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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十三章 ミュランジ城攻防戦
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第一次モレイアン川夜戦 Ⅱ

 戦いが終わった直後となる夜明け前のミュランジ城。


 当然ながら、そこには魔族たちが纏う重さと暗さをとは対照的な雰囲気が漂っていた。


「お見事でした。ロシュフォール殿」


 満面の笑みのロバウとリブルヌに迎えられたロシュフォールも最高の笑みで応じていた。

 もちろん心の底から喜びを感じながら。


 当然である。


 彼の主舞台ではないものの、久しく味わっていなかった勝利の美酒。

 それも味方に損害がないというこれまで経験したことがない完璧な勝利。

 厳格さを旨とするさすがのロシュフォールでも、その感情を隠すのはさすがに難しかった。


 そして、その部分についてはロシュフォールを出迎えたふたりも同じだった。


 渓谷内の自軍の壊滅に続き、陸軍どころか国の宝でもあるアポロン・ボナールとその配下をあっさりと失い、相手の言いなりになってクペル城を渡すという屈辱。

 もちろん今回の戦いの戦果などでその負債は完全に消えるわけではない。

 それは重々承知している。

 だが、それでも勝利は勝利。


 さらに言えば、三人は指揮官。

 惨敗続きで地の底にまで落ち込んでいる兵たちの士気を高めるためにも、彼らの前では必要以上に大袈裟な喜びを示さなければならなかったのだ。

 その余興が一段落したところで、リブルヌは口をつけかけた芳しい香り漂う液体に満たされた器を細工のない簡素な木製テーブルに置く。


「城から見ていても最終段階での火球での攻撃が始まるまでは何が起こっていたのかわかりませんでしたが、よくあの暗闇で敵襲を発見できましたね」


 感嘆の意も込めたリブルヌからの問いかけ。

 ほぼ同じ疑問を抱いていたロバウが視線でロシュフォールにその答えを催促する。

 それに応じるようにロシュフォールはもう一度口を開く。


「まあ、我々海軍は夜間戦闘というものが多いですし、そもそも海に出れば夜は休みということはありませんから」

「つまり、夜目が利くということですか?」

「もちろんそれもあります。ですが……」


 リブルヌの問いにそう言いながら、取り出したのは望遠鏡だった。


「陸の戦い以上に、海での戦いは先手を取った方が勝つ。そのためには敵を早く見つけなければなりません。そのために各船にはこのような望遠鏡が装備されています。今回はダニエル殿下の許可を得てモンタンドル軍港からそれを取り寄せた」


「もちろんロバウ殿の言葉によってそろそろ奴らがやってくるのはわかっていた。しかも、やってくる方向も決まっている」

「発見は楽だったと?」

「まあ、そうなりますね」


「では、もうひとつ」


「例の火責めであるが、川に油を撒き、直後に火球を撃ち込む。たしかに有効であると思い、敵が魔法を封印して現れることを逆手に取りことが出来る策だというロシュフォール殿の提案に私もリブルヌ殿も賛成したものの、よく考えれば下手をすれば自分たちも火の海に巻き込まれる可能性が高かったのではないのか?」

「たしかに……」


 ロバウの疑問にリブルヌが頷く。

 だが、ロシュフォールは薄い笑みを浮かべる。


「まあ、水の流れも考えればそれを避けるのは難しいことではありません」


「だが、昼間はともかく夜であれば流れを読むのは困難だろう」

「まあ、夜間に川の流れを完全に読み切るのは難しい。ですが、川の流れには常に一定方向にしか流れないという原則があります」


 上流から下流。


 ロシュフォールは言外にその答えとなるものを示す。

 だが、それでは足りないと思い返したロシュフォールはもう一歩踏み出す。


「目標の上流側から油を流せば、自分たちの元には火はやってこないのです」


「そして、この策をおこなうのにはもうひとつ重要な点があります」


「油放出を各隊一斉におこなうこと。そうでないと、上流から流した油を下流の隊は纏うことになりますから。では、その逆がいいのかと言うと、敵に気がつかれて失敗する公算が高くなる。そういうことで、そこが肝なのです」


「それで、夜間にそれを同時におこなう方法とは?」

「もちろん信号旗です」


「陸にいた者からの合図で、下流を担当した部隊からは油を満たした壺を投げ、最上流を担当した私は樽から大量に油を流す。当然最も時間かかる私の作業が終わったところで合図を送り、火球攻撃をおこなった。その頃には油を撒き終わった他の船は危険地帯から離脱しているというわけです」


「それもこれもリブルヌ殿の障害物が魔族を足止めしていたおかげなのですが」


 内幕というか、そのカラクリを語ったロシュフォールだったが、一息つくと、最後にこの大勝によってやってくるかもしれないある懸念を口にした。


「問題は……」


「私が攻撃した魔族の部隊が例の大魔法の使い手に属しているかどうかということになります」


「城を守るために必要なものだったとはいえ、あれだけこっぴどく子分どもを叩いたのです。当然お返しは覚悟しなければなりません。場合によっては渾身の一撃が来るかもしれません」

「まあ、その点については心配いらない」


「というより、夜間に渡河をやったこの時点で奴らがグワラニーの配下ではないと思っていたが……」


「窮地に陥った味方を助けにやってきた魔術師の貧弱な魔法でそれは確信に変わった」


「あの部隊にグワラニーは関わっていない」


 ロシュフォールの不安を赤色の液体に満たされた器を持ったままのロバウはそう言ってあっさりと打ち消した。

 むろんそれだけでふたりが納得するはずがないとはわかっているため、続いてその根拠となるものを示す。


 一呼吸後。

 いや、戦闘は一応終わってはいるものの、すぐにでも再開されるかもしれないという状況を考えれば、やや軍規上問題はありそうなのだが、「本物の勝利の美酒」を口に含ませてから、ロバウはもう一度口を開く。


「もちろん奇襲という形で抵抗が少ない状態であれば渡河が成功する可能性は高い。だが、それは普通の部隊での話だ。奴ならば、まず魔術師を徹底的に叩き、我々を丸裸にしてから転移魔法でこちらにやってくる。それが私の見た二度の戦いから考えられる奴の渡河方法だ」


「もちろん先ほどの奴らが囮という可能性はなくはない。だが、それにしては数が多すぎる。あれは本気で渡河を狙っていたと考えるべきだろう」


 そこまで言い終わると、ロバウは器に入った残りの酒を飲み干す。

 それに釣られるようにふたりもそれに続く。


「まあ、私の意見が正しいかどうかは夜が明ければハッキリする。もし、対岸に忌々しい虹色の旗がはためいていたら、それまでと諦めるしかあるまい」

「……なるほど」


 ロバウのその言葉に納得したようにロシュフォールは短い言葉で応じ、それから離れた場所に控える少年兵を手招きする。


「そういうことなら、今のうちに祝いの酒を楽しんでおきましょうか。その強大な敵が現れたら、どれだけ飲んでも味などしない。まして美味いなどとは思わないでしょうから」


 むろんそれは出来の悪い冗談である。

 だが、真実でもある。

 さらに、心情という点でいえば、完全なものでもある。

 ロシュフォールの言葉に含まれているすべてのことを理解したふたりは薄い笑みを浮かべる。


「では、私も」

「同じく」


 そして、それからほどなくやってきた夜明け。

 そこで三人は見る。

 対岸に並ぶ旗を。


「赤と黒の見慣れた旗だな」


 ロバウの口から安堵の言葉が漏れた。


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