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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十二章 Half-Landing Show
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凱旋

 魔族の国の都イペトスートの王宮にグワラニーが姿を現わしたのはクペル城を奪還してから二日後だった。

 目的は戦果報告。


 王城。

 もちろん何度もやってきている場所である。

 だが、これまではプラスマイナスが拮抗していた視線は今回ばかりは一方に偏っている。

 グワラニーもそれを実感する。


 少しだけ感傷的な呟きを心の中に留め、グワラニーがその目的を告げると、当然ようにすぐに王が待つ部屋へと通される。

 もっとも、これは現在の王になってからは「いつもと変わらず」というところであり、大きな武勲によって優遇されたというわけではない。


 ……まあ、この辺はいつも通り早くていい。

 ……トップに会うのに百回も頭を下げ、千回も世辞を言わねばならぬどこかの国とは違う。


 誰にも聞かれぬ声でそう呟きながら部屋に入ったグワラニーは豪華ではあるが華美というほどではない椅子に座るこの国の統治者に目をやる。

 そして、視線を少しだけ動かしたところで文字にできない嫌味を盛大に呟く。


 そう。

 その部屋でグワラニーを待っていたのは王だけではなかったのである。

 魔族軍の総司令官を務める男アンドレ・ガスリン。

 グワラニーとはライバル関係にある男がそこに同席していたのだ。


 もちろん心に潜む感情を完全な形で消し去ったグワラニーはほんの一瞬で終わせた時候の挨拶に続けて、ふたつの戦いの詳細を報告し始めるとそれを聞くふたりの男の顔がみるみる紅潮する。


 御多分に漏れず、この世界での戦いの報告は別の世界に存在する「大本営発表」の同類のものとなる。

 特に戦果については、それによって褒美が変わってくるのだからその盛り方は激しかった。


 もちろん罰則を設けてまで正確な報告を求める現王の治世になって魔族軍の報告の正確性は大幅に改善されてはいるものの、勝敗の行方や味方の損害ほど戦果についての正確性は向上しなかった。

 だが、退却か全滅のどちらかが戦いの結果である最近の彼らは戦いが終わった戦場で悠長に戦果確認などできないということを考慮すればこれは仕方がないことだといえる。


 だが、今回は違う。

 端数などいくら切り捨ててもお釣りが来るくらいの数の敵を葬っているうえ、その討ち取った敵の数が些細なものになるくらいの結果がその背後に控える。

 しかも、それだけの戦果を挙げながらこちらの損害はゼロ。

 いわゆる「クリーンシート」なのだからその報告をする者だけではなく聞く者にとってもこのうえなく気持ちがよいものであったのだから当然となる。


「渓谷地帯から人間どもを追い払っただけでも大きな戦果。どれほどの損害を伴っても十分な褒美に値すると思っていたのだが無傷でそれをやり遂げるとは。それに加えてクペル城まで奪還するとは驚きだ」

「そのうえわずか一日で四十万人葬り、敵の司令官である『フランベーニュの英雄』まで討ち取る。我が国の歴史をどれだけ遡ってもこれ以上の戦果はない」


 ふたりは口々にその戦果を絶賛する。


「まあ、これだけの戦果を挙げたのだ。褒美は不満など言わせないくらいのものを用意するつもりだが特別に望むがあれば最初に聞いておこう」

「では、いくつかお願いを……」


 グワラニーに言わせれば「最上級のケチ」である王からのものとは思えぬ特上の褒美の確約に続き、さらなる要求を促す言葉にグワラニーは一歩踏み出す。


「『フランベーニュの英雄』を一騎打ちの末討ち取ったアーネスト・タルファを我が軍の正式な将軍に任じていただきたく」

 

 もちろん、内容だけを考えれば十分にそれだけの価値はあり、さらにタルファが将軍という地位にあった者であることからこの要求が無理筋とは言えぬもの。


 それでも、グワラニーは自らの要求は即座に却下されると予想していた。

 理由は言うまでもないこと。

 当然グワラニーはそれに対する備えとなるものも用意していた。

 だが、グワラニーにとって予想外のことが起きる。


「……タルファというのは、おまえがノルディアから買い取ったとかいう人間の男だったな。だが、我が軍の代表として戦い剣士としても有名だというフランベーニュ人将軍を討ったのは事実。さらに、渓谷地帯でフランベーニュを殲滅した弓戦もその者が指揮をしたのであれば十分にその資格はあると判断する。その地位に就けるように取り計らう。もちろん将軍になってもおまえの配下とすることも約束する。ガスリン。これについて何かあるか?」

「……いいえ。特別に意見はございません。陛下」

「では、決まりだ」


 驚くほどあっさりと決まった最難関と思われた要求に拍子抜けしたものの、この機会を逃すまいと言わんばかりに、グワラニーはさらにもうひとつ要求を上乗せする。


「ありがとうございます。それから、クペル城を含む渓谷地帯の警備を我が部隊に任せていただきたく思います。一応、軍規上は問題ないと思いますが……」

「そうだな。渓谷の安寧を手に入れたのもクペル城を奪還したのもおまえたち。そもそも鉱山群の経営も実質的におまえに任せているのだ。そこに警備を加えても問題にならない。いいだろう。配下を駐屯させることを許可する」


 さすがにグワラニーはこの言葉に少しだけ戸惑う。


 ……ケチな王の気前の良さも気持ち悪いが、隣にいるガスリンがひとことも反対の言葉を口にしないというのはどういうことだ?


 そう。

 もちろんこれだけの戦果であるから、通常金貨で支払われる褒美についてはそれがどれだけの額になろうが文句を言うことはできないだろう。

 だが、グワラニーが追加という形で要求したものは違う。


 ひとつは人間の男を軍の最高位の地位につけろというもの。

 王以上に人間を下等生物と考えているガスリンが猛反対するのがこれまでの経緯を考えれば当然のことである。

 そのガスリンが王の口から漏れ出た肯定的な言葉に否と言わないことはグワラニーには理解しがたいものであった。


 だが、グワラニーの思考は王やガスリンが考えていそうなある目的に行き当たる。


 ……あり得るな。


 黒い笑みを裏側に隠したまま、グワラニーが口を開く。


「それから、言い忘れていましたが……」


「報告が終わり、戻り次第ミュランジ城攻略の準備を始めたいと思っています。それにあたり、クペル城からミュランジ城攻略の補給路強化のために街道の舗装化をおこなおうと……」

「ちょっと待て。グワラニー」


 それまでろくに会話に参加してこなかったガスリンが突如グワラニーの言葉を遮るように割り込んでくる。


「ミュランジ城攻略は別部隊に任せることにしている。これはすでに陛下よりの裁可を頂いている」


 その瞬間、グワラニーの表情が変わる。


 もちろん演技である。

 だが、相手はそうとは受け取らない。

 慌てて言葉をつけ加える。


「言っておくが、おまえに含むところがあるわけでもないし、おまえの功を妬んでいるわけではない。ただ、渓谷内に駐屯しながら今回のふたつの戦いに参加しなかった者たちにも戦う機会を与えようと思った、彼らだっておまえの旗下というだけで恩賞を頂くのは気が引けるだろう。多少なりとも武功を挙げさせるべきだろうと思っただけだ。それに……」


「おまえとしてもそのほうがいいだろう。小姑のような奴らが渓谷内に居座られたら渓谷内の整備がやりにくいだろうから」


 グワラニーがガスリンに目をやる。


「総司令官のご配慮感謝いたします。ミュランジ城までの街道整備は二十日ほどで完了いたしますので、攻略部隊の方々にはそのようにお伝えくださいませ。ちなみに、指揮官は誰が?」

「ポリティラ。おまえの前任にあたる者だ。それから、おまえの勝ち戦を引き継ぐのだ。ここは絶対に負けられない。王都からブニファシオ・マテイロスたち四人の将をポリティラに付け、彼らに率いられた三万二千人を増援として送り込む」

「それは素晴らしい。そこまでの数を揃えれば勝ち戦間違いなしですね」


 グワラニーは丁重な挨拶の裏でそのような言葉を口にしていた。


 ……さすがバイア。完璧だ。


 そう。

 実をいえば、そのすべてがグワラニーの掌のなかでおこなわれた出来事だった。

 もちろんグワラニーを除く演者は思いもよらないことだったのだが。



グワラニーが最後に口にした出来事は「アグリニオン戦記 外伝 グワラニー対チェルトーザ」の「人形使い」に記されています。

興味があればどうぞ。

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