虹色の旗
時系列的に、クペル城からフランベーニュ軍の退去がおこなわれた頃までの話は終わり、ここから次のステップへと進むことになるわけなのだが、その前に、今後頻繁に出てくることになるあるものについて少しだけ語っておくことにしよう。
グワラニーが自らの軍の印とした軍旗。
のちに「虹色の旗」と呼ばれるあれである。
グワラニー率いる魔族軍にとってその旗は勝利と同義語。
当然ながら、人間の兵士たちにとってその旗は勝利とは正反対の意味を持つものとなる。
曰く、あれは自らの死を伝えるものである。
そして、彼らは「告死旗」、「葬送旗」というその鮮やかな色合いにはまったく不似合いな別名をその旗に与え、ある日突然それが目の前に現れることを恐れ慄くことになる。
さて、その「虹色の旗」であるが、実を言えば、この世界のそれは別の世界に住む者の大部分が「虹色の旗」と聞いて思い出す配色とは若干違う。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
そう。
これはその世界に存在する島国において常識とされる虹の配色を使用したものである。
ついでにいえば、この旗の構想もその世界の大部分で認知されている「虹色の旗」から得たものではない。
休暇を利用して訪れたある場所で見た旗。
インカ帝国のものとされるその旗は、彼の価値観を一変させたかの地の日常とともに彼の印象に深く刻まれ、自らの部隊の軍旗を用意する際に躊躇いなく示されたものである。
ちなみに、その世界での大部分が「虹色の旗」として認知しているものは、同じ「虹色の旗」でも、使用されているのは七色ではなく六色であり、ペルーのクスコで多く見られる「虹色の旗」は同じ七色であるが、赤、橙、黄、白、緑、青、紫となっている。
そして、実を言えば、グワラニーが最初の段階で考えていたものは、このクスコで見た旗の配色であった。
では、なぜ最終段階で変更になったのか?
……デザインを流用しているのだから、敬意を表してインカの配色をそのまま使用してもよかったのだが、日本人というアイデンティティを残したいという気持ちが勝ったようだな。
……そして、なによりもこちらの方が配色の説明がしやすい。
心の中で、その経緯について呟いたグワラニーは薄く笑みを浮かべた。
……虹をこの七色と表現することは向こうでは珍しかったのに、こちらは標準。
……理由はわからないが、私にとってはありがたいことではあるだが。
……まあ、そういうことで、それを制定したという大昔の魔族の王に感謝だ。
皮肉交じりにそのような言葉を口にしたグワラニー。
だが、彼は知らない。
その配色を最初に言い出し、半ば強制的にそう決定した遠い昔にこの世界を統治していた魔族の王が彼と同郷の者であるということを。