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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十三章 ミュランジ城攻防戦
149/377

あきらかになる敵の姿 

 ミュランジ城の主クロヴィス・リブルヌ。

 フランベーニュ海軍提督アーネスト・ロシュフォール。

 そして、そこにあらたなに加わった元クペル城主エティエンヌ・ロバウ。


 幹部である三人だけの会議。

 と言っても、基本的にはロバウからもたらされる魔族軍に関する情報を聞くものだった。


 そして、あらためて知ることになる。

 指揮官の目を通したあの日の出来事。

 その詳細を。


「……ボナール殿の遺体を運んできた者たちからある程度のことは聞いてはいたが、改めて思う」


「そんなものが相手でははっきり言ってとても勝てるものではない。というよりも命を賭して戦う価値もないではないか」

「まったくです。四十万の攻撃を受けつけない魔法障壁の中から巨大魔法を放つということが可能であるのなら、魔族は常に完璧な防御を施しながら、完璧な攻撃をおこなうことができるということ。それでは、相手となる我々はただの的。いや。それ以下です」


 うめき声とともに漏らしたリブルヌに続くロシュフォールの言葉。

 もし、その場にグワラニーがいれば間違いなく「矛盾」という言葉をすぐさま思い起こしたことだろう。

 そもそも防御魔法が施された空間から放たれた攻撃は当然その防御魔法の効果によってその威力は減衰する。

 そして、発動された攻撃魔法が施された防御魔法を突破できない時点でその力は防御魔法を上回っていないということになる。

 だが、それとともに、減衰されたとはいえ魔法はそこをすり抜け防御魔法の外で発動された以上、防ぎ切ったとも言い難い。


 つまり、その場に発動されたふたつの魔法はともに完璧ではない。


 もっとも、それは表現上のこと。


 なにしろその完璧ではない防御魔法は四十万人のフランベーニュの精鋭たちの物理攻撃を撥ね退けながら、フランベーニュ国最上位に位置する魔術師ルルディーオが攻撃を諦めさせるほどの対魔法の防御を同時に備えており、その後、対象を物理攻撃に移していたものの、四十万人のフランベーニュ軍将兵を一瞬にして消し炭にしたその火球から内部の者を守り通していたのだから。


 もちろん、攻撃魔法も同様。

 完璧ではなくても四十万人の将兵の命を一瞬で消し去ったのだから効果は十分であったといえるだろう。

 そして、もしそれ以上のものを求めるのであるのなら、それはこの世の破滅を望むことと思われても仕方のないともいえる。


「……本当に我々はとんでもない相手と対峙しなければならないのか」


 一瞬というには長すぎる沈黙のあと、リブルヌが口を開く。


「それで……」


「最大の難題となるそのとんでもない魔法を披露した魔術師についての情報はあるのですか?ロバウ殿」


 リブルヌからやってきたその問い。

 それに対して、ロバウはやや難しい表情を浮かべる。


「ないわけではない。だが……」


「情報が複雑に絡み合い、いささかやっかいなことになっている」


 そう前置きしたロバウの話はまさに難解な謎解きゲームのようであった。


「奴らが現れたところでボナール軍の魔術師長ルルディーオ殿は魔族軍の中にふたりの魔術師の痕跡を確認した。男の魔術師がふたり。ひとりは魔術師長と呼ばれていた老人だったことが後にわかる」


「そのふたりは強力な魔法障壁を発動させた。そして、それによってボナール殿の精鋭及び貴族の私兵あわせて四十万の攻撃を寄せつけなかったのは先ほどの説明通り」


「だが、それでは我が軍の攻撃を防ぐことはできても、攻撃はできない。どこかで必ず防御魔法の力を減じ、攻撃魔法へ魔力を振り分ける時が来る。その時に我が軍はその魔法障壁を突破できる。それがボナール殿の読みだった」

「……ちなみに、ふたりの魔術師は本当に防御魔法を展開していたのですか?」

「ああ。ボナール軍の魔術師長ルルディーオ殿曰く、自分よりの遥かな上の術者という先ほど言った老人は自軍に対する最強の防御魔法を展開していた」


「だが、ここで我々にとって予定外のことが起きた」


「こちらの攻撃は相変わらず魔法障壁で阻まれているなか、ルルディーオ殿と副魔術師長ネラック殿が魔法攻撃を受けた。たった一撃。だが、それで終わりだ」


「ふたりの魔術師も自分たちが攻撃対象になるのはもちろん承知していた。だから、自分たちに対しては数段強化された防御魔法を展開していたと思われる。それにもかかわらずそうなった。それが何を意味するかは言うまでもないことだろう」


「そして、この直後、三人目の魔術師が現れる」

「三人目の魔術師がいたのですか?」

「ああ。まったく予想外のことだったが、その者が堂々と杖を振ってみせたから素人でもすぐに魔術師だとわかった。ただし、その三人目の魔術師は子供。しかも、女だった」


「そして、この子供が再び杖を振り例の大魔法を放った。我々の目の前で」


「なんと」

「つまり、その少女が魔族軍最強の存在ということなのですか?」


「……まあ、ここまでの話を聞けばそうなるな。だが、話はここでは終わらなかったのだ」

「それはどういうことですか?ロバウ殿」


 驚き聞き返すロシュフォールの言葉に苦みを帯びた表情のロバウが答える。

 その続きを。


「ボナール殿が敵の総司令官に決闘を申し込んだことは知っているな?」

「伝令兵の少年から聞きました」


「あの少年はなかなか気が利いていたので凡そのことは伝えたから想像はつくと思うが、一応私からも話しておけば、魔族軍の司令官であるグワラニーという者は我々の想定の範疇を超えていた」


「頭脳明晰。あれだけ頭の回る者はそういない。剣ではなく口での戦いであれに勝てるのは噂に聞く『赤い悪魔』の創始者くらいだろう」


「さらにいえば、軍才が驚くほどある。渓谷内の戦いではその始まりから最後の一瞬までどこを取っても完璧なものだった。初手でもある完璧な魔術師狩り。これによって我々は前線と後方の連絡が遮断された。そこに巧みに構築された罠が差し出され前線のアンジュレスたちは奥地に誘い込まれ殲滅された。結果的にすべての敗戦の引き金になったアンジュレスの行動は軽率すぎると非難する者もいるようだが、グワラニーが差し出した罠は誰にとっても甘い香りが漂うものであり、私が前線にいてもおそらく拒めなかったと思っている。幸いにもアンジュレスの副官が生き残っている。王都からの呼び出しが入っているので長居はできないが、そのときのことについては彼から聞くといい。まあ、それは一旦置き……」


「翌日の戦い。一見すると、大技一撃ですべてが決まったような印象しか残らないが、後から考えると、非常に練り込まれた策の上に成り立っていたことがわかる」


「相手に対して圧倒的少数で対応する。これによって勝てると思わせると同時に一度戦場に入ったら逃げられないという心理的圧迫を与える。少数の相手に逃げ出したと言われたくない。これは軍を率いる者にとって大きな効果がある。そして、防御に徹しているように見せながら、徐々に敵の戦力を削っていく手順も見事。単に魔術師を重要視しているように見えるが、味方の損害を出さずに効果的に相手を一兵残らず殲滅させる完璧なものだった」


「その一方、剛腕の集まりである魔族軍の指揮官でありながら、剣はまったく使えないそうだ。これは驚きに値する。少なくても、私が知る魔族軍の指揮官たちに同種の者はいない」

「……そういえば……」


 そこまで話したところでロバウの言葉を遮ったのはリブルヌだった。


「グワラニーという者は人間種だということですが、これは間違いないことなのですか?」

「ああ」


 リブルヌにそう答えたロバウは言葉を続ける。

 核心部分に向けて。


「奴は人間種。実は、そこが重要なことだ」


「魔族軍は伝統的に人間種を軍に加えない。その理由は純魔族に比べると圧倒的に腕力が劣るからだ。まあ、人間種が軍に加わっていれば、当然我々は人間種を攻撃目標にするだろうから、奴らの判断は間違っていない。だが、例外はある」

「魔術師……」


 リブルヌの言葉にロバウは頷く。


「そういうことだ。しかも、奴は非常に若い。私とボナール殿はあまりにも若く、しかも人間種にもかかわらず一軍を指揮していることから、当初奴は魔族の国の王か王族でないのかと疑った。実際に純魔族の将軍級の者たちを完全に従わせていたから、そうだと言われれば、信じたかもしれない」


「だが、おそらく奴は王でも王族でもない。そうなると、考えられる可能性はひとつ。奴は魔術師で、しかも、例の大魔法を放った者。これであるなら、奴がその軍の司令官である理由にもなる」

「ですが、先ほどの少女が魔法を放つ瞬間を見たと……」


 ロシュフォールが指摘する矛盾。

 だが、それは言った本人もわかっている。

 そして、これが難題の原因であった。

 ロバウが口を開く。


「そうだ。そして、実際その少女は魔法を使えた。だが、更なる情報を得ようと話かけたときにグワラニーはこう言ったのだ。『彼女が先ほどの惨事を引き起こしたと思っているのか?』と。そして、私がそうだと答えたとき、大笑いしていた。『それはありがたい』という言葉とともに」


「三人の魔術師と違い、グワラニーが魔法を展開させているところは確認できなかったが、実を言えば、私はあの大魔法の術者候補で一番怪しいと思っているのはあの男グワラニーだ」


「その他は?」


「グワラニーはおかしな価値観を持っている。もちろん奴は魔族だから我々とは違う価値観を持つのは当然と思えるが、実際に奴と話をした感想を述べさせてもらえれば、大部分については我々の考え方と変わらない。というより、我々と同じと言っていい。では、他の魔族も奴と同じなのかといえば、そうではないだろう。奴の部隊の行動は我々が驚くことばかりということは、我々の価値観の外にあると同時に想定外であった。ということは、これまで顔を合わせた数多くの魔族たちとも違っていたためそのような想定ができなかったということだ。つまり、その部隊の指揮官である奴の考えは魔族の中で特異ということになる」


 一呼吸分の間を開けたロバウがもう一度口を開く。

 その幕開けはこの言葉だった。


「あれだけ強大な力を持っていたとして、ふたりがグワラニーの立場だったどう動く?」


「当然躊躇いなく使う」

「私も」

「私もそうだ。そして、グワラニーも最終的には使ったわけなのだが、奴は戦いが始まる前に降伏勧告をおこなったのだ。いや、違うな。背を追うことはしないから城を明け渡して撤退しろと言ったのだから、撤退勧告だ。だが、これはおかしいだろう。なぜなら、奴は典型的な策略家。それは渓谷地帯の戦い方であきらか。その奴の策に乗って四十万もの敵が蟻のごとく群がってきた。当然絶好の撃ちごろ。だが、実際の奴はこれから戦う相手に対して逃げろと言ったのだ」


 そこで言葉を切ったロバウはその時のことを思い出すように遠くを見るような表情をした。


「まあ、二万人しかいない相手からの撤退勧告など四十万人も抱えているボナール殿が応じるはずがなく単なるハッタリだと判断し拒否したわけだ。私もその判断が正しいと思った。だが、その結果があれだった」


「ですが、今ならともかく、そのときは大魔法を知らなかったのですから拒否するのは当然ではないのですか?」

「私だってそれだけ戦力差がある相手からの撤退勧告などすぐさま蹴り飛ばす。ということは、拒否されることを承知でその勧告を出したのではないのですか?」

「まあ、最終的にはそういう結論になるのは理解できる。では、聞こう。拒否されることを前提に撤退勧告をする理由とは何だ?」


 誘い込まれるように辿り着いたその結論。

 そこで再びやってきたロバウからの問いにふたりは押し黙るのだが、これは当然の帰結である。


 これまでも、そしてこれからも血で血を洗う戦いを繰り広げることになる相手に対してそのような勧告をする理由が見つからない。

 さらに、たとえば、断られることを承知でそれを勧告したとして、それにどのような意味があるのか?


 後者に関しては、「勧告した」という事実そのものが欲しかったと言えるかもしれないし、実際にそうだったのだが、そうなると、今度はなぜそのような事実が必要となるのかというあらたな疑問が浮上する。

 もちろんそこには正当な理由はある。

 だが、これの答えに辿り着けるのは、こことは別の価値観を持つ世界での経験を持つ者でなければならない。


 当然そのような世界での経験がない三人にはわからない。

 迷宮に入り、出口が見つけられないふたりにもうひとりがさらに言葉を続ける。


「まだある」


「ボナール殿からの決闘申し込みをグワラニーが受けたこともおかしい」


「なぜなら、あの時点で我が軍は完全に崩壊し、残っていたのは城を守る僅かな兵。しかも、魔術師はいない。この状況なら力攻めしても簡単に落とせた」


「つまり、決闘申し込みなど受ける理由など見当たらない。唯一考えられるのは有名な『フランベーニュの英雄』の首を自らの手で落とせるという功名心だけだが、グワラニーは剣が使えない。その線は薄い」


「しかも、奴が要求した決闘の結果で得られるものとは城だけだ。城に残った者は残らず開放……まあ、残った者もいるが、とにかく大部分は生き残ることができた。この時思ったのは、奴は魔族らしからぬ、というより、我々を含めて現在戦争をおこなっているすべての者とは別の行動原理を持っているのではないかということだ。言葉では表現しにくいが、極限すれば、たとえ敵であっても勝敗に関係しない殺生はしない、または最小限度の殺生で勝利を手に入れることに美学を感じているというような……」


 そこまで話を聞き終わったところで、ロシュフォールが口を挟んだのはロバウが口にしたある言葉についてだった。


「……ところで、城に残った者がいるのですか?」


 もちろん尋ねたロシュフォールはそれほど深く考えたわけではなかった。

 だが、尋ねられた方はそうはいかない。

 実際の戦いで負けた時以上の敗北感を味わったあのときのことを思い出す。


「……ああ」


 ロバウは短い言葉でそう答えた。

 

「それは負傷で動けぬ者ということなのですか?」


 そう。

 ロバウの短すぎる答えからロシュフォールが思いついたのは常識的な負傷で動けぬ者を置き去りにしてきたことだったわけなのだが、その問いに対してやってきたロバウの答えは、それとはやや趣を異にしたものだった。


「……いや。負傷者は残らず治癒魔法で完治したので残ったのはここまで歩くのが厳しい妊婦と幼子を抱えた母親だけだ」


「負傷者の治療?」

「敵の治療までおこなうというのは、どのような了見だ」


 腑に落ちない点は多々ある。

 だが、ロバウが口にしない以上、それ以上問い詰めるのは避けるべきと判断したロシュフォールが言葉を止めたところで、ロバウはさらに一歩前に出る。


「……しかも、その妊婦たちの留め置きは奴らからの申し出だ。しっかりと面倒を見ると約束付きで。そこで示された条件があまりにもよかったので、自分たちも残ると言い出す母親どもが次々と出てきて大変だった」


 その時のことを思い出してロバウは苦笑いする。


「魔族側の当初の予定は七人の妊婦とその夫だけだったのが、最終的には六十八人の母親と百九十六人の子供が加わり、その過程でクペル城の残留することに反対し母親たちに叩きだされた夫たちは我々と一緒に戻ってくることになった。巻き添えになった形になった本来残るはずだった妊婦の夫とともに」


「ちなみに、彼女たちが戻ってくるのは、全員の出産が終わり、状態が落ち着いたところになるそうだ。あの様子では帰りの土産は盛大なものになるだろうな」


 そう言ったところで、ロバウはもう一度苦笑いし、それから非軍人に対する魔族からの多額の支給金について口にする。


「……なんと……」


 もちろんその気前の良さにふたりは驚く。

 いや。

 あんぐりする。


「なるほど……」

「たしかに妙な価値観を持っているようですな。グワラニーという魔族は」


「まったくだ」


「……まあ、それが単なる気まぐれでないのなら……」


「そこにつけ入る隙はありそうですが……」

「まあ、それはやめたほうがいいだろうな」


「あれだけ細部まで見えるのだ。こちらが考えている小細工などすべて看破し、その対策は用意されているだろう。それに、そんなことをしても巨人のすねを子供が蹴った程度の利しかない。そして、それによって失うのはこちらに対する信頼。当然それ以降は常に最大級の攻撃がおこなわれる。もちろん降伏も許されないし、今回は手を出さなかった女子供まですべて殺される。卑怯なおこないをしてフランベーニュ滅亡の原因をつくった者として歴史に名が残るなど御免被りたい」

「……たしかに」


 リブルヌの提案をロバウが瞬殺した。

 当然すぎる理由とともに。

 納得したリブルヌがその看板をすぐさま下ろしたところで、もうひとりの男が口を開く。


「まあ、その魔族に対する我々の行動ですが、奴らがやってくる前に軍人以外の者はすべて王都へ避難させるのは当然として、その後はどうしますか?」


 ロシュフォールからやってきた問い。

 もちろんこれが本題となるわけなのだが、実に難題なことでもあった。


 戦えば必ず負ける。

 それどころか、一瞬でケリがつく。

 その一方でこれから対峙する相手は逃げる者を追うことはない。


 そのような相手と最後までやり合うのか?


 たとえば、ロシュフォール本人といえば、ミュランジ城防衛のために派遣されたのだから必ず負けるからといって逃げるわけにもいかず、ミュランジ城の城主であるリブルヌもそう簡単に逃げるわけにはいかない。


 それはロバウもそれは変わらない。

 クペル城の放棄は一対一の決闘の結果で約束を果たさなければならないというやむを得ない理由がある。とはいえ、少なくても渓谷内の戦い時フランベーニュ軍最高指揮官であった以上、王都に戻れば敗戦の責任を問われるのは必死。

 平民出身であることを考えればすべての責任を負わされても不思議ではない。

 不名誉な死を賜るくらいなら敵と戦って死んだ方がマシという気持ちがロバウの心の中にある。

 だが、そうであってもそれは相手が並みの相手の場合だ。


 魔術師の指ひとつ動かすだけ決着する戦いに身を投じるべきなのか?


 なにしろ、ロバウはもちろん、他のふたりも指揮官。

 つまり、多数の部下を抱えている身。

 それを踏まえて決断しなければならない。


 だが、そうであっても。


「……やらざるを得ないだろう」


 ロバウの言葉にリブルヌも続く。


「そうですね。脅されてその度に抵抗もせず逃げていたら軍など不要になりますから」


 その言葉に苦笑いしたロバウが再び言葉を口にする。


「それについては同意見だ。そして……」


「奴らの進軍。それをここで止められそうな案がある。あまり誇れるものではないのだが」


「それは?」

「交渉」

「交渉?」

「ああ」


「先ほど言ったとおり、グワラニーという男は意外に話が通じる。そこで、これ以上南下しない条件を聞き出し、それを飲めば少なくても、王都までの侵攻は防ぐことができ、結果としてフランベーニュ王国が滅びることはないのではないか。私はそう考えている」


「だが、最初から戦う気がないと思われたら盛大に吹っ掛けられる恐れがある。そうならないように、今の話は三人だけの胸に留め置き、戦う準備をすることにしようではないか」


「……まあ、得られるものがあるのだから、ただやられるだけよりはマシではあるが……」

「そんな弱腰でどうすると安全な場所で威勢のいいことばかりほざく貴族どもに嘲笑されそうだ」


「だが、それを上回る良策が見つからない以上、ロバウ殿の策を基本として進めるしかあるまい」

「ええ」


 ロバウからの提案にふたりの表情は盛大に苦みを帯びた笑みを浮かべる。


 成功すれば、無駄死にしないだけではなく、この城にいる者にとって最大の目的である魔族の王都侵攻を阻止できるのだから、納得しがたいものはあるが、納得せざるを得ない。

 自らの言葉に続いてやってきた、そのような心情をたっぷりと含んだリブルヌの言葉。


 心の中ではあるが、リブルヌへの慰めの言葉を口にしたロシュフォールが口を開く。


「ところで、肝心の魔族軍は姿を現わすのはいつ頃だと思いますか?」


 ロシュフォールからの問い。

 それに対してそれまでの険しいだけの表情が少しだけ緩んだロバウはこう答える。


「これについてはグワラニーから城を出る際に言及があった。四十日間の猶予があると」


 随分と悠長だと言いたそうなふたり分の心の声が聞こえたかのようにロバウは言い終わった直後、こう言葉をつけ加える。


「……これは我々が連れ帰る者たちの足とミュランジ城からの撤退を考慮してのものだろう」

「……我々も見習うべき行き届いた配慮ですね」


「と皮肉を言いたくなりますが、それ以外の理由が見つからない以上、そういうことなのでしょう。そして、四十日ということは……」


「つまり、あと五日前後準備期間があるということですか」


 大いなる自嘲と皮肉に彩られた言葉の後にやってきた問いにロバウは頷く。


「魔族からの言葉だ。本来ならそんなものはまったく信用しないのだが、相手が奴に限ってはその言葉をそのまま受け取っていいだろう」


「そして、これについてもうひとつ重要情報がある」


「グワラニーの軍は『虹色の旗』と奴ら自身が呼んでいる派手な軍旗を掲げている。これは赤、黒、白だけでつくられる他の軍旗とは明らかに違う」


「そして、グワラニー本人が何度も軍旗に言及していたのは、他の部隊と間違うなということを暗示していたように思う」


「そこから導き出せること」


「それは……」


「ここにやってくるのは奴の部隊ではない可能性がある。少なくても、第一陣としては」


 グワラニーが率いる部隊がやってこない。

 たしかにそれはこれほどないというくらいの朗報である。

 だが、それとともに、ありえないことでもある。

 戦闘はもちろん、恐怖だけで相手を撤退に追い込むことができる部隊。

 それを使わない理由などあるのかと。


「何か根拠でもあるのですか?」


 当然過ぎるリブルヌからの問い。

 それに対して、ロバウはこう答える。


「ただの勘だ」


 そう言ってリブルヌともうひとりを盛大にガッカリさせたところで、ロバウはさらに言葉を続ける。


「まあ、もともとグワラニーが来るつもりで出来るかぎりのもてなしをするつもりなのだ。来ないときは幸運だと思っておけばいいだろう。それに、そう思っていた方が準備に力が入るだろう」


 そう言ってふたりを煙に撒くようにロバウは笑った。

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