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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十四章 The First Contact
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ファースト・コンタクト Ⅱ

 さて、ここからグワラニーとアリストというこの時代最高の策士が顔を合わせることになるのだが、実を言えば、グワラニーはその前段階として、もうひとつ手を打っていた。


「真夜中にたたき起こしたことは謝罪するが、時間がないのだ」


 そう前置きしたグワラニーは、目の前に並ぶ、眠そうなアベル・マイエンヌたちプロエルメルに住む六家の者の代表の顔に話しかける。


「実は再びこの町を襲撃しようとする者がいる」


「しかも、今度の相手はあの勇者。残念だが、この数の兵士で野戦をしても勝てる見込みがない」


「そこでこの町に立て籠もって戦う」


 六人の男たちはグワラニーのこの言葉に一気に目が覚める。

 当然である。

 なにしろそれは周辺の畑はもちろんこの町も戦場になるということを意味しているのだから。


「グワラニー様。戦いを避ける手段はないのでしょうか?」


 命も大事だが、農民にとって農地もそれと同じくらいに大事である。

 マイエンヌからやってきた言葉は当然のものといえるだろう。

 その言葉にすぐには答えず、一度全員の顔を眺めたグワラニーが口を開く。


「実を言えば、なくはない」


「我々が撤退することだ」


「実際のところ、これであれば我が軍も損害も出ないし、おまえたちはもちろん、おまえたちの畑も痛まずに済む。勇者たちの来訪を知ったとき、私はそうしようと思った。だが……」


「その後はどうなる?」


「もちろん勇者が私の代わりにこの土地の領主になるならいいだろう。なにしろ奴らはこの世界の最強だ。畑を守る番犬としては最高だからな」


「だが、奴らの目的は我が国を亡ぼすこと。すぐに戦う相手を求めて次の場所へ移動する、そして、その後にやってくるのはおまえたちの元同胞であるフランベーニュ人どもだ。そして、やってきたフランベーニュ人がおまえたちとおまえたちの土地をどう扱うかは火を見るよりあきらか」


「略奪と暴行。そして、おまえたちは土地を奪われ、奴らの奴隷となる」


「おまえたちはそうならぬように私に庇護を求め、私はそれを受け入れた。一度その庇護を決めておきながら、自分たちの身の安全だけを考えて助けを求めてきた者たちを見捨てて逃げるなど私にはできぬ」


「だから、たとえ相手が勇者であろうとも戦い、そして、必ずおまえたちを守り抜く……」


 グワラニーがマイエンヌたちのそう語ってから少しだけ時間が進んだプロエルメルの入口付近。


 完全武装の兵士たちが警備する中心にグワラニーはいた。

 そして、そのグワラニーに声をかける者がいた。


「……それにしても、あれは名演説でした。農家の方々は涙を流して感激していました」


「そして、これで気兼ねなく彼らを盾として使えますね」


 声の主はグワラニーの隣に立つ純人間の女性だった。


「そうですね。ですが……」


 陽が昇る前におこなわれたその出来事を回想するその声に、グワラニーは視線を向けることなく応じる。


「言い訳を少しだけ言っておけば、概ね間違ったことは言ってないつもりです。それに彼らの方から勝つために役に立つのならどんなことでもすると協力を申し出てくれたのです。脅して利用しているわけではありません」


 そう言ったところで、グワラニーは自分に対して薄く笑う。


「まあ、それでもそれを騙すというのなら、それくらいの罪は背負います」


「なにしろ、これからあなたがおこなうものに比べれば私が背負うものなど豆粒くらいに小さいものなのですから」


「よろしくお願いします。アリシアさん」


 グワラニーはそう言って一礼する。


「出かける前にもう一度言っておきます。交渉を決裂させてでも必ず帰ってきてください。それから、全権を委任するわけでからあなたにすべて任せます。どのような決着でも受け入れますので無理はしないように」

「ありがとうございます。……では、行ってきます」


 短い言葉を口にすると、アリシアは目指す方向へと歩き出す。


「……あの……」


「……タルファ将軍との別れのあいさつは?」

「不要です」


「すぐに戻りますから」


 背中越しにグワラニーの言葉を撥ねつけると、優雅に、だが、しっかりとした足取りで進んでいく。


 交渉相手のもとへ。


「強いな。夫人は」

「ああ。あの強靭な精神力は我が軍一だ。そして、思う。やはりタルファ将軍の最大の功績はあの女性と結婚したことだと」

「まったくだ。今後はタルファ将軍を、アリシアさんの夫という肩書をつけて呼ぶべきだな」


 彼女を見送るペパスと魔術師長アンガス・コルペリーアは冗談交じりにそう言葉を交わした直後、顔を急激に変化させる。


 将軍の地位にある男が老魔術師に視線をやる。


「今から言っておく」 


「もし、彼女を害させるようなことがあれば、たとえ命令違反になろうが、私は勇者どもに剣を浴びせる。もちろん前もって言ったのだ。止めないでくれ」


 つまり、報復をおこなうから止めるな。


 そういうことである。

 そして、ペパスが予想していたのは当然否定的な言葉。

 だが、その直後やってきたのは、それとは対照的な言葉だった。


「止める?そんなわけがないだろう。というより、私もそれに参加する。それはデルフィンも同様だろう。だが、おそらくペパス殿は命令違反を犯すことになるまい」


「そんなことになれば、グワラニー殿が苛烈な報復を命じるだろうから。そして、そうなれば、どちらかが消えるまでやることになる」


「どちらにしてもあまり明るくない未来図だ」


「だから、誰に取ってもそのようなことが起きないことが一番だ」


 そう言ったところで、老魔術師は孫娘の手を握りながら女性を見送る若い男と、そこから少しだけ離れた場所で腕組みしながら遠くを見つめる女性の夫であるもうひとりの男を眺めた。

 そして、こう呟いた。


「……こういうときは待つ方が辛いな」


 多くの者の思いを背負ったアリシア・タルファ。


 むろん彼女が向かった先にいるのはもちろん勇者一行なわけなのだが、実を言えば、その勇者たちはグワラニーが放ったこの予想外の一手に困惑していた。

 もちろん最上級の防御魔法を展開していたので、攻撃されるということはないのはわかっている。

 それでもこれは……。


「どうするのだ?アリスト」

「というより、何しに来たのだ?あの女は」

「疑いようもなく使者でしょう……」


 ファーブとブランから立て続けに飛んできた問いの言葉に対してそう答えながら、アリストは思考する。


 何かの交渉ということなのは疑いようもない。

 だが、その使者に女性を寄こすとはあまりにも非常識。


 非難の言葉を口にしかけたところで、アリストは前日のことを思い出す。


 ……あれと同じか。


 たしかに、こうやって相対してみると女性ひとりが相手ではすぐに手は出せない。

 使者としては悪くない人選ともいえる。


 ……いや。


 フィーネと違い武器も携帯していない。

 勇者と名乗る我々に対する者として最高の人選といえる。


 苦笑しながらアリストは口を開く。


「……皆さん。あの女性がやってきたからのことですが、当然挨拶をしなければなりません」


「その場合に名乗る名前ですが……」


「奴らは俺たちが勇者一行とわかってきているのだ。隠すことはないだろう。俺はマロと名乗る」

「そういうことであれば、俺はファーブ。こいつはブラン。まあ、それのほうがいい。ボロを出さなくて済むから。ブランが」

「なんで俺だ。それをやるのはファーブだろう」

「冗談ではない。俺がいつそんなヘマをやった?」

「いつもだ」


「まあ、誰でもいいです。そうなれば連帯責任で三人とも厳しいお仕置きですから」


 強引に割り込んできたその言葉だけを聞けば三人の軽口のオチにあたる冗談であるのだが、まちがいなくこれは本気。

 そして、それが起これば現実になる恐怖。


 これ以上大ごとにしないために、この話題から離れよう。


 一瞬のアイコンタクトの後、三人を代表してファーブが口を開く。


「では、フィーネはどうするのだ?」

「あなたがたと違って私は悪いことなど一度もしていないのですから、名を隠す必要がありませんのでフィーネと名乗ってもよいのですが、ここは用心のためフローラ・フローレとでもしておきましょうか。かわいい私にふさわしいとは思いませんか?フローラは」


 一瞬にほど遠いくらい長い沈黙。

 それが彼らの必死の努力の証となる。

  

 そして……。

 ファーブが重い口を開く。


「ということは……」


「問題はアリストということか」


 ファーブのその言葉とともに、四つの視線が集まったその男も今だ周辺を覆う微妙な空気に苦笑いしながら頷く。


「魔族は大海賊と繋がりがあり、ノルディアと非公式ながら国交があります」


「アリスト・ブリターニャと名乗れば、それがどのような人物かなどすぐに判明するでしょう。できれば、それは避けたいと思います」

「それで、どのような名前にするのだ?」

「名ばかり王族ひとりのアントニー・バーラストン氏の名前を拝借しておきましょう。彼は私よりも一歳若いだけ。外見上の問題はないでしょう」

「だが、調べられたらわかるだろう」

「いいえ。彼の旅好きは有名。しかも、浪費家。私とそっくりだから大丈夫です」

「いや。似てないな。少なくても後半部分は」

「ああ。アリストはケチだ」

「いやいや、ただのケチではない。非常にケチだ」

「最低だな」

「ああ。最低だ」


 いつもならここから実体験に基づいた彼らの悲しい話が続くのであるが、時間がないため、すぐにお開きになる。

 というより、アリストが強制的に店じまいにしたのだが、とにかく、相手に不必要な情報をやらないように、交渉はアリストひとりでおこなうことを確認したところで、プロエルメルから歩いてきた女性がほぼ到着となった。


 だが、あの日の直後アントニオ・チェルトーザより贈られ、これからしばらく後彼女が被ったことが知られた後はアリターナだけではなくブリターニャやフランベーニュの貴婦人たちの間にも大流行し、彼女たちの必須アイテムとなるアリターナ王室御用達の店のネーム入り唾広帽子を取った彼女の顔を間近で確認した一同は驚く。


「人間種……いや、目が赤くない」


「ということは人間か」


 ファーブは呻く。

 もちろんアリストも。


「……これはやられましたね」


 使者として女性を向けるだけでも奇手と言えるのに、魔族側からの使者がまさかの人間というのはさらにそれの上を行く。


「……つまり、あの村にいるというフランベーニュ人ということでしょうか」


 フィーネからやってきた冷気を帯びたその声はあきらかに負の要素が多分に含まれるものだった。

 人質になっている村人を使者として送った。


 簡単には殺せぬように。

 いや。

 殺されても問題ないように。


 フィーネは言外にそう言っていたのである。


 実をいえば、偏見に基づいたフィーネの推測はほぼ正解だった。

 なにしろ、グワラニーの基本戦略は「人間の盾」だったのだから。

 だが……。


「いや。彼女の歩き方や表情からは、脅され仕方なくやってきたという香りがまったくない。つまり、彼女はあきらかにグワラニー側の人間。そして、そのうえで言えば、もし、彼女が村人だった場合、面倒なことになります」


 つまり、そうであれば、グワラニーはそこに住むフランベーニュ人の人心掌握に成功しているということになり、それはグワラニー軍と戦う自分たちは彼らの敵ということになる。

 勇者という看板を掲げる自分たちにとっては好ましくない事態ということになるのである。


 アリストは苦笑いしながら、さらに言葉を続ける。


「ですが、より可能性が高いのは彼女が以前からグワラニーの配下の人間ということ。ブリターニャの間者からの報告ではグワラニー軍にはボナール将軍を斬った男以外にも人間がいるということでしたのでそういうことは十分にありえます」


「どちらにしても、こちらが手を出せない相手を使者に寄こすことを思いつくとは相当な曲者ですね。グワラニーということは」


「そして、そのグワラニーが使者として寄こしたのです。この女性も相当の実力者と思ったほうがいいでしょうね」


「……心してかかりましょう」


 そうして、いよいよ六人の人間が対峙する。

 その直後、その場にいる一番の年長者が口を開く。


「私の名前はアリシア・タルファ。現在はアルディーシャ・グワラニー将軍の幕僚を務めています」


 その女性、アリシア・タルファが口にした言葉である。

 

 本来であれば、情報はできるかぎり隠避をすべきところを何も聞かれぬうちからアリシアは自らの素性をあきらかにしたのである。


 日頃から情報隠避を旨としているため、それを聞いて戸惑う勇者一行であったが、そう言ったアリシアにはアリシアなりの明確な理由があった。


 その理由。

 それはその言葉のほぼすべてがすでに明らかになっていたことだった。

 秘密交渉であるアリターナ人との接触で語られたことはともかく、アポロン・ボナールやエティエンヌ・ロバウとの交渉過程で知られた情報は外に漏れるのは確実。

 そうなれば、いずれ知られることになる。

 それどころかすでに知られていることだってあり得る。

 そういうことであれば、ここで晒したところで問題ない。


 それがグワラニーの基本姿勢であり、アリシアもそれに同意していた。


 ここで唯一の新情報は幕僚ということ肩書になるわけだが、このような交渉では肩書は必要であるということからそれを口にしたもので、誤って出してしまったというわけではない。

 さらにいえば、それが正しいものなのかを確かめる術は相手にはない。

 つまり、嘘はついていないが、それと変わらぬ効果がある。


 それに、何かをこっそり隠しながら交渉するというのはやはりどこかで無理が出てくる。

 ハッキリと格下とわかる相手ならともかく、同等ないし格上と思われる相手にはそれは当然不利となる。


 さらに言えば、こちらがこれだけの自己紹介をした以上、相手もそれに合わせねばならない。


 こちらは公開同然の情報を差し出し、相手には知られていない情報を示させる。

 なかなかの交渉テクニックといえるだろう。

 もちろん別の世界ではさらに高度な交渉テクニックが多数存在する。

 だが、驚くべきはこれを披露したアリシアが交渉術というものを誰にも伝授されていない点にある。

 つまり、彼女のおこなったことはすべて自身が考え出したもの。

 そして、それを生み出したのは、彼女が持つ唯一無二の才能である驚くべき洞察力。


 ここからは表面上の交渉以外に、情報戦、というか、情報収集戦という色合いも出てくる。


 そういう点からも、グワラニーが送り出したアリシア・タルファは最適の人材。

 もちろん、情報操作の達人である腹心のバイアもいるが、プロエルメルに滞在しているという限定をつければ、グワラニー本人を除けば、一番はやはり彼女であるといえるだろう。


「……とりあえず、手土産を持参しました」


「私がつくった焼き菓子です」


 アリシアが手渡し、アリストが受け取った紙袋に入ったそれは、ボナールとロバウも絶賛したアレである。


 さすがにここで毒ということはないだろうが、やはり用心は必要だろう。


 そう心で呟いたアリストが紙袋を手渡したのはフィーネ。

 彼女の場合はいざというときには治癒魔法を使用しても対象が自分自身であるため、他者には気づかれないという利点がある。


 フィーネは袋から甘い香りがする菓子を摘まみ上げ、無造作に口に放り込む。

 そして、当然の反応をする。


「これはおいしい」


 もちろんそれは毒がないことの合図でもあるため、年少組三人はすぐさまご相伴に預かり、フィーネからそのひとつを手渡されたアリストも口に入れる。


「たしかにこれはおいしい」


 ……なるほど。


 その様子を眺めながら心の中でアリシアは呟く。


 ……彼女の序列はやはり最下位というわけではないのですね。

 ……さて、いろいろわかったところで、そろそろ始めましょうか。


「せっかくですから、皆さまのお名前もうかがっておきましょうか?」


 これは当然の要求ともいえる。

 アリストは薄い笑みでそれに応じ、それから口を開く。


「勇者などと呼ばれていますが、私たちはいわゆる冒険者です」


「まず、私はアントニー・バーラストン。ブリターニャ王国の王族の端くれで公爵であるアンドリュー・バーラストンの長男となります。まあ、今は勘当同然で家を追い出されていますが」


「そして、こちらはフローラ。それから、そのふたりはマロとブラン。そして、最後はファーブ。彼の肩書がこの集団の名である勇者となっています。その理由はご存じのとおり」


「ついでにいっておけば、彼らのものは皆仕事用の名です。本名とその名を名乗っている理由についてはご容赦を」


 ……さすが。

 ……流れるような短い会話でそれ以上の追及を遮断したわけですか。


 ……グワラニー様の見立てどおり、この方は魔術師と同時に相当の知恵者。

 ……一瞬の揺るぎも許されない相手のようですね。


 アリシアは薄い笑顔の下でそう呟いた。


 お互いの自己紹介が終わったところでアリストが再び口を開く。


「……それで、アリシア・タルファ」


「我々は敵対関係にある。馴れ合うつもりはない。早速だが、上官のアルディーシャ・グワラニーがあなたを私たちのもとに使者を送った理由をお聞かせいただこうか」


 アリシアはアリストの言葉に頷くと背を伸ばす。

 それから口をゆっくりと開く。


「では、グワラニーよりの言葉を伝えします」


「フランベーニュ王国軍将軍アポロン・ボナールと、私アルディーシャ・グワラニーの協議によってボルタ川、フランベーニュ王国の言葉ではモレイアン川となるその川の東岸は我が領地と認めるということで協定を結んでいる。勇者一行がその地を犯す行為はその協定に違反している。それはすなわち、我が国だけではなく、ボルタ川東岸は我が領地と認めたフランベーニュ王国の名に対しても泥を塗る行為である。フランベーニュ王国より批判を受けたくなければただちに西岸へと戻ることを要求する」


「なお、ふたりが署名したその協定書のひとつは元クペル城城主でフランベーニュ王国軍将軍エティエンヌ・ロバウが所持しているが、同じものを私も所持している。確認する勇気があるのなら、私が滞在しているプロエルメルに来られたし。以上です」

「……なるほど」


 感情が一切籠らぬ声でアリシアが伝えたグワラニーから勇者へのメッセージを聞き終えたアリストはそれに応じるように笑みのない表情をつくり、それに答える。


「伝言承った。だが、残念ながら我々は冒険者という立場にある。当然ながらフランベーニュ王国とも無関係。つまりフランベーニュ王国がどのような協定を結ぼうが、我々の行動はそれによって掣肘されることはない」


 協定を盾に撤退を要求するアリシアに対し、どこの国にも縛られない冒険者という立場を強調し、アリストはグワラニーとボナールが結んだ協定には自分たちの行動は縛られないと主張した。


 法的根拠をもとに要求されたものに対する返答としては申し分ないものであろう。

 序盤はアリストがやや有利。

 だが……。


「そうですか」


 アリシアはそれを悟ったように少しだけ落胆したように短い言葉を吐き出す。

 だが、その落胆は演技だったことがすぐにあきらかになる。


「では、それについては、フランベーニュ王国にこう伝えることにいたしましょう。そちらの同盟国であるブリターニャ王国の王族が協定を無視して攻撃を開始した。よって、こちらが譲歩したものをすべて破棄する。それを望まぬのであれば然るべき対処をすべしと」


 更なる強打。

 だが、その言葉はアリストも予期していたこと。

 すぐさま反撃の言葉を加える。


「そうであっても、フランベーニュはブリターニャに抗議はできない。理由は語るまでもないでしょう」


 だが、アリストはアリシアを少しだけ甘く見ていた。

 つまり、これで決着と思ったのだ。


 だが、そうはならず。

 アリシアは小さく頷き、それから再び口を開く。


「あなたはどのような類であっても魔族との停戦はフランベーニュも参加している対魔族協定に違反しているからと言いのでしょう。たしかにその通りです。ですが……」


「たとえブリターニャに抗議はできなくても、フランベーニュが勇者とことを構えることは可能でしょう」


「なにしろ、勇者はフランベーニュとはもちろんブリターニャとも無関係な存在なのですから。フランベーニュが無礼な勇者を叩くことについては対魔族協定には違反しませんし、ブリターニャに文句を言われる筋合いでもありません。それがたとえブリターニャの王族が含まれていようとも」


 心の中で油断した自身を諫める言葉を口にしたアリストが表情を変える。


「なるほど。たしかにそれは違反にはなりませんね。ですが……」


「我々に勝てると思いますか?彼らが」

「さあ、それはわかりません。ですが、重要なのはフランベーニュと勇者が戦ったことです」


「それが何を意味しているのか、明敏なあなたならわかるでしょう?」


 それによって勇者は人間側全体の味方ではなくなる。

 少なくてもフランベーニュでは。

 そうなればフランベーニュ国内の移動の自由もなくなり、食料や休養を取れる場所も失う。

 さらに、それは同様に私たちと休戦協定を結んだアリターナやノルディアも同じこと。

 勇者は大幅に行動制限を受ける。


 そう呟いたアリシアは仕上げの言葉を口にする。


「あなたが解放しようとしているプロエルメルには六家の家族、合計百人の元フランベーニュ人が住んでいます」


「彼らは現在形式上アルディーシャ・グワラニーの奴隷となっています。プロエルメルに来て彼らに言ってみたらどうですか?悪逆非道な魔族から解放するために助けにきたと。彼らがどう答え、そして、その答えによってあなたがたがどう動くのか。非常に興味深いです」

「……ほう」


 つまり、見に来いということですか。

 まあ、私もそれが目的でしたから都合がいいことです。


 アリストは大きく息を吐きだし、その言葉を口にする。


「いいでしょう」


「明日。そちらに出向き、例の協定書を見させていただき、あわせて囚われたフランベーニュ人の方々の話を聞くことにいたしましょうか」


「では、昼食の頃にお伺いすることにしましょうか」



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