やってきた吉報
グワラニーとチェルトーザの交渉がおこなわれた翌日の昼過ぎ。
魔族軍がアリターナ軍と対峙する東方平原と呼ばれる戦場。
この日も変わりなく小競り合いを続けていた魔族軍の陣地に、予告もなくバイア、ペパス、それにタルファと副魔術師長という肩書を持つデルフィンを伴ったグワラニーがコリチーバ率いる護衛隊とともに姿を現わす。
もちろん目的はこの地の指揮官アルトゥール・ウベラバとの会合。
そして、側近であるエジバウト・キリーニャからグワラニーの来訪を告げられた時、ウベラバは食事中であった。
「食事が終わるまで待たせておきますか?」
「まさか」
キリーニャの問いに、鶏肉を刺したフォークを握ったまま、そう答えたウベラバは自嘲気味の笑みを浮かべる。
「そんな失礼なことができるわけがないだろう。グワラニーは我々の不始末を帳消しにしてくれた恩人。いや英雄だぞ」
ふたりの会話にウベラバの隣で食事していた男ベンジャミン・アララングアが加わる。
「それにしても、長かったですね」
「ああ」
アララングアの言葉にウベラバが短いが心の籠った声で応じる。
そう。
彼らはあの時ベンティーユをアリターナに明け渡した張本人とその部下たち。
いわゆる無血開城に近い状態で要衝を敵に渡したウベラバを魔族の王は罪に問わなかった。
もちろんウベラバの尋問を終えてからのことではあるのだが。
そして、ウベラバの判断が正しかったことは、その後の渓谷内の様子を知ればあきらか。
いや。
徹底抗戦したうえで撤退しようとしたものの、混戦状態にならぬよう味方によって敵もろとも始末されたキドプーラ守備隊をみればあきらかと言ったほうがいいだろう。
ついでに言っておけば、もちろん彼らは渓谷内に留まりベンティーユの奪還戦に参加することを希望したのだが、転属命令によりこの地に異動となっていた。
そして、そうであれば失った場所を外側から取り返してやると奮戦していたわけなのだが、他の戦線と同様、衆寡敵せず希望とは裏腹にずるずると後退を続けていた経緯がある。
そこに突然やってきた渓谷内の出来事。
もちろんウベラバにとっては待ち望んでいた吉報である。
だが、あまりにも一方的な内容にさすがにすぐには信じられずに何度も確認の使者を送ったものの、その報告内容は変わらず。
つまり、アリターナだけではなくフランベーニュも渓谷内から叩き出されたことは間違いのない事実。
続けてクペル平原の驚くべき勝利の報が届く。
すべてを聞き終えたウベラバはこう呟いていた。
「ようやく心に刺さった棘が取れた」
だから、人間種の若輩に対して使った英雄という言葉はウベラバにとっては大仰なものでもなんでもないのである。
そのウベラバが口を開く。
「それで我が英雄殿はどのような要件でここにやってきたと言っているのだ?」
「なんでも我々の現在の係争地域はもちろんミュネンウ城までもアリターナから無血で取り返す算段ができたので、その報告と協力をお願いしたいとのことです」
「……ほう」
「いかがいたしますか?」
「もちろん会う。それにしても……」
「……いったいどれだけの才がある男なのだ。グワラニーとは」
「部下たちを失わずミュネンウ城を手に入れる算段など私には考えもつかないが、おまえたちはどのような策なのかわかるか?」
「いいえ」
「まったく」
「まあ、そうだろうな。では、拝聴に行くとしようか。その奇策を」
そう言ってウベラバは笑った。
それはこの何年かで初めてとなる心からの笑いだった。




