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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十三章 ミュランジ城攻防戦
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勇者出現

「……詳細は承知している」


「見事なばかりの惨敗だったな」


 フェヘイラは来訪から相当な時間待たされた。


 むろん嫌がらせなどではなく、グワラニーはその場にいなかったためだ。

 そして、夜になる直前、待ち人がようやく姿を現わす。


 形ばかりの挨拶をおこなったフェヘイラがこれまでの戦況を話し始めたところを右手で遮ったグワラニーが口にしたのが、最初の言葉となる。


 不機嫌さを顔を覆いながら沈黙するフェヘイラを眺めながらグワラニーは言葉を続ける。


「それで……」


「ただひとり残った指揮官であるエンゾ・フェヘイラ将軍が私に何を望むのか?」


 単刀直入。

 これこそグワラニーからやってきたものを表すのに最もふさわしい言葉だろう。

 だが、実を言えば部下たちを残したままこの場にやってきているフェヘイラとしてもありがたいことではあった。

 今さら隠し立てなどする必要もないため、グワラニーの問いと同類といえる種類の言葉紡ぐ。


「壊滅寸前の我が軍の援助。そして、ミュランジ城攻略戦に参加していただきたい」

「なるほど」


 グワラニーは、自分より六十歳、人間換算ではその三分の一ほど年長と思われる目の前の男に短い言葉で応じたものの、それに続くのは長い沈黙だった。

 「思考中」という札を顔に張って。


「……何か不都合でもあるのか?」

「ある」


 フェヘイラが思わず口にしたその言葉を待っていたかのようにグワラニーは再び短い言葉で応じる。

 だが、今度はさらに言葉が続いた。


「私がガスリン総司令官よりミュランジ城攻略に関しては何があっても手出し無用と言い渡されることを知っているだろう」


「フェヘイラ将軍の申し出は状況を考えれば十分に理解できるが、それを実行してしまうと総司令官の命令に背くことになる」


「どうしたらよいものかと考えていたのだ」


「フェヘイラ将軍にはこの問題を解決せる妙案はあるか?」


 その問いにフェヘイラは顔を歪める。


 生き残ったというその一点だけを理由にして自刃を強要されるなど御免被りたいフェヘイラは当然答えられない。


「ないか?」

「……残念ながら」

「では、仕方がない」


 却下か。


 フェヘイラは落胆するものの、命令違反したくないというグワラニーの事情も十分に理解できるので文句をいうわけにはいかない。


 これからやってくる言葉を予想し落胆したフェヘイラだったが、直後聞こえてきたグワラニーの言葉はそれとは別種のものだった。


 もちろんフェヘイラが望んだ最高のものとは程遠いものだったが、たった今想像したものに比べれば遥かによいもの。


 そう表現できるだろう。


 そして、それは……。


「我が軍の一部をボルタ川の岸まで進出させる」


「ただし、攻撃はおこなわない。だが、敵が攻撃してきたらそれ相応のお返しをする」


「その間に私が王都に戻り状況を説明し、ガスリン総司令官の指示を仰いでくることにしよう。ただし、野暮用を一件片付けてからになるが」


「それで、よろしいか?」


 もちろんもう一声を言いたいところだが、これでも何もないよりはマシ。

 いや。

 十分に満足できるものといえる。


 ここで欲を掻き、すべてを失うわけにはいかない。


 そう割り切ったフェヘイラは笑顔で一礼する、

 続いて、問うたのは、自身にとって最も重要なこと。


「それで、私はどうしたらよろしいか?」


 もちろん最悪は攻略軍に関わる指揮権のすべてを奪われ、王都に同行しろといわれることである。

 だが、やってきたものは……。


「フェヘイラ将軍は現在ミュランジ城攻略部隊の指揮官だ。引き続き指揮を執るべきだろう。むろん指揮するのはそちらの兵だけだ。こちらの兵と魔術師、それから全体の指揮は私の部隊の副司令官バイアがおこなうものとする」

「承知した」


 フェヘイラは心の中で歓喜の声を上げる。


 軍を動かし、最前線に進出する。

 だが、積極的な攻撃はおこなわない。


 味方の苦境は見過ごせないので、とりあえず手を差し伸べるが、命令違反に対する罰を恐れてそれ以上は動かないように見えるし、そもそもグワラニー自身がそう明言しているのだ。

 フェヘイラが納得し、信じるのも当然といえるだろう。


 だが、グワラニーがミュランジ城を落とす気があれば、いつものように白いものを黒く塗ってでも黒だというだろう。

 しかも、それをおこなうだけの材料が向こうからやってきたのだ。

 いくらでもやりようはあるはず。

 それにもかかわらずなぜそれをおこなわないのか?

 答えは簡単。


 グワラニーはミュランジ城攻略をおこなう意志がない。


 つまり、そういうことである。

 だが、それは以前の彼の言葉とは矛盾する。


 ガスリンの子分が難攻不落のミュランジ城攻略を失敗したところで、戦場に乗り込み、功績を残らず頂く。


 表現は違うが、内容的にはそう言っていたのだから。

 しかも、それを口にしていたのはそう遠い昔のことではない。

 つまり、つい最近グワラニーにミュランジ城攻略を躊躇させるものが現れたということである。


 そして、この地より北方にある町グボコリューバの対岸アンムバラン近くの丘。

 そこが、それが起こった場所となる。


 ちなみに、アンムバランは魔族軍副司令官アパリシード・コンシリアの子飼いたちがグボコリューバ攻略の拠点としようとしていた地である。


 だが、グボコリューバ攻略の開始というだけではグワラニーがミュランジ城を諦める理由にはならない。

 当然それ以外、というよりそれ以上の何かがなければならない。


 勇者一行の出現。


 それがその理由となる。


 さすがのグワラニーも勇者が間近に現れては戦力を簡単には振り分けられず、必然的に優先度の低いミュランジ城攻略は諦め、主戦力は対勇者に集中したい。


 これがその真相だった。

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