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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十二章 Half-Landing Show
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ハイエナたちの戦い Ⅰ

 その巧みな戦術と自身の持つ最高の武器を駆使して短期間の間に二度の戦いを制す。

 そして、その交渉術を駆使してノルディアに続いてアリターナと休戦協定を結び、戦線を安定させる。

 まさに軍神の所業。


 だが、グワラニーは魔族軍の一介の将であり全能の神ではない。

 グワラニーが関わなかったことや知らなかったことも数多くある。


 そして、それは魔族の国の出来事も含まれる。

 これもそのひとつ。


 実際の発表がおこなわれる二十日ほど前。


 魔族の国の都イペトスートの中心地の一角。

 その場所に軍の幹部と思われる男たちの一集団があった。


 そして、その中心にいるのはアパリシード・コンシリア。

 魔族軍の副司令官でガスリンやグワラニーとはライバル関係にある男である。

 だが、この男は最近精彩を欠いていた。

 それもこれもグワラニーと論戦した挙句、王まで巻き込んでグワラニーに領地を与えることになった大失態を演じたあの日のことが影響している。

 本来褒美はすべて金貨で与えるという魔族の国の伝統を崩し、クアムート周辺をグワラニーに領地として与えなければならない事態を招いたことに対する直接的な責任は取らされなかったものの、それ以降、王から呼び出しは急激に減り、最近は彼が王宮に出向くのは会議のときだけとなっていた。


 むろんコンシリア本人はこの状況をおもしろいと思うはずがないのだが、それは彼の取り巻きたちも同様である。

 コンシリアを中心として巻き返しをおこなうための会議を頻繁に開いていた。


 そして、今日も。


「さて、今日は諸君にとってよからぬ話を伝えなければならない」


 そう切り出したコンシリアが口にしたのは、渓谷内の戦いの速報であった。

 もちろんこの翌日には更なる戦果が届くわけなのだが、このグワラニーが渓谷内からアリターナ、フランベーニュ両軍を叩きだしたというニュースはそれまでの経緯を知る者にとっては驚き以外のなにものでもなかった。

 しかも、それがわずか一日で終わった戦いの結果だと知ると呻き声しか聞こえぬ状態になる。

 これだけのものを示されては、今までのようにその場にいないグワラニーに対する罵詈雑言を飛ばすだけではどうにもならないということを認めざるを得ない。

 敗北感に満ちた淀んだ空気が漂う。


 自らも奮い立たせるようにコンシリアが口を開く。


「諸君の思うところはあるだろう。そして、このような事態になった大部分は私の失態から始まったことも事実。だが……」


「まったく巻き返せないかといえば、必ずしもそうではない」


「たしかに今回のグワラニーの戦果は驚異だ。なにしろ今回の勝利で鉱山地帯の安全という懸案が一気に解決したのだから。言いたくはないが、グワラニーには大きく差をつけられた」


「だが、それはグワラニーとのものであり、形式上の王位継承順の最高位にあるガスリンと第二位である私の差はそれほどあるわけではない」


「そして、ここでグワラニーと同等とはいかなくても十分に誇れるだけの戦果を挙げることができれば、渓谷地帯で失態を重ねてきたガスリンよりも高い評価は得られる。そうすれば、失地は回復できるだけではなく、次回の王位継承順変更時に私が最高位となる可能性もある」


「なぜなら、グワラニーはまだ王位継承候補に挙がっていないうえに、いまだ前線指揮官の地位にあるため、このまま戦死する可能性は十分にある。戦果第一位のグワラニーが消えれば、我々の望みは叶う可能性は十分にあるのだ」


「そのためには、それに見合う戦場を見つけなければならない。諸君には我々の軍単独で大きな戦果を挙げられるような戦場の選定をお願いしたい」


 だが、二日後に集まったとき、コンシリアの取り巻きたちの顔には前回以上に影が差していた。

 その理由。

 それはもちろんクペル平原でおこなわれたグワラニー率いる二万の魔族軍がフランベーニュの英雄アポロン・ボナール率いる四十万人の軍を完璧な形で殲滅したこと。

 本来であれば歓喜するべきその情報を憂いを持って迎えなければならないというところに、現在のコンシリアの取り巻きの状況が伺えるだろう。


「……それにしても……」


 沈黙が続くその場の空気を変えようと口を開いたのはアンドレ・エイルネペだった。


「いったいどうやったら二万で四十万の敵に完勝できるのだ?」


 この時点では王に対してはそれなりに詳しい報告が上がっていたのだが、さすがにここにやってくるまでには内容はかなり薄まり、完勝したことだけが伝わっているだけだったのでエイルネペのこの間の抜けた言葉も致し方ないところではある。

 まあ、手に入れている情報はエイルネペと変わらぬ貧相なものであったため、それに答えることができないなか、隣に座るアントニオ・ラブレアが渋い顔でその難題に応じる。


「まあ、それはコンシリア様が来られればわかると思うが、とにかく、グワラニーはさらに大きな戦果を挙げたことになった。これで我々が課せられる戦果はさらに大きくなったわけだ。それで、決まったかな?」


「逆転の一手として各々が推薦する戦場は?」


 もちろん答えは沈黙。


 そう。

 北方戦線は、すでにグワラニーがノルディアを黙らせている。

 さらに渓谷地帯は戦線自体が消滅したうえ、その南の出口となるベンティーユとキドプーラもグワラニーが手に入れ、さらにクペル城もまもなく落とす状況である。

 残りは、西部戦線で激戦をおこなっているブリターニャとの戦いに身を投じるか、西部戦線のもうひとつの戦場となるフランベーニュ軍主力とぶつかるかということになるのだが、この戦場はすでに多くの兵が張り付いている。

 そこに精鋭とはいえ十万の兵が加わっても状況の好転することはあっても、形勢が極端に動くという彼らが望むような状況にはならない。

 では、沈黙を守り続けるアストラハーニェに対して攻撃を仕掛けるかということになるが、さすがにこれは冒険のしすぎである。


 つまり、選び放題どころか、目的を達成できそうな場所などどこにも存在しない。

 

 だが、これからまもなく八方塞がりの彼らにとっての朗報となるものがやってくることになる。


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