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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十三章 ミュランジ城攻防戦
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フランベーニュの対策

「さて、そろそろ具体的な戦い方にいこうか」


 この中で最年長で戦歴が一番長いロバウの言葉に他のふたりが頷く。


 と言っても、実はこれは少々の問題があった。


 これからの話にとって最も重要な部分は魔族軍の渡河。

 フランベーニュ側にとってはそれの阻止。


 だが、彼らには、モレイアン川クラスでの渡河作戦をおこなう知識というものがなかったのだ。

 その知識がなければ、当然それに対する対策も簡単には出てこないわけなのだが、ここである疑問が浮かぶ。


 海軍軍人であるロシュフォールがそうであることはもちろん理解の範疇にあるのだが、残りのふたりは仮にも陸軍軍人。

 そのようなことがあるはずがない。

 というより、ここまで侵攻してきたのだから当然その経験と知識はあるはずだ。

 特にこの城を落とした経験のあるロバウは。


 と、誰もが考える。


 もちろん渡河の経験はある。

 だが、その渡河作戦、そのほぼすべてが敵に肉薄したうえでの追撃という形でおこなわれたために、今回とはあきらかに条件が違う。


 たとえば、フランベーニュ軍がモレイアン川でおこなったのは退却する魔族軍が渡河をおこなった直後、場合によっては魔族軍と入り乱れた状態での渡河だった。

 すなわち、川に障害物を設置する時間的余裕もその意思もなかったため、その困難さは大幅に下がっている。


 では、なぜ魔族はそれ以前に障害物を設置していなかったのか?


 いうまでもない。


 ここまで人間がやってくるはずがない。

 これが大前提にあった。


 加えて、そのようなものを設置してしまっては自分たちの往来の邪魔になるということもある。


 いわゆる危機管理の甘さということになるわけなのだが、それは様々な事情が突然重なった予想外の出来事の結果でもあったため、止むを得ないと言えなくもない。

 だが、背景はともかく、魔族の準備不足によってフランベーニュ軍は渡河作戦を簡単にやり遂げたことになるわけなのだから、ほぼ同じ条件下でもてなしの準備を完了していたリブルヌは非常に有能だったといえるだろう。


 もっとも、その時点で彼の行為が評価されていたかといえば、そうではない。


 ミュランジ城にやってきてリブルヌは、すぐに「将来使用するかどうかもわからぬ」どころか、当時の状況から考えれば、使用する予定など絶対にない「無用の長物」である渡河防止の障害物を、自らの往来の妨害にならぬ形でせっせと設置し始める。


 当然そこには「時間と金の無駄」という多くの批判が集まった。

 さらに、「前線で負け、後退することを前提にするとは不謹慎」という声もあった。

 だが、リブルヌはそれらをすべて撥ね退け、その後も作業を続けたわけなのだが、その無駄の極みと言われた渡河防止の障害物が現在ミュランジ城を守る最大の武器となっているわけである。


 のちに、リブルヌは「先見の明がある素晴らしき将軍」、「さすがアポロン・ボナールが見込んだ男」と絶賛されることになるのだが、その言葉を口にした者のなかには、というよりその大部分は、それ以前にリブルヌを「無駄遣いを愛する愚者」、「勝っている間に逃げる算段をする腰抜け」とこき下ろしていた者たちだった。

 まあ、言ってしまえば、見事な手のひら返しであり、傍から見れば、彼らのおこないは批判と嘲笑の対象であるといえるものの、これが当初リブルヌを酷評していたフランベーニュ人だけのものではないことは、別の世界での多くの事例からも証明されている。


 そして、それとともにいざという時に必要となるものとは、日常においては不要なものが多いのも事実。


 ノアの箱舟。

 蟻とキリギリス。


 表現方法は違うが、的となるものはほぼ同じものであろう。


 目の前の利益とコストパフォーマンスを追求するか、最終的には無駄になっても将来に起こるかもしれない災いに備えるか。


 結局前者に傾き、大きな失敗に繋がるケースが数多く見られることは、今回の件は少なくても為政者や軍の頂きにいるものは後者を強く指向すべきということを示すものなのかもしれない。

 そして、最終的に恩恵を受ける者も、その重要さを理解し、安易に無駄と非難するのは控えるべきといえるだろう。


 話がだいぶ脱線してしまったが、そういうことで自分たちが渡河したときよりかなり高い難易度を魔族に提供することになったリブルヌとその同僚による対策が始まる。


「まあ、この川幅と深さだ。橋を架けたり、川をせき止めたりということは難しいだろう。そうなれば、魔族が渡河をおこなう手段として考えられるのは四案」


 そう言って、ロバウが挙げたものは次の四つだった。


 船。

 転移。

 迂回。

 そして、泳いで渡る。


「泳ぎの得意な者であるのなら、この川幅でも渡り切ることはできるだろう。だが、それはあくまで平常時のことだ。これはとりあえず外してもいいだろう」


 ということで、四つはすぐに三つになる。


「迂回とありますが、迂回すれば、対岸に渡ることが出来る場所があるのですか?」


 周辺に地理に疎いロシュフォールの問いに答えたのはリブルヌだった。


「当然この近辺で橋が架かる場所はありません。下流に関してはアリターナとの境まで障害物を沈めているので、基本的には無理。上流に関しては、かなり上流まで行けば渡河は可能でしょう。ですが、そうなると、この城の攻略前にベルナード将軍率いる本隊とぶつかることになる。つまり……」

「とりあえず今は考慮から外してもいいということか。ということは、二択か。やはり」


 そう。

 とりあえず四案を挙げたものの、可能性として考えられるのはふたつ。


 ロバウはそう読んでいた。


「では、船については、専門家に聞こうか」


 ロバウの言葉にリブルヌも頷き、ロシュフォールに目をやる。


 彼らにとっては同じ船であるからという発想なのだが、実をいえば、同じ船でも川と海では操船方法はだいぶ違う。

 川船を操れるからと言って海でも同じようにできるわけではないように、川で海軍兵士が自由に船を操れるというものではないのだ。


 彼らが海と同じように川でも自由に船を操れるのはそもそもの練度の高さとこちらに来てからの訓練の賜物である。


 海軍兵士の努力に敬意を表して、裏事情をつけ加えておいたところで、話を進めよう。


 ロシュフォールは少しだけ考えてからその答えとなる者を口にする。


「あれだけの障害物をかいくぐって対岸に辿り着くのはかなり難しいでしょう。さらに言えば、その行き来できる場所が限定されているため単縦陣、つまり、一列縦隊で進むしかなく、攻撃する方とすれば、非常にありがたいことになります」

「つまり、できなくはないが、相当な条件がつくわけか。ということは、転移による渡河が一番妥当ということになるわけだが……」


 ロシュフォールの言葉を受け継いでそこまで口にしたロバウの言葉はそこで停止する。

 当然それは転移避けに防がれる。

 これはこの渡河作戦に限らず、最近の戦いでどこでもおこなわれていることだった。


「ということは、我々は奴らの渡河を十分に防ぐことができる。すなわち勝てるということになってしまうが……」


 そう言ってロバウは苦笑いしてしまう。


「結局、作戦が始まる前の双方の魔術師狩りが勝敗を分けるわけか」


 残るふたりが頷いたロバウが出した結論。

 これは間違っていない。

 渡河ではないが、別の世界における、それに近い、敵が待ち構える地に対する上陸作戦の手順を考えればそれはあきらかであろう。


 事前攻撃によってその障害となる敵の防御陣地を黙らせ、しかる後に上陸作戦を敢行する。


 非常に簡素に述べればそうなるわけで、これを今回の渡河作戦に当てはめて考えれば、転移避けをはじめとしたすべての障害になっている魔術師を排除し、転移魔法によって対岸に異動や船による渡河をおこなうということになるだろう。

 敵の魔術師さえいなくなった時点で一方的な可能。

 逆に言えば、それを阻止し、相手の魔術師をすべて葬ればこちらの勝利は確実となる。


「まあ、白か黒かのどちらかしかないのなら、どちらかの魔術師が消えるという二択となるわけなのだが……」


 歯切れの悪いロバウの言葉。

 実は一部の例外を除けば、この歯切れの悪い言葉が意味する灰色こそ多くの場合の結果となる。

 つまり、お互いに魔術師を葬ろうとするものの、技量が拮抗しているため双方の魔術師を削ることができず、その代わりに攻撃魔法と防御魔法の中和による魔法が存在しないに等しい状態が発生し、その中で起こるのは、凄惨な肉弾戦。

 これがこの世界の戦いの常なのである。


「そうなると、やはり船による渡河ということか」


 ロバウは苦々しく自身からの正解を受け取る。


「となれば、例の旗がやってくるかどうか。そこで決まるわけか」


「まあ、グワラニーが来てしまえば、我々の抵抗など道端に転がる小石程度の意味しかない。一撃を食らって終わり。幸運にもクペル城のように開城勧告が出るようであればそれに応じるだけであり、特別策など考えることはない。だから、我々が考えるべきはグワラニー以外の者が指揮している部隊がやってきたときだ。そして……」


「魔族の兵はたしかに強い。単純な剣の戦いで我々が圧倒に不利。何度も言うようだが、魔族がこちらの岸にたどり着くかどうかが勝敗のすべてと言っていいだろう」


「リブルヌ殿の準備のおかげで簡単にはやって来られない。当然複雑な転移避けを用意して待ち構えれば大概のことは対処できるのではないか。予定の日を過ぎてからは十分な見張りをすることは当然ではあるが……」


「それについて私が気になることがひとつ……」


 ロバウの言葉が途切れたところでこう切り出したのは、ロシュフォールだった。


「この周辺も元々魔族が支配していた土地。となれば、川から比較的離れた場所へ転移することもできるではないだろうか」


 つまり、敵は背後から現れる可能性がある。

 ロシュフォールのその言葉に残るふたりは頷く。


「……たしかに」


 ふたり分の声に続いたのはロバウの声だった。


「そうだな。これまで魔族は見える場所からやってくると思って話をしていたが、転移魔法を使えば、我々の転移避けの外側となる背後から姿を現わすことも可能だ。もちろん、その対策としてさらに広い範囲に転移避けを張ればいいわけだが、後背の備えを気にするほど我々には魔術師がいない。下手に二分すれば、肝心の対岸の敵に対処できない。数が少ないと思えば、多少の損害は覚悟して強引に渡河してくる可能性もある。どうしたらよいかな?リブルヌ殿」


 予想外の難題に直面したロバウはこの場で一番の年少者の顔を見る。

 直後、答えがやってくる。

 

「まあ、我々には無理ですが、近くにそうでない者もいるのですから、そちらにその守備はお願いしましょう」


 つまり、フランベーニュ西方軍を率いるアルサンス・ベルナードに任せる。

 リブルヌは言外にそう言ったのである。


「そもそも我々はミュランジ城を守るにも足らぬ兵しか与えられていないのです。その兵で長い川べりを守るのですから、仕方ないでしょう」


「それにベルナード将軍は奇襲や奇策といった名のつく策が大嫌いです。敵が我々の意表をつくように背後を取ろうと現れる可能性があるなどと言えば、それを封殺するよう手配してくれることでしょう」


「それについてはお任せいただきたい。我々は正面の敵だけに集中できるように話をつけてきます」


 そして、それから十三日後。

 想定よりだいぶ遅く、待ち構えていた三人の前に魔族軍が姿を現わす。




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