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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十三章 ミュランジ城攻防戦
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第二次モレイアン川の戦い 

 ティールングルの戦いが終結して十日。

 ミュランジ城攻略部隊の指揮官アドリアン・ポリティラはあきらかに苛立っていた。

 その理由はいうまでもないだろう。


「……どうなっているのかわからないのか?魔術師長」


 ポリティラの怒りの矛先が向けられたのはティールングルへの転移を提案した魔術師長アラカージュ・パウナミンだった。

 ポリティラからやってきた強く鋭い言葉を、同じ種類の視線で退けたパウナミンが口を開く。


「残念だが、転移避けが完全なので調べようがない」


 それがパウナミンの答だった。


 取り付く島もない。

 この世界には存在しないその表現がふさわしい言葉は、その場にいる者全員を鼻白ませるに十分なものではあったのだが、実際のところ、パウナミンとしてもそれ以上答えようがなかったのも事実である。

 そのパウナミンが返す刀でポリティラからやってきた「説明責任」という看板を放り投げた先はその場にいる将軍の地位にあるひとりだった。


「ウルアラー将軍たちがミュランジ城に迫っているのなら、城を守備する者たちが西に陣を動かすはず。アルタミア将軍。敵軍に変化はあったか?」


 パウナミンとしては、現地に行くことが出来ない以上、目の前の変化からそれを読み取るべきと主張したかったのだが、相手の言葉は先ほどのポリティラの問いに対する自分の返答に劣らぬくらいのけんもほろろなものだった。


「……いや。ミュランジ城周辺のフランベーニュ軍に移動する様子はまったく見られない。十日間戦闘なしに進軍できるとは思わないから、どこかでやり合っているのだろうが、あの様子ではその相手はミュランジ城の守備隊とは関係のない者たち。それくらいしかわからないな」

「なるほど」


 そして、この数日と同じように長い沈黙の時間が始まる。


 もちろんこの場にいるもうひとりの将軍フェリペ・セリテナーリオを含めた全員の胸のなかには最悪の事態を予想する火種はあった。

 だが、内容が内容だけに簡単には口には出せない。

 結局明日も障害物の森にあるはずのあらたな回廊の探索をしながら西からやってくる味方を待つということになった。


 そして、ウルアラーたちが転移して十二日目。


 ティールングル遠征軍の消息がようやく判明する。

 それをもたらしたのはグワラニー。

 もちろんその情報はワイバーン経由で仕入れてきたものだった。


「……全滅しただと。しかも、転移したその日のうちに」

「ええ」

「信じられん」

「ですが、事実です。フランベーニュの王都アヴィニアではその話で持ち切り出そうです」


 聞き手にとって、あり得ると思いつつも、そうでないことを祈っていた事実を語り終わったところで、グワラニーはあわせて手に入れた情報のひとつをそこに加える。


「ちなみに、ウルアラー将軍たちとぶつかったのはアルサンス・ベルナード。彼はいうまでもなくフランベーニュ西方軍指揮官。つまり、総司令官が前線から下がり、ウルアラー将軍たちの相手をしたということです」

「なんと……」


 ポリティラは呻く。

 本来は前線で指揮を執らねばならない者が遥か後方まで下がってきた。

 そこまで説明されれば誰にでもわかる。

 それがどのような意味があるかということを。


「……つまり、待ち伏せされたのか」

「もしかして、転移直後を襲われたのか?」


 ポリティラの呻きにセリテナーリオも続いた問い。

 だが、グワラニーは首を横に振ると、その答えとなるものを口にする。


「いいえ。近くの草原地帯で正面からぶつかったとのこと。まあ、相手は六十万だったので勝ち目はまったくなかったとは思いますが」

「六十万?ベルナードは六十万を率いて待っていたのか?」

「ええ。おそらくベルナードは十万人ほどを相手にするつもりだったのでしょう。さすがに数万を相手にそれだけを動かす必要はありませんから」


「六十万対三万では、ウルアラーたちはなぶり殺しにされたのだな」


 アルタミアが絞り出すように尋ねた問いに、グワラニーは再び小さく首を横に振る。


「数が数ですから最終的にはそうなったと思われます。ただし、海賊どもが手に入れた情報ではフランベーニュ側の死傷者も十万を超えていたそうですからウルアラー将軍たちは十分に善戦したと思います。その証拠に敵将ベルナードは、その戦い方を称え、我が軍の死者をすべて丁寧に埋葬したとのこと。これはベルナードだけではなくフランベーニュとしては異例中の異例といえるでしょう」

「なるほど」


「……そういうことであるなら、一応感謝せねばならないな。敵将アルサンス・ベルナードに」

「……そうですね」


 それからしばらく経った同じ場所。

 文字通りお通夜状態のミュランジ城攻略軍の本陣を出たグワラニーは小さく息を吐きだす。

 それから、呟く。


「……さすがにこれだけ負ければ十分だろう。勝算のない戦いで消耗する必要はない。もう店じまいすべきだ」


 だが、その言葉に反し、ミュランジ城攻略戦は継続される。


 そう。

 このタイミングで援軍が来たのである。


 もちろんどれだけ援軍が来ようとも彼らではミュランジ城は落とせないことを知っているアルディーシャ・グワラニーは、誰もいないところで王都から到着したその軍をこう表現していた。


「損切りが出来ないヘボ投資家。いや、コンコルド効果の見本だな。これは」


 コンコルド効果。

 コンコルドとは別の世界に存在した超音速旅客機の名前である。

 その航空機コンコルドは運航開始してすぐ、それどころか運航する以前より事業として失敗であることが明らかだった。

 だが、それまで多くの資金を投入していたため、運行をやめると言い出せず、さらに損失を増やしてしまった埋没費用効果の完璧な事例であるため、多くの場面で本来の用語の代わりとしてコンコルド効果という言葉が使用される。

 当然ながら、その前段に登場した損切りとはその対義語に近い意味を持つ。

 むろんどちらもこの世界には存在しない言葉であるため、周辺の者はその意味は理解できないのだが。


 グワラニーがわざわざ別の世界の言葉まで持ちだしてまで言いたかったこと。

 それは……。


「勝てないとわかったら、さっさと諦めるべきだ。そうすれば、余計な損害は出さずに済む。戦争は武芸試合と違い一度の戦いでは終わらない。一度負けても次の戦いで取り返すことは可能なのだ。そのためにも戦力はできるだけ残さねばならない」


 つまり、ティールングルの戦いで敗北し、多くの将兵を失ったところでミュランジ城の攻略をやめるべき。


 具体的にはこの援軍は不要だと。


 だが、言われた方にはやめられない事情が存在している以上、簡単にはやめられない。

 まさにコンコルド効果である。


 もちろん回廊に蓋をしている門番を抜きさえすれば、対岸に辿り着けるのだから、グワラニーの言うほどではないともいえる。

 だが、あと一押しに必要と思った増援から泥沼に嵌り、戦力をすりつぶした例は戦争の歴史において多数存在するのだから、やはりどこかで勝敗の線引き、というか諦めは必要であろう。


 ちなみに、これだけ負けながらミュランジ城攻略部隊の諸将が作戦中止に踏み切れない事情とは主に彼らの飼い主にある。

 もちろんポリティラたち自身にも個人的に多額の出資をしているため、ここで戦いをやめたら褒美は貰えず大損害であるという事情があるので彼ら自身の問題でもあるのだが、彼らの飼い主であるガスリンがライバルであるコンシリアに遅れを取るわけにはいかないということに比べれば取るに足らないことといえるだろう。


 まあ、理由がどちらの割合がより大きいかは脇に置くとしても、この時点の彼らにはさらに戦うという選択肢しかなかったのは事実。

 その一方、ティールングルの戦いの結果によって継戦するには戦力不足が決定的にもなる。

 そうなれば、ここは必要以上に彼らを歓迎せねばならない。


 顔全体でそう表現したポリティラたちに迎えられた援軍は、ダニエル・アバエテトゥーバ、アンタイル・タイランジア、エンゾ・フェヘイラ、ベネディド・デスコベルタ、アビリオ・アナパイケの五将に率いられた三万人。

 それから、ベルナルド・クナニ、アフォンソ・ウアナリーのふたりの上級魔術師と二百人の魔術師団。

 もちろん戦力に見合うだけの船も。


 これで戦力回復は叶った。


「戦力的には十分に戦える」


 ポリティラは隊列を眺めながらそう呟いた。


「……だが、率いてきたのがよりによってこの者たちとは……」


 そう。

 ポリティラは知っていた。

 その者たちの評判を。


 そして、その不安はすぐに現実のものとなる。


 あらたな将を加えて最初の会議。

 歓迎の宴も兼ねているため、この場には副官たちもおらず、魔術師も別室で打ち合わせをおこなっているので出席者は八人のみであった。


 同じガスリン派閥であるのだからまったく知らぬ顔ではないものの、やはりそこには微妙な空気が流れる。

 そして、やってきたばかりの側からはハッキリとわかるくらいにこのような香りが漂っていた。


 ガスリン様の足を引っ張る無能。

 連戦連敗の敗軍の将の見本。


 それは裏を返せば、過剰なばかりの自信の表れ。


 こんなゴミどもなどの手を借りずに、我らだけでミュランジ城を落として見せる。


 そして、その反対側に座る者たちからも同類といえる香りが漂う。


 ティールングルでの敗戦によって指揮官が不足したことは認める。

 だが、こいつらにウルアラーたちの穴埋めは無理だ。


 両者がお互いに相手を蔑むという対立の構図。

 それはそこまでの言葉の端々からも滲み出していたのだが、宴が進み、酒が入ると、それまではどうにか抑えていた感情の箍が外れ、漏れ出し始める。


「……つまり、障害物を通り抜ける回廊を使えば、対岸に辿り着けるわけなのだな。セリテナーリオ」

「そうだ」

「なるほど」


 残留組の中で一番弁の立つセリテナーリオが説明した現状を聞き終えたダニエル・アバエテトゥーバは黒味を帯びた下品な笑みを浮かべ、隣に座る男を眺める。


「そこまでわかっていながら、敵中に転移して挙句の果てに全滅するとは驚きだ。タイランジア。私にはこの策の意図をまったく理解できないが、おまえは理解できるか?」

「いや。まったく」


 アバエテトゥーバに問われたアンタイル・タイランジアがそう答えると、テーブルの片方からあきらかな嘲りの笑いが起こる。

 むろんその反対側ではその嘲笑に反発する高温のエネルギーが発生するものの、さすがに歓迎の宴という場をわきまえ、どうにかそれを抑え込んだそのうちひとりアルタミアが先ほどセリテナーリオの口からは語られなかったものを口にする。


「来たばかりだから不思議に思われるのは仕方がないのだが、実は回廊の出口に待ち構えるのはフランベーニュ海軍の猛者。水の上での戦いは相当分が悪いのだ」

「それはガスリン様から聞いている。だが……」


「それは今までの話だ」

「そう。我らはおまえたちふたりのような腰抜けとは違う」

「なんだと……」


 とりあえず総司令官であるポリティラにだけはどうにか敬意を示すものの、残るふたりには蔑みの視線と、それと同類の言葉を投げつけてきた新参者の集団に、アルタミアが怒号を上げる。

 同じように名指しで腰抜け呼ばわりされ顔を真っ赤にしたセリテナーリオが上げかけた怒号の代わりにこのような言葉を口にする。


「……そこまで言うからにはアバエテトゥーバたちには奴らを仕留める策があるのだろうな」


 もちろんこれはここまでロシュフォール率いる海軍兵に散々苦しめられた経験に基づいた言葉であったのだが、身を持ってどころか、海軍兵を見たこともない新参者たちはあきらかに回廊の門番たちを甘く見ていた。


「策?奴ら相手に小賢しい策など不要だろう。入口さえ教えてくれれば、それを実地で教えてやる」

「そうだ。ふたりはすべてが終わった後、我々の後をゆっくりやってきてくれ。まあ、フランベーニュ人が怖くて動けないというのなら城が落ちてからでも構わんが」


 アバエテトゥーバに続いてやってきたデスコベルタの言葉に再び起こる嘲笑。


「……それは頼もしいかぎり。期待している」


 その中でセリテナーリオが口にしたその言葉にアルタミアも同僚に負けないどす黒い笑みとともに光る視線はこう言っていた。


 出来るはずがない。

 せいぜい痛い目をみるがいい。


 さて、増援部隊がやってきた初日に早くも露呈した残された三人の将軍と五人新参者の冷たい対立。

 まあ、言ってしまえば、どの世界にもよくある話ではあるのだが、実はこの喜劇には続きがあった。


 アバエテトゥーバたちの言葉に対するセリテナーリオとアルタミアの黒い呟き直後、割って入ったポリティラによってその場はとりあえず収拾されたのだが、そのタイミングを計ったかのように陣中見舞いと称してグワラニーが側近たちと姿を現わしたのである。


「グワラニー。おまえはミュランジ城攻略には関わらないということになっているはずだ。用はない。さっさと消えろ」


 先制パンチよろしく、吐き出されたリーダー格のアバエテトゥーバのその言葉に四人の男が大きく頷く。

 これまであればポリティラたち三人もそこに加わるところなのだが、先ほどの一件、そして、川船を提供されたという借りもあるために積極的に賛意を示さない。

 冷たい目でその様子を眺めるだけであった。

 もちろんその微妙な空気をグワラニーがすぐに感じ取る。


 だが、それには一切触れぬままグワラニーが視線を向けたのは、先ほど自分に対してすばらしい歓迎の言葉を投げつけた男だった。


「もちろん我々はどんなことがあってもこの軍がおこなう戦いに直接かかわることはありません。それがガスリン総司令官からの指示ですから。ですが、個人的に興味はあります」


「ポリティラ将軍たちがあれだけ努力しても抜くことができなかったフランベーニュの守備網をどのようにして破るのかということは」


「それさえわかればすぐさま退散いたしますので、どうかご教授ください」


 驚くほどへりくだった物言い。

 もちろん心の中でグワラニーは舌を出していたわけなのだが、自尊心を大きくくすぐられたアバエテトゥーバはそんなことに気づくはずもない。

 尊大な表情をつくり直し大きく頷く。


「いいだろう」


「もっとも、フランベーニュの雑兵どもの群れを抜くのに策などいらん」


「我々が対岸に立つところそこのふたりと一緒に見ているがいい」


 アバエテトゥーバのその人柄に相応しい物言いに軽く応じながら、彼らに策がないことを確認すると、グワラニーは少しだけ笑みを浮かべる。


「回廊を抜け、待ち構えるフランベーニュ海軍を力だけでねじ伏せるというわけですか?」

「そうだ」


「すばらしいことです」


「そういうことなら、明日の夜は祝杯用酒を持参して対岸に築かれた将軍たちの陣にお邪魔することにしましょう」


「では……」


 そう言って、あっさりとその場から立ち去る。

 盛大な嘲笑に見送られて。


 実はグワラニーはこのあとにバイアに後を任せ出かける場所があった。

 つまり、時間の無駄でしかない彼らの戯言に付き合っていられなかったのだ。

 そして、この時機にわざわざ戦場から離れる理由とは……。


 まもなくもう一組の客がやってくる。

 彼らの行先近くにあるプロエルメルという名の村にフランベーニュ人の農民たちが残っている。

 彼らが危害を加えられないないようしなければならなかったのだ。


「……ところで、ペパス将軍」


 段取りをひととおり話終えたところでグワラニーが声をかけたのはすぐ後ろを歩く三人の将軍のひとりだった。


「先ほど私はあの場にいる者たちの値踏みを勝手にしてしまいましたが、実際のところはどうなのでしょうか?」

「ああ、それでしたら……」


「まあ、間違っていないでしょう」


 グワラニーからの問いかけに即座に戻ってきたペパスの答えは本人たちにとって残念なものだった。


「なるほど」


 ペパスからの言葉にグワラニーは頷く。

 だが、やはりもう少し情報は欲しい。

 それを促すように言葉を添える。


「アバエテトゥーバについてはガスリン総司令官と面談した際に何度か顔を合わせたことはありましたが、残りは初めて見た顔だったもので……いや。数人は補給を担当したときに見たかもしれませんが覚えていません。残念ながら」

「そうでしょうね」


「まあ、記憶力抜群のグワラニー殿が覚えていないのは当然といえば当然でしょう。なにしろ、アバエテトゥーバも含めて今回やってきた者はほぼすべて皆将軍としては二流ですから。ですから、説明するのは時間の無駄以外の何物でもないのですが、参考のために説明しておけば……」


 そう前置きしてペパスは新参ものたちの履歴を披露し始める。


「アバエテトゥーバはあの中では一番戦歴がある。ただし、長いだけで特別誇るべき武勲はない。生き残っただけで取柄のような男だ。奴がアルタミアやセリテナーリオより上といえるのは戦場以外の活動だ」


「アンタイル・タイランジアとエンゾ・フェヘイラのふたりは東方戦線に張り付いていたはず。フェヘイラはよくわからないがタイランジアとはブリターニャとの戦いのときに一度一緒になったが非常に視野が狭く目先の戦果に拘る男という印象だ。ベネディド・デスコベルタは剣の腕はなかなかのものだったが指揮官としては二流どころか三流と言っていいだろう。そして、アビリオ・アナパイケ。私が上官なら、この男を真っ先に転属させる」

「というと?」

「この男は日頃から部下を甚振ることを生業としていた。もちろん部下に暴力を振るう者は他にもいたが、この男は特別だ。さらにいえば、この男が戦場で活躍したという話を聞いたことはない。そんな男がどうやったら将軍にまでなれたのか私はわからない。アバエテトゥーバの同類ということくらいは想像つくが、あのような者を嫌うはずのガスリン総司令官がなぜ子飼いにしているのかも不思議なところではある」

「……なるほど」


「……ガスリン総司令官も手持ちの駒の余裕がなくなっているということか」


「まあ、それは我が軍全体にいえることではあるが……」


 呟くようにその感想を口にしたグワラニーはペパス、アライランジア、ナチヴィダデの三人に目をやる。


「予定を変更する」


「三人の将軍にはバイアとともにこの地に残留することをお願いする」


「他はともかく、最後のアナパイケとやらが、我が軍の兵士や、預かっているフランベーニュの女子供に手を出さないように十分に注意してもらう必要がありそうなので」


「そういうことで明日からの北方巡視は、タルファ将軍、それからウビラタンとバロチナのみを同行させることにする。もちろん魔術師長と副魔術師長は同行してもらうが」


 さて、始まる前からグワラニーに見る価値なしという烙印を押された、のちに「第二次モレイアン川の戦い」と命名されたその日の戦いであるが、それはまさにグワラニーの予想通りの展開となる。


 その朝、意気揚々と出発する援軍の五将に率いられた三万人の軍が剣士として名高いデスコベルタを先頭に、アナパイケ、タイランジア、アバエテトゥーバ、フェヘイラの順に渡河を開始する。

 むろん彼らは回廊入り口を知らないために道案内、いや水先案内人が必要となる。


「……安心しろ。言われた束通り入口までは案内してやる」


 セリテナーリオの言葉どおりそれは実行され、数隻の先導船が、その場所まで大軍を連れる。

 やがて、現在魔族軍が発見している唯一の回廊入り口に到着したところで、先導役を任された、セリテナーリオの部隊で船の扱いが一番とされた騎士長コムニーダ・ペリディアンが左手で一点を指し示す。


「ここが入口となります」


「それから、回廊は狭いので注意して進むことをお勧めします」


 そう言って仲間たちとともに引き返し始める。

 もちろん慌てたのはデスコベルタである。


 実をいえば、前日の大言壮語には彼らなりの根拠があった。

 湖での訓練。

 だが、それは短期間であったうえ、流れのない湖。

 船の操作をどうにか覚えた程度でしかなかった。

 当然複雑な流れの中で船を操り狭い回廊を進む技術などない。

 しかも、肝心の回廊内の進路もよくわからない。


「ちょっと待て。話が違うだろう……」


 回廊の出口まで案内しろ。


 言外にそう命じたデスコベルタの言葉にペリディアンが黒い笑みで応じるとセリテナーリオに教えられた言葉を口にする。


「いいえ。昨日の話では入口まで案内するだけでよいとなっていたはずです。私はセリテナーリオ様よりそう伺っています。ここから先の案内が必要なら改めてセリテナーリオ様に頼むべきでしょう。まあ……」


「その前に詫びが必要になるでしょうが……」


「セリテナーリオ様に詫びるために戻られますか?」

「ふざけるな」


 怒号ともにペリディアンを追い返したデスコベルタであったが、そこから起こったことはこの戦いが始まってから何度も見たものとなる。


 操舵を誤り次々に転覆し六百艘の船はみるみると数を減らしていく。

 そして、デスコベルタ自身も。

 バランスを崩し川に落ちかかったデスコベルタを部下ふたりが支えようとするものの、再びやってきた揺れに抗しきれず三人とも川に転落、重い甲冑を身に着けていたため浮かびあがることなどできるはずもなくデスコベルタの姿を二度と見ることはなかった。


 指揮官を失い部隊も半壊した彼らに続いて回廊に突入したのはアナパイケの部隊。

 だが、状況は変わらない。

 三分の一の数を失ったところで後退する。


 さらに、タイランジアも同様に失敗したところで、重い甲冑の危険性に気づき急遽それを脱ぎ捨てたアバエテトゥーバ隊が回廊に挑む。

 そして、多くの船を失いながらようやく回廊半ばまでやってきたのだが、そこで待ち構えていたのがロシュフォール率いる海軍兵だった。


 狩る者、狩られる者の役割がハッキリしている戦いが再び起こる。

 しかも、ロシュフォールたちは回廊内の敵を駆逐し終わると魔族軍の船がたむろしている川の東側まで進出して暴れまわり始める。


 目の前の相手が川にまったく慣れていないことを看破したのだ。


「岸にいる奴らが動き出したら引き上げるぞ」


 ロシュフォールは河岸に待機しているアルタミアとセリテナーリオの部隊はそれなりに操船技術が身についたことを知っていたため、彼らがやってきた時点で引き上げるつもりであった。

 だが、結局最後までアルタミアたちは動くことはなく、真っ先に見切りをつけて撤収したフェヘイラ隊をはじめとした自力で逃げかえった者以外は一方的に狩られることになった。


 惨敗である。

 いや。

 大惨敗である。


 指揮官のひとりデスコベルタと多数の兵士を失い戻ってきたアバエテトゥーバたちの怒りの矛先は、苦戦している仲間を安全な場所から冷ややかに眺めていたアルタミアとセリテナーリオに向けられる。


「貴様ら、なぜ劣勢になった味方を助けに来なかった」


 言葉次第では叩き斬る。

 アバエテトゥーバの言葉にはそのような雰囲気さえ漂っていた。

 だが、その怒号を撥ねつける冷たい視線で応じたセリテナーリオがその直後どす黒い笑みを浮かべる。


「我々は昨日のおまえの言葉を信じただけだ。アバエテトゥーバ」


 セリテナーリオはそう言うと、昨日共にこき下ろされた仲間を見る。

 そして、その仲間であるアルタミアがニヤリと笑い、セリテナーリオの言葉を引き継ぐ。


「そのとおり。貴様は昨日入口を教えればあっという間に対岸に辿り着けるだの、城が落ちてから来いだの、ほざいていたではないか。だから、我々はあの醜態は敵をおびき寄せるただの擬態だと思っていたのであって決して味方を見殺しにしたのではない。いやいや、死ぬほど恥ずかしいあのぶざまな姿が本物だとは思わなかった」


 まさに前日の百倍返し。

 言いたい放題である。


「それでどうする?昨日の暴言を謝罪するというのなら協力してやることにしてやってもいいのだが」

「ふざけるな。明日こそあの生意気なフランベーニュ軍を粉砕し、対岸に到着してやる。よく見ていろ」

「それは楽しみだ。だが、おまえと一緒に行くのが誰かは確認しておいたほうがいいぞ。アバエテトゥーバ」

「なんだと」


 セリテナーリオの言葉にふり返ったアバエテトゥーバは顔色を変える。


 同僚たちの無言の表情が意味するもの。

 それは疑いようのないものだった。


「腰抜けどもが。明日は我が隊だけでいく」


 そう言い放つとアバエテトゥーバは乱暴な足取りでその場を後にする。

 残った者たちも気まずそうな表情でそれに続く。

 残ったのは、三人のみ。


「おまえはこれからどうするべきだと思う?セリテナーリオ」

「さあな。だが、援軍は援軍。指揮する者はともかく兵だけいえば、貴重ではある。とりあえず様子見だろう」

「そうだな」


 明日の朝になってから考える。

 自らの問いに対するセリテナーリオの提案にアルタミアは同意し、二グループの反目が自らの手に負える範疇を超えていたポリティラも同意した。

 こう目算して。


 一晩寝れば、双方とも落ち着くかもしれない。

 手打ちを進めるのはそれからだ。


 だが、そうはならず。

 ミュランジ城攻略軍はその晩のうちに起こる二件の事件によって自壊への道をさらに進むことになる。

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― 新着の感想 ―
60万も居るなら、一割差し向けるだけでプラス六万。 王都まで一直線ならさらに数倍もある。 海軍無しでもミュランジ城周辺の守備に、陸軍だけで10万以上集められるので、人手不足や手持ち無沙汰を理由に、海軍…
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