魔族対赤い悪魔 Ⅰ
グワラニーが王都で過ごしたのは二日間。
そこで、さらにいくつかの権限を手に入れたところで渓谷地帯の後方につくられた自らのキャンプに戻る。
そこで、ベンティーユを守備するバルサスからアリターナ軍から届けられたという書簡を受け取る。
上質の羊皮紙には、この世界において外交交渉をおこなうときに使用する共通語とも呼ばれるブリターニャ語でフランベーニュより理不尽な攻撃を受け全滅の危機にあった自軍を救ってくれた礼の言葉からは始まり感謝の意をくどいほど書かれていたのだが、送り主にとって最も言いたかったのは最後に書き加えられた最後の一文となる。
ささやかであるがそのお礼の品を手渡し、直接感謝の言葉を述べたい。
「おまえの意見を聞こうか?」
そう言ったグワラニーは、その羊皮紙を手渡したのはもちろん最側近のバイアである。
手渡された書簡を一読した男が薄い笑みを浮かべながら口を開く。
「まあ、わざわざ会って感謝の言葉を伝えたいとは、表面上は彼らの思いが十分に伝わってきます」
「ですが、これは口実ですね」
「おそらくクペル平原で何があったかを知り、自分たちのもとにも『悪魔の光』がやってこないように交渉したいというのが本筋でしょう。ですが……」
「書簡の送り主はアリターナ王でも軍関係者でない男というのはいかがなものかと……」
「そうだな。本来であれば、王または宰相、そうでなくても軍司令官の署名があるべきだ」
だが、アリターナと魔族は現在も戦闘状態。
そうしてしまうとフランベーニュやブリターニャに魔族との交渉を問い詰められたときに言い逃れができなくなる。
その点、公的な地位にない者であれば、いざとなれば「王はそんなもの預かり知らぬ」と言えなくはない。
だから、マナーからは外れるものの、王宮や軍と無縁の人物が書簡の送り主となっているのだろう。
グワラニーはそう読んだ。
「だが、これだけでアリターナが本気だということはわかる」
バイアの言葉にそう答えたグワラニーは戻ってきた羊皮紙をもう一度眺めて、その最後にある署名を読み上げる。
「アントニオ・チェルトーザ」
「有名な『赤い悪魔』の長が、直々に交渉に乗り出してくるということはそういうことなのだろうな」
「どう返事しますか?」
バイアはそう問うたものの、グワラニーがどう答えるなどあきらかだった。
そして、当然のようにその言葉はやってくる。
「もちろん会う。この世界最高の交渉人の実力を確かめたいからな」
「日時を指定したうえ、ベンティーユに来るように伝えてくれ」
「こちらはともかく、向こうはこちらに持参する土産の準備もあるだろう。それなりに時間を取るように」
グワラニーは微妙な笑みに乗せてそう言った。




