第一次モレイアン川の戦い
翌日。
グワラニーからの提供を受け、失った船の補充をどうにか終え、体制を整えた魔族軍の陣形は前回とそう変わるものではなかったものの、見た目以外で大きく変わったところがある。
実際には前日の渡河作戦の最終盤からおこなわれていたのだが、その変化とは魔術師団による手厚い庇護。
前回の渡河作戦では、魔法の使用によって渡河の開始を悟られぬよう封印していたのだが、今回は他の戦場と同じように転移避けをはじめとした各種防御魔法が展開される。
それによって、奇襲を受けることがなくなる。
つまり、敵は対岸から船を使ってやってくる者に限定される。
さらに前回の惨劇の決定打となって火球攻撃や、弓矢などの飛び道具も魔術師団の対抗魔法で防ぐことができるのだ。
敵の物理的妨害を退けながら水中に潜む障害物をすり抜ける。
それが叶えば、渡河は成功したようなものである。
今度こそという思いを秘めた魔族軍の陣容は次のとおりである。
アルタミア隊。
七百三十七艘に分乗した七千三百六十二人。
ケイマーダ隊。
三百七十八艘に分乗した三千七百七十六人。
オリンダ隊。
五百六十二艘に分乗した五千六百十一人。
セリテナーリ隊。
七百一艘に分乗した七千九人。
ゴイアス隊。
七百九十五艘に分乗した七千九百四十八人。
マテイロス隊
四百九十艘に分乗した四千八百九十二人。
フリーア隊
三百三十七艘に分乗した三千三百六十人。
ウルアラー隊
七百五十三艘に分乗した七千五百二十三人
一方のフランベーニュ軍であるが……。
対岸の様子を眺めていた迎撃部隊の指揮官フランベーニュ海軍提督アーネスト・ロシュフォールとふたりの准提督、アンセルム・メグリース、シリル・ディーターカンプとの間ではこんなやりとりが交わされていた。
「……あの様子では敵は全面に広がって再び力攻めをしてくるようですよ。提督」
「そのようだな」
「そして、相手は五万を少し切る大軍。それに対して、我々は一万一千」
「感想を聞こうか?」
「いいですね」
「こうでなければいけませんね」
ふたりの言葉苦笑いしたロシュフォールがもう一度口を開く。
「……一応言っておこう。陸軍によれば、魔族の兵士ひとりは我が軍の兵士三人分の力があるそうだ」
「ほう。それは困りました」
「というか、それで我々が魔族に勝ったらどうなるのでしょうね」
「当然海軍は陸軍より強いということになるだろう」
「それは頑張るしかないな」
「ああ」
自らの注意喚起の言葉にもまったく変わらないメグリースとディーターカンプの不遜な態度にやれやれという表情を浮かべたロシュフォールだったが、実を言えば、彼自身その数字はそれほど気にしていなかった。
「まあ、数の差はリブルヌ殿が設置した障害物のおかげで完全に消えているのは事実だ」
「ということは、あとは個々の剣技ということですか?」
「そうなるな」
つまり、問題となるのは三対一とも四対一いわれるキルレシオだった。
だが、彼らにとってそれすら問題ではなかった。
むろん強がりではなく、明確な根拠があった。
それを口にしたのは、准提督のひとりメグリースだった。
「夜間という点を割り引いても、前回の醜態を見るかぎり魔族どもは水上の戦いに不慣れのようです」
ディーターカンプがそれに続く。
「揺れる船の上では立っているのがやっと。剣を振るえるようには見えませんでした。しかも、奴らが持っているのは大剣や戦斧。勢い余って悲鳴を上げながら川に転落するぶざまな姿が目に浮かびます」
実を言えば、それこそがロシュフォールがリブルヌやロバウの助力を断り、海軍の兵だけで戦いに臨む理由でもあった。
つまり、魔族、フランベーニュ軍問わず、陸軍は水上での戦いは不得意。
陸上でどれほどの剣技を見せようが水上では相当の割引が起こる。
それに対し、彼ら海軍は元々船上での戦いをおこなう者たち。
どのような揺れのなかでも剣を振るうことができる。
ロシュフォールはニヤリと笑う。
「この前の海戦後、海賊どもに対抗するため戦斧を扱う訓練をおこなってきたのだ。相手がどんな大剣使いだろうが、武器のうえでも引けは取らぬ」
そう言い切ったところで、長年苦楽をともにしてきたふたりの指揮官を見やる。
「ディーターカンプ。おまえは左翼の敵。メグリースは右翼の敵を任せる。それぞれ四千を率いて足元がおぼつかない魔族たちを軽く相手をしてやれ。私は三千で敵中央の獲物を頂く」
こうして、双方の配備が完了した第一次モレイアン川の戦い。
その陣容と配置状況はこうである。
魔族軍は、川上にあたる右翼はアルタミアら三隊一万六千七百四十九人、中央はゴイアスとセリテナーリオが率いる二隊一万四千九百五十七人、左翼はウルアラーたち三隊一万五千七百七十五人という布陣で、合計四万七千四百八十一名。
一方のフランベーニュ軍は、魔族軍右翼と対峙するディーターカンプの左翼は四千三百三十四人、ロシュフォールが直接指揮する中央は三千五十人、メグリースの右翼は四千百六十五人の計一万一千五百四十九人。
魔族と人間の白兵戦のキルレシオが四対一という圧倒的なうえ、本来それを補うはずの兵数も今回は圧倒的魔族軍が多い。
もちろん対岸のフランベーニュ軍の余りの少なさに伏兵を疑う者もいたのだが、その思いは魔族軍においてはさらに大きく、実をいえば兵士たちの間には始まる前から勝利を確信する空気が流れていた。
そして、それは兵士だけではなく彼らを率いる将たちの心にも根を下ろし始めていた。
「こんなことなら最初から昼間に渡河を敢行すればよかったではないか」
もちろん、これまでのキルレシオとこれだけの兵力差という数字を見れば魔族軍の勝利は揺るぎないと思うのは客観的事実に照らし合わせても間違いとは言えず、ケイマーダのこの言葉が驕りがすぎるとは言えないだろう。
ただし、それが正しいのかどうかは別の話となる。
そう。
魔族軍の将兵たちはその重要性をあまり認識していないようであるが、実はこの戦場の勝敗にとって重要な要素がそこには加味されていなかった。
そして、その要素とは……。
それは言うまでもなくリブルヌ渾身の障害物の存在となる。
そして、その重要要素である前回の渡河作戦で多くの船を沈没の憂き目に合わせた障害物群であるが、実は完璧に渡河を拒んでいるわけではなく、左右、そして中央、それぞれに一か所ずつ、対岸へ抜けられる通路が用意されていた。
だが……。
そこは非常に細い。
複雑な川の流れの中では二艘が並んでそこを通りぬけるのはほぼ不可能といえるくらいに。
しかし、そこを通らなければ対岸には辿り着かない。
つまり、渡河を成功させるためには、魔族軍はまずその通路を見つけ出し、さらにその狭い通路を渡り切らねばならない。
逆にいえば、フランベーニュ軍は出口で待ち構え、一艘ずつ通路を抜けてきた魔族軍を袋叩きにできるということである。
ロシュフォールが「数の差はない」と言ったのはこのことを指摘したものだった。
「さて、魔族兵とはどの程度のものなのか楽しみだな」
ロシュフォールは愛剣、いや、愛斧をクルクルと回しながら、そう呟いた。
そして、その戦いが遂に始まる。
真っ先に動き出したのは魔族軍右翼。
むろん、一番乗りを目指してのものであったのだが、無策で進めば前日の轍を踏む。
同僚たちを何とか説き伏せたアルタミアは先行の探索任務を買って出るが、肝心の入口が見つからない。
同僚の仕事ぶりをイライラしながら眺めていたふたりの将軍の耳に届いたのはブリターニャ語による嘲りの言葉だった。
「自尊心の塊であるフランベーニュ人がわざわざブリターニャ語を使って煽っているではないか。馬鹿にするにも程がある。絶対に許せん」
「あるかどうかもわからない入口探しなどやめだ。全船一斉に突進しろ」
探索をおこなっているアルタミアはともかく、ケイマーダとオリンダは気が短いため、そもそもこのような地道な作業を行うこと自体が性に合わない。
そこやってきた煽りの言葉。
目の前で必死に探索作業をおこなうアルタミア隊を強引に排除し、障害物が沈む場所で突入する。
だが……。
「愚かな。強引に突っ込んで突破できるのならこんな苦労はしないだろう」
二隊の様子を苦々しく眺めたアルタミアが口にしたとおり、巧妙につくられた罠を破れるはずもなく船は次々と転覆する。
そして、それは左翼も同じ。
これ見よがしに船を周回させながら挑発するメグリースの言葉に激発したウルアラー隊がまず障害物の森に突入し、それに釣られるように他の二隊もそこに挑むように突撃するものの障害物に乗り上げ多くの兵が川に投げ出される。
「……なんだ。これでは、我々は何もしないうちに終わってしまうのではないか」
メグリースが目の前で自壊する敵を眺めながらそう呟き、苦笑した。
次々と自壊する魔族軍。
その中でただ一隊、前日、夜間の戦闘にもかかわらず、アディマール・ゴイアスが率いる部隊は、渡河作戦開始直後、迷うことなくある場所へ殺到する。
実はゴイアスは前日の敗戦の中で障害物群の配置から通行可能な水域があることを発見していた。
もちろんそれは報告すべき事項である。
だが、ゴイアスはそれを欠片もしなかった。
それどころか、のちに「回廊」と呼ばれるその場所を一番に到達できるよう、自軍の配置場所を強硬に主張し、手に入れていたのだ。
むろん完全に道筋がわかっているわけではない。
だが、曲がりくねってはいるが、一本道である。
多数の脱落者を出しながら、それでも一列縦隊になって進む。
「我々が抜けた後なら、セリテナーリオにも使わせてやろう」
探索をやめ、待機しているセリテナーリオ隊を眺めながら、副官のカングス・シーレに冗談交じりに投げかけた、勝ち誇ったようなこの言葉どおり、この時点でゴイアスは自らのもとに第一功がやってくることを毛先ほども疑っていなかった。
そして、左右両翼がまったくうまくいっていない様子を遠く確認すると、その思いはさらに強くなる。
対岸に渡ったら、すぐにいつも武器が使えるように、武器や防具を満載してついてくるように総司令官に依頼しておくべきか。
そうであれば、セリテナーリオが来るのはその後だ。
捕らぬ狸の皮算用とまでは言わないが、それに近い妄想をしていたゴイアスの予定。
それが狂ったのは、先頭の一艘がもうすぐ障害物群を抜けるというところまで進んだときだった。
「待ちかねたぞ。魔族ども」
集まってきた三艘の船のひとりから投げつけられたその言葉に言い返そうしたその船に乗るグループの長である騎士長アウグスト・ミソエンスはその男がクルクルと回すようにして弄ぶ武器を見て驚く。
「……戦斧」
そして、あらためて同じ船に乗る他の者たちの武器も見直す。
もちろんすべて戦斧。
「なぜフランベーニュ軍が戦斧を持っているのだ?」
そう。
ミソエンスの口から漏れ出したとおり、これまで出会ったフランベーニュ軍兵士の武器は大きさはともかくすべてが剣。
戦斧を武器にしている者などいなかった。
だが、彼が驚いていられるのはそう長い時間ではなかった。
中央の船にいた、フランベーニュ軍のものには違いないのだろうが、初めて見る真っ白い軍服だけを身に纏ったその男は戦斧片手に自分たちの船に飛び乗ると、殺戮を始めたのだ。
むろん舳先にいたミソエンスは最初の犠牲者となる。
反撃せねばならないのはわかっている。
だが、揺れ動く船では立ち上がることができない。
片手で船縁を掴んで振り回す剣などあっという間に弾き飛ばされ、その勢いのまま戦斧の刃が首元に迫る。
彼にはその先の記憶は存在しない。
続いて、彼の部下らしき者たちも乗り込み戦斧を振るい始める。
それに対する魔族が持つのは貧相な剣。
勝負は瞬く間につき、赤く染まった船の乗員は魔族からフランベーニュ人へと変わる。
だが、それで終わりではなかった。
「次だ」
指揮官らしき男の言葉とともに、フランベーニュ軍の兵士は止まることができずに間隔が縮まった後続の船に飛び移ったのだ。
再び始まる一方的な戦い。
もちろん魔族と人間との一対一の白兵戦で人間側がこれほど圧倒的な戦いをおこなったことなどなかった。
「……あの人狼との戦いでさえここまで一方的に狩られることなどなかったぞ」
後方でその様子を眺める魔族たちは恐怖する。
自分たちの目の前にいる者たちは人間なのではなく、なにか得体の知れない化け物なのではないかと疑いながら。
そして、戦いが始まってそう時間が経たぬうちに、人間の形をしたその疫病神の群れはゴイアスの乗る船の近くまでやってくる。
もちろんすでに剣は抜いている。
そして、立った。
だが、大きく揺れる船の上ではゴイアスができるのはそこまで。
いや。
ハッキリ言えば、立っていることすらままならない。
そのような魔族たちに対し、相手のフランベーニュ軍の兵士は皆曲芸師のごとく戦斧を振り回しながら、飛び回る。
前を進んでいた船の乗員をすべて掃討し終わったその集団のひとりが、乗り込まれないよう剣を前に突き出して立つふたりの兵士の腕を叩き落とした直後、勢いよく船に飛び乗ってきた。
全身に返り血を浴びているその男はニヤリと笑うと、同じ色に染まる戦斧でゴイアスを指し示す。
「……どうやら、おまえが今までの中で一番偉そうだ。一応名を聞いておこうか。私はフランベーニュ海軍所属アリステッド・ロデス」
「海軍?」
そこでようやくゴイアス、それから他の魔族軍の将兵も敵の正体を知る。
そして、妙な怒りが込み上げる。
「たしかに海軍なら、揺れる船の上でこれだけ戦えるのも納得できる。だが、それでは海軍と陸軍が受け持つ縄張りを超えてきたということになる。つまり、戦いにおける礼儀というものに違反しているのではないのか」
「野蛮人が」
だが、相手が名乗った以上、こちらも名乗らねばならない。
「私はこの部隊の指揮官アディマール・ゴイアス」
「アディマール・ゴイアス。覚えた。では、始めようか」
その言葉とともにロシュフォールの副官ロデスの戦斧が唸りを上げる。
一往復で、護衛のふたりを斬り倒し、ゴイアスに狙いをつけたところで割り込むように飛び込んできたのはゴイアスの副官シーレだった。
「ゴイアス様。こいつらが海軍というのは小生意気な動きから本当のことでしょう。さすがにこんな奴らと船上で戦っては分が悪いです。しかも、向こうは戦斧でこちら安物の剣。戦いようが……」
「邪魔をするな」
言葉を言い終わらぬまま悲鳴とともに胴体を切り裂かれたシーレを踏み越えてロデスの戦斧が再びゴイアスを捉える位置まで迫る。
「てっきり部下を盾にして逃げたかと思った。まあ、泣いて許しを乞うのなら今からでも見逃してやるぞ。どうする?全裸になって川に飛び込むか?」
「舐めるな。小僧」
実を言えば、ゴイアスはこの場からの逃亡を考えていた。
この状況では絶対に勝てない。
勝てない相手と無理にやり合い死ぬなど御免被る。
それにここで川に飛び込み、生き残れば再戦の機会はいくらでもある。
だが、ロデスの言葉はその選択をゴイアスに放棄させた。
「貴様ごとき相手に誰が逃げるか。来い。人間」
剣を構えたゴイアス。
だが、勝負は一瞬でつく。
船の揺れでゴイアスがバランスを崩した一瞬をロデスが逃さず戦斧が一閃。
それで終わりだった。
手にしていたのはいつもの大剣と違う軽すぎるその刺突剣。
そして、なによりもここは揺れる船上。
極端なまでの実力主義社会の魔族軍において将軍の地位まで登りつけたゴイアスの剣技が低いはずがなく、もし、ここが陸上であれば違う結果になっていたことだって十分に考えられる。
だが、これは戦争。
お互いが常にベストな状態で戦えるわけではないのだ。
そして、これにより魔族軍は今回の戦いにおける二人目の指揮官クラスの戦死者を出すことになった。
勝負は決した。
ゴイアスがあっさりと討ち死した様子を見た兵士たちは、これまでどうにか耐えていた恐怖心が一気に噴き出し、武器を放り出し大声を上げながら次々と川に飛び込み始めたのだ。
そうなれば、もう止まらない。
あっという間に無人となった多くの船に乗り込んだフランベーニュ人は次々と船底に穴を開けていく。
むろん、見事な撤収作業をおこないながら。
「止むを得ない。撤収させろ」
障害物突破が出来たかに見えたゴイアス隊の、あっという間の崩壊によって勝利の目は消え、これ以上の戦いを続けても損害が増えるばかりと判断したポリティラの命令によって魔族軍は得るところがないまま兵を引き始める。
再びとなる魔族軍の大敗だった。
敵の船に乗り損ねるなどして川に落ちた者と戦闘中に負傷した者、あわせて三十八人。
この戦いでのフランベーニュ軍の全被害となる。
まあ、戦いの規模から考えれば、この被害は多いと言わないだろう。
さらにいえば、相手は魔族。
その相手が真剣に剣を振るっている中での戦いでの被害であることを考えれば、被害なしと考えてもいいくらいのものともいえる。
一方の魔族軍。
まずは無謀な力攻めをおこなった右翼と左翼。
右翼部隊。
ケイマーダ隊は二百三十一艘、オリンダ隊は二百九十三艘を失い、それぞれ六百九十三人、四百三十九人が戦死認定となる。
だが、無理な攻勢に参加しなかったアルタミア隊には損害は出ず、彼らが救援活動をおこなったこと、それに今回は昼間であったため発見しやすかったこともあり、多くの船が失われたにもかかわらず人的被害は少なかった。
左翼翼部隊。
こちらは三隊いずれも強引な渡河をおこない失敗したのだが、その代償は大きく、マテイロス隊は百十八艘と百八十八人、フリーア隊は百三十五艘と三百五十一人、そして、左翼における無謀な突進の引き金となったウルアラー隊は四百六十艘と六百八十八人の兵を失っていた。
それでも、無双状態の相手が海軍の将兵であるという情報は手に入れたものの、その見返りとして大きすぎる指揮官と今回三百十四艘の船と四千二百九十二人を失ったゴイアス隊に比べれば、まだよかったといえるかもしれない。
特に人的被害は。
そもそも、ゴイアス隊は回廊突破をおこなっていた時点で障害物に乗り上げ多数の船が転覆していた。
だが、ゴイアスは救助を後回しにしてさらに進むように指示した。
これは彼の過剰な功名心からとも言えなくもないが、救命を作戦続行よりも優先させることが評価されるかどうかは、その世界及び時代によって変わっていく価値観によるものなのだから、一概にゴイアスの判断を非難するというわけにはいかないだろう。
ただし、作戦続行を優先する正当性は作戦が成功した場合に初めて声高に主張できるものであることも事実。
最終的に回廊突破に失敗したうえ、自身を含む多数の死者と多くの船を失ったゴイアスの判断が批判を受けることになるのはやむを得ないといえる。
最後にこの戦いにおける魔族軍の損害をまとめておこう。
六千六百五十一人の将兵と千五百五十一艘の船。
もちろん人的被害も大きい。
これは事実である。
だが、魔族軍にとって大きかったのは船の損害である。
そう。
これによって、再び彼らは船不足に陥ることになった。
そして、その夜に起こった事件によってそれはさらに深刻な事態になる。
その事件。
のちに「ロシュフォールの火祭り」とも呼ばれることになるフランベーニュ軍の夜襲である。