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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十三章 ミュランジ城攻防戦

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ロシュフォールの火祭り

 ロシュフォールの火祭り。

 戦史上では、「モレイアン川の夜襲戦」とされているものである。

 だが、ミュランジ城攻防戦においてはすでに夜間戦闘はおこなわれている。

 モレイアン川夜戦。

 それにもかかわらず、「第二次モレイアン川夜戦」ではなく、「モレイアン川の夜襲戦」と呼ばれるのはなぜなのか?


 答えは、簡単。

 その言葉どおり、この夜におこなわれたのはフランベーニュ側の一方的な攻撃で戦いと呼べるものが一切なかったからである。

 では、その夜襲はミュランジ城攻略を俯瞰的に眺めた場合、たいした意味がなかったものだったのかといえば、そうではない。

 結果を先に言ってしまえば、この夜襲により、魔族軍の船不足はさらに深刻なものとなり、本格的な渡河作戦がすぐにはおこなえなくなり作戦の幅が狭まった。

 そして、それが間接的なきっかけとなって更なる悲劇が起こることになるのだが、そちらについてはその時が来たら語ることにして、まず「モレイアン川の夜襲戦」について話を進めよう。


 深夜。

 昼間の大惨敗に打ちひしがれながら魔族の兵は眠りについていた。

 むろんフランベーニュ軍の襲撃に備えて警備する者はいる。

 ただし、全部隊を出撃させていたため、当然警備の主となるのは余剰人員がいる魔術師たちとなる。

 そして、彼らが警戒するのは遠方からの魔法攻撃と転移魔法を使った奇襲攻撃。

 当然それらは魔法に防ぐことができる。

 もちろんデルフィンやその祖父、アリスト、フィーネのような特別な才を持つ魔術師であれば軽々とその障壁は抜いてくるだろうが、それはあくまで例外中の例外。


 普通に考えればこれで十分だった。

 いや。

 そのはずだった。

 だが、それは起こった。


 川から引き揚げ、川岸に整列して並べられていた貴重な船が次々に燃え上がったのである。

 予兆もなく。

 もちろん、その音、それから居眠りしてしながら警備をしていた兵の悲鳴とそれに続く怒号は、寝ていた全員を叩き起こす。

 それは将軍たちも同じである。

 いったい何が起きたかを把握できないまま、川岸に走り、目の前で起こっているその光景を唖然として眺める。


「火事か?」

「さすがにこれだけ盛大に燃えているのだ。違うだろう。だが……」

「ああ」


「敵襲にしては次がない。寝込みを襲ったのだから十分に成功できたのに」

「ということは魔法攻撃ということか?」

「いや。それは断じて違う」


 ポリティラとアルタミアとの会話に割り込んできたのはその場に遅れて姿を現わした魔術師長アラカージュ・パウナミンだった。


「我々の防御魔法は完璧だった」

「では、この状況はどう説明するのだ?」

「魔法でなければ、フランベーニュ軍の襲撃しかあるまい。現に多くの者が川から火の玉が雨のように飛んできたのを見ている」

「それが魔法ではないのか?」

「まあ、明るくなればわかるだろう。それが魔法かどうかは」


「とにかく……」


「我々も魔法攻撃に備えて警戒を強化するが、そちらも襲撃に備え、それなりに人を出してくれ」


 そう言うと、パウナミンは踵を返す。

 最大級の不機嫌さを辺りにまき散らしながら。

 その背を見送りながらふたりは会話を続ける。


「とにかく、交代で見張りを立てるしかあるまい」

「ええ。とりあえず我が隊から人を出します」

「だが、その前に消火をせねばなるまい。もう手遅れではあるが」


 そこまで言ったところで、ふたりはもう一度横に並ぶ火の塊を眺めた。


 そして、翌朝。

 その様子を眺めた各将軍たちはそこで何が起こったのかをようやく理解した。


 土器の残骸。


「この前と同じ手か」


 まず、事実を述べておけば、やってきたフランベーニュ軍は、油、といっても、正確には揮発性の高いアルコールや、アルコールと油に少々の秘薬を混合した液体を満たした壺を布で蓋をし、火をつけて投げ込んでいた。

 つまり、これは別の世界における火炎瓶と同種のものであり、魔族の将軍たちの言葉どおり、先日の夜タップリとお世話になったものとほぼ同じでものである。


 ちなみに、この世界の火炎瓶といえるこれは、小舟に乗って夜間に襲来する小海賊に悩まされていたフランベーニュ海軍が、彼らが襲撃の先触れとしておこなう常套手段である油壺と松明の組み合わせを参考に開発したものである。

 だが、製造方法や、自らが被害者にならぬように厳しく定められた使用手順はもちろん、着火具、投擲しやすい専用土器も含めてすべてが極秘事項となっていたため、同じフランベーニュ軍でありながら陸軍にも「海上松明」という秘匿呼称と風の噂程度の効果しか伝わっていないのが実情だった。


 当然魔族がその正体など知るはずがなく、その残骸を見ても土器そのものが武器であるという正解には辿り着かず、油をまき、続いて松明を投げ込んだものというその数歩手前で推測を終了することになる。

 もちろんさらに調査をすれば、もう少し正解に近づいたのかもしれないのだが、自分たちの経験と知識ですべてを解決した彼らはそれ以上調べることはなかった。


 そう。

 彼はその武器に構ってはいられない状況に陥っていたのだ。


「……奴らはここまでどうやってきて、どうやって戻ったのだ?」


 苦り切った表情のウルアラーが口にした問いに、アルタミアが吐き出すように答える。


「魔術師長はこちらの転移避けは完璧だったと言っているのだ。そうなれば、答えはひとつだろう」

「まさか……」

「私も違うと思いたいが、こうなるとそれしかあるまい」


 自分たちが多数の犠牲者を出して突破できなかったあの障害物の森を夜間に抜けてやってきた。

 そして、仕事を終えたところで、再びそこを通って戻っていった。


 それが辿り着きた答えだった。


「あり得るのか?」

「昨日のゴイアス隊を粉砕した奴らの実力を見ただろう」

「……そうだな」


 納得はしたくないが、納得せざるを得ない。


 それが偽らざる彼らの気持ちだった。


 だが、そうであっても彼らは軍を指揮する者たち。

 兵たちの士気に直結する「勝てない」などという言葉は最後の瞬間まで口にはできないのだ。


 それに、フランベーニュ軍が使用した武器や彼らがやってきたルートなどよりも先に、いや、今すぐに考えなければならないことが魔族軍にはあったのだ。


「船をどうする?」


 アルタミアの口から漏れ出した言葉。

 それこそがすぐに解決せねばならない問題だったのだ。


 そう。

 昨晩燃やされ修復不能になった船の数は実に千九十四艘。

 使用可能な船は遂に二千百三十三艘にまで減っていた。

 つまり、四万に兵力の半分は居残りということになる。


 もちろん考えようによっては、それによって夜間警備に人が割けるため、昨晩のような失態が生じることはなくなる。

 だが、それはあくまで防御側の話であり、肝心のミュランジ城攻略には一切寄与しない。

 実際にはそれを怠ったためにこうして窮地に追い込まれ、攻勢に出られなくなっているのだから、一切関与しないというのは言い過ぎなのだが、少なくても思考が攻撃に偏っている今の魔族軍幹部たちはそう思っていた。


「……このまま戦っていてもじり貧になるだけだ。ミュランジ城の攻略を続けるには、やはりガスリン様に再度援助を願わねばならないが……」


 ポリティラは絞り出すようにそこまで口にしたところで、大きく息を吐きだし、悪事がすべて暴かれた犯人のそれと表現できそうな表情を浮かべる。


「……当然ながら僅か五日で兵が半数、船に至っては四分の一に減ったことも報告せねばならない。もちろん事実を隠すわけにはいかないのだからすべて話す。だが……」


「ガスリン様のことだ。その理由についても尋ねられる。問題はそれをどう話すかだ」


 もちろん負けが確定したわけではないのだから敗因とは言わない。

 だが、これだけ守勢に回っているのだ。

 その原因を説明せねばならない。


 ポリティラの言葉はそう言っていた。


「むろん取り繕っても仕方がない。事実を語るしかないのだが、我々がこれだけやっても被害を出すばかりで対岸に辿り着かない理由は何だ?そして、再援助をしていただくにために示さなければならないその解決策は?」


 ポリティラの自問のような問い。

 それに答えたのはセリテナーリオだった。


「まず、我々の沈滞の原因。それは水中の障害物と目障りな白服とその子分どもだ」


「そして、ガスリン様に示すその対抗策であるが……」


 実はこの時セリテナーリオは心の中でこう呟いていた。


 その対象相手を軽蔑の眼差しで眺め終わると、その答えとなるものを口にする。


「面倒だが、やはり対岸への回廊を探し出しそこから進むしかない」


「今のところ、我々が見つけた対岸への回廊はゴイアスが見つけたひとつだけだ。だが、昨晩のフランベーニュ軍の様子ではまだあるように思える」


「どうやら昨晩我々の船はほぼ一斉に燃やされたようだ。となれば、やってきたのは少数ではない。おそらく昼間、我々に恥を掻かせたフランベーニュ海軍の総勢だろう。つまり、総勢一万。それが一か所から出入りしたとは思えない」


「つまり、ガスリン様に示す状況の打開策は更なる回廊の発見とそこを利用した障害物群の突破だ。さらに船を新たに手に入れることによって別の策も描くこともできる」

「それは?」


 ポリティラからやってきた問いにその場を支配する者が答える。


「その船を囮にして敵をおびき出し、やってきた敵を逆に叩く。それによって忌々しい白服の子分たちにお返しが出来るうえに数も減らせる」

「悪くない」

「ああ。悪くない」


 むろんそれについて誰も異義を申し立てることなく、まずは戦力回復に努めることとし、そのために王都に戻りガスリンに再援助を願い出ることが決定された。


「ところで……」


 失った船の対策についてケリがついたところで、そう切り出したのはマテイロスだった。


「次の戦いに使用する武器はどうする?」


「奴らが戦斧を振り回しているのは予想外だったが、そうなった以上、我々も我々にふさわしい武器で戦うべきではないのか?」


 つまり、マテイロスの主張は、大剣や戦斧を持つべきというもの。


 たしかにその意見は間違ってはいない。


 ロシュフォールたちと戦ったゴイアスの部下たちが手にしていたのは人間たちが通常扱う剣や、それより細身の刺突剣。

 それは揺れる船上で扱えることを最優先に選択されたものだったわけだが、それでやってくる戦斧を防げるのかといえばノーであり、それはフランベーニュ軍と戦った者たちは簡単に剣を叩き落とされ、斬られていたことにより証明されている。


 では、マテイロスの主張が正しいのかといえば、残念ながらそうはならない。

 いうまでもなく揺れる小舟の上で重い戦斧を自由に扱えるようになるには相当な訓練が必要なのだ。

 むろん魔族たちもこれから訓練はする。

 だが、すぐに船の上で戦斧が振れるようになり、今の状況が一挙に解決するのかといえば非常に難しい。


 もちろん彼らもそのようなことは重々承知している。

 そして、立つこともままならぬ小舟の上で大剣や戦斧をいつものように振り回せばどうなるかということもわかっている。


 だが、現在の武器では相手の武器にまったく対抗できないとわかった以上、こちらも相応の武器を持たねばならない。

 それによって川に転落し絶命しようが、少なくても子供のおもちゃのような剣を握りしめて死ぬよりはいい。


 それが彼らの思い。

 言ってしまえば、剣に生きる者の矜持というものかもしれない。


 とにかく大勢は決した。



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