこに、ここから撤収しなければ農民を皆殺しにすると脅し文句を並べれば、こちらの要求は通るはず」
「その読みのもとに、勇者一行に使いを出しました。そして、その使いはタルファ将軍の夫人アリシア・タルファ。これも罠のひとつ。たったひとりでやってきた女性を勇者は斬れない。そうなれば、彼女の言葉を聞かねばならない。そして、聞いてしまえばこちらの要求を断れない」
実を言えば、それは嘘と事実が混ざり合っている。
だが、すべてが事実であるかのように見せるところがグワラニーのグワラニーたる所以と言えるだろう。
誰一人その言葉に矛盾を感じぬまま、その言葉はやってくる。
「とても誇りある者がおこなう所業ではないな」
「まったくだ。それでは野盗以下ではないか」
コンシリアとガスリンからの嘲りの言葉。
もちろんグワラニーにとってこれは想定済み。
当然それなりのお返しを用意している。
「たしかにその通りです。ですが……」
「正々堂々と戦ったエイルネペ将軍は十万人の軍とともに一瞬で消え、わずか二千人しかいなかった私たちは勇者を撃退し、こうしてここに報告に来ている。そのどちらが策として有効であり、さらに国にとって有益なのかは明らかだと思いますが」
そう言ってコンシリアを眺める。
あきらかな挑発。
コンシリアがそれに応じようとしたときだった。
「グワラニー。私はおまえの判断が正しかったことは知っているし、ふたりだってわかっている」
だから、お互いその辺にしておけ。
王は言外の言葉で三人を黙らせると、言葉を続ける。
「だが、その手は相手だって想定しているもの。そして、どうしても必要であれば、冷徹な決断を下すことだってあるだろう。おまえのことだ。それで確実に勇者を退けられるとは考えていなかったはずだ。つまり、おまえにはそれ以上に有効な手があったということだ。勇者どもを追い払ったその別の方法とは何だ?グワラニー」
グワラニーは王の洞察力を心の中で絶賛する。
薄い笑みを浮かべたグワラニーが再び口を開く。
「私から勇者への伝言。農民たちの代表に彼らを会わせるという」
グワラニーが口にしたのはたったそれだけ。
当然ガスリンやコンシリアにはそれが何を意味するかわからない。
だが……。
「なるほど」
「そう言われては断れない。だが、待っているのは例の条件。そうなると勇者は農民を開放するだけで終わりではなく、自身の枷になる面倒ごとがあることに気づく。非常によい手だ。それと同時にそれを瞬時に見切れる者が相手でないと通用しない手でもある。つまり、おまえは交渉した年長の魔術師は相応の者だと知っていたことになる」
「どこでそれを知ったのか気になるところではあるが、まあいい」
「とにかくその罠に気づいてしまえば当然そんな面倒ごとには巻き込まれたくない、というより巻き込まれてはいけないという結論に達する。そうなれば、勇者どもも農民の主人であるおまえには簡単に手は出せない。そして、叩くわけ行かない以上、自分たちが引くしかないとなるわけか」
わかる者にしかわからない難解な感想を口にした王は苦笑いする。
そう。
あれだけの言葉だけで王はグワラニーが使ったその策が勇者に対してどれだけ有効だったかをすぐに、そして完璧に把握したのだ。
「つまり、その従順な奴隷どもに救われたわけか」
「そうなります。そこで陛下にひとつお願いが……」
「その奴隷どもの定住だろう。奴らがそうなりたいというのだ。我々に敵対しないのであれば構わないだろう。それから……」
「私からわざわざ念を押すこともないと思うが、その農民に与えた条件は変えることもないように」
グワラニーは心の中で喜びを爆発させる。
それとともに、王に対する警戒心をあらためて持つ。
やはり油断はできないな。
この男は。
その感情を笑顔で覆いながらグワラニーは深々と一礼しすると、話は最も重要な勇者一行の情報へと進む。
実をいえば、魔族が掴んでいる勇者に関する情報は非常に少なかった。
若い剣士が三人。
男女ひとりずつの魔術師で構成されていること。
それから、三人の剣士は非常に強い。
さらに、「銀髪の魔女」と呼ばれる銀髪を靡かせる女性魔術師は驚くべき魔法を使いこなし、主に攻撃を担当する。
男の魔術師は防御を担当しているようだが、能力については不明。
その程度だった。
だから、実際に交渉したとなれば、更なる情報が得られる。
王やガスリンが期待するのは当然のことである。
だが、当のグワラニーは情報を出す気などさらさらない。
「まあ、交渉と言っても、こちらの化けの皮が剥げないうちにケリをつけなければならないので、実際のところ私が一方的に捲し立てたので、相手の情報を得るところまではいかなかったというのが正しいところです」
そう前置き、というか、予防線を張ったところでグワラニーが語り出したこと。
それはどれも差しさわりのないものとなる。
「我々は勇者一行と言っていますが、最年長は男の魔術師。この男がこの集団を仕切っているようでした」
「どこの国の者かはわかったか?」
王からやってきたその問いにもグワラニーは知っていることのほんの僅かな部分をたっぷりと膨らませてこう答える。
「彼らとはブリターニャ語で会話しました。フランベーニュ語については反応しませんでした。ですが、これはおそらく偽装。彼らの行動範囲から考えてフランベーニュ語を解せないということはない。それにもかかわらず、そうでないふりをしたということは、自分たちはフランベーニュ語がわからないように見せたかったと考えるほうが正しいように思えます。聞かれもしないうちに名乗った、アントニー、フローラ、ファーブ、マロ、ブランという名も偽名だと思われます」
「つまり、フランベーニュ人の可能性が高い?」
王からの言葉にグワラニーが頷く。
「そういうことであれば、今回のミュランジ城攻略が始まった途端に姿を現わしたのも納得できるような気もします」
「それに……」
「勇者一行は、自分たちが撤収する条件として、ミュランジ城から手を引くように主張しました。先ほどは敢えて触れませんでしたが、ミュランジ城の攻略を諦めた最も大きな理由はこれとなります。そして、それを含めて考えた場合、勇者はフランベーニュの関係者と推測できます」
「あとは……」
「彼らは我々を滅ぼすのが目的は間違いないこと。それから、勇者と名乗るだけに人間の民を大事にするということが確認できました。ですから、先ほどの話を訂正しておけば、大声で宣伝はしていないだろうが、彼らの中にもそのような気持ちはあるということになります」
「グワラニーにしては手に入れた情報が少ないな」
「しかも、特別役に立つようなものがない」
ガスリンとコンシリアからやってきた皮肉めいた言葉。
相手から情報を吐き出させるグワラニーのやり口を何度も見ている彼らの違和感から来たこの言葉は実を言えば正しかった。
自身もそれを感じていたグワラニーも苦笑しながらそれに応じる。
もちろんふたりとは別の人物に視線をやりながら。
「まあ、相手も気をつけていることですし、こちらも情報を出す気がないのですから手に入れられる情報も少なくなります。それに、今回の目的は情報収集ではなく、奴らの撤収。仕方がないと思って頂ければ幸いです」
「……その件についてはわかった」
王はそれ以上追及もせずそう言った。
そして、最後の質問として選んだもの。
それがこれだった。
「どうだ?おまえの部隊が完全な状態で奴らと戦った場合、勝てるか?」
「勝てるかというのは、奴らを葬れるかということでしょうか?」
「そうだ」
さすがのグワラニーもこの問いには窮す。
大きなことはいえないが、できないとも言いにくい。
だが、すでに完成している手立てをこの場で口にしてはすぐさま勇者にぶつけられる可能性がある。
それは避けなければならない。
即答がモットーであるグワラニーだが、相当時間を使って思いついたものがこれである。
「相手が相手だけに絶対に勝てる手立てというものは思いついておりません」
「ですから、相手の足を止める策を講じながら、もう少し研究をしたいと思いますが、ひとつだけ言えることがあります」
「勇者を倒すのに最終的に必要なものは間違いなく数万の有能な剣士。そういう点では我が部隊は規模が足りないです」
そして、その翌日。
論功行賞がおこなわれる。
そのやり方はともなく魔族軍として初めて勇者を撃退した事実。
さらにミュランジ城攻略に失敗し大惨敗したガスリン配下の後詰めとして軍を進め、敵の侵攻を阻止し戦線を安定させたうえ、事実上フランベーニュ軍主力の主たる補給路を断絶したこと。
これだけの功績を挙げたグワラニーには再び莫大な恩賞が下賜される。
さらに、プロエルメルに居住し農業を営むフランベーニュ人奴隷の所有についても正式に認められる。
奴隷の所有そのものについては王の許可は不要なのだが、今回は土地持ちという特別な事情があるというがその理由だった。
そして、これにより、事実上グワラニーはクアムートに続いて土地所有の権利を得たことになる。
さらに、ミュランジ城攻略部隊の残存兵力の大部分を吸収すること、そして、エンゾ・フェヘイラがグワラニーの傘下に加わることもあわせて発表させる。
名実ともグワラニーの勢力が拡大していることをガスリン、コンシリアがよく思わないのは当然のことなのだか、今回は両者とも自らの子飼いの失策をグワラニーに穴埋めしてもらったということもあり、表立った反対意見を述べることはなかった。
というより、大きく穴が開いた自陣の立て直しが最重要項目で他人のことなど構っていられなかったというのが実態として正しいといえるだろう。
特にコンシリアは主力すべてを失ったためにその再建は相当な時間が必要とされた。
その晩。
グワラニーは王都イペトスートでも有名な食堂のひとつ「ネフェルネフェルウ」にやってきていた。
同席にするのはクペル城から呼び寄せていたバイア、それにアンガス・コルペリーアとデルフィン・コルペリーアである。
もちろん別テーブルにはコリチーバと三人の護衛が周囲に目を光らす。
やがて、料理がやってくる。
デルフィンは果実水、残りはフランベーニュ産のブドウ酒で乾杯後、食事が始まる。
油で口がなめらかになったところで老魔術師が口を開く。
「フェヘイラは呼ばなくてよかったのか?」
「彼は正式に私の軍の一員になったのですから、本来であれば同席すべきなのでしょうが、色々忙しくなるので帰しました」
「クアムートへの引っ越しですか?」
「そういうことだ」
正解を口にしたバイアの言葉にグワラニーがそう答えたところで、老魔術師が再び口を開く。
「一応聞いておこう」
「それで、これからどうする予定なのだ?」
もちろんその言葉は目先のことを言っているのではない。
戦力は増えたものの、その部隊は南北に分割されているため、一元的には動かすことができない。
さらに南に配置された主力も広範囲に展開されているため、各部隊はその重要性から考えれば圧倒的に少数となっている。
つまり、その気になれば簡単に撃破できるということである。
そう。
老魔術師の言葉はこの状況をどうするかということを問うていたのである。
そして、それに対してグワラニーはこう答える。
「それは……」
「渓谷内から始まり、ミュランジ城で最終的な決着がついた戦い……、いや我々の功によって、我が国はマンジュークをはじめとした鉱山群の安全が確保されただけではなく、アリターナと、それから部分的ではあるがフランベーニュとも停戦が成立したので南部は安定したと言っていいでしょう」
「余程のことがないかぎり、あの周辺で大きな揉め事は起きないと思います」
「では、次の戦いを求めて移動するのか?」
「いいえ」
「せっかく訪れた安定です。満喫することにしましょう。それに、我々が駐留することによって、よからぬことを考える輩も再侵攻を諦め、安定はより強固になる。それに……」
「ガスリンとコンシリアの子分から散々金を巻き上げたクアムートの馬車業者たちから南部には儲け話が転がっている噂はやがて王都にも流れる。そうなれば、多くの者がやってくる。その統制もおこなわねばならないでしょうから」
「クペル城周辺にあらたな町をつくり、そこを中心としてプロエルメルにも物資の供給もおこないます。そのためには舗装道路の延伸も必要です」
「もちろんミュランジ城の目付として対岸にあたらしい砦をつくりますが、それとともに、川の対岸がいかにすばらしいかをフランベーニュの民に見せつけるために小さな町をつくることを考えています。そこで非公式な交易できるようになればいうことなしです」
「もしかして、クアムートの交易所のようなものをつくるのですか?」
「ええ。あの交易所には高いが非常に質の良いものが揃っていることもあり、クアムートの女性たちはあの場を訪れることを楽しみにしていると聞いています。アリシアさんによれば、ノルディアの王都ロフォーテンにだってあれだけ品揃えの良い店はないそうです。そうことであれば、フランベーニュ側、それからアリターナ側にもそのような場所があってもいいのではないでしょうか。そうすれば、アリシアさんが被っていた帽子も意外に簡単に手に入りますし、アリターナの有名な菓子も食べられることになるでしょう」
「それは楽しみです」
グワラニーがデルフィン相手に夢物語を語ったところで、水を差すように少女の祖父が言葉を割り込ませる。
「……つまり、当分の間は軍を動かさず内政に力を入れるということか?」
老魔術師の言葉に、グワラニーはまず頷き、続いて補足の言葉をつけ加える。
「我々の戦いはただ剣を振り回すだけではダメなのです。その第一歩をクアムートで示し、さらに、クペル城でアリシアさんが発展させ、さらにプロエルメルである程度の形として現れた」
「残念ながら、魔族殲滅をお題目として集まっている人間とは、その下で生きていくことはもちろん、対等な関係を築くことも叶わない。そうなれば、善良な支配者となった我々が多くの人間とともに生きていくという方策を取らねばならない」
「そのためには我々も人間を見下すことをやめなければならない」
「ここはそのような経験を積む場としたいのです」
「それから……」
「軍司令官として話をすれば……」
「もちろん王の命によってどこかで勇者一行と戦わなければならない。これは我々がこの国の軍であるかぎり避けられないことです。ですが……」
「おそらく勇者との一戦の前に戦わなければならないところが出てくる」
「ブリターニャか?」
「それとも、アストラハーニェ?」
グワラニーが口にした次の戦いの相手となる国という言葉に対して、老魔術師とバイアはそれぞれ別の国を挙げた。
だが、両方とも違った。
「その二か国と、フランベーニュ主力については我が国もそれぞれ大軍を向けて応対しているのですから、我々がすぐに出向く必要はないでしょう。私が考える次の相手は……」
「もしかして……」
「ああ。そうだ。マジャーラ王国をはじめとした小国家連合体」
バイアの言葉にそう応じたグワラニーはそのまま言葉を続ける。
「あれらはたしかに小さい。ただ見た目通り小さいだけと思ってはいけない。その見た目通りならアストラハーニェはとっくにかの国を滅ぼし南下している。場合によっては守銭奴国家やアリターナも飲み込んでいる」
「そうなっていないということは奴らがどれほどのものかということを示している」
「できれば、触りたくないし、関わりたくもない」
「不用意に手を出したら最後。泥沼に引きずり込まれ消耗戦になるからだ」
「それこそすべてを得たように見えて何も得ず、多くのものを失っただけで引き上げたアストラハーニェのように」
「だが、やらねばならない日は必ず来る」
「なぜなら、奴らの本質は、俗名どおり山賊。いずれ本格的に我が国へやってくるからだ」
それはグワラニーが以前口にした言葉の延長線にあるものである。
ついでにいっておけば、その時グワラニーは「あの場所は自分の管轄外だから」と手出ししないことを宣言していた。
だが、それはフランベーニュと決着がついていなかったため、そこまで余力がなかっただけのことであり、南部一帯がこれだけ安定したとなれば話は違う。
こちらが自由に動けるうちにマジャーラを黙らせる。
グワラニーの言葉にはその思いが込められている。
グワラニーの言葉はさらに続く。
「いずれ奴らは我が国の領土に顔を出す。そして、引きずり込まれるようにして山奥に誘い込まれた魔族軍を袋叩きにし、弱体化したところで事実上の支配化に置く。これはアストラハーニェ南部で繰り返しおこなわれているマジャーラの耕作物の略奪行為と同じ」
「今回のミュランジ城の一件でもわかったとおり、結局我々が出ていかなければケリがつかないのであれば、最初から関わったほうがいい。効率的に戦えるし、なによりも損害も少なくて済む」
「ただし……」
「アストラハーニェの例からもわかるとおり、マジャーラは大軍を動かすのには不向きな場所。であれば剣を振るわずに戦うのが望ましい。まあ、そのためには色々と準備が必要なのでしょうが……」