ファースト・コンタクト Ⅳ
プロエルメルのグワラニーの宿舎。
予定していたよりもずっと早く戻ったアリシアを盛大な歓喜で向か入れた一同は早速彼女が持ち帰った戦果を聞くためにテーブルを囲む。
「どうでした?勇者一行は」
グワラニーの問いに、剣抜きではあるが勇者たちに対等に戦った最初の魔族軍関係者となったその女性が口を開く。
「きわめて、紳士的でした」
「さすが、ブリターニャ王族と名乗るだけのことはあると思えるくらいの」
「ほう」
「王族と名乗ったのですか?」
「はい。アントニー・バーラストンと言う名だそうです。例の魔術師は」
「なるほど。せっかくですから、残りの方々の名も聞いておきましょうか」
「勇者の名はファーブ。残りの剣士はマロとブランだそうです。そして、女性魔術師はフローラだそうですが、それ以上は深入りしないでくれと釘を刺されました」
アリシアと同じ感想を心の中で呟いたものの、それを表面上には出すことなく、グワラニーは次の質問へと移る。
「ブリターニャ王族であるならブリターニャ姓を名乗っているように思いますが?」
「これはどこの国も同じなのですが、王と同じ姓を名乗れるのは配偶者及びその子のみ。それも代替わりした際には別姓を賜ります。つまり、王族だからと言って必ずしもブリターニャ姓を名乗るというわけではありません。バーラストン氏によれば、父は公爵ということです。ノルディアを参考にして答えれば、公爵の地位にある者はほぼ確実に王族です。たしかに姓は違いますが、王族というバーラストン氏の言葉は嘘ではないでしょう。もっとも彼は長男ではあるが家を継げるかは微妙な感じでした」
「……なるほど」
「……何か?」
自らの言葉と表情に違和感を覚えたらしいアリシアにそう尋ねられたグワラニーは感じたものを口にする。
「随分簡単に名乗りましたね。ブリターニャの王族だと。バーラストン氏は、それをネタに我々がフランベーニュやアリターナでの活動を妨げる策を用意する危険性を考慮に入れなかったのかと思いまして」
「そうですね。実は私もそこは引っ掛かるものがありました。ですが、アントニー・バーラストン氏は有能です。そこを突かれてもすり抜ける何かを用意しているのかもしれません。それとも、それこそが罠ということもあり得ます」
そう。
実を言えば、グワラニーだけではなく、アリシアもその名に違和感を持っていた。
ただし、言葉尻を捉えても逃げられるだけだし、そもそも自分がやってきた本題からは外れるためにあえて追及しなかったのだ。
アリシアの意図を察したグワラニーが問いの言葉を続ける。
「では、彼がブリターニャの王族と名乗ったことについてアリシアさんはどう考えていますか?」
「名前はともかく、王族まで本当なのではないでしょうか。そうでなければ、ブリターニャの名を出す必要がありませんから」
「おそらく相手は私たちが自分たちの情報を掴んでいる可能性を考慮した。下手にフランベーニュやアリターナの者だと言ってしまうとそこを突かれ、多くの情報を吐き出さなくてはならなくなるのを危惧した。その点、ブリターニャの王室の末席と言っておけば、ブリターニャでの活動について突かれても問題なく対処できますから」
「それに……」
「勇者ファーブを含む剣士三人はまだ若く駆け引きが得意ではないように見えました。そうでなければ、一番名の通った勇者が私の相手をするはずです。ですが、実際は最後まで彼は口を開くことがありませんでしたから」
「彼らから要らぬ情報漏れる可能性があるので一番弁の立つ者が話をした。それでも、何かのきっかけで自分たちがブリターニャ出身とばれてしまう可能はある。そうであるならば、それ以上は追及しにくいブリターニャ王族のひとりとその使用人と名乗ったほうがよいと判断したのではないでしょうか」
「なるほど」
「もうひとりの魔術師、フローラという女性については?」
実を言えば、戦いという部分を除けば、グワラニーが最も知りたいのはこの人物のことだった。
その理由。
それはもちろんあの日の出来事。
そう。
グワラニーがアンガス・コルペリーアに依頼しペパスを救出した日、すべてが終了した直後に起きた勇者と兄弟剣士の悲劇。
公開土下座。
そして、この世界に存在しない土下座を勇者たちにおこなわせていたのはこの女性魔術師。
つまり、彼女は土下座が存在する世界からやってきた者。
それがグワラニーの結論だった。
だが、同じとき、同じ場所から異世界転移しても転移先の時代が必ずしも一致しないという法則まではさすがのグワラニーも看破することができなかった。
だから、グワラニーの推測では、噂通りであれば二十歳前後という彼女は自分より四十年ほど未来からやってきた者となっている。
……尋ねたいことは山ほどあるが、さすがに命のやり取りをおこなっている今は無理だ。
……チャンスはある。
……今回はその下調べに専念しよう。
自らに言い聞かせてグワラニーはそう尋ねたのである。
そして、それに対するアリシアの答えがこれである。
「まず、見た目は二十歳前後。剣士三人より少しだけ年長と言ったところでしょうか。そして、序列的にも三人より上に見えました」
「なるほど」
「ですが……」
「彼女に関する重要情報はそこではありません」
「私は手土産として焼き菓子を持参しました。そして、手渡されたバーラストン氏は、それをすぐにその女性に渡しました」
そこで一度言葉を切ったアリシアはグワラニー、それから魔術師のふたりに目をやり、それから報告を再開する。
問いの形をして。
「たとえば、私たちが敵から贈り物として飲食物を頂いたときはまず何をしますか?」
「毒見だな」
実際にグワラニーも「赤い悪魔」の長であるチェルトーザとの会談の際、チェルトーザから渡されたワインの毒見をおこなっている。
持ち込んだ者本人を使って。
その毒見を勇者一行ではフィーネがおこなったということである。
「もちろん、彼女が彼らの中で取るに足らぬ存在ということもそれも考えられます。ですが、彼女の序列を考えればそのようなことはないでしょう」
「そうなれば考えられるのは……」
「毒に対する耐性かな」
「いや」
グワラニーの呟きを即在に否定したのは老魔術師だった。
老人はそこから言葉を続ける。
「どんな毒にも耐えられる者など聞いたことがない。その女が魔術師であることを考えれば、おそらく治癒魔法の使い手ということだろう。自らの身に変調を来たせばすぐさまそれに適した治癒魔法を使えるからな。そして、どのような種類の毒かを即座に判別でき、さらに即効性の毒にも対応できるというのなら相当高度な治癒魔法の使い手と考えたほうがよさそうだろう」
「……さて、勇者一行の個人的な情報はそれくらいにして、バーラストン氏との話し合いの内容について教えていただきましょうか」
グワラニーからの言葉に心の中でそう呟くと、アリシアは笑みを浮かべる。
それから、口を開く。
「まず結果を伝えておけば、こちらの願いどおり、彼らは明日ここにやってきます」
「顔を合わせるのは昼頃としておきました。そうすればグワラニー様も十分な睡眠時間が確保できるでしょうから」
そう言ってもう一度微笑み、そこから本題となるものを話し始める。
「私が賭け引きに勝った結果、彼らがやってくるという形になっていますが、バーラストン氏は元々ここにやってくる気があったように思われます」
「その根拠は?」
「たった今言ったとおり、私とバーラストン氏は舌戦を交えたのですが、彼はまだ十分に勝算がある段階で勝負を下りたからです。もちろん見た目上は私が押しまくったように見えましたが、彼の能力であればひっくり返すことは十分に可能だったはずですから」
「なるほど……」
「……ちなみに、先日会った『アリターナの赤い悪魔』と、今回のバーラストン氏。交渉能力はどちらが上でしょうか?」
「完全に対等な状態で臨めば同等かチェルトーザ氏のほうがやや上でしょう。ですが、この完全な状態というのがなかなか微妙で、どちらもその前段階で有利な条件設定をおこなってから戦いに臨むと思いますのでそのような条件下で交渉が始まることにはならないと思います。背負っているもの、それから抱えている戦力も含めて考えれば、ふたりが交渉のテーブルに着いた場合、バーラストン氏が有利に進むことが多くなるでしょう」
「わかりました」
そこからアリシアは実際アリストとどのようなやり取りをしたのか話し、グワラニーはそれを聞き入る。
だが……。
「申しわけないが、意気地のない瞼が私の言うことを聞かない」
「この一大事を前にして申しわけないが、少しだけ睡眠を取らせてもらう」
そう言ってグワラニーは突如会議を切り上げ、立ち上がると、そのまま自室に向かった。
いわゆる強制終了である。
そう。
昨日から極度の緊張のなか一睡もせずに頭をフル活動させて続けたところに、アリシアの無事帰還。
そして、最も重要な部分を確認し終えたところで、グワラニーの緊張の糸が切れたのだ。
「明日勇者の前で眠られるよりはいいだろう」
ペパスは苦笑いしながらそう言うと、老魔術師も大きく頷く。
「そうだな。そうなった場合、グワラニー殿の代わりとなるのは夫人しかいないわけだが、そんなことになっては、勇者たちに笑われる。魔族軍の長は人間の女だったのかと。そして、こう付け加えるかもしれん。『魔族とはこの世で一番意気地のない男の代名詞』だと」
「それはいかん。斬り殺されるより恥ずかしい」
「まったくだ。そうならないためにもグワラニー殿にはしっかり寝てもらうしかないだろう」
「ああ。そういうことで、我々も順番に休むことにしようか」
「そうだな。実際のところ、我々にも睡眠は必要だからな」
主役の自主退場によるお開き。
それにともなって部下たちも順番に不足していた睡眠を取ることになった。
だが、そうは言っても、まだ太陽は高い位置にあり、当然夜がやってくるのはずっと先のことであるため、残った者たちの話し合いはさらに続くことになる。
夜当番に決まり、ここで退席して就寝することになったタルファは部屋を出ていくと、残ったのは男女それぞれふたりとなる。
まあ、そのうちのひとりはこのような場面では常にかわいいお地蔵さん状態なので、実質三人であるのだが。
「ところで……」
「グワラニー殿は戦わずに勇者たちを追い返す気でいるようだが、それは本当に可能なのだろうか?」
ペパスが持ちだしたこの疑問。
これはその話を聞いた者の多くが持つ共通の疑問でもあった。
なにしろ相手である勇者は自分たちを狩ることを義務と称している者たち。
そのような者たちを口先ひとつで追い返すことが可能なのか疑うのは当然といえば、当然のことである。
「どうかな?夫人」
「ご心配なく。ペペス将軍。間違いなくグワラニー様の考えどおりになりますから」
ペパスからの催促の言葉の直後、即答といえるくらいの速さでアリシアはそう答えた。
自信満々に。
だが、それだけでは当然何もわからない。
ペパスは老魔術師の顔を眺め、同様の感想を持っていることを確認すると、再び問いの言葉を口にする。
「そこまで断言できる理由を教えてもらいたい。実際のところ、先ほど聞かされた勇者の代表が口にした言葉からそれを見出すことは私にはできなかったもので」
「わかりました」
アリシアはまずそう応じた。
続いて、その答えとなるものを言葉にする。
「一応勇者たちがここに来る理由は、グワラニー様とボナール将軍が取り交わした協定書の確認と、この地に住む農民の方々の話を聞くということになっています」
「ですが、少なくても前者に関しては、彼らが戦うかどうかを決める参考にはなりません。なにしろ彼ら自身がフランベーニュの決定に自分たちの行動は影響されないと言ったのですから」
「そうなると、それを決めるのは後者。つまり、農民の方々の話次第となるわけですが、少なくてもバーラストン氏に関しては、私たちが彼らの支持を取り付けていることはすでにわかっていることでしょう」
「もちろん私たちから農民の方々を開放し、フランベーニュに返すことが彼らのためにならないことも」
「そして、そうなると勇者一行にとって一番困るのは、交渉決裂後、私たちが農民の方々を戦闘に巻き込むことを避けるためと称して撤退を宣言したときとなります。フランベーニュに彼らを引き渡すわけにはいかない以上、彼らが農民の方々の保護者とならねばならない、ですが、彼らは五人。つまり、その地から離れることができなくなるわけです」
「もちろん私たちとの戦闘後、口封じをしてしまえば、これからも悪逆非道な魔族から民を守る正義の味方という看板を掲げて、移動しながら戦い続けることはできますが、そうなってしまっては彼らの主張は見かけだけ。各国の為政者と変わることのない汚れた存在になります」
「ですが、私の見たところ、彼らの目的が『魔族を殲滅する』というものであることは疑い余地もありませんが、自己顕示欲からそれをおこなっているようには思えません。となれば、口封じのために農民の方々を殺すことはないでしょう。そうなった場合、自由に戦い続けるための選択はひとつ」
「……この場については潔く引くということか」
すべてを聞き終え、漏れ出すように口にした自らの言葉にアリシアが頷くと、ペパスは大きなため息をつき、それからもう一度口を開く。
「見事な推測。私のような剣を振るうだけしか能がない者にはとてもそこまでは考えつかない」
「まったくだ。我々は夫人に使われる立場だということをあらためて実感した」
その言葉にすぐさま同意し、同じような感想を漏らしたのはもちろん老魔術師。
ペパスと違い、彼はグワラニーから策の詳細は聞かされてはいたものの、やはり、これだけの深みまで思考は届いていなかったのだ。
ペパスとコルペリーアが別々の表現で最大級の賞賛の言葉を送ると、その相手である女性は少しだけ照れ、だが、しっかりとその言葉を受けると、返事となる言葉を口にする。
「いえいえ。私はグワラニー様がおこなっていることからそれを引き出しているだけのことです。本当にすごいのは何も起こらぬ前からその準備していたグワラニー様だと思います」
そう言ってアリシアはニコリと笑った。
「……お茶にしましょうか」




