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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十二章 Half-Landing Show
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進むべき道は 

 フランベーニュ軍が退去したクペル城。

 その姿が見えなくなったところで、クペル城のあらたな主となった若い魔族の男の口が開く。


「これで今回の戦いが完全に終了しました。お疲れ様でした」

 

 信じられないことであるが、準備期間を除けば、渓谷内で戦いを始めてからクペル城を手に入れるまで、そのすべてがわずか五日間の出来事となる。


「完勝ですな」


 プライーヤがそう言うのも当然といえる。

 祝宴に参加するためやってきていたペペスがそこに加わる。


「それで、次はどうしますか?」


 その言葉とともに、その場にいる全員の視線がひとりの男に集まる。


 もちろん、ここから進む先にあるものはひとつだけである。

 当然誰もがその目標であるミュランジ城攻略に動くものと考えており、ここでその準備が命じられるものと思っていた。


「この勢いのままミュランジ城を奪還すべきでしょう。当然」


「我々にはボナールからミュランジ城を譲るという約束を取り付けている。遠慮などはいらない」


 アライランジアが口にしたことは事実である。

 だが、それと同時にそれが確実に履行されるかは保証しないということもボナールは言及しているのだが、アライランジアの言葉からはその部分が完全に抜け落ちている。

 いや。

 そぎ落としたと言ったほうがいいかもしれない。

 数種類の笑いの中、アライランジアの言葉はさらに続く。


「まあ、相手がこちらの要求を素直に受け入れるかはわからぬが、それもあっという間に完遂する。そして、次はフランベーニュの王都へと軍を進め、それも落とす」

「いいな」

「ああ」


 新参の三人からは勇ましさだけで出来上がった好戦的な意見がやってくるものと思っていたグワラニーは薄い笑みを浮かべるだけで軽く流したが、より専門的があるためにその言葉を簡単に聞き流すわけにはいかない者もいた。

 

 そのひとりが口を開く。


「勇ましき者たちに尋ねる。ミュランジの前には川幅が十五アクトあるボルタ川がある」


「言っておくが、あの川は幅が広いだけでない。深さは二ジェレト以上。しかも、流れも速い」


「つまり、渡河をするだけで精一杯で戦うなど無理。一方的に叩かれることを覚悟しなければならない。下手をすれば、渓谷地帯でのフランベーニュの役割を今度は我々が演じなければならないと思うのだが、その点はどう考えているのだ?」


 その言葉と共に全員の目が、アライランジアの言葉とともにグワラニーが広げてみせたミュランジ城周辺の地図のある部分に注がれる。


 城の東側に流れるフランベーニュ人がモレイアン川と呼んでいたボルタ川。


 その渡河をどうする?


 それが、その男ペパスの言葉だった。


 そう。

 古今東西、だけではなく、この世界に限らず、別の世界の戦史を見ても敵前の渡河は非常に危険なものである。

 さらに、ミュランジ城攻略の際に彼らが挑むことになるボルタ川は別の世界での渡河戦がおこなわれた場所に比べて圧倒的水深が深く流れも急であるという悪条件が加わる。

 しかも、この世界には高速で水上移動するために必要な動力もない。

 つまり、ミュランジ城攻略に必須となる渡河作戦はどこの戦史に残るものよりも厳しい条件下でおこなわれるものとなるのだ。


 ペパスからやってきたその問いに対してその方法をまず示したのは、ナチヴィダデであった。


「もちろん転移魔法だと言いたいところだが、当然転移避けが張り巡らされているだろうから、それは使えない。となれば、魔法を使わずということになるわけだが、さすがに泳いで渡るわけにいかない以上、船を用意するしかないだろう」


 ナチヴィダデが示したこの策はこの世界における大きな川を横断する際に最も用いられる策であり、別の世界においても、橋架が不可能な場合の標準な策となる。

 だが……。


「ナチヴィダデに問う」


「おまえがミュランジの防衛を担う側になったときに、東から大軍で攻めてくる相手に対してどのような策を講じる?」


 思考が攻め一択であったためペパスからやってきたその問いはナチヴィダデにとってまさしく予想外。

 ナチヴィダデは呻きながら思考する。


「まずは急襲を避けるために転移避けの魔法」


「そうなれば、当然相手に残された手段は船による渡河。こちらがおこなうのはそれを阻止するために川底に障害物を用意する」


 そこまで思考を進めたところでナチヴィダデは理解する。

 ペパスの言いたいことを。

 そして、それとともにその言葉には大きな穴があることにも気づく。

 ニヤリと笑ったナチヴィダデは勢いをつけて言葉を続ける。


「つまり、相手も同じことをするのだから、船は使えないと言いたいのだろうがそれは違う。そうすると我々だけではなく奴らの船も使えないではないか。話によれば奴らはボルタ川を使って前線に食料や兵を送り込んでいる。ということは、そのようなものは……」

「ある」

「ほう。なぜそう断言できる」


 怒気を含んだようなナチヴィダデの問いに、そう言い切ったペパスが口にしたのはその川幅だった。


「おそらく、奴らが仕掛けを施したのは川の半分。そして、それは川の東側だと思われる。そうすれば、自国の船の航行には支障は来たさず、渡河は防げる」


 もちろんペパスが言うような策をおこなうにはそれ相応の川幅が必要になるのだが、幸か不幸か、ボルタ川の川幅は十五アクト、つまり別の世界での千五百メートルあり、その半分としても約八百メートル。

 船の往来は十分可能である。


 ペパスの言葉は続く。


「もちろんこれまで彼らは航行だけではなく、横断もしていたのだから、障害物のない部分があるのは間違いないだろうし、敵はそこまで気が回らぬ者であれば、そのような備えをしていないかもしれない。だが……」


「こちらとしては、相手が十分な備えをおこなっているものと考えて、計画を立てるべきだろう。いざ渡り始めたところで前に進めず転覆し、兵たちが流されたなどあってはならないことなのだから」


「よろしいか?」


 ふたりの会話に割って入ってきたのは、攻城派のバルサスだった。


「たとえば、ペパスの言葉どおりになっていたとしても、奴らが使用していた横断箇所を利用する手はある。また、たとえそこが今は塞がれていたとしても、その障害物は必ずしも川の全域でおこなわれているわけではないだろう」


「たとえば、川の上流に行けば障害物がなく、川の横断が可能な部分があると思われる。そこを使えばよいのではないか?」


 援軍を得た。

 または、水を得た魚のごとく蘇ったナチヴィダデがそれに続く。


「では、いっそのこと、川の源流近くから川下りを開始するのはどうだ?これなら、確実に川を横断できるし、好きなところに上陸できる」

「いいな。その策であるのなら、夜襲をかけられる。いや。奴らが朝起きると目の前に上陸が完了した我々がいるというのはなかなか素晴らしい光景でもある」


 最終的にはアライランジアも加わり、自己完結した三人の新参将軍に加え、ウビラタンやバロチナまで賛意を示したその策を、「墨俣の一夜城か」などと心の中で呟いたグワラニーが目をやったのは、ペパス、プライーヤ、タルファの三人だった。


 グワラニーが視線で返答を促すと、ペペスはわざとらしいため息をついたあとにそれに対する答えとなるものを口にする。


「まあ、それ以外の方法がないというのは仕方がないだろうが、敵と戦う前にわざわざ味方の数を減らすような策を良策とは言えない」


 当然対峙する側は不満顔が並ぶ。

 そのうちのひとりが口を開けかけたとき、それを制するように右手がそれを抑えこんだペパスが言葉を続ける。


「……言いたいことがあるようであるが、残りの部分を先に言っておけば、川の源流近くから乗れる船の大きさなどたかが知れている。さらにそこは急流で岩も多い。夜間にそのような場所で船を操るのには相当の腕が必要となるが、我々のもとにそのような技術を持った者はいない。素人がそんな場所に挑んでも転覆するのは目に見えている。そして、その後どうなるかといえば、ミュランジに籠る敵兵に水死した我が兵の列を披露し、嘲笑を浴びるというわけだ。というよりも、そもそもどうやってそんな山奥まで船を運ぶのだ?」


「つまり、船による渡河は無理だと言いたいのか?」

「無理とは言わぬが、最善の策ではないとはいえる」

「だが、そうなると、川を堰き止めたところで川を渡るくらいしかないが……」

「まあ、実際問題として、そんな工事を敵が黙って見ているはずはないな」

「では、どうしろと?」

「まあ、手がなければおまえたちが挙げた策のひとつをおこなわなければならないわけだが、当然多くの被害が出るのは避けられない」


 そこまで話が進んだところで、全員の視線は再びグワラニーへと集まるものの、グワラニーはそれに応えることはなく、その代わりに示したものがこの言葉だった。


「そもそも、我々が王から与えられた命令は渓谷地帯の安定であり、ギリギリ理由付けができるクペル城攻略はともかく、ミュランジ城攻略まで無届けでおこなってしまうと少々面倒なことになるかもしれません」


「そのためには王の許可が必要です。ここは一度王都に戻り、今回の戦いの報告する際に願い出ることにしましょう。もっとも……」


「私の予想ではその役は私には回ってこないと思います」

「えっ?」


 あまりにも予想外の言葉に三人の新参将軍は声を上げる。

 一方、それが何を意味しているかある程度察知した者たちは一斉に顔を顰める。

 そして、グワラニーは彼らのその表情を眺めながら言葉を続ける。


「簡単に言ってしまえば、多くの手柄をひとりの将が独占することを快く思わぬ者が動くということです」


「それが誰かまでは言いませんが、もう少し具体的なことをいえば、おそらく本来クペル城攻略をおこなうことになっていた方々。彼らにミュランジ城攻略の命令が下ると思われます」


「我々に出番が回ってくるのは彼らが失敗してからということになります。ですから、自らの手でミュランジを落としたいということであれば、彼らの失敗を願わなければならないということになりますが、さすがに友軍の敗北の願うのはあまりにも器が小さい。彼らが出陣するときには笑って送り出すくらいの器量は欲しいものです」


 つまり、別部隊が手柄を立てるのを遠くから眺めろということか。


 そのような微妙な空気が流れるなか、グワラニーの言葉の続く。


「ですが、我々にはそれ以外にもやることはあります。まず……」


「我々が渓谷から追い出したもう一方とケリをつけるという大事な仕事があります。ミュランジ城攻略に比べれば地味ですが、今後のことを考えれば、ミュランジ城を取るよりも重要です」


「それから……」


「クペル城の修復と強化。これは先日素晴らしい提案をされたアライランジア将軍に任せることにします。あわせて城の警備も任せることにします。それから、戦闘工兵の方々にも大事な仕事をお願いします。キドプーラからクペル城を経由してミュランジ城へ延びる道。その舗装。もちろん今回は精密さよりも早さが要求されるものです。準備が整い次第作業を始めてください」


「グワラニー殿。質問よろしいか」


 グワラニーの話が終わった直後、口を開いたのは先ほどペパスとの論争に奮闘したナチヴィダデだった。


「キドプーラからミュランジまでの街道を舗装するとはどういうことか?」


 もちろん舗装するとは、その言葉のとおりであり、この場合であればコンクリートを使用して舗装となる。

 クアムートに住居を移しその利を体感しているペパスたちにとってはコンクリートを使用しての舗装は取り立てて驚くような話でもなかったのだが、もう少し範囲を広げてこの世界とした場合には、これは多くの意味でとんでもない話であった。


 そもそも町同士を結ぶ道路を舗装するという概念そのものがこの世界の為政者にはない。

 その結果、この世界で舗装された道路とは、商人国家アグリニオンを含めて王都など大きな都市や港周辺に限られ、町同士をつなぐ街道はその重要さに関係なく舗装されず、荒天になれば数日はぬかるんだ状態になる土を踏み固めたものとなる。

 ついでに言えば、どうにかおこなわれたその舗装も小石を蒔き、それを突き固めた程度の簡易的なものばかりで、見栄えをよくするために部分的に見られる焼き煉瓦を使用している部分を除けば、異世界を舞台とした多くの物語で見られるきれいな石畳などこの世界のどこを探しても存在していない。

 もちろんコンクリートを用いた街道の本格的な舗装化を進めるグワラニーの領内を除けばということになるのだが。


 そして、街道が舗装されずに放置されている状況が変わらないのにはもちろん理由があるのだが、その筆頭に挙げられるのはやはりそれをおこなうための経費ということになるだろう。


 舗装をともなう街道整備は交通の便がよくなるのは理解しているが、それをおこなうためには膨大な資金が必要である。

 だが、公的な目的で移動をおこなうときには転移魔法を利用するため、この街道を利用して往来する者の大部分は商人や旅人。

 非常に近視眼的考えを言葉にすれば、それをおこなう者にとって道路の舗装化に金をかける理由はない。

 街道の舗装化は後回しとなるのは彼らにとっては当然のことなのである。


 舗装化が進まない理由はまだある。


 街道舗装化の恩恵に預かれそうな国家機関が軍である。

 というか、彼らがその必要性を声高に叫べば、その整備は大幅に進んだ可能性すらあった。

 だが、どの国の軍も前線に人員や物資を送り届けられるプラス面よりも敵の進行を早めるというマイナスの要素を重要視し、街道整備に反対していた。

 守勢一方になってからの魔族軍は特にその傾向が特に強かった。


 その考えに則って考えれば、最終目的地とされたミュランジは最前線であるのだから、これは利敵行為の見本。

 ナチヴィダデが反対の意思を示すのは当然のこととなる。


 同じ抵抗を過去何度も受けているグワラニーはナチヴィダデからの問いに取り立てて怒る様子も見せず、小さな頷きでその言葉に応じると、それに対する答えとなるものを口にする。


「この世界には転移魔法という高速の運搬方法がある。だが、それは転移避けと呼ばれる簡単な対抗手段で比較的容易に封殺できる。そして、いざそれがおこなわれると残るのは水上及び陸上輸送だけだ。そして、河川がない場合に軍が必要とする大量の物資を運ぶことができるのは荷馬車のみとなる」


「だが、現在の整備されていない街道は雨や雪でいったんぬかるむとその回復には時間がかかる。そして、そのような状態になると荷馬車の移動速度は徒歩よりもはるかに遅くなる。場合によっては荷を諦めなければならない時さえある」


「これが何を意味するか?」


「言うまでもない。そのぬかるみによって敵の進行を阻むことができるというが、それは逆に我々も必要な人員や物資を前線に運ぶことができないということでもある」


「ここでハッキリ言っておく。街道整備に反対するのは、自軍の継戦を阻害しようと企む者のおこないだと」


「他の地域はともかく、私の目が届く場所でそのような利敵行為は絶対に許さない」


「そして、私が関わる戦いにおいては、剣の優劣で負けることは許されても、物資が届かなかったために負けるなどということは絶対に認められない」


 もちろんこれはグワラニーが別の世界において補給と、そのための輸送が戦いの勝敗に大きく関わることを知識として手に入れていたことからくる発言である。

 だが、それと同時に、その言葉には彼がこの世界に来る前に都市開発や交通、それに物流機構の整備を自らの専門分野として働いていたということが関係する強いこだわりが滲んでいる。


 実に説得力のある言葉に、三人だけではなく、残りの者もグワラニーの言葉をあらためてその重要さを認識することになる。


「さて、舗装の必要性を皆が理解したところで、今後の予定を伝える」


 誰もが驚くほど強い言葉でその必要性を力説した直後、表情を一気に緩めたグワラニーはさらに言葉を続ける。


「アライランジア将軍と戦闘工兵を指揮する三人については先ほどのとおり。なお、キドプーラの守備はナチヴィダデ将軍。ベンティーユはバルサス将軍に任せる。ペパス将軍は我々のキャンプに留まり私の代理としてこちらの地区全体の責任者とする。それから、プライーヤ将軍はクアムートへ戻り本来の任務に戻ることとする。各地に配置する魔術師団については魔術師長に任せる」


「なお、アリシアさんはフランベーニュの客人たちの面倒をみる必要があるので引き続きクペル城に留まることをお願いする。タルファ将軍も旗下の兵たちとともにクペル城に駐屯するものとし、戦闘工兵の護衛にあたるものとする。そして……」


「バイアと魔術師長、それから副魔術師長は王への報告をおこなう私に同行してもらう」


「なお、王から特別な命がなかった場合、私はアリターナと境界線の確定交渉をおこなうつもりだ」


「その間は、敵からの攻撃を受けたときを除き、軍事作戦はおこなわないようにするように」


「では、今回の大戦果について報告に行ってくる」

 


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