勇者と救世主の邂逅 Ⅴ
「グワラニー殿。本当にあれでよかったのかな」
連れて来ていた高弟たちに命じて転移魔法によって将軍を死の淵から救い出した老人のその言葉にグワラニーは笑顔で応える。
「もちろんですとも。全滅してしまっては勇者の強さを体験した報告者がいなくなりますから。ですが、転移魔法にはあのような方法もあるとは知りませんでした。もしかして、あれは秘儀ですか?」
むろん、それは間違いなく心からの言葉である。
小さく頷き、その言葉を快く受け取った老魔術師がもう一度口を開く。
「まあ、今後のこともあるから覚えておくとよいが、上級魔術師であれば必ずしもその地に足をつけていなくても転移は可能なのだ。ただし、正確性は相当劣るのであまりお勧めはしない。それともうひとつ。上級魔術師の前で防御魔法を展開させるということは、その魔力によって自らの場所を教えているようなものだ。それでも、それで安全が買えるのならよいが、残念なことにそうはならないこともあるのは見ての通りだ。当初想定していた勇者候補の冒険者チームにもそれなりの術者がいる可能性もある思い、用心のために転移場所を町から見えない場所にしたうえ、防御魔法を張らなかったのだが、結果的には正解だったようだな」
「まったくです」
実を言えば、現在地まで長い距離を歩かされたことを不満に思っていたグワラニーは心の中で安堵する。
老魔術師は言葉をさらに続ける。
「ついでに言っておけば、攻撃魔法がおこなえる重要な条件に『攻撃できるのは術者の視界にある相手』というものがある。つまり、我々と違い、すでに相手から視認できる場所に身を置いている以上、彼らにとって防御魔法は張るか張らないかではなく、張るべきものだった。それに、あの者たちはかなり強力な魔法を展開していた。これでなんとか防げる。いや。十分に防げると思っていたのかもしれない」
「だが、実際に違った?」
「そう。だから、相手の側に圧倒的な格上の魔術師がいる場合は魔力を使わず見つからないように息を潜めていることこそが正解だ。今の我々のように。もっとも魔力を完全に抑えることができるのは相応の力を持った者ができる技ではあるのだが」
「なるほど。それで、いかがでしたか。肝心の魔術師の力は?」
「予想を遥かに上回る」
「具体的には?」
「町に張られたあれだけ強力な結界を維持したまま、勇者たちに高位の防御魔法をかけ、さらにそれなりの強さを持つ防御魔法を張っていた魔術師たちを一撃で倒した攻撃魔法を行使し、まだ余裕綽々。私なら、結界を張っただけで魔力が尽きるというのにあれだけの魔法を同時に使用できるとは……」
感嘆符だけ出来上がったような老魔術師のその言葉は一度そこで止まる。
「グワラニー殿はひとりの魔術師が転移させられる人数をご存じか?」
「おおよそは。並みの魔術師なら十人が限界だと聞いていますが」
「そうだな。上級の術者になればその限りではないがだいたいの者はそうだ。そこで問う。あの者は一体どれくらいの者を一度に転移させることができると思うか?」
「……千人くらいでしょうか?」
「千人?たった千人だと」
少しだけ時間を使って導いたグワラニーの答えである千人は、並みの魔術師が十人ほどであることを考えれば十分に多いといえる。
だが、老魔術師はその数字を嘲るように笑った。
いや。
どちらかといえば、自らを嘲ったと思える表現しがたい顔をした老魔術師の口が開かれる。
「……桁が違うな」
「では、万。一万人もの兵を一度に転移させられるのですか?」
グワラニーの言葉に老人が首を横に振る。
「いや。それでも足りぬ。おそらく最低でも数万くらいにはなるだろう」
「……数万?数万ですと?」
「そうだ。しかも、それはあれがあの魔術師の力の底であるという条件付きだ」
グワラニーはそれ以上言葉が出なかった。
当然である。
数万。
「やっとかの魔術師の偉大さを理解したようだな。では、問う。それほどの魔力を持つ者が我々の王都にやってきたらどうなると思う?」
「……その気になれば、攻撃魔法一撃で王都は壊滅。いや、そのような生ぬるい言葉では表現できません。そこに住む者ともども存在そのものが一瞬で消えてなくなるということでしょうか」
グワラニーはその言葉を自らが知るあるものと重ね合わせて話をした。
もちろんそれはこの世界には存在しないあのおぞましき兵器。
グラワニーはそれを大袈裟な表現だと老魔術師に完全否定されることを望んでいた。
だが……。
「まるでどこかでそれを見たかのような、それが起こったときの惨状を実によく表現されている」
……最悪だ。
……まさか、形を変えたとはいえ、あんなものがこの世界にも存在するとは。
……こちらの世界にやってきて約六十年。敗北を重ねる無能な軍人どもに自分の未来を委ねるわけにはいかないと、私は文官の職を捨て武官へ転身した。だが、官僚だったという前職の知識と経験を活かせるうえに安全かつ効率的に多くの情報を手に入れることができ、元の世界に戻る手がかりを一番入手しやすいと選んだ文官という地位を捨てたのは、あくまで策を講じればどうにでもなる脳筋の剣士だけを相手にするということが前提だ。そんなチートな力がある魔術師が敵にいるなどまったくの予定外だ。
……だが、幸か不幸か、あの策はそれでも有効だ。
……いや。さらに有効になったともいえる。
もちろん老魔術師はグワラニーが内心で大いなる葛藤をしていることなど知る由もない。
どこまでも変わらぬ淡々とした口調でグワラニーに問いかける。
「さて、グワラニー殿。それを踏まえて問おう。とんでもない力を持つあの魔術師を含む勇者一行から我が国を救う策はあるか?」
グワラニーはバイアに目をやり、頷くのを確認する。
……ここは踏み出すしかあるまい。
グワラニーは決心し、口を開く。
「もちろん。と言いたいのですが、我らにその実力はありません。ですが……」
そこでグワラニーは間を取るために大きく息を吸い、それからこの言葉を吐きだす。
「唯一時間だけは間違いなく我々に有利に働きます」
「時間?」
想像もしなかった言葉に老魔術師は戸惑う。
だが、すぐさま動き出したその思考はほどなくそれに辿り着く。
「……それは寿命のことを言っているのかな」
「はい」
「それで?」
「勇者一行と直接渡り合うことなく戦い、時間を消費しながら彼らの寿命が尽きるのを待ちます。幸いにもかの偉大な魔術師と同じ者はそう簡単に現れることはないでしょう。彼の寿命さえ使い切ってしまえば……」
「……乗り切れるということか。考えたな。正面からの戦闘では勝ち目がないのだから、たしかに生き残るために取れる手はそれしかないともいえる」
「だが、現実的な問題として彼らの寿命が尽きるまで王都に辿り着かせないというのはさすがに無理だと思うが」
老魔術師ンガス・コルペリーアの言葉は正しい。
魔族軍は勇者たちが王都に姿を現すのは半年後と想定しており、そこから逆算すれば、どんな足止めをしようが一年後には彼らの視界に王都が入ることは避けられないのだから。
だが……。
「ですが、それは王都がイペトスートである場合のことです。王都とは王がいる場所であって、王都にいる者が王というわけではありません」
グワラニーの言葉の意味をコルペリーアはすぐには理解できなかった。
コルペリーアは呻くように尋ねる。
「どういうことかな?」
「現在の王都が落ちれば、別の場所に王都をつくればよいということです。王さえ生きていればそれは可能です」
「……悪くない」
もちろんそれですべて解決したわけではない。
「よい案ではあるが、王や将軍たちがグラワニー殿ほどの覚悟と忍耐力を持っているとは思えぬ」
つまり、プライドの高い王たちは都を捨て逃げることをよしとせず、王都で最後の一戦をおこなう道を選択するのではないか。
コルペリーアは言外にそう言ったのだ。
その言葉に頷いたグワラニーがもう一度口を開く。
「残念ながらそのとおりです」
「そうであれば……」
その案は成立しないだろう。
そう続くはずだったその言葉を遮るように、グワラニーが続いて口にしたその言葉が老魔術師の耳に流れ込む。
「……そのときは現在の王と将軍各位には現在の王都に殉じてもらい、しかる後、新しい王を立てます」
「新しい王?」
「はい。どのような集団にもそれを率いる者、または象徴となる者は必要ですから」
コルペリーアはここでようやく理解した。
目の前の男が気の利くただの働きバチなどではないことを。
……誰かを王に立てる?
……違うだろう。
……この男の狙いは間違いなくこの国の玉座。
……一見すると危険なだけの男。
……だが、自身のみが助かる算段をしているわけでないことを考えれば正論。そして……。
……そうなった場合、この男の妻がこの国の王妃ということになるではないか。
……つまり、あれの望みが叶えばそういうことになる。
……いいだろう。
「……だんだんグラワニー殿が何を考えているかわかってきた」
表面上は無言で一礼するグワラニーに続き、バイアが冷気を帯びた言葉でコルペリーアにこう尋ねる。
「それで、グワラニー様のお考えを理解していただいたところで、師はグラワニー様に協力していただけるのでしょうか?」
コルペリーアは一瞬だけバイアに視線を送る。
そして、コルペリーアはニヤリと笑う。
「協力する。いや、その悪巧みに喜んで協力させてもらう」
コルペリーアの言葉に、グワラニーも笑い、バイアも安堵の表情を浮かべる。
「では、師には我が軍の魔術師長兼相談役となっていただきます」
「承知した」




